私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~   作:阿弥陀乃トンマージ

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奇人か変人か

「い、いや、木の種類をお聞きしたんですが……」

 

「問い返す 何故我が 答え知る」

 

「え? えっと……何といいますか、こう、知っていそうな雰囲気を纏っていらっしゃっていたので……」

 

「雰囲気を 纏わせている 自覚なし」

 

「そ、そうですか……なんでしょう、草食系男子って感じがしたんですけどね……いや、これは良い意味で、ですよ?」

 

「草を食む 男子現に 居らんかな」

 

「い、いや! こ、これは所謂ものの例えってやつですよ!」

 

「戯れを 言の葉に乗せ 告げたまで」

 

「あ、ああ、冗談ですか……そ、それでご存知なんでしょうか?」

 

「野暮なこと 答えは全て 薫風に」

 

「は、はい?」

 

「お話も そこそこにして 失礼を」

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 葵が引き留めるものの、その少年はスタスタとその場を立ち去ってしまった。

 

「~~~!」

 

 葵は地団駄を踏み、思わず大声で叫ぶ。

 

「何なのよ、アイツ! 全然会話にならないじゃないの‼」

 

「ええっ⁉ 結構成立していましたよ⁉」

 

 爽が驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻して呟いた。

 

「まあ……こう言っては失礼ですが、噂に聞く以上の変人でございましたね」

 

「知っているの⁉ サワっち⁉」

 

 葵は振り向いて尋ねる。爽が頷く。

 

「それはもう……学園きっての有名人でございますから」

 

 爽から鞄から端末を取り出し、慣れた手つきで操作し、葵にある画像を見せる。その画像には先程の少年が写っていた。葵は目を見張った。そして画像に付随してあった文章を爽が読みあげる。

 

「……『現代の句聖』、『俳壇の救世主かそれとも異端児か』、『天才の紡ぐ十七音に大衆は熱狂する』……その男の名は藍袋座一超(らんていざいっちょう)。高校生ながら俳句界を牽引する鬼才。彼の口から紡ぎ出される十七音の言葉に、オーディエンスは熱狂し、ファンや若者は酒か、あるいはまた別のものを口にしたかのように不思議な高揚感に囚われる。そして、これ以上ない多幸感に包まれて、不定期的に開かれる句会を後にする……」

 

 爽が画像を静かに閉じる。

 

「まあ、こういう方です……お分かりになりましたか?」

 

「下手に関わらない方が良さそう、って言うのが分かったよ」

 

 葵は庭園の出口の方にさっさと向かう。爽が慌てて追いかける。

 

「ところが、そういうわけにも参りません!」

 

「なんで?」

 

 葵は少々ウンザリした様子で爽に尋ねる。

 

「そ、それは……」

 

「……あの奇人が選挙戦の鍵を握るからだ」

 

「氷戸さん⁉」

 

 光ノ丸が東側から現れた。

 

「藍袋座さんが鍵を握るとは……?」

 

「ふむ、聞きたいか?」

 

「……」

 

「なんだ? 聞きたくないのか?」

 

「……むしろ何故その短パンをチョイスしたのか聞きたいです」

 

「随分と攻めたコーディネートですわね……」

 

 爽も頷いた。

 

「なっ! や、休みにどんな服装をしようが、余の自由であろうが!」

 

 光ノ丸はそっぽを向いた。

 

「あともう一歩の所で逃してしまいましたわね」

 

「申し訳ありません、お嬢様……」

 

「あの変人の情報を掴んだのは貴女なのだから、そう卑下することは無いわ……あら? これは皆さまお揃いで、奇遇ですわね?」

 

 南側から八千代と憂がやってきた。

 

「何が奇遇だ、わざわざ庭園散策に来た訳ではあるまい」

 

 光ノ丸が呆れる。

 

「いえいえ、珍しい虫が見つかるという話を聞きましてね、歳の離れた従兄弟の為に捕ってきてあげようと思いまして……ねえ、憂?」

 

「え、ええ、そうでございます」

 

「へえ、意外と良い所あるんですね、五橋さん」

 

「“意外と”が余計ですわ、若下野さん」

 

 葵の言葉に八千代がムッとする。

 

「はっ、虫捕りなんて、もっとマシな嘘をつけよ」

 

 皆、声のした西側に視線をやる。そこには飛虎が立っていた。

 

「日比野殿か……貴殿も奴を狙ってきたか」

 

「まあな」

 

「そのわりには呑気な恰好ですこと」

 

 八千代の指摘通り、飛虎はジャージ姿に、虫捕り網と虫捕りかごを両手に持っていた。

 

「日比野君、まさか本当に虫捕りに来たの?」

 

「ああ、久々に童心に帰ってな」

 

「やれやれ、手強い相手になるかと思ったが……」

 

「とんだ見込み違いでしたわね」

 

「……甘いな、揃いも揃って大甘だぜ」

 

「……なんだと」

 

 飛虎の言葉に光ノ丸が顔をしかめる。

 

「この辺りには珍しい虫が多い。そいつを捕まえることによって奴をおびき寄せるんだ」

 

「おびき寄せるって……」

 

「それでどうするおつもりですか?」

 

 爽が飛虎に尋ねる。

 

「世にも珍しい虫とくれば、奴の句心も大いに刺激されるはずだ……創作に貢献したことによって奴の俺に対する覚えも良くなる! 間違いない!」

 

「くっ! その手があったか!」

 

「憂! 網とかごを早急に用意なさい!」

 

「ええっ! 今からですか⁉」

 

「後れをとりましたね、葵様!」

 

「後れるもなにも、そもそもついて行った覚えが無いんだけど……」

 

 妙な盛り上がりを見せる光ノ丸たちの横で葵は醒めた態度を取っていた。爽は彼女にしては珍しく若干苛立ち気味で葵を諭す。

 

「とにかく、あの藍袋座さんの歓心を得ること、それがこの選挙戦喫緊の課題です!」

 

「そ、そうなの⁉ なんで⁉」

 

「詳細は後です! 今は早くあの方を見つけ出さないと!」

 

「くっ、この広い庭園の何処にいる?」

 

「潜んでいらっしゃるの? 出てらっしゃい!」

 

「一緒に虫捕りしようぜ!」

 

 光ノ丸たちは藍袋座探しを始めた。爽が慌てる。

 

「あ、葵様!」

 

「まあ、待ってて……」

 

 葵はポンポンと両手を叩く。秀吾郎が現れた。

 

「上様、お呼びでしょうか?」

 

「この人連れて来てくれる?」

 

 葵は一超の画像を見せる。

 

「承知しました」

 

 秀吾郎は姿を消す。それを見ていた飛虎が笑う。

 

「いくら腕の立つ忍びでも無理だ……」

 

「連れて参りました」

 

「速いな⁉」

 

「ありがとう、秀吾郎……ってえええっ⁉」

 

 葵は驚いた。逆さ吊りになって網に絡まっている一超の姿があったからだ。

 

「こんなこともあろうかと出口付近に仕掛けて置いた罠に引っかかっておりました」

 

「お、下ろしてあげて、早く!」

 

 葵は慌てて指示する。一超は静かに呟く。

 

「この季節 吊るされるのは 鯉と我」


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