何かが妙だ。
そういう感覚はある。
「『バイルパンカー』ッ!」
頭で抱いたその考えをいったん横に置いて、俺はバグ技を発動する。『バイルパンカー』は比較的最近発見されたバグ技で、『パイルバンカー』と逆の操作……つまり、『パンチ準備×2→パンチ』を逆にした、『パンチ→パンチ準備×2』で発動する。コツは最初のパンチをノーモーションで行うこと、少しでも拳を引いて力を溜めたりすると、それ自体が『パンチ準備』扱いになって上手く発動してくれない。条件の簡単さの割に最近まで見つかっていなかったのもそのせいだ。
「くっ……『R18触手ディフェンス』!」
「もうネタは割れてんだよ、『ヨーヨー』!」
ほとんどの場合回避用に使われる『ヨーヨー』で……逆に前進する!
モドルカッツォが編み出した新技『R18触手ディフェンス』は、その名の通り防御にアジャストされた『R18触手アタック』だ。『触手アタック』よりも腕・脚・首を伸ばせる長さがショボいが、代わりにそれらのパーツが二つに分裂する。分裂した腕は今みたいな防衛に最適だし、分裂した脚も姿勢制御に使える。だが……。
「なっ……」
「首は弱点にしかならないよなぁ!?」
展開された盾を『ヨーヨー』の効果で
カッツォのアバターは目隠しをしているが、口の動きだけ見ても意表を突かれて動揺してるのは丸わかりだ。遠慮なくそこを突かせてもらう!
「ゆ、『幽体……」
「『ショットガン』!」
このまま勝てると思うなよ!
カッツォに『幽体離脱』での回避を許さず、そのまま『ショットガン』で
しかしすり抜けた。
「は?」
「あぶね~、間一髪だったわ」
モドルカッツォはさも当然のようにそう言いながら、両手で特徴的なモーションを始める。ま……まずいぞ、特にバグ技でも何でもない……
「飛拳衝!」
「ぐは」
俺は空間に残留していた『ショットガン』による拳テクスチャたちをカッツォの放ったゲージ技で削られしかも『バイルパンカー』の判定も依然残っていたせいで明らかに不自然な感じにノックバックしながら
十本勝負最終スコア……0-9-1。
◆
「なんかおかしくねえ?」
「お、負け惜しみか?」
初手の返しがそれなの?
対戦終了後のメインロビー、野次馬たちから送られてくるスクショを眺めつつ反省会をしている。まあ実際、俺はこの十本勝負でモドルカッツォに一勝もできなかった。かろうじてついた引き分けにしても、俺たちとは別に対戦していた誰かが『グラウンドゼロ』を発動してノーゲームになったというだけだ……悔しい話だが、あのままやっていればカッツォが勝っていただろう。
だから……確かに俺の疑問は、ある一面では「負け惜しみ」なのかもしれない。
それにしても、だ。
「お前……何かバグ技を
カッツォは一拍置いてから、怪訝そうな表情を浮かべて
「え?」
と聞き返した。
……こいつは突発的な演技が得意なタイプじゃない。この虚を突かれたような表情は、基本的には真性のものと見るべきだろう。つまりさっきの……というかこの十連戦の中でたびたび起こった謎すり抜けは、カッツォの意図しないところで起きている事象ということになる。
「例えば最後の一戦だ、俺は『ヨーヨー』でお前の懐に潜り込んだ後、『ショットガン』で分裂した頭部に攻撃を入れようとした。お前は『幽体離脱』で逃げようとしたが、俺の拳が届く方が早かった。……はずなのに、なぜかダメージは入らなかった。なぜだ? 実は俺の知らないところで回避系のバグ技を使ってたのか?」
カッツォは僅かに静止した後、
「いやいやいや」
と手を振るジェスチャーをする。
「俺の『幽体離脱』は確かに間に合ったはずだよ? 確かに『ショットガン』が来たのはビビったけど、サンラクのことだしそろそろ対処法を思いつくころだろうなとは思ってたからさ、準備してたんだ」
何だと……?
「勘違いじゃね?」
カッツォは言う。
……そう、なのか……? 俺は自分の敗北が悔しくて、無意識にその原因を「未知のバグ技」へと転嫁し、自分を慰めていた。そういうことなのか……?
――いや。
「違う、このスクショを見ろ」
新技が披露されたこともあって、俺達の闘いを観戦する野次馬たちはかなり多かった。そのせいで『グラウンドゼロ』の感染が大規模化したとも言えるんだが……いったんは感謝しておこう。あれだけの観戦者がいなければ、こうして自体の説明に最適な写真を手に入れることもできなかったはずだ。
カッツォは俺の言葉に少し遅れて反応し、言われた通り展開された画像ウィンドウを覗き込む。……何だ? この動作にも何か違和感がある気がする。でも説明できない、何が起こっている?
「……本当だ」
ウィンドウに写っているのは、俺の『ショットガン』がカッツォのアバターをすり抜ける画像。カッツォの背後に『幽体離脱』特有のヒットボックスと重力エンジンが相互干渉することで起こるエフェクトが見られないことから、『幽体離脱』は発動できていないことが分かる。つまり、彼は
「どう説明する?」
カッツォは一瞬黙ってから、俺の質問にこう答える。
「たぶん――」
「いやちょっと待て」
「『幽体離脱』の――」
「お前さっきからおかしいぞカッツォ」
「え? どうしたのサンラク」
「
「おかしいって何がだ?」
「一拍置いてから」、「僅かに静止した後」、「少し遅れて反応し」、そして「一瞬黙ってから」。全部おかしい。モドルカッツォはさっきから……俺が言葉をかけてから反応するまでに、明らかな
「pingを言えカッツォ」
俺の言葉を前に、カッツォは沈黙した。それは
「お前、今自宅にいないな? フリーWi-Fiだかモバイル回線だか知らないが、とにかく相当
「…………」
カッツォは反論できない。当たり前だ――そもそも俺が発した言葉は、まだカッツォに届いてすらいない。さっきからこいつが発動している、凄まじい
「こっちで当たった攻撃が、お前の方では当たってない……考えてみりゃ、ラグった時の典型的な症状じゃないか。クソゲーではよくある話だろ? そしてこのゲームはクソゲーだ」
「……サンラク」
ここでようやく言葉が届き始めたらしく、カッツォが口を開き始める。だが遅い、俺とこいつの間には、クソ回線という名の巨大な壁がある。それは対戦においてはアドバンテージになりえたが、俺が会話の主導権を握る分には、カッツォは一手遅れての行動しかできない。ただの
「別に文句を付けたいわけじゃない……このゲームは
この十本勝負はあらかじめカッツォと約束したもので、日付まで含めてスケジューリングされている。こいつのリアルはプロゲーマーだ、マネージャーがちゃんとしていれば、オフと言った日はオフになる。突発的に仕事が入ったりはしない。GGCの一件についても……まあ、オンが別のオンに化けただけだしな。
でも……カッツォに何かがあった。多分プライベートな出来事だろう、オフと言った日が仕事とは別の何かによってオンに変えられてしまった。外出を強いられたカッツォは、仕方なくクソ回線の中で俺との対戦を始めることになった。それがうまく働いた結果が……0-9-1というスコアなわけだ。
「はは」
一拍遅れて苦笑いするカッツォの手元に素早く視線を飛ばす。人差し指が立っている――システムメニューからログアウトする気だな。させるか! 俺はカッツォの手首を掴もうと右手を伸ばし、同時にもっとも重要な一言を告げる!
「
掴んだ、これでこいつに洗いざらい――
「じゃあ」
ッしまった!
俺が手首を掴んでメニュー操作を妨害したにも関わらず、モドルカッツォはエフェクトを纏って
……いやまあ、悔しがる理由なんて『弱みを握れなかった』くらいしかないんだが。
「デート中にクソゲーするなよ……」
そう呟いて見上げた空は、誰かが発動したバグによって少し歪んでいた。
やっぱりパラシェルターってクソだわ