フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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ホワイトデーーー


ステレオ・ディレイ

 長刀の先端が荒れ土に突き刺さると同時に、がりっと音がして、いくつかの小破片が飛び散った。

 小破片が飛び散ったとは言っても、辻斬・狂想曲:オンラインのグラフィック技術は断じて最先端の代物ではない。飛散は物理演算ではなく粒子放出(パーティクル・システム)によって描画され、鋭利な切っ先に引っ掛かれたかに見えた地面も、実際のところ抉られてなどいなかった。そもそもこのゲームでは、墓地以外の場所で穴を掘る行為が禁止されている。「禁止されている」ではなく()()()()()という表現のほうが正確だが、そこは些細な問題だ。とにかく長屋付近の地面は破壊不能オブジェクトとして設定されている。いくら八尺玉で紅蓮華を咲かせようと、その表層を十センチメートルと削ることもできないだろう。()()()()()()()という表現の方が正確だが、以下同文。

 そういうわけで飛び散った破片たちは、偽物(仮想現実)の中でもさらに偽物だった。いわば偽物の偽物だった。そして薄黒い偽物の影に覆われ、偽物の日光をついぞ浴びぬままに、描画時間(ライフタイム)を終えていった。

 偽物の影。

 その輪郭は、人型をしている。

 影の持ち主の体重はいま、すべて大地に突き刺した嵐刀(ラントウ)餌彫武(えぼるぶ)」に預けられていた。「餌彫武(えぼるぶ)」の鍔を土台にして、逆立ちをするような恰好だ。草鞋(わらじ)に包まれたつま先は上空を向き、長い頭髪はしなだれている。

 紅と金を基調とした刺激的な模様を見せる「餌彫武(えぼるぶ)」の柄を握りしめる、彼女の右手の親指を、汗雫がつうっと辿り落ちていく。それを脇目に思考は巡っていき、汗雫が沈み、視線は縦横無尽に駆けて、汗雫が沈み、天空の雲はほんの少しだけ表情を変え、汗雫が沈む。沈んで沈んで沈み切ったすえ、汗滴はついに右手を離れて、やはり影に覆い隠されたまま、重力に従って落ち始める。

 落ち始めると同時に、

 

「っはぁ!?」

 

 京極は次の一手に出た。

 驚愕と困惑と少しの()()を込めてそう叫びながら、右手に力を込めつつ同時に「餌彫武(えぼるぶ)」から手を離す。跳躍、同時に転回。体躯を一瞬中に舞わせた後、彼女は軽く着地した。脇に突き刺さりっぱなしの「餌彫武(えぼるぶ)」を電光石火で抜き去ったあと、視界の焦点を素早く絞る。張り詰めた空気のなかの一点、京極はそこに立つ男をキッと睨んだ。

 祭囃子だ。

 少なくとも、外見上は。

 

「今日は――」

 

 京極が口を開きながら一瞥するその両手には、全く同じデザインの刀が二振り握られている。このゲームの平均より短く、大きな変形も見られない刀身。その表面にはよく見れば格子模様が走っていて、何より――茶色い。間違いなくどちらも、先日のバレンタインイベントで全プレイヤーに配布された千代孤霊刀(チヨコレイトウ)反銘斬(ほんめいぎり)」だ。

 曇天が二人を観察している。

 

「――誰かとデートに出かけるって話かと思ってたけど、違ったかな」

 

 そういいつつも本当のところ、彼女は祭囃子の頭上に「サンラク」のネームタグが表示されていないことに気付いている。その普段の姿からは想像できない無口さにもだ。おそらく――このサンラクは()()()()()()。去年の11月に発生したレイドボスさんレイド事件は記憶に新しい。同じ種類のバグだろう。

 ただ、あの時とは変わっている点もある。

 静止した両者。今のところ京極の「気配」システムは反応していないが、漁夫の利天誅には常に警戒しておく必要がある。仮想の唾を飲み込みながら、京極は祭囃子の出方を注視する。増殖したレイドボスさんのアバターは、あくまでそこにいるだけだった。本物と見分けがつかなかったから周囲のプレイヤーは混乱したが、()()そのものが動き回って、現実に干渉するようなことはなかったのだ。

 しかし――。

 京極が佇んでいる空間は、ついさっきまで、一筋の斬撃に埋められていたのだ。

 

「……っ!」

 

 そしてその軌道をなぞるかのように、右の「反銘斬(ほんめいぎり)」の刀身が鈍く輝いた。京極は咄嗟に後方へと跳躍し、跳躍しなかった世界線の京極を茶剣が両断する。戦闘がまた動き出した! すでに次の衝突は迫っている。京極は着地しながら咄嗟に「餌彫武(えぼるぶ)」を斜めに構えて、振り下ろされた左の「反銘斬(ほんめいぎり)」がそこに食い込む。右膝で蹴りを入れる。しかし読まれていて祭囃子は体を逸らせてそれを回避し、京極はバランスを崩す結果に終わる。追い打ちのように三の太刀、倒れ込んで回避、しかし避け切れない。切断された毛髪たちが空中を舞って、鼻先から流れ出るダメージエフェクトがそこに混ざる。おそらく、追撃も来るだろう。

 だからなんだというのか?

 4週間前に開催されたバレンタインデーイベントの内容は、「プレイヤー一人につき()()()()反銘斬(ほんめいぎり)』を配布する」というだけの、至極シンプルなものだった。だから京極は怒っていた。というか、自分が怒っていたことを思い出した。

 

「いいさ」

 

 その憤怒を、燃料にでもするかのように。

 刹那の土下座ドライブ。変則的挙動は祭囃子の亡霊を動かしている何かしらの思考ルーチンの虚を突いたらしく、交差された刃はむなしく空を切る。折りたたんでいた脚部を展開しながら一閃、祭囃子の脇腹がポリゴンを吐き出す。

 京極はゆらりと立ち上がる。鋭利な刃の切っ先を盗人の複製に向けて、同時にそこに言語をも載せた。

 

「倍にして返してもらうからね」

 

 少なくとも頭上に広がる白ずんだ(そら)は、彼女のまなざしを肯定しているように見えた。




ほぼ、アクションが書きたかっただけ
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