私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~   作:阿弥陀乃トンマージ

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藍色の髪の少年

                      捌

 

「お宮御社参(みやおやしろまいり)、お疲れ様でございました」

 

「ありがとう、でもやっぱり装束はまだまだ着慣れないよ……」

 

 葵は爽に礼を言いながらも軽くぼやいた。それというのもつい先日、幕府の公式行事の一つである将軍の「お宮御社参」が行われたのである。大江戸幕府初代征夷大将軍の命日は四月十七日であるが、毎年正月、三月、四月、五月、六月、九月、十二月、それぞれの月の十七日、いわゆる月命日に将軍は前の夜から斎戒沐浴(さいかいもくよく)し、紫色の直垂(ひたたれ)風折烏帽子(かざおりえぼし)の装束を身に着けて、城の大広間玄関の駕籠台から輿に乗り、歴代将軍の霊廟が設置された大江戸城西の丸隣の小高い丘である紅葉山にある御社に参詣するのである。

 

「何事も慣れでございます。こうした行事を一つ一つこなされることによって、葵様がより将軍らしくなられていくのですから」

 

「うん……だけど緊張したよ」

 

「歌舞伎座の舞台よりもですか?」

 

「あれとは別種の緊張感だね……」

 

 爽は葵の顔を覗き込む。

 

「ふむ……確かに大分お疲れのようでございますね。ここはひとつ、リフレッシュされることをお勧め致します」

 

「リフレッシュ? 例えば?」

 

「例えば……緑を見て心を安らげるとか」

 

「緑を見て……分かった」

 

 葵は席を立って、ある場所へ向かった。

 

「……という訳で参りました」

 

「……私の名前が新緑で、緑色の髪をしているからといって、私をじっと見つめても何のリフレッシュにもならないと思いますが」

 

 昼休み、図書室でいつものように読書をしていた光太は片手で眼鏡を直しながら、若干呆れ気味に答えた。

 

「そうですね。先生を見ていると、どちらかといえば、より肩が凝ってくるような感じがしてきますね」

 

「……わざわざ私を揶揄しに来たのですか?」

 

「い、いえ、そういうわけではなくて、良いリフレッシュの場所などご存知ないかなと思いまして……」

 

「私に聞かなくても、将愉会の皆さんにお尋ねになればよろしいのではないですか?」

 

 光太はそう言ってそっぽを向く。

 

「や、やはりここは、人生経験豊富かつ素敵な大人の男性の意見というものを是非聞きたいなと思いまして……」

 

「ふむ……」

 

 葵の言葉に光太を視線を戻し、脚を大袈裟に組み直した。

 

「それは殊勝かつ最も賢明な心掛けです……」

 

「は、はい……」

 

「この学園の近場でリフレッシュ出来る場所、ございますよ……」

 

「ほ、本当ですか? それはどこですか?」

 

「ここからも見えますよ、ほら、西の丸の向こうですね」

 

 光太が図書室の窓を指し示す。そこには緑地が広がっていた。

 

「あれは?」

 

吹上庭園(ふきあげていえん)です。週末には一般公開もされておりますよ、都会の真ん中で古の武蔵野の自然を感じられる場所として人気を博しています。御存じありませんでしたか?」

 

「いや、恥ずかしながら、忙しさにかまけて、見落としていました……」

 

「灯台下暗しとはよく言ったものですね。どうでしょう、良い機会ですから今度行ってみたら如何でしょうか?」

 

「はあ……」

 

 

 

「ふあー本当に緑が多いね、都会のど真ん中、しかも城の敷地内にこんな大自然が広がっているなんて!」

 

 休日になって、爽を伴って訪れた葵は初めてやって来た庭園の広さに驚いている。

 

「あ、葵様、今日は一般の参観客も大勢来ておりますから、余り目立たないようにお願いします……」

 

「あ、う、うん、ごめんごめん。ついついはしゃいじゃって」

 

「少し落ち着いて下さい……」

 

「だってこの木々を見てよ、一本一本がとっても大きいよ!」

 

「これはイチョウ、こちらはケヤキですね……」

 

「え、詳しいね、サワっち?」

 

「一応下調べはして参りました……」

 

「流石だね~あ、これは何かな? 少し小さいけど」

 

 葵の指し示した木を見る爽であったが首を傾げた。

 

「すみません、不勉強なもので……大きさから判断するに比較的近年植樹したものか、もしくは自然的に発生したものか……」

 

「なんの木なんだろう、気になるね? あ、あの人詳しそうだから、聞いてみようか。すみませーん!」

 

 葵は木の傍に寄り添う人物に声を掛けた。その人物が振り返ると、藍色の長い髪をした中性的な顔立ちをした少年であった。男性としてはやや小柄な体格で葵と同じ位か少し小さい位であった。年ころも同じ位であろうか。少年は澄んだ眼差しで葵を見つめる。葵は戸惑いつつ、質問する。

 

「お兄さん、この木の種類とか分かります?」

 

 すると、少年は木の方に振り返り、手をそっと木に添えて、こう言った。

 

「新樹の 類尋ねられし 五月晴れ」

 

「はい?」

 

 困惑する葵に対し、藍色の髪の少年はにこりと笑った。


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