『核を撃つ時は気持ちが大事だよ、玲さん』
「は、はいっ」
サイガ-0はいささか気を張った声色で、ボイスチャットの向こうから送られたその訓示に相槌を打った。
目の前には、嵐がある。
彼女の視界を塗り潰す旋風は、もはやバグによる映像の乱れと大差ないほど激しく、凄まじいものだ。視界の四隅に表示されたアラートウィンドウたちは「耐久値極小」「被害甚大」「寝不足」などの文字列をこんなにもくっきりと表しているというのに、それより奥の
最高級ガレージの壁の耐久血をすさまじい速度で削りながら、ほとんどモザイクのようになった烈風は、嫌になるほどの轟音と共に全てを破壊していく。ときおり飛翔していく建造物の断片たちだけが、暴風雨が生み出したカーテンの向こうから、うすぼんやりとしたシルエットを投げかけている。――いや、違う。シルエットを生むものが、もう一つある。
災獣「ゼピュラ・ジラ」。
嵐禍を操る絶対の巨躯の、その前脚の蹄である。
『いいかな――』
ボイスチャットの向こうでサンラクが続ける。あからさまな鼻声だ。厄介なタイプの風邪をひいている。サイガ-0が
ベッドの中でタブレット端末か何かを開き、ボイスチャット越しにサイガ-0の画面配信を観ている彼は、先ほどの言葉に補足を加える。
『気持ちって言うのは、何も精神論の話じゃないんだ。……ゴホッ、俺が考えた「後出しじゃんけんチャート」の特徴は……ゲホッ。
「その、だ、大丈夫ですかサンラク君……?」
『ゲッホゲッホ! ……ああごめん、大丈夫だよ。それで――』
「いえ……もう喋らなくて大丈夫です」
それはサンラクの喉を気遣っての言葉だったが、だからといって偽りを含んでいるわけではなかった。
「――だいたい理解しました」
『流石だね』
「……っ」
サイガ-0は赤面した。とはいえ、想い人に悟られはしない。サンラクへの画面配信は一人称視点で行われるからだ。視線の移動なんかに動揺が現れないよう注意しつつも、ゲーム的に崩壊しつつあるガレージの壁に体重をかけ、
そこが狙い目だ。
彼女は考える。インターフェースを埋める紅のダイアログやけたたましいアラート音を通り過ぎ、精神を研ぎ澄まして考える。サンラクの『気持ちが大事』という言葉は……核爆弾の起動指令を、思考入力で行うがゆえだろう。ゲームオーバー時点でキャラクターのモーションは停止するので、手で起爆スイッチを押すことはできない。だが、思考入力なら――VRヘッドギア側の物理的制約を回避するために作られた、意図的な
轟音。爆音。破裂音。全てを無視する。直瀑に似て天板に響く熾烈な雨音を無視する。次第に拡大し増大していく周囲の揺動を無視する。脳裏で展開しかけていた、以前このゲームを遊んだ際の記憶すら無視する。記憶は必要ない。在るのは今だけだ。深海へと潜っていくような集中の感覚。サイガ-0は仮想の瞼を閉じる。
起爆の瞬間が訪れたら、サンラクが合図をしてくれることになっている。
<レイ氏、今だ!>
こんな感じで。
<レイ氏、今だ!>
『レ』が聞こえたら動き出す。
<レイ氏、今だ!>
ただ待つ。
『レ――』
(今)
サイガ-0は開眼して――。
『
「えっ!?!?!?!?!?!?」
自分に話しかけているのがサンラクではなく楽郎であったことに気づき、それまで考えていた全てが破綻し、ゲームオーバーになり、核爆弾を発動できず、なんかついでに転び、そうとうな低スコアを記録した。
リザルト画面で立ちすくむ彼女に対し、おそらくボイスチャットの向こうでは苦笑いをしているだろう、そんな声色で楽郎が言う。
『あー……惜しかったね。まあ
「……
『はい?』
「大まかな流れは把握しました。喉の痛みもあるでしょうし、通話は切っていただいて大丈夫です」
『いや玲さん、でも――』
「大丈夫、です」
そう言い切った
「その……掴んだ、ので」
今ならいくらでも核を撃てる。そう確信するに十分な