フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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世を辞めるということ

 今日も「祭囃子」はログインした。

 明らかにおかしな話だった。

 辻斬・狂想曲:オンラインに蔓延る有力天誅記録者(スコアラー)たちはみんな、「祭囃子」の連続ログイン記録は今日で途切れるだろうと予想していた。統計的データから言っても、何かしらのイベントが開催されていないタイミングでの「祭囃子」のログインは、続いて3日だと言われていた。最長記録ですら6日であり、今日は7日目だ。「(イベント)なき祭囃子」という矛盾した存在が一週間も生き延びるなど、ほとんどのプレイヤーは予想していなかった。

 しかし実現した。

 実現したので、祭囃子は明日ログインするかログインしないかトトカルチョ天誅の参加者たちはスコアラーたちを責め、強制切腹天誅に追い込んだ。対するスコアラーたちは切腹起点斬首天誅やすり替え切腹天誅などを活用してその状況からキルスコアを稼いだが、最終的には突進してきた「レイドボス」に全員キルされた。逆に「レイドボス」をみんなで集まって強襲する作戦が計画され、決行され、またしても全員キルされた。作戦が建てられたあたりになるともはやみんな、「祭囃子」のログインになど興味を示してはいなかった。せいぜい、一週間()()()()が続いたというだけのことだ―――明日になれば連続ログインは途切れるだろうと、誰もがそう考えていた。

 しかし明日、「祭囃子」はログインする。

 さらに言うなら明後日もだ。

 

 

 今日も京極はログインしなかった。

 明らかにおかしな話だった。

 辻斬・狂想曲:オンラインに蔓延る有力天誅記録者(スコアラー)たちはみんな、京極の連続ログアウト記録は今日で途切れるだろうと予想していた。統計的データを持ち出すまでもなく、彼らの間に無意識に共有されていた経験則が、「そろそろ顔を出すころだろう」という確信を持たせたのだ。

 これまで京極は、「こんなクソゲー二度とやるもんか!」という叫びを長屋に木霊させようが、上手く漁夫の利天誅を成功させて高笑いしているところを天誅されてそのまま萎え落ちしようが、完全武装したランカーの首を無謀にも背後から落とそうとしたところで急に開いたウィンドウを見て「げっ」という言葉だけを残して親フラし(そのまま消え)ていこうが、5日も待てばまた争いへと舞い戻ってきていた。実際のところ、京極のログアウト期間は既に5日を優に過ぎているのだが――それを差し引いて考えても、今日までにはログインするはずだし、そうじゃなければ異常だと、そういう風潮が存在した。

 しかし覆った。

 違ったので、京極は明日ログインするかしないかトトカルチョ天誅の参加者たちはスコアラーたちを責め、以下略だった。作戦が建てられたあたりになるともはやみんな、京極のログインになど興味を示してはいなかった。せいぜい、1週間とすこし()()()()が続いたというだけのことだ―――明日になれば連続ログインは途切れるだろうと、誰もがそう考えていた。

 しかし明日、京極はログインしない。

 さらに言うなら明後日もだ。

 

 

 「祭囃子」は今日もログインする。そしてプレイヤーたちのお祭り騒ぎにも大して参加せず、ただ何かを待っているかのように、長屋の一角で虚空を見つめている。

 明日も。

 明後日も。

 

 

 京極は今日もログインしない。プレイヤーたちのお祭り騒ぎは彼女抜きで進む。いや、彼女がプレイヤーのお祭り騒ぎ抜きで進んでいるのかもしれない。言葉遊びは無視するにしても、彼女がいるべき場所にはまだ虚空が漂っている。

 明日も。

 明後日も。

 

 

 それは何でもない日だった。

 「祭囃子」と京極の双方が、とっくにトトカルチョの対象としては賞味期限切れを迎えたあとの、とある昼下がりだった。その日はちょっとした、幕末でイベントが開催されるほどではない程度のささやかな祝日で―――「祭囃子」はいつも通り、午後1時ぐらいにログインした。

 この場合の「いつも通り」という言葉は、「ログインした」ことそのものにかかっていて、「午後1時ぐらい」を対象としているわけではない。「祭囃子」はここのところ毎日ログインしているが、その時間帯についてはばらつきがあるし、その継続時間もまちまちだ。適当に空いた時間を使っているだけだと言われる一方、何か規則性を感じるという声もある。適当に空いた時間が規則性を持っている、というのが現在の定説だ。

 さて―――午後1時ぐらいにログインした「祭囃子」は、いつものようにログボ天誅・ログボ天誅返し返し・ログボ天誅読み天誅読み天誅などを交えつつ()()についた。

 この()()も謎の一つだ。

 連続ログイン記録をつけはじめてからの「祭囃子」は、特定の()()に居座るようになった。ただ居座っているだけなら、「その()()は、近々行われる何かしらのイベントにおける極めて重要なスポットなのだ」というような予想も立てられる。しかしここで問題なのが、()()はログインし直すたびに変わるということだ。近々行われる何かしらのイベントにおける極めて重要なスポットは、ふつう日によって変わったりしない。この事実が、謎に深みを与えていた。

 「祭囃子」は、その日の()()にあたる長屋の突き当りに佇んだ。たまに来る奇襲者を天誅したり天誅されたりしつつ、天誅した場合はそのまま居座り、天誅された場合はリスポーンしてまた()()に戻って居座った。基本的に無言だったが、話しかけられれば普通に答えた。その口調は連続ログイン前と同じように饒舌であり、何ならどうしてこんな不可解な行動をとっているのか聞けば、ふつうに答えてくれそうだった。しかし幕末志士たちは、誰一人その質問をしなかった。質問しようと口を開いたところで、「今ってもしかして天誅チャンスじゃないか?」という閃きが脳裏を照らすからだ。なお、そのチャンスが実を結んだ割合は一割に満たない。

 

「来たな」

 

 一言だった。

 「祭囃子」は抜刀した。いつかのイベント報酬で手に入れた、黄金(きん)に輝く片刃の剣を抜刀した。その光は、あるいは何かを祝福しているようにも見えた。

 実は一人、長屋の影から「祭囃子」を観察し、天誅できる機会がないか探っていたプレイヤーがいたのだが―――彼は光に目がくらんで、その隙をついて背後から変則漁夫の利天誅されてしまった。

 「祭囃子」の剣の光は確かに強いが、それだけで他者の視界を焼けるほどではなかった。他にも光源が必要だった。この場合のそれはログインエフェクトだった。今この世界に降り立とうとしている一体のアバターの肌を撫ぜた、紅に染まった閃光だった。

 

「―――辞世の句を詠め」

 

 一閃。

 ログイン時の無敵時間が終わるその瞬間を見抜いて、「祭囃子」は一閃を加えた。その天誅はまともに名前を付ければかなりの長ったらしいものになること請け合いだった。しかし―――それを、あえてシンプルに言うならば。

 放たれたのは、「ログイン天誅」だった。

 

「っ!」

 

 空間に現れた京極の胴体が、ちょうど腰のあたりで真っ二つに分かれた。血飛沫を表す紅のパーティクルが噴出し、HPが始まりと同時に終わりへと突き進む。しかしそういう現実を前に、少女は顔面から苦悶の表情を既に仕舞って、代わりに獰猛な笑みを現出させていた。

 

「そっ、っちがね!」

 

 京極は「祭囃子」の首を落とした。

 用意していたような一閃で、実際、用意していた。その天誅はまともに名前を付ければ、「祭囃子」が放ったものを超える長さになるはずだった。しかし―――それを、あえてシンプルに言うならば。

 放たれたのは、「ログイン天誅返し」だった。

 

「―――」

 

 このゲームでは、首を落とされた時点でアバターを操作することができなくなる。例えば、口は動かせない。「そっちがね」という言葉をかけられこそしたが、口を動かせない「祭囃子」は既に辞世の句を詠む能力を失っており、そのまま死ぬ。

 操作できない部位には例外がある―――視界だ。朱色に染められた視界は、『復活する』とか『タイトルに戻る』とか書かれたボタンの背景として、少しの間だけ存続する。視界がある以上、視線を動かせる。

 だから落下していく「祭囃子」の首は、眼球を京極の方に向けた。意思を感じさせる目だった。何かのメッセージを伝えたがっていた。それを見た京極は、出血により減少していくHPを無視し、()()()

 

「ただいま」

 

 それが辞世の句になった。

 二つの記録の終焉を告げる宣言(アナウンス)になったのだ。

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