私が征夷大将軍⁉~JK上様と九人の色男たち~   作:阿弥陀乃トンマージ

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出来る男

「伊達仁さん」

 

 その日の夜、宿泊施設の浴場近くで、光太は爽に声をかけた。

 

「……先生、抜け駆けに関して明確なルールなどは定めてはいないとはいえ……」

 

「え?」

 

「まさか葵様と混浴を目論むとは……少し引きます」

 

 爽が冷めた視線を光太に向ける。光太は慌てる。

 

「そ、そんなこと目論んでなどいませんよ! 勝手に引かないで下さい!」

 

「では、何の御用ですか?」

 

「……あちらにバーラウンジがあるでしょう」

 

 光太は浴場の近くの一角を指差す。爽は頷く。

 

「何故に未成年の学生も利用する宿泊施設にあのような店が開かれているのか、いささか理解に苦しみますが……まあ、それは良いでしょう」

 

「あのラウンジのカウンター席の端で待っていますので、上様にお越し下さるようにお願いしてもらえないでしょうか? もちろん、ご入浴が御済みになってからで構いません」

 

「ええ……まさかとは思いますが、上様に御酌でもさせるおつもりですか? なんとまあ畏れ多いことを……」

 

 爽が先程より更に冷たい視線を向ける。

 

「そ、そのようなことなど考えていません! お話ししたいことがあるのです」

 

「まあ、構いませんが……女の風呂は何かと時間がかかるものですよ?」

 

「それは承知しています。三十分でも一時間でもお待ちしていますから、必ずお越し下さるようにお願いして下さい」

 

「……分かりました」

 

「……頼みます」

 

 爽は浴場へと向かい、光太はバーラウンジに入った。端のカウンター席は既に予約してある。光太はその席に着いた。バーテンダーが声をかける。

 

「……いらっしゃいませ。ご注文は?」

 

「ジントニックを」

 

「! ……かしこまりました」

 

 バーテンダーの背筋が伸びる。ジントニックというカクテルはバーテンダーの技術が最も試されるカクテルだからである。店内の空気も一気に張り詰め、他の客の視線が光太に集中する。(この男出来る……!)という雰囲気だ。光太は静かに目を閉じる。バーテンダーがグラスをそっと差し出す。

 

「……お待たせしました、ジントニックでございます」

 

「ありがとうございます」

 

 光太はグラスをゆっくりと口に運び、一口飲み、ため息をつく。

 

(自分でも少々意外ですが、緊張しているようですね……)

 

 光太は早いペースでグラスを空けた。ただ、まだ葵が来るまで時間がかかるだろう。

 

(もう一杯くらい景気付けに飲むとしますか……)

 

 光太はバーテンダーに二杯目のカクテルを注文した。

 

「マティーニを」

 

「‼ ……かしこまりました」

 

 再び店内がざわつく。カクテルはマティーニに始まりマティーニで終わると言われるほどである。(この男やはり出来る……‼)という雰囲気が強まる。光太はそんな空気にはあえて気が付かない振りをして、バーテンダーの差し出したマティーニを口に運ぶ。

 

(……少し酔っぱらってしまいました)

 

 光太は自分でも戸惑うほどの早いペースでグラスを空けた。既に五杯目である。そんな時、隣の席に女性が腰を掛けた。

 

(!)

 

 光太は目を見ることが出来なかった。そんな自分に驚いた。どうやら思っている以上に緊張しているようだ。

 

(ふふっ、我ながら情けないですね……初心な少年でもあるまいに)

 

 光太は自嘲気味に微笑を浮かべると、前を見据えたまま口を開く。

 

「実は……この宿の近くに、綺麗な夜景を見ることが出来るスポットがあるのです……良かったら、そちらにご一緒しませんか……⁉」

 

 光太は誘い文句を述べながら視線を隣に向け、驚いた。そこには葵ではなく、絹代が座っていたからである。絹代は口元を片手で抑えながら頷いた。

 

「え、ええ、私で良ければご一緒いたします……」

 

「な、何故風見さんがここに……?」

 

「先程、噂話を聞き付けまして、ひょっとしたら新緑先生ではないかと思いましたので……昼間のお礼を申し上げようと……」

 

「噂話……?」

 

「はい、初手で迷わずジントニックを注文する出来る男性がバーに現れたという話です。きっと新緑先生のことであろうと思いまして……」

 

「は、はあ、そうですか……」

 

 光太は頭を抱えた。絹代が不思議そうに尋ねる。

 

「先生? 如何いたしましたか?」

 

「い、いえ……では夜景スポットに参りましょうか。会計をお願いします」

 

 光太はすぐに立ち上がり、スマートに会計を済ませ、絹代を連れてラウンジを出た。

 

(こうなっては致し方ありません……バーに二人でいるところを上様に見られたら、あらぬ誤解を招きます。今日のところは潔く諦めましょう……伊達仁さんにもその旨を伝えてと……よし、これで大丈夫ですね)

 

 端末を手際よく操作した光太は絹代を夜景スポットへ案内する。

 

「素敵……こんな場所があったのですね……!」

 

 美しい夜景を見て、絹代は控えめな歓声を上げる。

 

「以前、地元の方に教えて頂きました。穴場というやつですね」

 

 光太は淡々と答える。

 

「合宿なんてアホのお守りばかりで退屈なものだと思っていましたが、素敵な思い出が出来ました……先生、ご案内して頂き、ありがとうございます!」

 

 絹代は微笑をたたえつつ、キラキラとした目を光太に向ける。

 

「れ、礼には及びませんよ」

 

 光太はズレた眼鏡を直す振りをして、視線を外す。

 

(な、なんだか妙な展開になってしまいましたが、門限もあることですし、さっさと宿に戻るとしましょう……⁉)

 

「あ、見つかっちゃった……」

 

「う、上様⁉ 何故ここに⁉」

 

「いや~宿を出ていく二人を部屋の窓から見かけてね。思わずサワっちと一緒に追っかけてきちゃったんだよね~」

 

「そ、そうですか……」

 

「じゃあ、お邪魔虫は消えるから~」

 

 葵は手を振りながら、そそくさとその場を後にした。

 

「な、なんということだ……考え得るなかで最悪の展開……」

 

 眼鏡を抑えながら小刻みに震える光太に爽は頭を下げる。

 

「葵様の目ざとさを侮っていました。申し訳ありません……」

 

「い、いえ……」

 

「ですが、それはそれ。新緑光太先生、これはややマイナスポイントですね……」

 

「し、審判はするのですね⁉」

 

「厳正かつ公平な審判をお願いされておりますので……失礼致します」

 

「ぐっ……」

 

 爽もその場を去り、光太は俯く。それを物陰から見て、金銀はほくそ笑む。

 

「ふっ、まずは緑色を塗りつぶすことが出来ました……想定通りです」

 

「かなり偶然の産物感が強いですけどね……」

 

 金銀の側で将司が首を傾げる。


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