スリリング・ファームを起動した俺は、最速で大豆の栽培に向かった。
本来、初手大豆というのは悪手中の悪手―――それこそ、「ACEのセットアップでもしてるの?」と問われるレベルの悪手だ。大豆は痩せた土地でないと―――少なくともこのゲームにおいては―――育たないから、初期状態の肥沃な畑とは相性が悪い……それに、経済的な問題もある。このゲームでは、基本的に大豆や麦を作るより米を作った方が安定した収入が得られる傾向にある。「背景設定的に米より麦の需要の方がデカいのでは?」って話なんだが……まあ、そういうこともあるだろう、品種改良要素とかあるしね。
とにかく、そういう訳で初手大豆は基本ナシだ―――では、なぜナシにも拘わらず「ジョウロニスト」の異名を持つ程度には危牧マイスターである俺がこんなことをしているのか?理由は簡単だ。経済でも、業績でも、効率でも無く―――
戦闘、である。
◆
危牧の攻略コミュニティは閉鎖的だ。インターネットの場末も場末というべき場所にあってアクセスがしにくいし、そもそもがマイナーなゲームなのでアクセスしようとする人間からして少ない。それ故、その日唐突に現れた新メンバーが唐突に投下していったある情報は、あらゆる面で予想外な物だった。
その情報とは、これだ。
『はじめまして!前々からこのゲームはプレイしていましたが、攻略コミュニティがあるとお聞きして馳せ参じました!メイン武器は大豆です、よろしくお願いします!』
メイン武器は大豆。
そう―――このセンテンスは、最初は笑われるそれでしかなかった。『相当な変態だな』とかそう言う奴ね?でも、1時間半くらいしてからスクショ付きで書き込まれた、検証班による投稿を見るなり……誰も、それを笑わなくなった。
『大豆を投射魔法で撃つとなんかメチャクチャダメージが出る』
これにより、現在危牧コミュは大豆ブームの最中にある……どいつもこいつも、大豆を使ってRTAしたり、なぜ大豆でダメージが出て南瓜では出ないのか考察したり、ゲーム内の大豆を食うと割とうまいことを発見したりしている。
こうなると、俺も乗じざるを得ない。
◆
インベントリを6枠ほど大豆で埋めたあたりで、世界を轟風が埋め始めた。
流れが流れを打ち消し、流れが流れを創る―――そうした工程が幾千と重なり、最終的に大多数たる巨大な流れが君臨する。流れは爆焔めいた烈風を絶えず生み出し、幾万の実体を巻き込んで廻り続ける―――ゼピュラ・ジラのお出ましだ。俺は慌てず騒がずジョウロを取り出してエナジーウォーターを撒き散らし、大豆達に謎のエフェクトを纏わせて品質を維持する……大豆って水やっていいんだっけ?俺は首を捻ったが、頭上から降り注ぐ無駄に凝ったテクスチャの雨粒を見てどうでもよくなった……とにかく戦闘だ。奴はまだ倉庫までは辿り着いていないが時間の問題、とりあえずは、大豆を―――
「こっち見ろや低気圧野郎ォ~~~ッッッ!!【インドレア・アストラ・フルトヒーイング】ッッ!!」
投射ッ!!!奴を覆う雨と嵐の壁が、大豆の直進に薄布が如く貫かれ……キリン本体に着弾!!さすがは投射魔法、雷魔法の次に貫通性能が高いだけのことはある……基本的にゼピュラに対して炎は相性が悪く、風と水は吸収されるから、攻撃するとしたら雷か土だったが……案外無属性も悪くないな。俺は脳内で投射魔法への評価を上方修正しつつ、ダメージを詳細に観測する……いや。
「VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…………」
「……どうやら、確認するまでも無さそうだなァ……!!!」
クソキリンが振り向いた。不機嫌気味にこちらに視線を―――危牧に直感システムは無いが、俺はそれが敵意の視線だと瞬時に悟った―――向け、心なしか強くなったように思える雨粒と共に向かってくる。とりあえず倉庫へのタゲは外れたようだな……俺は安堵しつつさらに豆を取り出した。
「【インドレア・アストラ・フルトヒーイング】!!【インドレア・アストラ・フルトヒーイング】!!【インドレア・アストラ・フルトヒーイング】!!」
投射投射投射ァッ!!!確認、よーしちょっとよろめいたなその調子だッ!!今こそ成仏の時だぜクソキリンゥーーーッ!!!俺は日頃の雪辱をイイ感じに載せつつ自分は調子に乗って豆を投げまくった。実際、そのまま行けば討伐は完了して……そして、俺は危牧コミュニティでも極めて珍しい討伐者の称号を得られるはずだったのだ。
しかし。
「……何だァ?」
風向きが変わった。
投射魔法はあくまでもベクトルを加算する魔法でしかない。当然硬い壁にぶつかれば止まるし、時として跳ね返される事すらある……だが、今の問題はそれではない。
絶えず発射している大豆たちが……煽られている。描いた弾道は途中で横に逸れ、にっくきゼピュラ・ジラに届かないまま嵐に飲まれていく……どうしたんだ?投射魔法はかなりデカいエネルギーを発生させる、もちろん後ろに逸れるよりは横に逸れる方が簡単だろうが……にしても嵐ひとつで捻じ曲げられるほどヤワな威力じゃない。何か、他に原因が―――
―――その時、雷が鳴った。
慌てて、そして恐る恐る振り返った先には……ウシがいた。
「BMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…………」
そう―――俺は忘れていた。しばらくプレイしていなかった間に来た、大型アップデートの存在を……そして、そのアップデートによって実装された新たな災獣の存在を―――果たして、二つの嵐が接近したらどうなるだろう?引き寄せ合うだろうか、それとも反発し合うだろうか……どちらにせよ、莫大な甚風が発生するだろう。それこそ……大豆の一つや二つ、横に曲げられるほどの。
ウシはやはりこちらを見ると、もう雨なのか雷なのか風なのか分からない環境音に巨大な鳴き声を混ぜ込み……刹那の先には、地表に襲い掛かる無尽の雷があった。倉庫が、作物が、地面が……すべてが、抉られていく。
「…………ふざけんなぁぁァァァァァァッッ!!!!!!」
例外といえば……キリンと、ウシと、大豆を取り出して激高する俺くらいの物だった。