秘密結社ゼーレの首魁であるキール・ローレンツは、シトスレイヤーのアンブッシュを受け捕縛、拷問を受け惨殺された。ヒューマン・インストゥルメンタリー・プロジェクトの片鱗を掴んだシトスレイヤーは、情報を元に日本の都市、トキオ・スリーへと向かったのだった。
ポーン。ズズズ。ヴーン。ポーン。電車が停まり、車内放送が響く。『現在、特別非常事態宣言発令中のため停車シマスドスエ。お客様は避難重点……』「シトだな」表情を隠すかの如くハンチング帽を目深にかぶり、トレンチコートを纏った顎髭の目立つ男は呟いた。奇遇なタイミングだ。男は列車を降りる。
パワーウーパワーウー。遠くから響く警報音を聞きながら、無人のホームを歩き、無人の改札を抜ける。皆避難したのか、タクシー乗り場のタクシーはいずれも無人。そして広場の何処にも人の気配は感じられなかった。放送では名をふせられていたものの、やはりシトが来たのだと男は確信する。
彼女に連絡した際、指定したベンチに腰掛ける。日差しが強い。この島から夏以外の季節が消えて15年になる。港街であるにも関わらず、流れてくる風に潮の香りは感じられなかった。セカンドインパクト以来、海の生物は雑菌に至るまで死滅している。無だ。故に、臭いなどあるはずもなかった。
待ち合わせ予定時間を過ぎたが20分待つ。都市を満たす警報音は止まぬ。誰も現れず、車一台通らない。皆退避壕に避難しているのだ。おそらく彼女は来るまい。相応の情報を与えたにせよ、彼女に取り信じがたい情報が多く、またこの都市はシト迎撃に忙しく、地位的に要職でもある。彼は状況判断した。
「手土産が要る」彼は呟いた。ブズーン。ブンズズーン。遠雷のような響きが、見下ろす湾口、その向こう側の海から響く。砲撃。この国の軍隊、ジエイタイという名の奇妙な組織がシトを迎撃しているのだ。「15年ぶりか」白く冷え切った過去の景色が脳裏を奔る。彼の呟きに答えるものは誰一人いない。
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司令部は絶望の声で満たされていた。「戦車砲が効かない」「JDAM無効」 「大隊全滅ドスエ」「救難要請複数」「停電エリア増大な」SMACK!ジエイタイの将軍が、悲嘆の嵐に思わず机を叩く。「この程度の火力では埒があかん!国連の増援は何をしとる!」
司令部正面の巨大モニタの中、全身を黒いタイトスーツで包み、白い下面を付けたような、人に似て人とはかけ離れた異形の巨人が、全身でジエイタイの攻撃と爆発を浴びながら、まるで気にも止めていないように歩いている。第三シト、サキエル。それがその巨人の仮称である。
「やはりATフィールドか?」ネルフ総司令、コーゾー・フユツキは傍らの副司令、ナオコ・アカギに問うた。無論、ナオコは頭を横に振る。「使徒に対して、通常兵器では実際無理です。この国の弾薬が尽きたとしても、傷一つつけることはできないでしょう」
「ならば、容赦なく使うか」「はい。トキオを焼いてなお飽き足らない。人類の存亡のためならば、街などいくらでも犠牲にしてかまわないということなんでしょうね」FUCK、と彼女が小さく舌打ちするのをコーゾーは聞いた。
そして、その罵りに答えるように、モニタの中に重爆撃機B52、コールサイン『バンザイ』が現れ──そして、腹の下から何かを投下した。投下された物体は放物線を描いて巨人へ向かい、その周囲を取り囲んでいたVTOLの群れが、B52『バンザイ』もろとも我先に透過した物体から散り散りに逃げてゆく。
投擲された物体は、巨人の付近で突然輝きを発した。その輝きは急激に膨れ上がり、巨人を飲み込み。ZGGGGGGTOOOOOOOM!KRA-TOOOOOOOM!KABOOOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOM!DOOOOOOOOM!
一瞬司令部巨大モニタをホワイトアウトさせるほどの光量となる。発生した電磁パルスの影響で一時画像にノイズが奔るが、それもすぐに回復した。巨大な赤いきのこ雲が、巨大モニタに写しだされる。
「ヤッツケター! 」オペレーターの一人が思わずガッツポーズする。N2爆雷投下によって生じた巨大なクレーター、その中央に巨大な樹木のごとく聳えるキノコ雲の中に、巨人の姿を見て取ることはできなかった。「君たちの出番はなかったようだな」ジエイタイの将軍が、嫌味に満ちた目でコーゾーを見た。
だが、むしろコーゾーは憐れむように首を振った。一瞬怒りを浮かべた将軍が、しかし正面モニタを見て驚愕する。キノコ雲の只中から、緩やかに歩み出る黒い巨人の姿が見えた。表面こそ融解した形跡はあったものの、おそらく有効なダメージは与えられていまい。
「ヌゥウーッッ!一発で効かんというなら、二発でも三発でも叩き込むまでだ!二番機『ヨロコビ』、続いて投弾!」なお諦めきれぬかのように、将軍が後続のB52『ヨロコビ』へN2爆雷の再投弾を命じる。「『急いだヒキャクがカロウシした』というコトワザを知らないのかしら」ナオコが罵る。
無論、聞く耳を持つまい、とコーゾーは思っているが、声には出さない。この状況にあたって、コーゾー率いるネルフはシト邀撃の指揮権を握り得る状況であった。しかし、肝心の攻撃手段がない。攻撃手段たる汎用ヒト型決戦兵器、エヴァンゲリオンが使用不能なのだ。
一週間前、エヴァンゲリオン、そのショゴーキの起動実験が行われたが、その起動実験時にショゴーキが暴走、施設を散々破壊した挙げ句停止するインシデントが発生していた。パイロットはエントリープラグにより脱出したもののプラグが壁面に衝突、全治二ヶ月の重傷を負った。脾臓破裂。到底戦闘できる状態ではない。
「歯がゆいな。人が暮らしていた街を、無意味な攻撃で破壊せねばならんというのは。ヨーロッパより緊急移送中のニゴーキはどうなっている」「作戦可能位置に到達するまで、あと3時間はかかります」ナオコの答えに、コーゾーは頭を振った。「この都市が焼け野原になるのに充分な時間だ」
「ヤッチマエー!」「ズガタッキェー! 」「ナンオラー!」「ヒカエオラー!」これまでの攻撃がほぼ無効であったのに対し、少なくともN2爆雷が表面を融解させたことに期待を持ったのだろう。参謀や将軍、オペレーターたちがモニタの中を突進する『ヨロコビ』へ声援らしき声を贈る。
バカバカしいとコーゾーが内心思った直後、『ヨロコビ』の一番エンジンが突如停止した。続いて二番、三番、四番も停止。緩やかに右方向へ頭を垂れるように『ヨロコビ』はシトの目前へ落ちてゆき、砕け散った。コーゾーが瞠目する。将軍が不満も顕に叫んだ。「故障!整備のサボタージュ!責任問題だ!」
「し、しかし4発同時に停止など……攻撃もなく……」「ダマラッシェー!!」オペレーターの言葉に、将軍は怒りを隠そうともせず、喚き散らす。だが、コーゾーにとって最早そのようなことは、どうでも良かった。錆びついた肉体でも、まだ彼の視力は衰えていなかったからだ。彼は見ていた。弾丸よりもなお早く、4基のエンジンを貫いたものを。
「スリケン……!」
スリケン。それを用いる生命は、最早この地球から喪われたはずである。エド時代、ショーグンとの盟約を以て、夏枯れの季節より逃れるため、方舟により太陽系外の宇宙へと旅立ったはずの、この世界を支配したイモータルたち。無論、全てが宇宙へ去ったわけでもない。また、メンキョを得てニンジャとなるためのプロトコルやオーパーツも、わずかだが地球に残された。
実際コーゾー・フユツキも、形而上生物学研究の過程で古典を当たりながらニンジャの存在にたどり着き、擬似的ながらハナミの儀式とメンキョの入手の再現に成功し、半端ながらもニンジャとなったものの一人である。肉体の動きこそ常人の2倍程度と冴えないが、その代わりニンジャ動体視力にだけは自信があった。
故に、見えたのだ。この世界の軍事勢力が装備するいかなる弾丸よりも早く、鋭く、B52のジェットエンジン4基を貫いた銀色の星4条が。「まさか……」現存する僅かな資料から得た半端なものとはいえ、彼にもニンジャ神話知識はある。ただのニンジャではない。
「暗殺拳チャドー……ツヨイ・スリケン!」今やニンジャのほぼ全てが宇宙へと去ったこの時代、あのスリケン投擲速度を出せるクランは限られる。伝説では、多くのニンジャが星の海へと旅立つ中、僅かに残った神話級リアルニンジャの一人の存在が語られている。ドラゴン・ニンジャ。マスターチャドー。その奥義が一つ、ツヨイ・スリケン以外にあの速度はありえまい。
それを、一度に4つ。ニンジャの存在が語られなくなって久しいこの時代において、それほどのニンジャが、実在しうるのか? コーゾーは思考を巡らせる。可能性があるとするならば。まさか。セカンドインパクトを止めた、あの男が帰ってきたと?
家族を失い、絶望と失望の中、何もかもに耐えられなくなり、発狂し自我科へ消えたはずのあの男が?そんなはずはない。だが、黒い巨人、サキエルの視線が、おそらくはスリケンを投擲したであろうポイントを視た。(シトにはカラテが見えるのか?)コーゾーはまたしても驚愕する。
太古の昔よりニンジャとシトはお互いの存亡をかけ幾度となく戦い、大陸を叩き割り、海の底を抜き、環境を激変させ、数多の生物の大量絶滅を招きすらした。ヒトがヒトとなる以前より続いてきた、その人類には想像することも叶わぬほどの長き戦いの末、使徒は南極で眠る一匹を除きほぼ絶滅した。
だが、ニンジャたちの被害も凄まじいものだった。長き戦いにより、ジーンではなくミームによる間接的手段でしか子孫を残せない彼らのカラテは減衰し、いわゆる「夏枯れの季節」を迎えることとなり、劣等の存在たるヒト、モータルにすら狩られる存在と成り果ててしまった。
故に、彼らはエド・トクガワと盟約を結び、彼らの過去の遺産である方舟に乗り、再び力を取り戻すため、星星の海へと去っていったのだ。だが、この星の自然と海、そして劣等たるヒトを導くことを愛したドラゴン・ニンジャとその一門だけは、地球に残ることを選び、何処とも知れぬ自然の中へ姿を消したのだという。
妻を人造のヒト……より正確に言えば、人造のニンジャたるエヴァのコアへのダイレクトエントリー実験に使われ、さらにその光景を目撃していた彼の息子が発狂、自我科送りとなった結果、自らも発狂したあの男は、自我科の閉鎖病棟に隔離されたが、しばらくして病棟を脱走、行方不明となっていた。
セカンドインパクト後の日本は、治安の良い国とは言えなかった。きっと野垂れ死んでしまったに違いないと諦めていたが、もし彼が、ドラゴン・ニンジャクランに拾われていたならば。いや、あり得る確率ではない。天文学的確率、という言葉ですら届かぬレベルの低確率と言っていい。
本物のニンジャはこの星から喪われたはずなのだ。だが、言葉は心と裏腹を叫んでいた。「アオバ、4番のカメラでシトの視線の先を映せ。2番スクリーンに投影、最大望遠だ!」「了解!」素早くオペレーターのアオバがタイプし、司令部右側2番スクリーンに望遠映像が映し出される。
草原の只中に、その男は、居た。己の眼差しを隠すように、茶色に染めた眼鏡をつけており、目から感情を伺うことはできない。耳から顎までを覆う髭。ハンチング帽を目深にかぶり、身にベージュのトレンチコートをまとう。その右手には……やはり、スリケン。鈍い金属光を放つそれは、おそらくコーゾーのような似非とは違い、血中カラテから生成されたものに相違ない。
「ゲンドー・イカリ……!」驚愕とともに、コーゾーはその男の名を読んだ。
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吹き抜ける無臭の風を嗅ぎながら、ゲンドー・イカリは己を見下ろす第三シト、サキエルを見上げた。南極の白き月中核部コアに残っていたシトの生き残りは、あの時皆焼いたと思ったが、やはり生命の実の種族。灰となってすら蘇るかも知れぬ。あるいはあのキールの如く、シトの生命の実の永遠を望んだ男が人知れず因子を隠匿し、それの管理に失敗し、再増殖を開始したか。
いずれにせよ、関係はない。シトを利してヒューマン・インストゥルメンタリー・プロジェクトを目論んだゼーレは潰した。彼に無断で彼の妻を実験に利用し、人形を父親だと思い込んだままベッドから離れられぬ身と成り果てた息子の落とし前はつけた。
そして、キール・ローレンツを捉え、無慈悲に尋問した。顔の破孔が8つ、背骨の破孔がそれ以上となった時点で、彼は漸く白状した。計画は最早ゼーレのみのものではなくなっていた。各地に点在するネルフが独自にヒューマン・インストゥルメンタリー・プロジェクトを目論む状況と成り果てていた。
オリジンは複製により劣化する。『ほどほどの安物が増えすぎると高く良いものは売れない』とは、平安時代の哲人剣士、ミヤモト・マサシの言葉であったか。オリジンよりも劣化したシト、オリジンよりも劣化し、モータルのエゴに染まったヒューマン・インストゥルメンタリー・プロジェクト。
何をどう進めようが、ゲンドー・イカリの知ったことではない。彼に取り、世界などどうでもよく、モータルもどうでも良い。家族さえあれば、彼は満ち足りていたからだ。しかし、過程がどうであったにせよ、妻は死に、息子は狂った。それが全てだ。
その所以をたどるならば、やはり古代よりニンジャとモータルを滅ぼすべく活動してきたシトに要因を求めるべきなのだろう。故に、彼は眼鏡を外し、トレンチコートを脱ぎ捨てた。
「……WASSHOI」
低く。しかし己の心にうねる赤黒い怒りのままに、ゲンドー・イカリは呟きながら、鋭く、素早く跳躍した。ZAP!直後、シトの両目がひかり、数瞬前まで彼の居た草原が巨大な爆発に包まれる。だが、その瞬間には最早彼は赤黒の装束に身を包んでいた。爆風を背に、より高く、より遠く、より素早く、弾丸のごとく加速する!
「イヤーッ!」弾丸めいた速度でゲンドーがトビゲリを繰り出す!しかし、それはシトの直前に突如出現した、赤い八角形の波紋めいてひかる防壁に阻まれる!ATフィールド!モータルの武器など物ともせず、ノーカラテのニンジャでも貫くこと能わぬ絶対の防壁! シトという種族に共通した絶対の護りである!
だが……おお、見よ! ゲンドーのトビゲリは弾かれるどころか、むしろ食い込むようにATフィールドを凹ませ、めり込んでゆくではないか!超音速の砲弾やミサイル、N2爆雷の核融合爆発すら凌駕する超爆発すら防ぎきった絶対の防壁が、凹字に歪んでゆくではないか!熱した飴細工を捻じ曲げるように!
「ATフィールドを中和しているの!?」ナオコ・アカギが司令部で驚愕の叫びを上げる。エヴァであれば、シトのATフィールドを中和突破できる。それと同じ事象と思ったのだ。彼女はモータルであり、科学者だ。総判断するのも、無理はない。だが、紛いとはいえニンジャであるコーゾーにはわかっていた。
「違う」「中和以外の手段で、ATフィールドを?」ナオコの疑問に、コーゾーは少し迷い、しかし明言した。「カラテだ」「カラテ?」ナオコが疑問の唸りを上げる。理解できないという顔であった。しかし、コーゾーは重ねていう。
「カラテなのだ。圧倒的カラテ。ニンジャの武器は磨き上げたカラテ。ヒトが出現する以前から、いつの時代もカラテを極めた者が上へゆく。シトのキャリアーであった月を先んじて砕いたのもカラテだ。頭上の月は、その残骸が再び寄せ集まった亡骸に過ぎん」
そして、モニタに移るゲンドーのトビゲリは、遂に人類には突破不能とすら思われるATフィールドを……貫く!加速!足刀がシトサキエルの仮面、その頬へ食い込んだ!N2爆雷ですら漸く表面を僅かに溶かした程度であったにも関わらず、おお……ゲンドーのトビゲリは、優に数メートルのひび割れを仮面に生じさせたではないか!
「本物のニンジャのトビゲリは、N2爆発すら凌駕するというのか!?」コーゾーが、我知らず驚愕とともに思いを叫んだ。司令部に、どよめきが奔る。無論、目の前の、ただの人間にしか見えない赤黒の装束を纏った存在が、いともたやすくATフィールドを突き破ったことも理由だった。だが、それ以上に彼らは別の言葉に動揺していた。
「ニンジャ?」「ニンジャナニ?」「ニンジャ?」「ニンジャナンデ?」一様に、皆がその言葉を口走りだす。「いかん!」コーゾーが青ざめた。傍らのナオコを振り返る。彼女の表情も青ざめ、震え、その名を口走っていた。「ニンジャ」己の迂闊をコーゾーは呪った。名は体を表す。長らく忘れられていた存在。しかし遺伝子に、恐るべき脅威、超常の生ける神として記憶されたもの。
コーゾーが思わず叫んでしまったその名が、彼らに思い出させてしまったのだ。そして、ニンジャという存在に対し、およそ抵抗するすべを保たぬモータル、それも長らくニンジャの脅威と存在を忘れて久しい存在が、それを思い出せば、どうなるか。
「アイエエエエエエエ!!!」「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」「コワイ!!」「アバーッ!! アバババーッ!!!」「オゴゴーッ!!」瞬時にして、司令部は混乱で満ち溢れた。50人以上詰めている司令部の全員が、一人残らずニンジャ・リアリティ・ショックを引き起こし、錯乱状態に陥ったのである!知るべきでない神秘を知ったと理解した本物の恐怖!
ジエイタイの将軍は無論、おお、先程まであれほど理性的な表情を浮かべていたナオコ・アカギまでもがしめやかに失禁!本物のニンジャが齎す恐怖はこれほどなのか、とコーゾーは再び驚愕する。紙学問であったものが実体となり、理論上の幻想であったものが現実となる。紛いとはいえニンジャとなっていなければ、コーゾーもこの混乱と失禁の群れに混じっていたことであろう!
無論ゲンドーにとりそのような状況など知るすべはない。トビゲリの反動で後方跳躍をかける。だが、サキエルがハヤイ!右腕が蛇めいて唸り、右手が空中のゲンドーの胴を掴んだ!
すかさず、肘の裏より輝く長いパイルが、サキエルの背の方向へ伸びる!手のひらより射突されるそれは、空中のVTOLは勿論、重装甲の戦車すら容易に貫く速度と威力を誇る、実体を持つ高熱光学兵器とでもいうべき奇怪なる武器!即殺可能体制である!
ALAS! 最早ゲンドーもこれまでなのか!? だが、おお……ゲンドー・イカリの目に恐怖はない。むしろ狂気すら感じるほどに澄み渡っており……その両目の瞳孔の奥、赤黒く燃える光がある!
そして、ゲンドーは自由なる両手を自らの顔面の前で合わせ、深くオジギをした。
「アイサツ……!」
コーゾーが思わず呻く!ニンジャが、戦いの前に行うという儀式!それは、コーゾーに取り、古代文献の文字列でしか目撃したことのないものである!彼とてかつては学究の徒であったものだ、目の前の神話的光景に息を飲まざるを得ない!
「ドーモ、サキエル=サン。シトスレイヤーです」
その言葉と同時。顎髭に覆われた頬と口が、黒光りする鋼のメンポに包まれる。メンポには威圧的な「天」「殺」の文字! その瞳に揺らめく赤き炎と合わさり、ゲンドー……否、シトスレイヤーの絶対の殺意を示す!だが、おお……シトには知恵はない!故に恐怖もなく言葉もない!直後、パイルが前方目掛けて肘内へ潜り、手のひらから射出……!
されぬ! シトスレイヤーは両腕に力を入れ、サキエルの巨大極まる指を弾き飛ばし、手のひらからまさに射出寸前であった光学実体パイルを、なんと掌でグリップしたではないか! 耐熱チタンですら容易に溶断するほどの熱量を、いかなる原理で以て生身で受け止めたのか?!
そこには恐るべき神秘があるが、しかし神ならぬ筆者には語り得ない!だが、ニンジャの血は鉄と硫黄でできていると言われている……血液でありながら物体であるというのか?あまりにもニンジャというものの存在は深く深淵に満ちた謎であり、そして恐怖の存在であるのだ……ただ一つ断言できるのは、サキエルの光学実体パイルなど、シトスレイヤーは畏れてすら居なかったということである!
パイルが動かぬことに焦れたか、サキエルは腕を振るう! シトスレイヤーを大地に叩きつけ、砕こうというのだ! だが、シトスレイヤーがハヤイ! すかさずパイルを離す! サキエルは習性としてパイル放出の瞬間掌を開くのを読んでの行動!
サキエルの、その己の胴体よりも巨大な指をシトスレイヤーは脇で挟むようにからめ、もう片手でサキエルの表皮をつかみ……おお……掴んだ片手の動きに応じ、サキエルの指が、あらぬ角度へと曲がっていくではないか!
テコの原理を発見したのがニンジャであるという歴史真実は喪われて久しいが、それが発見された場がカラテ戦争のさなかであったことは、今や宇宙の棲人たることを選んだニンジャたちのあいだですら忘れられているかも知れぬ!この技こそは太古のニンジャが発見した伝説上の魔技、フジワラ・アームバーである!
フジワラ・ニンジャの伝承は途絶えて久しいが、ロシアの伝説ではタイガを構成する杉は、はとあるニンジャが戦で得た腕をイサオシとして植えたものが成長したものであるという。それがフジワラ・ニンジャであるとしたら、どれほどの腕を戦いの中でもぎ取ったのか!?最早知るすべはあるまい!
CRAAAAAAAAAAASH!!!!!!!!!! サキエルの指が、遂に轟音を立ててへし折れる!
【ARRRRRRRRRRRRRG!】
サキエルの……悲鳴! それは音ではない! シトが感じた未知の感覚に反応した空間が震えた結果である!モータルはそれを音としてしか認知できないのだ! 司令部でコーゾーは呻く。 あるいは司令部全員が急性NRSを発症したのは幸いかも知れぬ! シトの超自然の悲鳴を聞いて、正気でいられるモータルが果たしてどれほどいるか!
『サキエル=サン。何故アイサツをしない』
突然の声が司令部に響く!奇怪!コーゾーはまたしても驚愕!司令部に響くは、かつて彼の生徒だったゲンドー・イカリ……シトスレイヤーの声ではないか!
「これは……マギを介して通信がとどいているのか?肉声ではない……理論上にしか存在しない量子思考場、コトダマ空間にまでイカリの声は届くというのか!モータルとは、ヒトとは、リリンとは次元が違う……これが、ニンジャ!」
『何故アイサツをしない、サキエル=サン』
サキエルはシトスレイヤーを振り払うベく右腕を振り回すが、意にも止めずシトスレイヤーは二本目の指を捉え……再びのフジワラ・アームバー!
CRAAAAAAAAAAASH!!!!!!!!!!
【ARRRRRRRRRRRRRG !】
CRAAAAAAAAAAASH!!!!!!!!!!
【ARRRRRRRRRRRRRG !】
シトスレイヤーの身体が滑らかに動き、サキエルの指がすべてへし折られる!シトたるサキエルも苦痛を覚えるのか、自棄糞のように振り回した右腕が、大地へ凄まじい速度で叩きつけられる!シトスレイヤーは、巻き込まれたのか?! コレほどの膨大な質量相手では!!
『アイサツもしない』
否、その挙動こそシトスレイヤーが待っていたものであったのだ!シトスレイヤーの両腿の筋肉が、凄まじい太さに膨れ上がる! そして、へし折れ歪んだ指を両手でつかみ、引いた。ニンジャ物理力学に基づき、シトスレイヤーの位置を支点として、サキエルの凄まじい巨体と重量が……180度、分度器の如き孤を描いて宙を舞い……おお……。
【ARRRRRRRRRRRRRG !】
またしても司令部にサキエルの悲鳴!
『暴力でも敵わない』
またしても司令部にシトスレイヤーの冷徹なる音声!
『知恵もなく、身体の感覚のみで生きるならば、好きに生きれば良かろうに、ニンジャを、ヒトを襲う脅威となる。だが、それは私の知るところではない』
どうにかうつ伏せとなり、左手をついて立ち上がろうとするサキエルの左腕めがけ、シトスレイヤーが走る! ハヤイ! スライディングの如く滑り込みつつ身体のバネで跳躍……サキエル左手の上に着地、体操の跳馬めいて片手をつき、突進の勢いのままにサキエルの左腕目掛けハイキックを繰り出す!メイアルーアジコンパッソ!
「イヤーッ!」
【ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRG!】
サキエルの超自然の悲鳴!だがシトスレイヤーの変形高速連続回転ハイキックは止まらぬ!まるで木こりが大木を切り倒さんとするが如く、繰り出されるごとに蹴りが加速してゆくではないか!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!メイアルーアジコンパッソ!
最早、コーゾーのニンジャ動体視力を持ってしても、その姿を捉えることが困難なほどに加速したシトスレイヤーは、さながら赤黒のタツマキである!そう、即ちチャドー奥義タツマキケン!
またしても現実のものととしてコーゾーの前に姿を表す!
KRAAAAAAAAAAASH!!!!!!!!!!
そして、指を折ったときとは比較にならぬ轟音を立て、サキエルの左腕上腕の骨が砕け散った!
【ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRG!!!!!!!!!!!!】
ソレまでとは比較にならぬ超自然の悲鳴が周囲に響き渡る……直後、司令部中の通信回線にコールが響いた!司令部を呼び出しているのだ……そう、シトのおそるべき超自然の苦痛の悲鳴が、とうとう退避壕にまで届いてしまったのである!あるいはシトとニンジャの神話の如き闘争の結果、第六感がニンジャの存在を検知してしまったのか!?この瞬間、避難市民百万がしめやかに失禁!
だがそれすらシトスレイヤーの知るところではない。両腕で身体を支えられず、前のめりに倒れたサキエルへ、悠然とシトスレイヤーは歩み寄る! サキエル顔面直前、至近距離すぎ自己に被害を及ぶことを畏れたか、サキエル眼光砲発砲せず!
『お前たちシトが、私の妻と息子を奪った一因となった』
語りかけるとともに、シトスレイヤーは巨大なるサキエル顔面、その右頬に相当する顔面めがけ、渾身の右スマッシュ! パンチングボールめいて上体が左情報に跳ね上がる! サキエル仮面右頬陥没、巨大なる穴が空き得体のしれぬ赤い体液が湧き出し泡立つ!
だが、そのまま倒れ込むことをシトスレイヤーは許さぬ!高速跳躍、虚空で身を捩りながら開脚、遠心力を乗せサキエル頸部骨格を狙い右足で踵落としを叩き込む! 頸部骨格陥没!そこへ着地!
『ええ、起こらなかったんですよ。わかりますか? 貴方方も原因です。同罪です。何故孤独に生きてゆこうとせず、ヒトを襲い、結果私からユイを奪いましたか? 言葉もでませんか? 伝わりませんか?では言葉以外で伝えましょう。イィィァァァァァァーーーーーーーーッ!!』
【ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRG!!!!!!!!!!!!】
シトスレイヤー渾身の瓦割りチョップが陥没箇所へ叩き込まれ、サキエルの皮膚を、肉を裂く!シトスレイヤーは陥没した頸部骨格、その破孔に触れ、指を食い込ませた……常人であればつかめまい、しかしシトスレイヤーはニンジャである。故に、その破孔を、握力に依って生じた摩擦だけで完全にグリップする……そして、本来曲がらぬ方向へ……背をそらすように、引いてゆくではないか……!
『イィィィィィィ……』
シトスレイヤーが再び跳躍する……サキエルの腰の方向へ向けてだ! しかし、頸部骨格破孔部は離していない……サキエルの体組織強度が、シトスレイヤーの跳躍力に完全に屈する!! 跳躍と同時、頸部破孔部が完全に裂断……そして、シトスレイヤーは跳ぶ!
『ヤアァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!!!』
おお、ゴウランガ……シトスレイヤーの跳躍により、サキエルの背骨がへし折れるがごとくに皮膚を裂きながら引き抜かれてゆくではないか!
【ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRG!!!!!!!!!!!!】
第3新東京市全体を揺るがす超自然の断末魔!同時に避難中市民、実に1000万が同時失禁!一時的発狂者多数!
シトスレイヤーは背骨を引き抜かれ、最早身動きも取れぬサキエルの左肩の隣へ歩み寄る。
そしていともたやすく、サキエルの方につま先をかけ、蹴り転がしたのである。うつ伏せに倒れていたサキエルは、ようやく天を見た。シトスレイヤーは、サキエルの胸へ……そう、サキエルの生命の源たるコアへと歩み寄っていく!
だが、おお、見よ!サキエルのコアが心室細動めいて、異様な輝きの脈動と明滅を開始したではないか!
「自爆か!」
コーゾーが息を呑む! シトのコアは無限のエネルギーを秘めるという、その自爆に飲み込まれれば、いかにニンジャたるシトスレイヤーとしても無事で居られるかどうか!
『無限の生命を持つものが死にたくなる。それほどの苦痛。
理解はできる。だが同情はしませんし、私はエゴイストですよ。故に、赦しません。シトは殺します。慈悲はありません。
そして、自ら死ぬことも赦しません。言葉を語れぬと言うならば、コトダマ空間を介し、コアにダイレクトでインタビューします』
シトスレイヤーはコアの脈動を畏れず、触れる! ニンジャ透視力があるものならば、シトスレイヤーの掌より赤黒の炎がコアの内側に潜り込むのが見えたであろう! そう、シトスレイヤーは赤黒の炎を投射し、サキエルの物質化された魂の座を解析し……その心を読み、陵辱しているのだ! それはサキエルの体験したことのない、肉体の痛みすら凌駕する魂の苦痛である!
『次はいつですか?次は誰ですか?その次はいつですか?その次は誰ですか?教えて下さい。教えたくなくても知ります。
サキエル=サン、痛みは理解しますが、私はエゴイストなので、私のほうが痛いです。ええ。私にユイはもういない。シンジも狂ってしまった。貴方達のせいです。だから容赦はしません。全部知ります』
【AIEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEERRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
超自然悲鳴の鳴動範囲、ついに関東全域に拡大!失禁者数3000万人突破!これは最早超自然の災厄である!
そして、シトスレイヤーはようやくくコアから手を離した。
サキエルのコアは最早明滅を止め、灰色に曇っている。科学的探知を行っても、サキエル由来のエネルギーは何一つ検知できないであろう。第三シトサキエルは、過酷なシトスレイヤーのインタビューに耐えきれず活動を停止……カロウシを遂げたのだ。
最早興味はない、と言わんばかりに、シトスレイヤーはサキエルの躯から飛び降りる。
『次は第4シト。シト・ネームはシャムシェルか。飛行型……飛ぶ手段を用意せねばならんな。セスナならば準備があるが。
だが、先に済まさねばならん用事がある。
……さて、フユツキ=センセイ。マギ越しに聞いていらっしゃいますね。そちらに伝わるよう、私は話したはずですが』
「ゲンドー=サン……!」
やはり、承知の上で聞かせていたのか。未だNRS覚めやらず、覚めたとしても自我が耐えられず失神するものが続出、機能を停止した司令部の中で、呆然とコーゾーは佇む。
「目的は……エヴァかね」
『はい。テストタイプたるショゴーキのコアにはユイが溶けていますね? そのような実験であったと、記憶しています。彼女は私の妻ですので、返していただきます』
「……」
コーゾーは返答に詰まる。
エヴァショゴーキは、モータルのシトへの対策の要だ。失うわけにはいかない。相応の予算もかかっている。それを一個人に専有されるなど、コーゾーが赦しても日本政府が、国連が赦さないだろう。
『ええ、赦さないのですね。わかります。組織とはそういうもので、他人とはそういうものだ。故に、奪うほかない。そういえば、仮説の一つでは、人もまたシト足り得るともありますね──第18シト、リリン。
私はシトスレイヤー故に、復讐の、自らのエゴのため戦うと決めました』
モニタ上のシトスレイヤーの視線と、司令部のコーゾーの視線が重なる……シトスレイヤーはカメラに気づいていたのだ!
その右目の瞳孔が、センコめいてすぼまり、赤く強いレーザーポインターめいた輝きを発する!おお、何たる恐るべき常人であれば目撃すれば失禁と発狂を免れ得ぬ威圧的決断的ジゴクめいた眼光であろうか!? その威圧的眼力に紛いのニンジャのコーゾーでも理解した!
サキエルなど前菜に過ぎぬのだ!
本命は他ならぬ、この司令部地下に保管されるショゴーキと、そのコア、即ちユイ・イカリの墓所にして遺骸であるのだと!
妻の遺骸を利用し続けた組織を許すつもりなどなき復讐鬼……交渉の余地などあるはずもなく、弁解の余地もない。つまりは。
『ドーモ、ネルフ=サン。シトスレイヤーです。今日はネルフ本部に放火に来ました』
彼は、狂っていた。
3時間後。到着したエヴァンゲリオンニゴーキ及びその支援部隊は、炎上するネルフ本部及び破壊されたエヴァゼロゴーキ、破壊されたセントラルドグマ及びチョップで両断されたと思しきシトリリス、へし折られたロンギヌスの槍を目撃することとなる。
トキオスリー。
第3新東京市が、燃えている。
シトスレイヤーの日本における復讐の戦いの、それは狼煙にほかならなかった。
(シトスレイヤー 第一話「第3新東京市炎上」より「トキオ・スリー・イン・フレイム」おわり)