フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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罪過

それは、すべての始まりだった。

 

ギリシャサーバーの中で最も()()()なそのサーバーは、最も()()()な住民を多く受け入れ、最も()()()に繁栄した。

すべての始まりのその瞬間まで、罪というものは存在しえない。始まっていない、つまり()()()()ものに罪を定義することはできないからだ。もしそんなことができたとすれば、世界はすべてを罪で包まれ、輪廻を回すことさえできなくなってしまう。

だからこそ。

 

「……おいおいおい」

 

そのサーバーに最初のプレイヤーが降り立つまで、この二十四島に罪は存在しなかった。

 

「…………グラ凄すぎだろ」

 

それは見方を替えれば、彼が―――

 

「……俺以外に……まだ、誰もいないんだよな」

 

―――████████(????????)こそが、他ならぬ()()の持ち主である、という事になる。

 

♰α♰

 

 

 

 

 

罪状は、流刑という事になっていた。

 

どこで言い渡されたのかはわからない。とは言え()()()()()()()わけではなく、ただ()()()()()()()()というだけだ。長い漂流の中、自分が刑罰を受けているのか、それとも単に他の島に移動しているのかがわからなくなり、有耶無耶の果てにたどり着いたのがこの孤島だ。

とりあえず顔を上げてみて、太陽の存在を確認する―――昼間だ。同時に、バカの大声が聞こえないことからここがφではないことを理解し、ローラーチェーンの軋みが聞こえないことからιではないことを理解し、()()()()()ことからθの線も消えることを理解し、そしてそもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことから、ここがαでも、γでも、δでも、εでも、ζでも、ηでも、κでも、λでも、μでも、νでも、ξでも、οでも、πでも、ρでも、σでも、τでも、υでも、χでも、ψでも、ωでもないことを理解した―――はて、このゲームは隅から隅まで探検したつもりだが、これ以外にサーバーなんてあっただろうか?

そんな疑問が頭を(よぎ)った時、自分が清算すべき罪過が、自分の下に広がる刑罰が、急に頭に入ってきた。どこで言い渡されたのはわからない。しかし、どこ()言い渡されたのかはよくわかる。迫害されやすい出身地だという事は記憶していた。しかし注意しても引っ掛かり、結局は()()へ逆戻りだ―――

かつて自分が放り出した砂浜を、水濡れの足で踏みしめた。

 

♰β♰

 

 

 

 

 

「構えェーーーッ!!」

 

その瞬間、銃殺刑が開始された。

或いは既に開始されていたと言えるかもしれないが、それは揚げ足を取る類の言説だ。何せ、構えられるその瞬間までそもそも銃は()()()()()()()のと同じことだ。銃が登場していない銃殺刑と言うのはせいぜい()()でしかなく、誰も死んでいないことを考えるともはや()だ。銃殺刑という名がついているからには刑罰の内容は銃殺でなければならず、銃殺という名がついているからには殺害の内容は銃でなければならない。結局銃の登場がすべての起点であって、すべてはそこから展開すると言えた。

 

「……ちょっと待てやコラ」

 

そこで、先ほどの発言に異が唱えられる。

 

「……どうした()()()、遺言タイムはもう終わってるぞ」

 

「そういう事じゃねェよ……」

 

古典的な拘束具に身を包まれる男は、現状にこれでもかと不満をぶつけ始めた。

 

「ゴミクズだよ……お前ら全員ゴミクズ!まず構えがなってない、そんなヘナチョコポーズ構え~~って言われてやるモノか?コラ。ここをノベルゲーと間違えてるんじゃねーだろうな」

 

「どうでもいいだろそんな事ー!」

 

非難が飛ぶ。

 

「そりゃお前らのポーズはどうでもいいさ!何せさっき言った通りお前らは全員ゴミクズなわけで、わざわざゴミクズのポーズに気を掛ける必要はない!……だがなァ、ゴミクズに構えられる銃の気持ちにもなってみろよ!」

 

非難を飛ばす。

 

「ふざけんなー!お前ごときより俺の方がずっと銃を理解してるぞー!」

 

「そうだそうだ、俺の方が理解してるー!」

 

「ふざけやがってー!」

 

非難の応酬が発生する。

 

「そもそも冷静に考えて銃殺って刑罰として成り立ってなくね?」

 

誰かが呟いた。

 

「確かに」

 

「だよなぁ」

 

「銃殺されるのってゲーム内だったらめちゃくちゃ楽しいもんな」

 

「罪過の生産手段として軽すぎるよな」

 

「なんなら重さマイナスまであるよな」

 

賛同の声が集まる。

 

「……待てよ?つまり、銃殺は()()()()()()()()()()()()()ってコトだよな」

 

「そういう事になるな」

 

「じゃあ銃殺し合えば銃殺し合うだけ楽しいじゃん」

 

「そういう事になるな」

 

「だったらさぁ……()()()()()()()()()()いいのでは?」

 

「……?」

 

「つまり俺たちが銃殺し合いまくってドンドン楽しんでいる中で、死刑囚だけ蚊帳の外で俺たちが楽しんでいるのを見守るしかない……ってモデルだ」

 

「なるほど!」

 

「確かに苦しさ0でも苦しさマイナス100と比べれば相対的には苦しいな!」

 

「その例えはよくわからん」

 

「つまり残弾1のマガジンより残弾30のマガジンの方がずっと優れてるってことだよ!」

 

「なるほど!!!!!!」

 

「よし、さっそく殺し合おうぜ!」

 

「死刑囚を流れ弾で死刑しちゃわないよう注意しないとな!」

 

「一発目行くぞ~~~!!!」

 

轟音が響き、罪過が散った。

 

♰γ♰

 

 

 

 

 

男が二人いる。

両者ともに、あまりに典型的で、陳腐で、簡素なキャラクターメイクを施している―――それこそ、見分けがつかなくなるほどに。無人島と化して久しいこのδサーバーを、この瞬間だけ()()()と化す唯二つの影は、()()()()()()()()と共に睨み合う。

δサーバーには、最初から最後まで罪と言う概念が存在しなかった。罪には与える側と与えられる側の2種類が存在しなければならない。しかし、かつて()()()()を行った彼らは()()()()()()()()()なんてくくりがそもそも不可能なレベルで、お互いに信じあっていた。だからこそ、他のサーバーに粛清されるまで、一かけらの罪も帯びないままに、無垢な島であり続けた。

 

その面影は、最早無い。

 

現在のδサーバーには罪過が渦巻いている。正確に言うと、罪過()()渦巻いていない。もっぱら決闘の場として使われるようになったこの地は、相手に罪を認め、その相手の方も相手に罪を認めている……そんな人々に使われるのみとなってしまった。過去の罪が存在しなかった時代は残滓として残るのみで、それすらも誰かにとっては罪だった。

 

効果音が、響いた。

 

アバターが一つ倒れるのを確認したもう一つのアバターが、物も言わずに海岸へと歩いていく。

 

5分後、無人島は再来した。

 

♰δ♰

 

 

 

 

 

「υ許すまじ!!!!」

 

「「「「「「υ許すまじ!!!!!」」」」」」

 

歓声とも怒号ともつかない声が、辺りを埋め尽くす。

 

「さあ諸君!見たまえ、そして知りたまえ!υの住民が織りなしてきた野蛮と暴力の歴史、そのごくごく一部を!」

 

一人のプレイヤーが演説をしている。どこか無機質な印象を与える服装は、その実このサーバー全体で()()のものだ。

 

サバイバル・ガンマンは基本的に極限サバイバルゲームだが、一部の要素はなかなかにゲーム的なものだ……それは例えばデスペナルティ、もしくは―――スクリーンショットの、共有。

 

二つの人影が一つのスクリーンに出現し、数百の瞳に映りこむ。

一つの人影と一つの死体へと画面が移り変わり、誰かが小さく悲鳴を上げる。

 

「見たまえ―――この、倒れたのが誰かが分かるかね!?」

 

「誰だ?」「誰だ?」「いったい誰なんだ!?」

 

「そう……我らが同胞、εの住人に他ならない!」

 

「なんだって!?」「ε民なのか!?」「どうして!?」

 

「では次に……この、銃を撃ったのが誰かがわかるかね!?」

 

「υの野郎だ!」「υだ!」「υに違いない!」

 

「そうだろうとも……そうだろうとも!いいか、υの連中はこのように、とんでもない悪事を働いてきた!君たちは、奴らの薄汚い毒牙にかかりたいかね!」

 

「絶対に嫌だ!」「嫌に決まっている!」「想像するだけで寒気がする!」

 

「そうだろうとも、嫌だろうとも!―――ならばここに宣言しよう、我々は、断固として彼らに抵抗するのだと!」

 

「「「オオオオオオ!!!!!」」」「何でこんな遠くからの撮影でυ民だってわかったんだ……?」

 

「ユプシロン鯖は一人も生かすな!!!」「連れていけ」

 

「「「ウオオオオオオオオ!!!!!!!!」」」

 

止まらずに、罪過だけが生み出され続けていた。

 

♰ε♰

 

 

 

 

 

天守閣 卵白は、ピラニアの餌食にならないよう足元に注意しつつ、前方の()()()しました。

VRゲームにおいてスクリーンとはすなわち視界(スクリーン)、だからこそ視力によってスクリーンショットの品質は変化します。彼の場合、キャラメイク時に継ぎ込んだ膨大なポイントによって、それはこのゲームにおいて正しく最高のものになっていました。

 

目を、凝らします。

 

見えるのは―――二つのアバター。両者は簡素なキャラメイク故瓜二つで、少し目を離しているうちに入れ替わっていても気づかないかもしれません。そしてだからこそ、彼は瞬き一つ行わず、妙にリアルな仕様によって目が乾き始めることも厭わず、とにかく両者を視界(ファインダー)に収め続けようと、ただただ一点を中止し続けました。

 

両者は銃を持っている、その事実を、ゲームという媒体故に異様に強化された双眼が伝えます。それはすなわち未来において()()が発生するときの証左です。

視界(シャッター)を切るべきは()()()後、そして同時に()()()()より前です。相手に気付かれては本末転倒、筏と孤島には結構な距離を設けてあります―――効果音(サウンドエフェクト)の伝達は、無視できないレベルのラグを伴う。だからこそ、動体視力、反射神経、集中力―――すべてを投入し、()()()瞬間にはそのまま視界(レンズ)を光らせる必要があるのです。

 

待ちます。

 

待ちます。

 

待ちます。

 

待ち―――発砲―――シャッターを切り、もう1枚分の先行入力を行います。

 

サバイバルゲームに似合わない近代的ユーザーインターフェースが、彼に行動の()()を告げます。

ほとんど同時に……いえ、それより早かったかもしれません。彼は安堵と共に、思わずこう呟いたのです。

 

「……さて、どこに投げ込もうか」

 

罪過は、伝播します。

 

♰ζ♰

 

 

 

 

 

筏がある。

 

かつて存在していただけで、巨大なる抗争を発生させた筏だ。そこには「YEAH☆イータ魂」「マジおもろい!青春の道」などと言った益体も無い怪しげなフレーズが血文字にて羅列されている。そんな益体も無い文字たちの存在も、またあの巨大なる抗争の他ならぬ一因となっていた。

 

筏がある。

 

クオリティが低く、今にも壊れてしまいそうな筏だ。しかし謎の()を発しているのもまた事実で、そこにはほかの孤島には決して無しえなかった独特の雰囲気が醸成されている。いや、醸成されていた、というのが正しいだろう。

 

筏がある。

 

結構に巨大な形状をしており、十数人程度なら乗り込めそうな筏だ。とはいえその行動が実際に適うことは無く、筏のついでに砂浜にも血模様が描かれる事態を招くばかりだった。もはや叶わなくなった航海を認めないかのように、差し込む陽光は異様なほど強い。

 

筏がある。

 

妙に不揃いな木材を妙に不揃いな蔓で束ねて作られた、歪な筏だ。そこに至るまでの共同作業の数々は、多少の歪さをそのまま「面白さ」として置換することに成功しており、例え本来の長さより5メートル短い木材が納品されたとしても「見ろよこいつwwwww5メートルも間違えてやがるwwwwww」と笑うだけで普通に筏に使いかねなかった。というより、実際に使った。彼らは、自分たち同士で罪過を認め合うことを決してしなかったから。

 

筏がある。

 

かつて存在していただけで、巨大なる抗争を発生させた筏だ。自分たち同士で罪というものを認め合わないサーバーに、それそのものが罪過の持ち主であるという糾弾を与えるに至った筏だ。とは言えすべては過去の話で、侵攻者たちは自分たちの世界(サーバー)に帰って行ってしまったし、被侵攻者たちも自分たちの世界(リアル)に帰って行ってしまった。ここに残っているのは、無数の怨念だけである。

 

筏がある。

 

♰η♰

 

 

 

 

 

悲鳴一つ聞こえない静けさが、青空の下で蔓延っていた。

θサーバーにおける罪過の清算方法は、他の大体のサーバーと同じように()()である。しかし、一つ特殊な点が存在する―――島そのものが、根本的に()()()()()()()を要求してくることだ。

かつての彼らは、単に人との交流を嫌うだけだった。そのために静かであるよう努め、コミュニケーションは最低限のハンドサインで済ませた。しかしその結果、()()()()()の側が変化した。静かなサーバーに活きるモンスターが得物を捕まえるためには、より音に敏感にならなければならない。そう判断した人工知能たちにより上方修正(バフ)を加えられたモンスターたちは、ただ少しの音―――例えば、()()―――を出すだけでも、敏感に反応し襲い掛かってくるような調整を加えられている。そのため、この島では処刑すら静寂の中で行われなければならない。

 

よって。

 

「……」

 

ここに、()()が開始された。

 

「……」

 

処刑者は無言、罪人は無言、当然のことながら立会人も無言。形成される異様な空間の中、小さな―――本当に小さな打撃音(サウンドエフェクト)が響く。

 

「……」

 

繰り返される義務的な殴打には、何かしらの儀式を思わせる側面があった。

 

「……?」

 

そして、誰もが次第に気付き始めた。

罪人、或いは死刑囚は……()()()()()()()()。止めに入ろうかとも考えた。しかし、考えるだけなのと実際にサインを出すのとでは訳が違う。何となく言いづらい雰囲気が作られ、このまま上手く行くだろうという楽観が周囲を埋め―――

 

そして、爆発が発生した。

 

処刑の手段としてより手早く済むナイフではなくわざわざ拳が選択されているのは、非常時に手が塞がっているとサインを出すことができないからだ―――だからこそ。

 

「…………!!!」

 

有効活用されたその利点によって、()()()()は瞬時に伝達され―――

 

KAAAAAAAAAAAAAAAA…………

 

「……!!!!!!」

 

しかし、それは既に遅く。

 

突如として天空より飛来した巨大生物―――渦烏(カガラス)によってすべてが破壊されたのは、まさしく一瞬の出来事だった。

 

♰θ♰

 

 

 

 

 

よう、随分久しぶりの新顔だな……まあ、実際に顔が見えるわけではないけど。どうだ、とりあえず身の上話を……なんだって、()()()()()()?そりゃそうだろう、地下牢なんだから。俺もあんたもこの孤島(サーバー)では犯罪者、この孤島群(ゲーム)だとちょっとわからないが……まあ俺たちはβ民じゃない、ゲーム全体の事なんて考えるだけ無駄だよ。とにかく俺たちは犯罪者だ。犯罪者、分かるか?罪過を背負った者。罪過には当然清算の義務が与えられる……()()さ。俺たちは薄暗い刑罰の真っただ中で、こうして談笑する以外に何もできないんだよ。空が見えない?そりゃそうだろう、地下牢なんだから。俺だって最初は戸惑ったさ、あのどこまでも深くて、どこまでも広くて……どこまでも美しい青色を、長い間拝めないってんだから。しかしだな……罪過と言う天秤の片皿に乗り込んでいる以上、俺たちにとってそれは避けようのない事実だろう?あんたが何をやったか知らないけど、とにかく地上の連中はあんたから空を奪い取らないといけないって決心したんだ。奪われた空にいつまでもしがみつくな。空なんていくらでも作り出せるぜ……空想してみろよ、重力に揺られ、風切り落ちる自分の肉体(アバター)を。空想できたか?いい兆候だ。よし、収まってきたな……じゃあ身の上話といこうぜ、ほら。外にいようが中にいようが、夢見る相手は変わらないんだからな。

 

♰ι♰

 

 

 

 

 

まさにその時、幕が開いた。

 

何の幕か?()()だ。何との戦いか?()()()()だ。プレイヤーたちは泳ぐのに必要な筋力について最適解を導き出した結果として漏れなく屈強なる男性、それらが束となって眼前の食人魚たちに襲い掛かる!

日光を受け白く輝く獰猛さの象徴のごとき牙にも怯まず、唯一の得物たる量の拳で持って群れを成すそれらをこれでもかと攻撃する!

大海の中の一つの果て、極めて熾烈な争いである!

 

「うおおおおお!!!」

 

「「「「うおおおおおお!!!!」」」」

 

誰かの一つの叫びが、誰かたちの十数の叫びによって返答される!それはさながら衝突する波紋、彼らにとってはごくごく見慣れた光景だ!潜り込んだ海から垣間見える揺れ動く水面(みなも)のように、戦線は自由自在に変動する!

 

SHAAAAAAAAAAAAA!!!

 

ピラニアの群れが散り、またκサーバー民の群れも散る。両者における唯一の違いと言えば()()()()()の有無に他ならない!だからこそ彼らは恐れず進む、ただピラニアの根絶だけを目指して!

 

「よっしゃあああああああああああ!!!!」

 

彼らの戦いに……蠢く罪過が描き出す輪廻に、終わりは決して存在しない!!

 

♰κ♰

 

 

 

 

 

罪過が積みあがっている。

 

サバイバル・ガンマンにおいて、死体は非アクティブ……要するに()()()()状態が一定時間続くと消失する仕様になっている。とことんまでリアリティを追及するこのゲームにしては珍しい仕様だが、とはいえ()()()()()なんて仕組みにリアリティがあるはずもなく、それにいわば付随した仕様という事ができる。

 

罪過が一つ、手に取られる。

 

それは要するに、死体を保存するだけでも()()()()()を必要とする、という事だ。太った男は両手に抱えた皿をどうにか地面と平行になるよう保ち、目の前の()()が事を終えるのを、ここ十数分にわたり待ち続けていた。

 

罪過が貪られる音がする。

 

男は罪過を己と重ね合わせ、いずれ必ず到来するその罪にまみれた瞬間を夢想して、期待に胸を膨らませ、顔面を露骨ににやつかせた。

 

罪過が一つ減り、また別の罪過が発生した。

 

♰λ♰

 

 

 

 

 

μサーバーに罪過は存在しない。

 

「はぁッ、はァッ、ハァッ」

 

なぜかと言えば、()()()()()()()()()()()からだ。

 

「クソ、クソがッ!!」

 

(スカイ)が黒く染まるなら、μ(ミュー)-skY(スカイ)は赤く染まっている。そして構えた拳銃(ピストル)からサウンドエフェクトを鳴らし、かなりの精度をもって他者を追い詰めて見せる。

 

「やめろ……来るなよ、こっちに来るな!」

 

μ-skYは答えない。しかし標的を負う足取りが遅れず、それどころか速くすらなっていることだけでも、彼女は十分に()()()と言えるかもしれなかった。

 

「ひぃ、ヒィィッ!」

 

必死で打ち込んだ銃弾は掠るどころか明後日の方向に飛び、後方の幼女の足止め一つ成さない。プレイヤーは絶望の淵で、今自分がどうすればいいか、考えて―――

 

()()()()

 

―――地面に、押し付けられた。

 

「が―――」

 

―――四肢が、いつの間にか存在しない。

 

「ねんねん……」

 

―――最後の力を振り絞って首を動かし、何やら()()()()()μ-skYの顔を見る。

 

「……ぁぁ」

 

―――それは、太陽のような笑顔だった。

 

μサーバーに罪過は存在しない。

 

♰μ♰

 

 

 

 

 

少なくとも、()()()()は。

 

♰μ♰

 

 

 

 

 

νサーバーには罪過しか存在しない。

 

「お前、これで何処刑め?」

 

「13だな」

 

「あ~~~負けた!俺11だわ」

 

他愛もない会話が、首を固定する木材の隙間で交わされる。

ざん、と、何かが斬り落とされる音が聞こえる。

 

「今回は何で処刑されるわけ?」

 

「『サーバー名間違え罪』だな」

 

「お、同じだ」

 

ざん、と、またしても音が聞こえる。

 

「いや~~しかしこの斬首式処刑にはまだ慣れないなあ」

 

「なんか違和感あるよな、前の磔式の気分が抜けきってねーわ」

 

「磔式、やっぱ効率性に劣るからな……」

 

ざん、ざん、と、音がだんだん近づいてくる。

 

「まあ慣れが肝心だよ、結局はこの斬首式だって、もう5回くらいやられれば逆に磔に戻れなくなるはずだ」

 

「……ああ、そうだな!」

 

「さて、そろそろだな」

 

ざん、ざん、ざん。音が、つい間近まで迫っている。

 

「おしゃべりはこの辺にしておこうぜ」

 

「ああ、『処刑中私語罪』で()()()()食らったらたまったもんじゃねーよ」

 

「よし、それじゃあ―――」

 

ざん。

 

「」

 

ざん。

 

「」

 

ざん。ざん。ざん。ざん。

 

罪過が無限に生み出され、無限に清算されていった。

 

♰ν♰

 

 

 

 

 

髪がそのまま強さを表す場合、()()は何を生み出すのだろう?

 

今、まさにそれが確かめられようとしている。

 

「……よし」

 

両手に握ったナイフ2本の感触を確かめつつ、プレイヤーは()()の成功に喜んだ。彼の髪型はドリルツインテールの中でも()()のカテゴリに属するものだ……ともすればドリルツインテールであるかどうかがそもそも意見の分かれどころになる、このサーバーにおいては大きなディスアドバンテージを抱えたキャラメイク。とはいえ()()()が今回の潜入のカギになっている以上、彼もおちおち文句は言えないはずだ。

 

「……へへ……」

 

しかし、実際は違った。

 

彼は、この島に……というより、この()()()、そしてそれを内包する世界を憎んでいた。なぜかというと、『超短髪だが一応ドリルツインテール』というプレイスタイルを取りたいだけなのに、そのキャラメイクを行うだけで絶対にこの忌々しいξサーバーに飛ばされてしまうからだ。彼はこれを紛れもない()と考えており、さらに『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』の要領で、ξサーバー、そしてそこで大きな顔をしているトップ層までもを憎んでいたのである。

 

「もう少しだ、もう少し……」

 

既に、前方に髪の先端は見えている。

 

あのにっくきHigh飛車の髪だ。本体……つまるところもう片方の先端は視界に入っていないが、そんなものの位置は極めてどうでもいいことだ。

暗闇にも拘らずどこからか光を受けて輝くナイフを、笑みと共に翳す。

さあ、と言おうとした。

 

「さ―――」

 

あ、が出る前に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

おかしい、髪は確かに前方に、数メートルも先にあるはずだ。突然赤く変転する視界を通して考える。そして、答えを出す―――そうか、()()()()()()のか。

 

未然に防がれた罪過が、血液を流し地べたに伏した。

 

♰ξ♰

 

 

 

 

 

かなり根深い所で言い争いが起こっている。

 

「我らがピノン様の民に決まっておろう!」

 

「違うにゃ!ニャンジェルさまにゃ!」

 

「リスリスちゃんだと思うッス」

 

「かなこ」

 

「明らかにSHELLYたんでしょう!」

 

「……ゆ、違うゆぅ、これも違う、うゅ……発音できねえ……」

 

「あ、僕帰ります」

 

元はと言えば、問題は一つの殺人から始まった。

このサーバーには7つの支配者が存在し、それぞれが別々の方針(サークルルール)を定めている。それらの方針はおおむね同じで、殺人を他ならぬ罪であると断定している点も共通する。しか、し一つだけ()()()が存在し―――

 

「往生際が悪いぞ貴様ら!()()()()は水攻めに決まっておろう!」

 

「いいやにゃ!火炙りが正解にゃ!」

 

「絞首刑が最強ッス」

 

「かなこ」

 

「SHELLYたん大解剖ショーの非検体ですよ!いやあ、幸せ者ですね!」

 

「……ゆ、なわけあるか……逆に『め』だけ?そんなはずないし……」

 

……そう、確かに殺人は罪だ。だが、その罪過を()()()()()()()()()()については、陣営(オタサー)ごとに意見が分かれているのである!

彼らが作る議論の(サークル)に囲まれ、被告人の肩身はかなり狭いものとなっている。七つの領土の()()()上で殺人をして見せたその獰猛な顔は今や無く、怯えて縮こまり震える姿だけがそこにあった。

 

「うるさいぞ貴様ら!そもそも殺されたのは我らがピノン様の民、であれば裁くのも我らに決まっておろう!」

 

「にゃんだと!?こいつはもともとニャンジェル様に忠誠を誓っていたにゃ!裁くべきはニャンジェル様にゃ!」

 

「でも死体が横たわってたのはリスリスちゃんの領地ッスよ」

 

「かなこ」

 

「肝心の殺人が起こったのはSHELLYたんの領地だって検証見てないんですか!?」

 

「ゅ……あれ?今言えたんじゃね?ゅ……よし、ゅか、ゅか!!!やった!!!!!」

 

議論が紛糾している。

被告人の顔はどんどん青ざめていく。すべてに絶望したかのような態度が徐々に色濃くなり、またそれに伴って頭のうなだれ具合も増加していく。そして。

 

「うわああああああ!!!」

 

「「「「「あ」」」」」

 

「かなこ」

 

人と人が作る隙間をかいくぐり、被告人は地を蹴り走り……そして、目の前の断崖へと……一直線に、落下していった。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「……………ふう」

 

「どうするにゃ?」

 

「そうッスね……」

 

「かなこ」

 

「……お開き、ですかね?」

 

「ゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅ」

 

かくして、罪過の清算は終えられた。

 

♰ο♰

 

 

 

 

 

おっぱい罪。

 

♰π♰

 

 

 

 

 

ロールプレイへたくそ罪。

 

♰ρ♰

 

 

 

 

 

結論から言って、σサーバーの住民はかなりの罪過を背負っている。

 

最も大きな原因は何かと言えば、名前がかっこいいことではないし、φの進行を許したことでもない―――()()()()()()()()()()()()()()こと、である。

このゲームにおいて、孤島たちは(ひと)つ残らず孤立している―――にも拘わらずどうして一つのサーバーのスタンピードイベントが罪過に繋がるのか。そんな疑問を抱く読者もいることだろう。

 

簡潔に言えば、暴走(スタンピード)した当のモンスターたちにとっては、言うほど孤島たちは(ひと)つ残らず孤立していなかった……という事になるだろう。

 

KAAAAAAAAAAAAAAAA…………

 

巨大な烏が空に飛び立ち、

 

SHAAAAAAAAAAAAA!!!

 

無数のピラニアが群れ成し海を往く。

 

スタンピードイベントは、サーバーに()()するモンスターの危険度(パラメータ)を底上げするイベントである。そして()()という条件は、渡り鳥も回遊魚も例外なく判定する。そのため―――

 

「おい、待て、よ……」

 

呼び止める誰かの声も虚しく。

 

「待て、って……がはっ」

 

薄らみ行く骸の中に、ただ反響して消えるのみだ。

 

♰σ♰

 

 

 

 

 

「ライオットブラッド・アンデッド飲んだ?」

 

二人のプレイヤーのうち一人が陽光を浴びながら聞いたので、もう一人は答えた。

 

「もちろん発売日前日に買って日本版1本米国版2本飲んだぜ!最高だったな!」

 

「ああ、最高だった!」

 

「いや~~~エナジーカイザーに台頭して新フレーバーまで結構待ったけど、価値は十分あったよな!」

 

「ああ、ミント風味が五臓六腑に染みわたった!」

 

そんな会話が繰り広げられているところに、

 

「死ねェ~~~ッ!!!」

 

脈絡もなく初期装備(ナイフ)を持った男が襲い掛かってきたので、

 

「うるせ~~~!!!!」

 

プレイヤーのうち一人がそれを殺害し、ついでに装備品を奪い取った。

 

「何だ今の」

 

「多分栄養ドリンク勢の奴らじゃないか?懲りないよなああいつらも」

 

横たわる()()()()()()こともなく、彼らは世間話を再開する。

 

「というかさあ……実は今朝、新しい飲み方を試してみたんだよ」

 

「へえ?どんなやり方なんだ」

 

死体が、徐々にその透明度を増していく。

 

「無印とアンデッドを1つの缶に半分ずつ注いで、一気に飲んでみたんだ!なんか尋常じゃなくキマって驚いたぜ!」

 

「なんだって!?それは考えたことなかったな……そうか、アクセル、レジストに加えてフレーバーが増えたことで三つ目の摂取法が生まれたわけか!名前は何にしたんだ?」

 

誰にも見向きもされないままに、死体は―――

 

「ああ―――ミックス、だ」

 

「なるほど、こいつはまさに新時代のエナジードリンキングだな……血潮が暴れ(ライオットブラッド)るぜ!」

 

―――このサーバーの根底に存在する罪過を象徴するように、消えていった。

 

♰τ♰

 

 

 

 

 

「ε許すまじ!!!!」

 

「「「「「「ε許すまじ!!!!!」」」」」」

 

歓声とも怒号ともつかない声が、辺りを埋め尽くす。

 

「さあ諸君!見たまえ、そして知りたまえ!εの住民が織りなしてきた野蛮と暴力の歴史、そのごくごく一部を!」

 

一人のプレイヤーが演説をしている。どこか無機質な印象を与える服装は、その実このサーバー全体で()()のものだ。

 

サバイバル・ガンマンは基本的に極限サバイバルゲームだが、一部の要素はなかなかにゲーム的なものだ……それは例えばデスペナルティ、もしくは―――スクリーンショットの、共有。

 

二つの人影が一つのスクリーンに出現し、数百の瞳に映りこむ。

一つの人影と一つの死体へと画面が移り変わり、誰かが小さく悲鳴を上げる。

 

「見たまえ―――この、倒れたのが誰かが分かるかね!?」

 

「誰だ?」「誰だ?」「いったい誰なんだ!?」

 

「そう……我らが同胞、υの住人に他ならない!」

 

「なんだって!?」「υ民なのか!?」「どうして!?」

 

「では次に……この、銃を撃ったのが誰かがわかるかね!?」

 

「εの野郎だ!」「εだ!」「εに違いない!」

 

「そうだろうとも……そうだろうとも!いいか、εの連中はこのように、とんでもない悪事を働いてきた!君たちは、奴らの薄汚い毒牙にかかりたいかね!」

 

「絶対に嫌だ!」「嫌に決まっている!」「想像するだけで寒気がする!」

 

「そうだろうとも、嫌だろうとも!―――ならばここに宣言しよう、我々は、断固として彼らに抵抗するのだと!」

 

「「「オオオオオオ!!!!!」」」「何でこんな遠くからの撮影でε民だってわかったんだ……?」

 

「イプシロン鯖の奴らに人権はねぇ!!!」「連れていけ」

 

「「「ウオオオオオオオオ!!!!!!!!」」」

 

止まらずに、罪過だけが生み出され続けていた。

 

♰υ♰

 

 

 

 

 

筏作りは、終始罪悪感にまみれた作業だった。

 

何せ、己の両手は他ならず()()()()()いる―――普段の()()()いる状態、そしてそれを是とする信念に真っ向から反する行為だ。しかし一方で、それは仕方のない事でもある。素手で生い茂る木たちを()()()()だなんて、よっぽどの力が無ければとてもできない、斧の使用は効率化のために不可欠だ。

 

だとしても、罪悪感はある。

 

ふと、辺りを見渡す―――同じ信念を宿す仲間たちが、それでも斧という誘惑に抗えず文明の効率に身を費やす姿が見える。それは間違いではないだろう、()()銃狂いのγの連中でさえ筏を作る時には斧を使っただろうし、飛行機狂いのιの連中にしても時には筏に頼っただろう。この孤島群(ゲーム)で筏を必要としないのは、せいぜいκの奴らくらいだ。

 

「……はァ」

 

だが……それも、仕方のないことだ。積み上げた罪過は因果を動かし、時に自分を()()させてくれる。あの幾度と無く夢見た行先が目の前にあるからには、手を伸ばし、そして伸ばした手で斧を振るくらいの事はしなければならない。

 

「…………」

 

ふと、無言で()()を一瞥した。

 

恐ろしく美しい青い海と、恐ろしく毒々しい()()()―――その境界のずっと先に、ωサーバーは孤独に存在した。

 

♰φ♰

 

 

 

 

 

サバイバル・ガンマンで最も平和ではないサーバーを聞けば、返ってくる答えは様々だ―――基本的にはμやλが強いが、εやυにも両者()()()()の票が加えられ、更にはψなどの最近になって危険度が増したサーバー、或いは()()()()()()()ωも選択肢に入ってくる。

 

だが―――最も平和なサーバーを聞いた場合、果たしてどのような答えが返ってくるか。まず挙がるのはほぼ無人のβ、δ、σなどだが、σについてはスタンピードイベントの余波が未だ残っているため除外されるし、残り2つについても()()()()()()()()人間自体はまれに存在するため除外される。「平和なサーバー」の定義は、多少の野生動物(モンスター)の数よりも、人間と人間の争いの少なさを重視する。だからこそ、例えプレイヤーがある程度協力しているサーバーであっても、部品を巡る遠征や闘争が絶えないιは除外されるし、最近()()()()につき治安が悪化しつつあるα、そして言うまでもなくτも除外される。

となると―――結局のところ、一番いいのは()()()だ。多少断末魔が聞こえるとしても、その声に3秒以上意識を傾けることなく、ただ()()()ことに専念し……他者に罪を課さないし、そもそも課す罪なんて最初から存在しない。だからこそ―――

 

「……よし、()()だ」

 

―――世界を果たさんとする()()()たちは、χサーバー……最も()()な孤島たるそこを、移動の際の中継地点としていた。

 

「オッ見ろ砂浜に銃が落ちてるぜ!ラッキィ~~~ッ!!」

 

「ウワほんとだ、よこせ!そいつは俺の銃だぞ!」

 

「うるせ~~!!!」

 

銃声が鳴り響き、赤色の罪過が砂たちを濡らした。

 

突如勃発した猟奇的事件への反応は薄い。この空間における多数派(マジョリティ)は全員隠れているし、少数派(マイノリティ)は同時に共犯者でもあるからだ。

では共犯者たちは何をするかと言えば、それは各々によって違う―――ある者は喫煙(HP回復)を、またある者は漂着物漁り(残弾補充)を行い、脈絡もなく倒れこんで睡眠を始める者もあった。VRゲームは入力の自由度が高いから、プレイヤーはただ生きているだけで十人十色かつ千差万別に個性を出し始める。

 

だからこそ。

 

「……おい、おいヤベェぞ!!」

 

()()()()()()()()()()……そう考えて姿を消していたであろうプレイヤーが、孤島に再び出現したとき。

 

「セプテントリオンが―――やらかした!!」

 

その時、人が、事実が―――そして罪過が、隠れるのをやめ公に晒された。

 

♰χ♰

 

 

 

 

 

月明かりが、寂しげに差し込んでいた。

 

「…………はぁ」

 

砂浜に一人、プレイヤーが座る。サバイバル・ガンマンは過酷(ハードコア)な世界であるため、人類に補正(フィルター)は与えられず、月の光と申し訳程度の暗順応(アダプテーション)のみが手掛かりである。

実際のところそれはあまりに不十分で、砂浜は暗闇の底だった。

プレイヤーはふと立ち上がり、どこへともなく彷徨い始めた。ここ一時間で十三回目だ。破壊されてしまった何かの()()を追いかけるように、無意味な散策が短期間行われる。

 

そもそも、誰が悪かったのだろう?プレイヤーは考えた。文明を直接的に破壊したのは確かに()()()だけど、俺たちにも間接的要因はあったのかもしれない―――果たして、誰が本質的な()を持っているのか。

 

さざ波は答えない。崩壊した文明のごとく、もしくは人の手が加えられていない自然のごとく、野放図に押し寄せ去っていく。尤も、暗闇はその姿すら隠してしまったのだが。

 

そう……ある程度まで来た文明は、誰かに破壊(デストロイ)される運命にあるのかもしれない。プレイヤーはそう思った。このψサーバーは()()()()()。和気藹々と楽しみ、不安もなく文明を発展させ、あまつさえ人間関係をも構築した。そう、このゲームは平和ではないことを前提としている。そこに強引に平和を樹立しても、結局は崩壊するだけなのかもしれない。

 

そんな風に思いを馳せながら歩いていたところで、プレイヤーは()()()()()

地面に刺さったトライデントに、つまずいたのだ。

体勢を立て直して、屈みこんで、拾い上げたそれを抱きしめた。

 

ああ、懐かしいな―――プレイヤーは思った。もはや、罪を持っているか持っていないかにかかわらず、ただあの頃に戻りたいという欲求だけがそこにあった。プレイヤーは泣こうとしたが、この世界に涙は定義されていないので泣けなかった。

 

そして、その時。

 

「……?」

 

プレイヤーの目の前に、突然()()()()()()()()()が展開した。

 

♰ψ♰

 

 

 

 

 

「……クソが」

 

目の前のウィンドウを一瞥し、男は呟いた。

とにかく強調された書体(フォント)()()()()()()()()()()()と踊るそのウィンドウを、掴み潰す勢いで乱暴に閉じる。

 

辺りにエンド・コンテンツが広がっている。

 

それはずっと体験してみたかった場所だ。「ωサーバーだけ無いの怪しいよな」とか「待てば端っこの方に実装されるんじゃね?」といった噂は正しく、彼はその出身地の3()()()()()()という特性を利用し、この世界の果て(コンテンツ・エンド)に一番乗りでやってきた。

だが、サービスはもうすぐ終焉(コンテンツ・エンド)を迎える。

()()の発覚から……本当に、恐ろしいほど早い発表だった。どんな時代にも絶対的なタブーというものは存在する。VRゲームの安全性は、他ならぬそのうちの一つだった。

 

「…………クソがッッッ!」

 

殴る。そのあたりに生えている木を、殴る。拳からの出血を厭わず、殴る。あからさまに生えている棘を無し、殴る。木がオブジェクトとしての耐久値を全損して()()()()()()まで、その行動を続けた。

()で何が起こっているのかは何となく把握している。呟くべき言葉も理解した。サービスの終わりが近い。男はそれらの事実を踏まえ、言った。

 

「……()()()()()()()()()()()()()!」

 

♰ω♰

 

それは、すべての終わりだった。

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