◇午前0時
サバイバル・ガンマンに連なる24の―――閉ざされていた物を除けば23の群孤島が一つβサーバーに、新しい一日が訪れた。しかしその新しい一日は、誰に影響を与えることも無い……孤島には、プレイヤーが一人として見られないのだから。何かが代わりにある訳でもなく、閑古鳥すら寝静まり、ただ物理演算がさざ波を奏でるばかり……その時のβサーバーは、θやχやμにすら勝る、本物の静寂に包まれていた。
◇午前1時
遠方の空から、複雑な形状をした欠片が飛んでくる―――ιの試作機の残骸である。空中で分解ついでに大爆発を起こし、βの砂浜に突き刺さったのだ。尤も、それを拾い上げる者は無い……荒れ狂う海波ですら飲み込むには足らず、夢の結晶は細砂に埋もれた。
◇午前2時
午前0時から午前7時までの間にランダム発生する漂着イベントが発生する―――壊れたマスケット銃、海藻、湿った木材、大振りのナイフ、そして『η鯖しっぽ取り大会!!』と記された大きな板。血文字は、怨念が込められているかの如く不気味に滲んでいた。
◇午前3時
一人のプレイヤーが遠洋から泳いで来る。水飛沫を撒き散らしつつ砂浜にタッチすると、海岸を埋めるナイフには目もくれず、180度方向を変えて元来た場所へ戻り始める―――κサーバーにおける伝統的タイムアタック・チャレンジ、『β鯖往復コース』の挑戦者である。
◇午前4時
一人用筏に乗って、一人のプレイヤーが上陸する―――筏にはυのマークが刻まれている。εサーバーやυサーバーは、協力の強さという点だけで見ればαにすら勝る―――それ故、『時間制で一人用筏をレンタルできる』というシステムも存在するのだ。上陸したプレイヤーは、海岸に三角座りして色々なことをぶつぶつと呟く―――εと和解する道は無いのか?本当に奴らが悪魔だというのは正しいのか?何かできることは無いだろうか?
そして数十分後、脈絡も無くばたりと倒れ、死ぬ……食あたりである。
◇午前5時
再び、漂着イベントが発生する―――システムは砂浜にスペースが無いと判断したのか、いくつかの物資―――ナイフ、死体、一人用筏―――を攫って行く。代わりに補充されるものと言えば……無意味に「δΔδΔδΔ←かっこいい!!!!」と書き殴られた板が、砂上に散乱するのみである。
◇午前6時
一人用筏に乗って、一人のプレイヤーが上陸する―――筏にはεのマークが刻まれている。εサーバーやυサーバーは、協力の強さという点だけで見ればαにすら勝る―――それ故、『時間制で一人用筏をレンタルできる』というシステムも存在するのだ。上陸したプレイヤーは、海岸に三角座りして色々なことをぶつぶつと呟く―――υと和解する道は無いのか?本当に奴らが悪魔だというのは正しいのか?何かできることは無いだろうか?
そして数十分後、脈絡も無くばたりと倒れ、死ぬ……食あたりである。
◇午前7時
一艘の筏がやって来る―――γサーバーの資源採取船である。漂着イベントの終了がちょうど午前7時なので、この時間帯に採取を行うのが一番パフォーマンス的に優れているのだ。一人のプレイヤーが降り立つ。
「ええと、木材は要らない海藻も要らない……ιのパーツだ、一応回収しとこう。ウオッマジかマスケット!!!!よーし回収回収……えーこの死体は何も持ってないっぽい……こんなもんか」
足跡だけを残して、筏と人は姿を消した。
◇午前8時
現実のそれと比較して2、3倍はある巨大な鮫が上陸した。σサーバーで踏まれたスタンピードイベントの影響で活性化したモンスターのうち一体である。スタンピードイベントはモンスターとの接触において特定のフラグを踏み抜いてしまうことにより起こるイベントであり、一瞬で発生しうる割に時に文明が崩壊する危険性を伴う……そんなイベントによる強化を存分に得た鮫は、しかして凶悪な眼光を辺りに振りまいて、島に人が認められないことを察すると……滞在期間を2分に満たさずして、別の島へと泳ぎ去って行った。
◇午前9時
遠洋に姿を見せる帆筏がある―――帆にαの血文字を照らす、明らかに協力を想定された構造。だが奇妙なことに、帆筏はそこから動かない―――10分経とうと20分経とうと、決してその場を離れずに、ただただ海に揺れている。
◇午前10時
筏に乗って数人のプレイヤーが上陸する。彼らは一切言葉を紡がず、ただ手に奇妙な動き―――θサイン―――をさせて意思疎通を行っている……彼らは林を、湖を、丘を……広範囲に渡って捜し歩く。しかしどうやら成果は無かったようで、2km級ハンドサインによって一斉召集された後、筏に乗って漂っていった。
◇午前11時
一つの密閉された缶が流れ着く―――漂着イベントとはまた別に、他鯖で捨てられた物が物理的に打ち上げられることがあるのだ。缶の表面には荒々しい字体で『【ノンフィクション】計画:試作品42』と刻まれており、缶底にはτの記号が見て取れる。
◇午後0時
α船が座礁したらしく転覆し、諸々の積み荷が大海へと投げ出される……如何にVRといえど画質には限界があるため判別は困難だが……しかし、一つだけ分かりやすい物がある。即ち、アイテムに混じって投げ出された生首……厳密にはその髪である。ギリシャ文字のξのような形状を描くそれは、恐らく過去の栄光そのものだったのだろう。
◇午後1時
「ウンババ!!!ウンババ!!!」
数人のプレイヤーと一層の筏が流れ着く―――Ψサーバーの資源採取船である。ようやくかとばかりにトライデント・オールを手放すプレイヤー達に、豪華な装飾に身を包む一人が指示を出す。
「トライデント、ザイリョウ、サガセ」
「オサ!!!オサ!!!ウンババ!!!」
プレイヤーたちが一斉に掲げた解体用携行トライデントが、陽光を反射してギラリと光った。
「オサ、カン、イル?」
「カン、トライデント、ツカエル、ナイ、イラヌ」
「ウンババー!!」
缶が投げ捨てられ、
「オサ、イカダ、イル?」
「イカダ、トライデント、ツカエル、ナイ、イラヌ」
「ウンババー!!」
一人用筏が放置され、
「オサ、シタイ、イル?」
「ホネ、トライデント、ツカエル、ツカエル、シアワセ、イル!!!!」
「ウンババー!!!!」
死体が解体され、
「オサ、ジンニク、イル?」
「ジンニク、トライデント、ツカエル、ナイ、イラヌ」
「ウンババ―!!」
人肉が放棄された。
そうして、40分と経たない内に―――孤島は、再び孤島となった。
◇午後2時
サバイバル・ガンマン―――引いてはVR全体には、『年齢別フィルタ』のシステムが存在する。すなわち利用者の年齢によって表示できるものを変化させ、適宜モザイクや描画の簡略化でもって目隠しを行うのである。しかし一方、サバイバル・ガンマンにはまだR18の設定が行われていない―――近々パッチが出るとの噂もあるが、今のところは未定である。それ故誰が見てもモザイクになるオブジェクトというものが存在する……現在、恐らくπサーバーから流れ着いたであろうそれは、まさしくそのカテゴリに属しているのだ。
◇午後3時
「レディも人が悪ぃよなァ」
一艘の筏の上に二人の男性―――双方、極端なまでの肥満体である。それは即ち食べられることに特化したキャラメイクであり……λサーバーにおける、代名詞的な存在だった。
「『β鯖のプレイヤーを食らいたいわ』なんてピンポイントでオーダーしてくるんだもんな……俺達のことを食わずに他鯖に行くっつーだけで相当酷いのに、それに加えてβとか言う微妙な位置の島だもんな」
降り立った二人は、雑談しながら浜辺を歩く。
「『マップの端と端が繋がってるからそこ経由すればショートカットできる戦法』みたいなのもできないっつー絶妙にアレな近さだもんな……どうせ過疎鯖を指定するなら、近い所でσ辺りにして欲しいわ」
「そもそも鯖によってプレイヤーの味って違うモンなの?」
「まあ、そうなんじゃね……って」
二人の内片割れが立ち止まり、足元を指差す。
「こんなところに死体が落ちてるじゃねーか!!!」
「ウオッマジだ、ここ基本的に無人島なのにやっぱ死ぬやつもいるんだなぁ……早速解体しようぜ!」
「よーしよしよし……アレ?」
「どうした」
「何だこりゃ……この死体、骨だけが抜き去られてる」
「解体が楽に済んでいいじゃねえか」
「いやでも」
「どうせ骨なんて重要じゃないだろ」
「ウーンそうか……まあアレだ、多分骨角器マニアかなんかが持って行ったんだな」
二人は取り出しかけたナイフを仕舞うと、死体……いや、死肉を担ぎ上げ、筏へと戻っていった。
◇午後4時
数人の人影が泳いで来る―――φサーバーのプレイヤー達だ。外見は様々だが、一つ共通点がある―――全員、アバターを負傷している。
傷口が痛むのか、悲痛な面持ちで座り込む彼ら。その内一人が言う。
「アレは一体……何だよ」
そして全員倒れ、死ぬ……食あたりである。
◇午後5時
近海に7発ほどの砲弾が、丁度ζサーバーのある方角から飛来し、着水する―――括り付けられた幾つかの死体も。このゲームのスクリーンショット機能には効果音が設定されていないが、見る者はそれでもこの事象の答えを導き出すだろう―――また『パパラッチ』の仕業か、と。
◇午後6時
一つの死体が流れ着く―――死体には全身に掛けてV……もといνの刻印が痛々しく刻まれ、更に胸部には文字が彫り込まれている。
『罪状:死刑
実刑:死刑
備考:死刑』
◇午後7時
α船でぶちまけられた貨物が、徐々に島へと流れて来る……最初に流れ着いたのは、οと記された木箱である。しかし木箱の中には何も存在せず、ただ海水だけが蒼涙のように空間を埋めるのみであった。果たして中身が海の藻屑と化したか、それとも最初から何も入っていなかったのか……今となっては分からないが、どちらにせよ木箱は空だった。
◇午後8時
モザイクでなお規制として足りない場合、VRエンジンはモザイクモザイクを行う―――即ち、マスキングや暗号化や欠落や黒塗りなどの規制法をこれでもかと組み合わせることで、破りようのないロックを行うのである。ρと記された木箱の中身はその典型と言える代物であり、例え五世代先のAIだろうと読み取れないほどの情報的ロックを生み出していた。
◇午後9時
―――よし。
わたしは安堵した。
午前1時にこの島に来てからずっと…………ずぅ~~~~っと隠れ続けて、遂に潜伏期間は20時間を超えた。流石にここまで長い間居れば、もう追っ手も居やしないだろう。大きく伸びをして、砂浜へと歩き出す……
乗ってきた筏が流されちゃったときはどうしようと思ったけど、代わりにεの人が補充してくれてなんとかなった。
鮫が流れ着いてきたときはひょっとしたら食われるんじゃないかと思ったけど、幸いこちらには気付かなかった。
θの連中が探しに来たときは見つかるかもと思ったけど、かくれんぼについては私の方が上手だった。
誰も……プレイヤーも、モンスターも、みんな孤島が本当は孤島ではないことに気付かなかった!!!!わたしの幸運、ばんざぁーーい!!!!!
わたしは腕を、
「―――海岸が……随分と、不自然なくらいに荒れてるよなァ」
伸ばせなかった。
なぜ?―――思考の末、拘束されているからという答えを導き出すより先に、背後に立つプレイヤーは話す。その声は、グロゴア・フェスティバルとでもいうべきこのゲームにおいては―――
「美化活動をする必要があるぜ―――そう思わないか、χ鯖民?」
―――珍しいほどに、幼かった。
◇午後10時
「βとχは、結果は同じでも本質は対極にある筈だ―――つまり、βは外に出まくるが、χはずっと引き籠ってる。そんなχ民がどうしてこの島にいる?普通に考えて、εとυが和解するレベルでまずないことじゃねーか」
幼女―――μ-skYの白肌は、夜の冷気も相まって、びっくりするほど冷たかった―――まるで、首に突き付けられた拳銃のように。恐怖に落ちていく精神を感じつつ、どうにか答える。
「……そういう貴方は、どうして」
「簡単な話だよ―――今日の朝実装されたω鯖に、なるべく早く乗り込むためさ……αやΨは待機場所には適さねえからな。多少時間が掛かっても、βが一番適切だ……まあ、どうも不穏な気配がして辞めたけどな」
それは、つまり。
「まさか、わたしより更に前から……?」
「まあな―――流石に一度見ただけのχ民を探すのはキツいんで、尻尾を出すのを待たせてもらったぜ」
「…………」
絶句する。
「それで、お前はなぜ―――イヤいい、何となく分かった。お前、さてはやらかしたな?」
「…………」
「黙るか?いいだろう―――当てて見せよう。そもそもωとχはかなり近い、ちょうどβから行くのと同じくらいの時間でお前はωまで行けたはずだ……いくら籠ってばっかりのχ鯖民でも、新実装されたサーバーに軽く下見に行くくらいはするかもしれない……というか、お前はしたんだ。そして何かをやらかした―――新鯖に来てすぐできるやらかしと言えばタカが知れてる」
「……何が言いたいの」
「分かってるんだろ?お前がスタンピードイベを踏んだって事実さ。あのイベントは起こるだけなら一瞬だからな……大方、ピット器官かなんか持ってる敵がいてかくれんぼが通じなかったんだろう。その後お前は戦犯扱いされるのが嫌で、端同士で繋がってるβに逃げ込み……ほとぼりが冷めるのを待とうとした」
背後の幼女は……とても楽しそうで、とても幸せそうで、とても嬉しそうで……それでも、銃は何の感情も持たずに頸動脈を狙っていた。
「……認めないわ、わたしはそんなクソ戦犯ムーブしてない」
「裏付けだって取れるぜ―――まず明らかに漂着物が多すぎる、漂着イベントとは無関係に海に捨てられたのが流れ着いた方……後死体な。思うにこいつは……ωのスタンピードで活性化した鮫に、輸送中のブツがカジられたってところじゃないか?」
「……要らなくなったアイテムを海に捨てただけかもしれないじゃない」
「τ鯖の【ノンフィクション】」
「……えっ」
「アレはどう説明するんだ、あの缶は開いてすらいなかったんだぞ、開けてもいない試作品を海に投げ捨てるのかよ」
「…………」
「他にもあるぜ、例えばあの鮫。σなんてかなり遠くで活性化した鮫が、どうしてこんな辺境まで流れ着く?普通はもっと近くにある……λとか、φとかにまず行くだろう。φについては既にやられてたから行かなかったで説明がつくとして、λは……さてはあいつら逃げたな?ωで発生したスタンピードを速めに感知して、他の鯖に住民を分散させたな?多分他鯖のプレイヤーが食いたいってのは建前で、実際は配下共を遠征させるための方便だろう……うまい事やったもんだ」
「…………Ψ鯖の連中はなんで無事なのよ、Ψはωに最も近いのよ」
「逆だよ―――あいつらはαやγほどじゃないがβに結構近い位置にいる。それなのに資源採取が遅すぎる。多分、ωからとにかく離れることを優先して敢えて端から行かない航路を取ったせいで遅くなったんだ……まあ、単に端から行く航路を知らなかった可能性もあるけどな」
「………………シニャアアアアアアアアアス!!!!!!!!!!!」
「はいそこ」
幼女の構えたリボルバーは、反動と効果音を伴って弾丸を撃ち出し……そして、正確無比に彼女の眉間に穴を空けた。
◇午後11時
仮想世界故か、若干誇張された感のある星空の元……孤独な幼女は、傍らの死体を漁りながら……
「まったく、別に戦犯だからってどうこうする気は無かったのになァ……」
そう、本物の静寂を掻き消して呟いた。
「…………」
そして、しばらく無言でアイテムを吟味し……
「…………あっこれヤバいわ」
呟きと共に倒れて死んだ。
食あたりである。
◇午前0時
サバイバル・ガンマンに連なる24の―――閉ざされていた物を除けば23の群孤島が一つβサーバーに、新しい一日が訪れた。しかしその新しい一日は、誰に影響を与えることも無かった……つい、2分ほど前までは。
「うおおおおおグラ凄えなこれ……」
現在は、違う―――島の一角に、新規プレイヤーが降り立ったからである。
「……いや凄いんだけど……コレMMOだよな?プレイヤーは?プレイヤーはどこにいるの?????」
呟きつつ、彼は砂浜を進む……波は昨日を全て掻き消し、砂には彼の足跡だけが記される。
そして、彼は発見する。
「……おっ、筏あんじゃん」
海岸にひっそりと泊められて、月明かりに影を落とす……丁度人間が一人くらい乗れそうなサイズの筏。お誂え向きにオールまで添えられたそれを見て……
「……行くか」
彼は、迷わず進んだ。
◆
そして5分後、βサーバーの静寂は……遂に、完全な物と化したのだった。