「筏を作ろう!」
無意味に殴り合いをする人間、無意味に殴り合いをしない人間、そして死体の3種類が散らばる砂浜にて、無意味に殴り合いをしない人間の男は言った。
「えぇ……」
周囲にいた無意味に殴り合いをしない人間、そして無意味に殴り合いをしていたが相手が死んだので無意味に殴り合いをしない人間になった人間などは、彼の提案に露骨な難色を示した。
「……なんだよお前ら、筏が作りたくない?」
「いや別に……」「筏なんていくらあってもいいもんな」「作りたくないわけではないよ」
「じゃあ何でそんなイヤそうなんだよ」
「斧が……」「斧がね……」「斧がな……」
理由は一目瞭然であった。
φサーバーにおける筏作りは半ば禁忌と化している。なぜかというと簡単な話で、斧の効率が良すぎるからだ。つまり、φサーバーの住民には基本的に"素手で戦う"という掟がある……というより"素手で戦う"という掟があるものがφサーバーの住民になるのだが、筏作りに当たってはさすがにということで斧が使用された。
繰り返そう―――これの効率が、良すぎた。
拳はどんな人間にも手を握りさえすれば入手できるが、斧は違う……ある程度進んだ文明がなければ、サバイバル・ガンマンにおける鉄的な何かでできた斧を手に入れることはかなわない。そして基本的に、手に入りにくいものは強い……というより、強いものが手に入りにくい。そういうわけで、その
「……ええい、わかったよ」
その文脈を当然把握している男は、仕方なく言う。
「じゃあアレだ……
余りに荒唐無稽なその提案は、誰が反対することも無く、自然とサーバー内の総意へと拡大していった。
◇
バイバアルは木を殴っていた。
平均的に見て細くも太くもない、しかし今の自分にとっては間違いなく太い……そんな木だ。
「……オラァッ!」
叩き込んだ一つの拳が、木を傾ける轟音と共に、樹皮にできている赤色の染みをさらに広げる。
染みと同様に赤く塗れた拳が痛いが、こんなものは慣れっこだ―――邪魔にもならない。
「……オラァッ!」
再びの、轟音。
轟音にしては木の受けるダメージは小規模に見え、バイバアルが今のところ赤い染み以外、木に対し目立った干渉を行えていない。
これ一本切り落とすのに何時間かかるだろう―――バイバアルは考えようとして、やめた。素手縛りで生きると決めた以上、あれこれ考え時間を食うより、ただ目の前の目標に対し、全力で拳を叩き込む―――それが、最も効果的なのだから。
「……オラァッ!」
足元の赤い水溜まりが、殴打と共に勢い良く揺れた。
◇
集まった木材は、どれもこれもこびり付くような赤色をしていた。
実際、こびり付いていたのだ。
恐ろしいほど長い素材収集の道のりから一転し、相対的に見てほとんど一瞬のような手間で終わった組み立て作業の後、バイバアルたちが筏を海に浮かべてみると……一緒になって、赤色の粒子たちが霧のように海面を染め始める。
しかしそれでもなお赤色はまるでテクスチャを占拠するようにこびり付いていて……総合的に見て、筏は完全に紅に染まっていた。
やはり赤く染まったオールを手取り、バイバアルが宣言する。
「ヨォシ!―――試運転の、時間だァ!」
「「「「ウオオオオオオオオ!!」」」」
歓声とともに次々と乗り込み始める屈強な男たちを、それを想定して更に屈強に作ってある筏は受け止め切って、溶けやんだ赤色を見送りながら、筏は砂浜を出発した。
一部始終は、太陽によって照らされていた。
◇
「なッ……なんだ、アレはッ!?」
崩壊した文明の痕跡が散乱する砂浜にて、ファーストブラッド氏は真紅に塗り上げられた洋上移動物体を観測した。
「おい、おい、おい、おい……」
「もしかして―――
実際、彼は2分後に死に至るわけだが……その血液はσサーバーにおいて
このサーバーで出会った血飛沫のすべてに、同じことが言える。