マンチェスター、バーネイジの住人クレイトン一家はイングランドではありふれた労働階級の家庭だった。
父パーカーは自動車工場に勤務する工場労働者だ。小柄な体格で、身長は170cmほど。くすんだ茶髪をしている。母ペニーは建設会社の事務員として働いていて、パーカーと対照的に長身だった。
クレイトン夫妻にはリアムという一人息子がいた。
パーカーはリアムにあまり興味を示さず、父親らしいことをすることはあまりなかったが、ペニーはリアムを溺愛し、共働きで貧しい家庭ながらも、リアムは健やかに育っていた。
そんなごく普通なクレイトン一家が変わってしまったのは1995年、パーカーの自動車工場が親会社諸共倒産してからだった。
その当時イギリスは大規模な経済不況の真っ只中で、元の仕事と同じような単純労働の仕事ですら就職が難しかった。結局パーカーは新しい仕事を見つけることが出来ず、妻が必死に稼いだ金でアルコールに浸るようになってしまった。
彼は日中から安いアルコールで飲んだくれ、ペニーが出かけいる間にリアムに暴力を振るうようになったのだ。
元々リアムは社交的な性格であったが、彼がストレス解消の矛先をリアムに向けるようになると、簡単に人を信用しない気難しい性格に変わってしまった。
リアムは虐待のことを母にすら相談せず、憂さ晴らしをするように非行に走るようになった。
彼はたちまち学校で一番のワルとして先生からマークされる存在になり、教師たちは悪童リアムをどうにか更生させようと四苦八苦したが、全て無駄な努力だった。
ーーーーーリアム・クレイトンのせいで精神安定剤が手放せなくなった
リアムの非行は止まることを知らず、ついには彼にトラウマを植え付けられ、退職者まで出る始末だった。
万引き、暴力、サボり、酒、タバコ…10歳とは思えない荒れた生活も、父パーカーが飲んだくれて交通事故を起こし、急死したこどで終わりを告げる。
ペニーはパーカーの死のショックから立ち直れず、精神障害を併発してしまい、リアムは自分の生活費と母の入院費のため、学校に行かずに缶詰工場で働くことになった。
どん底での生活の中で、リアムの唯一の癒しは、ラジオから流れてくるビートルズの音楽だった。
ーーーーークソクールだ。
ラジオで『イエロー・サブマリーン』を初めて聴いたときが、リアム・クレイトンの人生の大きな転換点となった。暴力に塗れた少年が音楽という芸術に目覚めたら瞬間だった。
彼は中でもジョンレノンの曲がひどく気に入り、ホームレスの友人(30歳も年上の)からギターを習い、演奏をコピーして仲間に披露していた。
11歳にして彼の歌声は力強く、ホームレスや日雇い労働者達を集めて、小さなライブを開くころには、マンチェスターのちょっとした都市伝説として、「魔法の声を持つ少年」の噂が広まることとなった。
さて、ある木曜日の暮れ、いつもの通りリアムはギターを片手にマンチェスターの裏路地をふらついていた。物語はここから始まる。
今日はホリデーなので工場の仕事はオフで、朝から仲間と街のゴミを漁って売れそうなものを見つけては質屋にもっていき、小銭稼ぎをしていた。
壊れたドリルや、修理すれば使えるバッテリーなんかをみつけては修理し、売っ払って稼ぎを得る。その稼ぎが今日はかなり良かった。
そんなわけでご機嫌なリアムは、『サージェント・ペパーズ』のイントロを鼻歌で口ずさみながら、夕暮れのリバプールを徘徊していた。
5分ほど歩くと、少し開けた空き地にたどり着いた。
小さめの公園程の空き地で、錆び付いて動かない耕運機が数台転がっている以外は野良ネコが数匹いるだけの場所だが、リアムはこの小さな空間が酷く気に入った。
ちょうどいいコンクリート片に腰掛けると、ギターをゆっくりと弾く。
よくチューニングされたアコースティックの音色に合わせ、歌声を乗せてゆく。
リアムが最も好きなのは曲の中に自我を埋め、メロディーに我を忘れるこの瞬間だった。この至福の時間だけは自分のクソったれな職場のことも、ロクな言葉も喋れない母親のことも、全てをめちゃくちゃにしてのたれ死んだろくでなしの父親のことも頭の中から立ち消える。
音楽は地獄のような生活の中で彼が見つけた最高の現実逃避とも言えるだろう。
一曲弾き終え、音の余韻に浸っていると、耳に大きな拍手の音が飛び込んでくる。
驚いて周囲を見渡すと、いつの間にか、空き地に長髪の老人がたっていた。まるで、最初からその場にいたかのように堂々と、にこやかな笑顔で拍手をしている。
「ブラボー…。音楽とはまさに最大の魔法よのぉ。」
リアムは驚いて一瞬固まったが、警戒をしながら話しかけた。
「じいさん、いつからそこにいたんだ?」
「君が演奏を始めた時からじゃ、リアム・クレイトン君。」
リアムはさらに問い詰めた。
「あんた誰だ?なんで俺の名前をしってんだ?」
「おお、これはこれは。そういえばまだ名乗ってなかったのう。儂はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校の校長をやっておる。」
老人はそう答えると、長いローブの懐から黄色い手紙を取り出すとリアムへと手渡す。
「バーネイジー二番街、空き地、リアム・クレイトン様…?」
リアムは生まれてこの方、手紙を受け取ったことがなかった。
そもそも、まともな住所がある住居に住んでいたことは無かったし、自分の戸籍が登録されているのかすら怪しかった。
「リアム、この手紙は君への入学案内じゃ。魔法使いの学校への…じゃがな。」
リアムはダンブルドアは自分をおちょくっているのだと思い噛みついた。
「…おい、クソジジイ。もっとマシな嘘つきやがれよ。おちょくってるつもりだろうが、おあいにくだが俺はそこまで馬鹿じゃねぇんだよ。」
しかし、ダンブルドアはリアムの脅しを笑って受け流すと言った。
「リアムよ、おかしいと思ったことは無いかな?君の身体機能は11歳にしては異常に完成されている。普通、10代の少年が大人を叩きのめしたり、教師5人を走って撒いたりは出来んのじゃ。君の魔法使いとしての素質はそう言った形ですでに現れておる。」
たしかに、リアムの身体能力は同世代から飛び抜けており、大人相手にも見劣りしない物だったが、幼い頃から少し運動神経が良いからだと考えていた。それに、身体能力が高いことが魔法の素質などと言われてもパッとしない。
「…なら爺さん、魔法ってのを見せてみろよ。確かに俺は人より動けるけどよ、それが魔法だなんて信じられねぇぜ。」
「ふむ、頑固なのはいいことじゃ。ならば…」
ダンブルドアは懐から木の棒のようなものを取り出すと、ギターへとそれを向け、何やら呟いた。
「レパロ、直れ。」
するとボロボロでところどころヒビも入っていたギターが、どんどんと直ってゆく。数秒後には新品同様の美品に様変わりしていた。
「…爺さん、あんた何したんだ?これが魔法なのか?」
「そうじゃ、リアム。君もホグワーツで訓練すればこれと同じことができるようになる。もちろん、授業を真面目に受ければじゃがの。」
リアムは今目の前で起こったことを全て信じられた訳ではなかったが、とりあえずダンブルドアの話を聞くことにした。
「爺さん、そのホグワーツってところにいけば、今より良い暮らしが出来んのか?」
「もちろん。生徒は皆寮に入ることになる。3食美味いご飯が食べれるし、暖かい風呂やふかふかのベットもついて来る。」
ダンブルドアはリアムの正直な質問に関心しつつも、11歳の少年から出る質問としては現実的過ぎる内容に、少し複雑な気分になった。
「皆、学びのスタートラインは一緒じゃ、リアム。君は新しい友人と共に人生をやり直せば良い。君にはその権利があるのじゃから。」
ダンブルドアの提案はとても魅力的ではある。
この腐った暮らしから抜け出し安定した生活ができるし、魔法なんていうクソワクワクするものを学べるのも楽しそうだ。
だが、心残りなのはただ一つ、母親のことだ。彼女が失語症になってからは彼が彼女の面倒見ており、生活費含め彼がいま彼女を見捨てると、彼女は頼れる人が居なくなってしまう。
「…だめだ。俺には母さんがいる。俺のたった一人の家族だ。見捨てて俺だけ自由に生きるなんて出来ない。」
リアムの破天荒で気難しい性格の裏には家族に対する強い憧れがある。
もう朧げな記憶だが、幼い頃に愛情を注いでくれた母にたいする愛は深く、見捨てることは選択肢に入らなかった。
ダンブルドアは少年の優しさと義理堅さに深く感動し、微笑んで言った。
「心配することはない、君のお母さんは魔法使いの病院へ送られ、生活も保護されることになる。君は何も心配せずに学業に専念できるのじゃ。」
リアムはそんな上手い話があるのかと訝しんだ。
何から何まで至れり尽くせりで、彼らになんのメリットがあるのか。実はこの老人も自分を何かに利用しようとしているのではないか。
「なあ、わからないんだが、俺みたいなガキになんであんたらはそんなに金を注ぎ込むんだ?そんな上手い話、なんか裏があるにきまってんだろ?」
「ふむ、鋭い質問じゃのぅ。あいわかった、正直に答えよう。簡単に言えば、魔法界は慢性的な人材不足で、魔法の素質があるものは一人でも逃けないのが現状じゃ。だから本人とその家族にも手厚い補助がおりる制度がある。」
なるほど、とリアムは納得する。彼ら魔法使いにとって自分は代用不可能な資源であり、多少のコストを払ったとしても、保護し確保する必要がある存在なのだ。
「安心したよ、爺さん。あんたらがただの善意でこんな待遇を用意するような奴らだったら、逆に信用出来ねぇ。わかったよ、魔法学校でもどこでも連れてってくれ。そのかわり俺と母さんの生活を保証しろ。それでいいだろ!」
リアムはしてやったとばかりに大声でまくしたて、ダンブルドアは複雑な笑みを浮かべた。
「やはり君は実に賢く強かじゃのぅ、リアム。君は必ず偉大な魔法使いになるじゃろう。これからが楽しみじゃ。」
そして2人はがっしりと握手を交わした。
リアムはダンブルドアという人間がどこまで善意でどこからが演技なのかが掴めず、なんとなく気持ち悪いジジイだなという印象を受けた。
ダンブルドアはリアムの賢さと勇気、優しさに感嘆しつつも、子供離れしたその思考力を末恐ろしいと感じたのだった。
リアム・クレイトン
本作主人公。1989年入学なので双子と同学年。悪い奴ではないけど口の悪さと素行の荒さで誤解されがち。荒い少年時代を送ったので大人びてるけど少年らしさも残ってる。ギターとヴォーカルと作詞の才能は人類最高峰。魔法族としての才能はそこそこ。モデルは某イギリスのロックバンドのヴォーカル。作者の趣味。うん。
パーカー・クレイトン
主人公の父。アイルランド系の移民。失職を機にアル中に。最終的には交通事故に巻き込まれて死亡。
ペニー・クレイトン
主人公の母。リアムを愛していたが、パーカーの死をきっかけに精神疾患を併発してしまい、現在寝たきりに。
ダンブルドア
わざわざ本人が勧誘に来たのは孤児という生い立ちから。話をしてみて闇落ちの心配は無いと判断。作者の偏見だが問題児を可愛がるタイプの先生っぽいので、リアムのことはそこそこ気に入ってる。
ザ・ビートルズ
言わずとしれた伝説的なバンド。リアムは崇拝している。
『イエロー・サブマリーン』、『サージェント・ペパーズ』
ビートルズの代表曲、2021年に聞いても古さを感じない名曲達。