フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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筏を作ろう!:μ

「筏を作ろう!」

 

そう発言した4秒後、プレイヤーの首は走る鮮血と共に落ちた。

暗殺されたのだ。

 

「ああ、そうだな!」

 

そう発言した3秒後、プレイヤーの首は走る鮮血と共に落ちた。

暗殺されたのだ。

先ほどのプレイヤーの発言から2秒後に発言したので、この空間に静寂(サイレント)が訪れるまで、しめて5秒がかかった計算になる。

 

……いかだ、ね

 

刃から滴る血液すらもどこか静かに感じさせる、そんな騒音の対極のような幼女は、横たわるふたつの死体を眺めながら呟いた。

それは本当に小さな……ともすれば、()()()()()()()()()()()可能性すらあるような本当に小さな呟きだった。実際のところがどちらなのかは、唯一の証人たる幼女自身に委ねられるが……とにかくこの呟きないし思索が、この場に、しいてはμサーバー全体を席巻する静寂に一切干渉しなかった、とは明記しておこう。

そんな、三日月ののぼる夜の事だったのだ。

 

 

μ-skYは筏作りを開始した。

材料は、先ほどキルしたプレイヤーたちが用意してくれた。

一つの筏が作れるほどの大量の木材を用意するためには、相当の手間がかかっただろう……それをこの静寂(ルール)を破ったものから死んでいくμサーバーで成し遂げるためには、どうにか自分の監視をかいくぐる必要がある……恐らく、ログイン時間の統計を取って、ログインしている可能性が薄い時間帯を狙って作業したのだろう。μ-skYはそう考察した。彼女()のリアルは学生で、生活(ログイン)の周期が規則的になりやすい。

 

よっ

 

またしても、呟きなのか思索なのかを本人にしか断定できないような、恐ろしく小さな呟きをふと発する。そしてその勢いで、7本目の丸太を紐の上に移動させる。幼女というキャラメイクは何かと便利だが、こういう筋力(STR)が必要な時には不便だな……そんなことを考えながら、μ-skyは8本目の丸太へと移動する。

 

ふう

 

サバイバル・ガンマンは他のゲームと比べてもとんでもなくリアルだ。それは彼女()がこのゲームを好む理由の本質ではないが、しかし全く関与しないわけでも無い。

そして、そのリアルさの一例こそが……汗、である。()()()()なんて要素が―――それも、メインテーマとしてではなく()()()()()()―――用意されているVRゲームなんてほとんどない。

単純に実装が難しいのもあるだろうが(実際、このレベルの技術が当然になるのは()()()()になりそうだ)、仮に技術が進歩したとしても、汗なんてほとんど実装されないんじゃないかな、と彼女()は思う―――だって、汗をかくというのは、基本的には不快感を伴う体験だから。

でも、彼女()はこのゲームで汗をかくのが好きだ。

服をべとりと湿らせ、透かして背中に貼り付けるその感覚は、まるで自分自身が溶け出すような……現実ではなく、この世界(ゲーム)の住人でいられるような、そんな気持ちにさせてくれるから。

汚れた(汚れる、というのもこのゲーム以外では早々見られない表現だ)服をより一層汚さんとする、滴る液体たちを拭いながら、μ-skYは8本目の丸太を移動させた。

 

 

「筏を作ろう!」

 

そう発言した2秒後、プレイヤーの脳天は飛ぶ鮮血と共に開いた。

暗殺されたのだ。

 

「ああ、そ……えっ?」

 

そう発言した1秒後、プレイヤーの脳天は飛ぶ鮮血と共に開いた。

暗殺されたのだ。

 

先ほどのプレイヤーの発言から1.5秒後に発言したので、この空間に静寂(サイレント)が訪れるまで、しめて2.5秒がかかった計算になる。

これは奇しくも、先日のものと比較し、今回の暗殺はちょうど2倍の効率で行われた、という事を物語っていた。

 

「……まだ懲りずにやってたのか」

 

幼女は呟いた。呟きか思索かわからないなんてことは無い、明確にはっきりと、口から声を出した。

……ただし、()()()で。

 

「……筏……イイな。()()で狙えばハイドさえできてればそう反撃されないし、何より……」

 

携えた暗器(マスケット)を持ち変える。

 

「……声が、出せる」

 

そう呟くと、μ-skYは空になった弾倉を海に放り投げ、()()()()()を得るがため、深い青色の上を漕ぎ出した。

オールに、手汗と海水とを混ぜ滲ませながら。


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