フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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現実を舞台にしたシーンもあるぜ


COLLAGE

◇A

 

「何がしてえんだ?」

 

 そう訊いたバイバアルの表情は軽蔑というより、もはや憐みに近い色をしていた。

 φの孤島、森林区域。気温調節など自在なはずの仮想の世界で、わざわざべたついて蒸し暑い空気を漂わせた、人工の難所。その一角――猿や豚(モンスター)に見つかる心配の薄い、茂みの影に二人は立っていた。一人の野人と、一人の()()は立っていて――いや、厳密にいえば屈んでいたというのが近いかもしれない。身長差でかたむいた視線を交わしながら、神妙に言葉を紡いでいた。

 幼女の髪は輝かしい黄金の光を纏っていて、重力に従って垂れ下がり、細い身にまとった黒のタンクトップや、首に巻き付けたスカーフの鈍い色の生地をすこし覆っては、その光輝を余計に強調している。薄く繰り返される息遣いに合わせて、頭上に表示された『サンラク 』の名前が上下したかと思えば、(みどり)色の瞳が刹那、瞬きによって隠され――すぐに大気にまた曝された。そこに映りこんだ大男の像が、少し間をおいてまた口を開く。

 

「そンな()()()でよ」

 

 幼女の瞳が少し泳ぐ。幼い指先が腰から吊り下げたリボルバー銃を少しかすめて、それを目端でとらえたバイバアルも、握った拳に込める力を少し強めた。

 スカーフのうえで口が開かれる。

 

「……うるせえ」

 

 幼女は()()()()でそう言った。

 やはり野太いバイバアルの声が、彼女の中の()に問いかける。質問をする。

 

「服、色、武器、声……全部違うじゃねェかよ。 ()μ()-()s()k()Y()なんてバカやるにしてもよォ……もうちょい本家に寄せる努力が必要なんじゃねえか?」

 

 碧(紅ではなく)の瞳が、露骨なほどに狭まり歪む。そのまま幼女の指先あたりで、かちゃっと金属音がして、次の瞬間には頭蓋を拳が打っていた。掲げられかけたリボルバー(自動拳銃(デザートイーグル)でも小型拳銃(デリンジャー)でもなく)は取り落とされて空中を舞い、本体が吹っ飛んでいくのに合わせ、『サンラク 』(『サンラク』ではなく)という書体の連なりも、茂みの向こうへ消えていく。スカーフ(マフラーではなく)の布先が慣性に従って、靡きながらそれもまた消える。

 

「……ッたく」

 

 バイバアルは大きなため息をついてから、まだ痛み(フィードバック)に焦がされている拳を少しさすった。しかるに視線を僅かに上に向け、鬱蒼とした樹冠をしばし眺める。

 

「どういうモチベでやってンだか……」

 

 その呟きと同時にガサッと大きな音がして、何十何百の木の葉が、飛び立つ小鳥たちのように散った。

 

「げっ」

 

 その異変に気づいた野人が、咄嗟に振り向いたころには既に――。

 

BHYYYYYYYYYYYYYY

 

 先ほどの打撲音を聞いて訪れた巨大な魔豚(マトン)が立ち聳え、数秒後に来る大男の(デスポーン)という事実を、深く濃い影にして彼の全身に落としていた。

 

◇C

 

 収穫自体は間違いなくあった。

 年月の中で変色して汚れてしまったと思われる、旧型きわまる自動ドア。そいつがが開くよろよろという動きに若干のじれったさを感じながら、僕は中古屋の玄関マットの上で僅かに立ち止まった。そしてすぐ、もう一度歩き出す。

 まずは出入口を潜り抜け、冷房のきいた店内から、蒸し暑い東京の空気に飛び込む。レジ袋の持ち手を握る片手には、早くも汗がにじみ始めている。

 

「……暑すぎでしょ」

 

 口ではそんな風に不満を言うけど、ほんとのところ、内心かなり気分がいいという自覚もあるのだ。

 この電気街のレトロゲームを売ってそうな店を片っ端から巡る活動も、始めてとっくに数年になる。()()()()が一つも見つからないまま帰宅するような一日も、その中で何度も経験してきた。その点今日は――すでに、三本。そのうち二本はパッケージなし、メモリーキューブのみのバラ売りで、二本の中でも一本は「ジャンク品」のラベルを付けられていたけど、とにかく三本。目当てのゲームを回収できている。気分も視線も歩道を叩くつま先も、自然と上を向くというものだ。

 そう、上を向いた視線。

 視界の中。積乱雲の浮かぶ大空をバックに立ち並ぶいくつものビルディングはどれも、大なり小なり表現媒体(メディア)を備えている。例えばあの小ぢんまりとしたやつの屋上に掲げられている、塗装がはがれかけた英会話教室の看板だって、れっきとしたメディアの一つ。それとも最たるものを言うなら――一際高いあのビルに備わったプロジェクターが空中に描く、あたらしいバイクの立体投影(ホログラム)。電気屋の壁に沿ってささやかに走る電飾。逆に動きのない、清涼飲料水の壁面広告。新旧さまざまな媒体がさまざまな道で、僕の脳みそを揺らそうと試みてくる。

 そんな中、個人的に最も存在感があるのは……。

 

『サバイバル・ガンマン事件から今日で四年』

 

 などと考えながら、意識を集中させた先。数ある電気屋のうち一つが壁面に掲げる、特大の液晶ビジョンの中で――ニュースキャスターの顔つきの下には、そんなテロップが連なっていて。

 僕はなんだか印象というより、単に感心してしまった。気づけば右手に込める力は強まっていて、レジ袋が軋むかさっという乾いた音が、右耳をちょっと不快めに擦った。

 その中に眠っている三本もの悪魔のゲームが、悲鳴でも上げたのかもしれなかった。

 

◇B

 

 病室の空気は青かった。

 窓の外の景色を薄く遮るカーテンは蛍光灯の青の中ですごく控えめに揺れ動いていて、すぐ近くにある死の淵がもっと、柔らかくて、平和なモノでもあるかのように、僕の頭を騙しにかかってきていた。

 横たわる彼の口がおもむろに開かれ、青の流れもそれに合わせて、少し動きを変えるかに思えた。

 

「生きていくゲームなんだ」

 

 一聞きで代理発声型人工声帯のそれとわかる、感情の核をどこかに置き忘れたような無機質な声。

 

「いくら病室暮らしといっても、一日中VRゲームを遊ぼうとすれば医者が止める。真っ白な天井を眺めるだけのヒマな時間だって、そりゃ――昔の漫画に出てくるほどじゃないけど、長い。だから考えるんだ、どうでもいいことを、いろいろ。で、これは一昨日あたりに思いついた話だが……」

 

 そういえばこの時も袋の中には、悪魔のゲームが眠っていた。

 

「『サバイバル・ガンマン』という一つのタイトルの中には、生のイメージ(サバイバル)死のイメージ(ガンマン)の二つが同時に存在している。アイロニカルな構造ってやつだな。そういう視点でこのゲームを捉えると……確かに、こいつは秀逸な題名だとわかる」

 

 その袋はやはり僕の手に収まり、重力と慣性に手解かれ、すこし揺れ動いていた。

 

「さっきも話したけど、このゲームはダメージフィードバックの再限度がすごく高い。それを目当てに遊んでるやつもたくさん見て来た。だが俺としては……痛みという死の体験を踏まえてこそ、何かを食ってみたり、作ってみたり、走ってみたり。そういう生の体験が、より強調されるゲームだと思うんだ」

 

 袋の取っ手に込める力だって、やっぱり、自然と強くなっていたのだ。

 

「現実の俺にはもう――食うことも、作ることも、走ることもできないから」

 

 彼の――。

 友人の。

 きっと頭の内側では、何億の感情を織り交ぜていたはずの、諦観が代表する呟きは。

 人工声帯という篩にかけられて、ただ悲しそうなだけの何の変哲もない音声となって、僕の耳まで退屈に届いた。

 

「わかったよ」

 

 僕の肉声もやはり、退屈だっただろうか?

 それは実際、わからなかった。友人がそれについて言及しなかったというだけではない。もし本人に直接、僕の声の退屈さについて問いただしていたとしても、やっぱりわからなかっただろう。なぜなら退屈さを語る友人の声そのものが、つい先ほどと同じように、人工の退屈のフィルタをかけられ、均一に病室に響くのだから。

 

「ありがとう」

 

 無機質な感謝を背に受けながら、僕は病室をゆっくりと立ち去った。託された一本のゲームについて、いろいろ思いを巡らせながら。

 

◇C

 

 フルダイブVRというメディアの草創期、ゲーム販売における「パッケージ版」という体系は一時的に復活を遂げた。

 ハード側の変遷に伴い、ゲームデータの持つ容量がハーフダイブVRのそれとは比べ物にならないほど膨れ上がったことで、ほとんどパッケージ販売を食い尽くす勢いだったダウンロード販売が、むしろ、『通信帯域的に非現実的な選択肢』というところまで下降することになったのが原因だ。またその一方、電子情報記録媒体はムーアの法則がどうで進化を遂げ続けていた。庶民の回線だとダウンロードするだけで丸一日かかるようなゲームでも、メモリーキューブを集積倉庫からトラックやドローンで運んでもらえば、オプションによっては二時間で手に入る。そもそも自分で足をのばし、小売店へと買いに行く選択肢もあるのだ。

 数年で通信分野にいろいろなブレイクスルーが訪れて、パラボラアンテナはもう一度ドローンとの間に大なり符号を置かれ、パッケージ版は再び絶滅危惧種に戻った。しかし――サバイバル・ガンマンが売り出された時点では、そうではなかった。さらにいえば法改正の前だったから、設定されたコピーガードも、今よりずっと甘かった。

 だからこういうことができる。

 

「……ハズレか」

 

 自室。

 作業机の上には何本ものケーブルがスパゲッティめいて無秩序に束ねられていて、その群れの先に、コネクタがあった。VRシステムを介さずして、メモリーキューブから直接情報を吸い出すための――まあ、声高に合法とは言えないコネクタ。例のジャンク扱いだったキューブに繋がったそいつは、僕の装着したARグラスへと、キューブに関する諸々のステータスを流し込んでくる。

 そもそもステータスが見えているという時点で、ひとまず第一関門は突破している。ジャンク扱いだから当然だけど、パッケージ付きで売られていないものの中には、そもそも読み取りが不能なキューブも多く流通しているのだ。サバイバル・ガンマンはかなり悪名高いゲームで、メーカーによる自主回収も行われた過去がある。中古品として出回るより先に、ショップ側が勘付いて販売を取り下げるケースも少なくない。

 結果としてパッケージつきのものは入手しづらく、メモリーキューブのみで販売されるもの――特にラベルが一部剥がれるとかで、それがサバイバル・ガンマンのキューブだと一目ではわからないような状態のものが多い。当然そんな状態では、読み取り困難な個体も多くなる。だから吸い取りシステムとの接続が成功しただけでも、ひとまず、運のいい方ではあるのだ。

 でも、そこで終わりだった。

 サバイバル・ガンマンのスクリーンショットは、まずゲームデータとしてメモリーキューブに保存された後、それをゲーム内機能で書き出して画像ファイルとして取得する方式。しかし逆に言えば――書き出しが終わった瞬間、キューブ側に保存されたデータは削除していいことになる。

 容量的な余裕はかなりあるから、別に必ずしも消す可能性はない。しかし中には几帳面なプレイヤーというのがいて、そういうやつのカメラロールには直近の数枚くらいしか残されていない場合が多い。あるいは中古で売り飛ばすに際し、すべてをリセットする選択肢をとった人物も。一つ目のキューブに残されていた画像はたった二枚。何かの綺麗な貝殻の接写と、砂浜に掘られた筏らしきものの設計図の写真だけだった。

 

「ん~……」

 

 二つの写真のタイムスタンプを見比べると結構なずれがある。もしかすると設計図の写真に関しては、ゲーム内でも閲覧する可能性があるからと、データ整理の際も残しておいたものなのかもしれない。

 ……なんにせよ。

 

「次だ」

 

 僕はコネクタからキューブを引っこ抜くと、袋から取り出したまた別のキューブで置き換え、しばらくファンが回る音を聞いた。

 

◇B

 

 少し迷って、『続きから』を押した。

 僕はあくまで――継ぐ立場であるべきだと思ったから。

 墓の中の彼から託されたサバイバル・ガンマンのメニュー画面が、仄かに光を帯びて遷移(トランジション)した。あれをロードしていますこれをロードしていますとダイアログがしばらく連なって、最後に――視界が開けた。

 夜空。

 最初に見えたのはそれだった。

 むしろ夜海の波浪みたいに、わずかな濃淡を与えられた黒が、どこまでも奥に突き抜けていた。自分が首を上げているのだと自覚する。そのあとまばらな星々を見た。打っては引きゆく波音を聞いた。鳥か何かが――。横切った。

 喉まで肺まで骨のすべてまで、仮想の夜がすでにひんやりと、浸透しているのだと分かった。

 

「へえ、確かに……」

 

 だから、呟きかけた。

 だというのに首筋にひどく鋭い痛みが走った。何をされたかわからないまま血管の中の夜が漏れ出ていく感覚だけがあって、振り向こうとしてリアルに飛び散る鮮血が目に入る。そういえばすごく熱い。目端が動き切る前にもう一度、今度はわき腹を刺された。おかしい、痛すぎる。死のイメージとかそういうレベルの話ではない。煮えたぎっている生が漏れ出ては僕の発声を既に不能にしていて、そんな中視界の端に映ったのは金色の髪だった。何かがちぎれるのではないかってくらい見開き切った眼窩が絶命の瞬間にただひとかけらだけ影を捉えた。影。――影! 幼女の、影!

 

ι(イオタ)もこんなもんか」

 

 貫く視線と――。

 

◇C

 

 二本目のソフトもやっぱり違った。

 いやまあ……こちらは幾分、マシではあった。まず前提として記憶領域が破損してはいなかったし、さらにカメラロールにもかなりの画像が認められた。銃器、モンスター、料理、建物。先ほどと同様、貝殻に設計図。単にサバイバル・ガンマンの資料を集めたいというだけだったら、まったく大当たりのソフトといえよう。

 ただ……違うのだ。

 

「通常鯖の人のやつだろうな……」

 

 サバイバル・ガンマンの経験者たちはほとんどインターネットに情報を落としていなくて、彼らにも友人にも残された僕としては、大部分を想像で補うほかない。ただ……サーバー分けに関しては別だ。そもそもこのシステムこそが、悪魔のゲームにまつわる社会問題の元凶に近いのだから。

 サバイバル・ガンマンには大きく分けて、二種類のサーバー群があった。痛覚表現を始めとした様々なリミットを、解いたサーバーと、解いていないサーバー。大半のプレイヤーは後者で遊んでいたけど、ごく一部の――人体実験的過程で選別されたユーザーだけが、前者に割り振られていたという。僕にキューブを託した友人も、おそらく前者の部類だったはず。病室で零した発言もそうだし、彼のセーブデータを引き継いだ僕が感じた痛覚が、明らかに規制解除状態のものだったのが何よりの証左だ。

 僕が集めている写真は通常鯖ではなく……あくまで前者、規制解除鯖のものに限っている。だから、このキューブもハズレだ。僕はすっかり慣れた手つきでコネクタからまた箱を外し、また別の箱を取り付けた。薄暗い照明が強調する空気を、塵埃がわあっと散って溶けていった。

 

◇B

 

ι(イオタ)もこんなもんか」

 

 貫く視線と低い声色で告げられたその言葉を聞いてああこいつは現実では男(ネカマ)なんだなとか考える状況にはすでになく僕の仮想と仮想ならざる脳に刻まれた説明のつかない何か鋭いものがデスポーンの感覚とともにむしろ強まった。暗転していく視界の向こう、倒れ伏した頭部の上には依然として星が煌めいている。ガウシアンブラーの演出とともにその光跡が十字状に拡散していきまるで涙でぼやけた視界みたいだった。そうだ――泣いていたのかもしれない。目の前の衝撃を前に泣くことしかできなかったのかもしれない。恋とかそういう言葉を使う気にもなれなかった。僕はただ、リスポーン後の吹き抜けるような潮風を受けてなお――。

 

「え?」

 

 すべての生死がぶつりと途切れた。

 『サーバーからの接続が切断されました』と告げるナレーションこそが、実際のところ、僕がオンライン版サバイバル・ガンマンで聞いた最後の声でもあるのだ。

 

◇C

 

 三本目。――ついに見つけた!

 ARグラスごしに見るギャラリー・インターフェースの上に、金髪の幼女が確かに見えた。それも、五枚もの写真に分かれて。

 五枚のスクショはどれも、明確に完全な状態と言えるものではなかった。恐らく幼女に襲撃されていたのであろう撮影者の、おかしいほどの同点が見て取れる出来栄え。例えば手振れがひどかったし、例えば毛先しか映っておらず、例えば飛び散る鮮血によって、映したいものを覆い隠されていた。

 でも……繋ぎ合わせれば明らかに、目新しい情報がそこにはあった。幼女の左手の中指から小指にかけての造形、後頭部の下半分の髪型、右の二の腕の脂肪量、横から見た額の形状。今までの活動で見つけた写真の情報だけでも、ある程度裏付けは取れていたけど……今回の五枚で決定的になった。昼間の写真、というのもいい。死ぬほど鮮明な血液の紅と同様に、どの輪郭もはっきりと、見違えようなく映っている。

 この幼女は……規制解除サーバーで結構顔が知れていたらしい、プレイヤーキラーの一人のようだ。あの夜ログインするなり殺されてから、画像を何枚も集めるうちに、だんだんと片鱗が見えてきた。故人の例えに沿って言うなら、この幼女はあまりに死の象徴(ガンマン)で、けれども躍動的に生きていた(サバイバル)。その二面性こそが僕含め――様々なプレイヤーの心と、ファインダーを引き寄せたのかもしれない。

 

「よし、収穫ありだ!」

 

 ARグラスの簡易思考入力機能でいくつかメモを流し込んだあと、僕はグラスを取り外し、机にカタンと置いてそう言う。何の進捗もなく終わる日も少なくない中で、この発見はかなりうれしい。

 さっそく携帯型のVRヘッドギアを取り出すと、随分前から挿しっぱなしになっているキューブを一応確認して、それから深々と被りこんだ。スイッチを入れる。キィィ、と甲高い音がする。

 

「さて……」

 

 オフライン版サバイバル・ガンマンが起動していく。

 

◇A

 

 バキバキと枝の折れる音がする。恐らく折れているのは枝だけではないと、思考を介する事すらなく確信できもする。痛みがあるからだ。血液の熱。視界が揺れる。自然と呻き声が出る。

 巨豚の体重が、暴力を生む。

 

「が、はっ……!」

 

 しかしバイバアルは実際のところ、自身を押しつぶす百パーセントの痛みはほどほどに、まったく別のことを考えていた。

 あの偽物はひょっとしたら、こんな風に――。

 誰かに、()()()()()()()()のかもしれないと。

 

◇C

 

「……それにしても」

 

 ずっと、変だなと思っていることはある。

 僕の目の前で、幼女が両腕を左右に突き出し、無表情で直立している。いわゆるT字ポーズ、あるいはウィトルウィウス的人体図。

 VRゲームにおけるキャラクタークリエイト画面は、サバイバル・ガンマンの発売から今まで、たいして変化していない要素の一つだ。ありていに言えば――完成されている。プレイヤーは現実世界の容姿を再現したアバターを纏い、無機質な部屋に乗り込んで、いろいろパラメータを弄り回し、こういうT字ポーズのアバターの容姿を、あれやこれやと調整する。それで時折ギズモを掴んで、回して動かし拡大させて、フムフムとか満足げに呟いた後、「承認」のボタンを押す。ずっと変わらない、自分を自分以外の誰かに、落とし込むための作業の姿。

 ()()においてもそれは同じだ。僕の場合、中古のメモリーキューブからサルベージした情報を元に、金髪の幼女のキャラクリを、できる限り再現する作業。それをゆっくりと進めていくうえで……なんというか、大きな違和感があるのだ。

 

「どうして瞳が紅いんだろう?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 少なくとも、記憶ではそうだ。

 もちろん睨まれたのは一瞬で、普通に考えれば見間違うことだって全然ありえる。光の加減、ということでもおかしくない。しかしそういう理屈以前に――僕の意識に空いた風穴は、明らかに真紅をしていないのだ。僕の視界に入ったのが片目だけだったことを考えると、赤と緑のオッドアイ、というのが丸いのかなと思いもする。けれどここまでのスクショを見るに、どうやらそれも無理筋らしい。

 いったん瞳の状態については、プリセットを作って二パターンの色にできるようにしてある。僕がふらふらと人差し指でジェスチャーをとるのに合わせて、幼女の目の色がぱちぱちと、歩行者信号みたいに変わる。でもまあ……きっとこんなの、無意味な試みなのだ。本当は分かっている。

 もしもこれから百枚くらいスクショを見つけて、その百枚の画素がすべて、幼女の眼光が血液の色をしていたって、そう主張したとしても……。

 やっぱり僕は君のことを、碧の瞳で完成させるだろう。

 

「綺麗だ」

 

 そう呟いた僕自身の、現実とまるで同じ相貌が、半透明の虹彩の表面に、薄く重なって反射していて――。まるで死者(バーチャル)の肖像が生者(リアル)に、おもむろに何かを語ったみたいで。僕はなんとなく、口角を上げた。

 双眸の鏡の中の像でだけ、自分の表情を確かめた。

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