久し振りに起動したフィッシング・フェスティバル・ファイブのタイトル画面は、最後に見た時と若干違っていた―――お知らせの部分に編集が加わっていたのだ。内容を具体的に言うならば、『オンラインモードが追加されました!』との追記。
オフで延々とブルーギルを釣っていようと思っていた俺だが、これを見て少々気を変えた……そもそも外界との交流を遮断しようとこのゲームを起動したわけだが、オンラインというのは案外悪くないかもしれない……イヤ何、まずどうせこのゲームのことだからオンは過疎っているだろう。そして過疎ったクソゲーのオンに執着する奴というのは普通じゃないから、まあ『外界』の判定を出さなくていいような気もする、言いふらしたりしなさそうだしね……そういう訳でアリなのでは?と俺は思ったわけだ。だから念の為にプレイヤーネームを『ラクヨウ』に変え、タイトル画面にデカデカと配置された『オンライン』の文字をクリックした。
そう、クリックしてしまったんだ。
◆
ロビーになぜか秋津茜がいたので俺は全力で後退した。
何故わかるのか?簡単な話だ―――向こうから来たから、それに尽きる。ログインエフェクトが抜けきらない内にこっちに振り返って「あっサンラクさん!」って走ってきたもんね怖すぎか?って言う。一応プレイヤーネームを確認する……『リベレ』か。確かドイツ語で蜻蛉だっけ?もう確定じゃねーかこれ……
俺は考えつつ首を捻った。何故俺がサンラクだとわかった?名前はちゃんと変えたはず……イヤそうか、秋津茜には一度便秘のサブキャラを見せたことがある……大抵の便秘プレイヤーは、バグで使い物にならくなった場合の予備やセットアップの簡略化のためサブキャラを作っている物なんだ。あのキャラの名前は……そうだ、『ラクヨウ』だった。これは一生の不覚だな……俺は嘆いた。ところでこのゲームは全てのアバターのAGIが均一になっている。だから、全力疾走されると基本的に―――
「ふぅ……こんにちはサンラクさん、お元気ですか!?」
―――追いつかれる。
秋津茜は僅か2、3呼吸で息を整え終えると、何とも言えず黙り込む俺を置いて二の句を継いだ。
「もしよければ、このゲーム―――」
俺はふと目を回してロビー全体を見た。ロビーはまさに―――本来の想定のようにもぬけの殻で、されど想定外たる秋津茜のアバターは……どこまでも、生き生きとしていた。
「―――一緒に、プレイしませんか!?」
そういう事になった。
◆
釣りとは即ち時間との向き合いだ。長くもあり短くもあり、しかし決して長すぎも短すぎもしない待ち時間の先に、刹那たるかかりの瞬間がある。それはまさしく―――「かかった!」エェ?俺は困惑した。
「えーっと、これをこうして……」
隣に座った秋津茜は、この無駄に凝ったグラフィックの清流に何やら獲物を得たらしく……慌ただしく釣竿をがちゃがちゃやりながら、期待がこもった眼差しで糸の先端を見つめている。は、早いっすね……俺はちょっとビビった。ま、まぁ……時間との向き合いとは言ったけどこのゲームは運ゲーなところあるしな、はい。え、えぇと……そういうことも、ある、カナ?
困惑する俺の横で、秋津茜が竿を引っ張り上げる……画一的な水飛沫が散らばり、清流に獲物の影が浮かび上がる。多分ブルーギルだろう……俺は予想した。ひょっとしたら、そうであってほしかったのかもしれない。
「えいやっ!」
タイだった。
俺は泣いた。
「どうしたんですか?」
少々ぎこちない動作でタイをインベントリに仕舞い込み、秋津茜が聞いてくる……イヤ何でも無いよ何でも無い、俺は誤魔化した。何か話題転換のための種が必要だな……そう考えた矢先、丁度よく釣竿が獲物を訴え始めた!よォ~~~~し俺のスーパー・フィッシング・パワーを見せてやるぜ、おりゃァッ!!!俺はブルーギルはやめろと心中で10回唱えてから竿を引いた。
・古ぼけたブーツ
「陳腐ゥ!!!!!」
俺は背後に思いっきり手中の茶色を放り投げた。イヤさ~~~~~アノォ?流石に釣りにおけるハズレが陳腐すぎませェん?という。ここにいない開発陣に向けて謎の愚痴を放つが、それらはみんな無人の川辺に消えていく……カスがよォ。俺は餌のような謎の物体(なぜかディティールが書き割り)を釣り針にセットし直し、たまったフラストレーションを込めて流れにブチ込んだ。川はすべてを飲み込んで、ただ何もかもを運んでいく……
「かかった!」
早すぎません?
秋津茜は、先程より慣れを思わせる手付きで糸を揚げていく……まあアレだよ、さっきのは、ビギナーズラックゥ?みたいな。そういうアレだからね多分。俺にはビギナーズラックすらなかったけどね。イヤそれはそれとして?それはそれとして、もう二連続でアンブルーギルとかね、有り得ないし。俺は全力で身構えて虚しさを覚えた。
「えいやっ!」
カニだった。
俺は泣いた。
「どうしたんですか?」
いや、エェ?みたいなさぁ……何もかもにビビってるよ俺、川で当然のようにカニが釣れるのはまだいいとしても……その……クソがッ!!!俺は何かしらにキレた。秋津茜の済んだ瞳が全身に突き刺さる。もう何も考えないことにしよう……俺は釣りに専念した。
◆
無心。
そう、心に無を宿す―――1分は1時間であり、1秒でもある。時間は相対的なものに過ぎないのだ。だからこそ何も考えるな、ただ竿に全てを委ねろ。そうすれば、きっと。
―――かかった。
俺は竿を手繰り寄せ―――いや、どちらかと言えば竿が手繰り寄せられ―――、獲物は陸上に上がっていく。ああ、釣りというのはこういう物なんだ。俺はゲームを楽しむ感覚を噛み締めつつ獲物を確認した。
・ブルーギル
はい。
「あ、またかかった!!」
は???????????????????
秋津茜は、完全に慣れた手付きで手早くリールを引き揚げていく……お、落ち着け??????そうだ……アレだよ、流石に3連続はないだろ3連続は。2は分かるぜ?2ならまだ奇跡ってことで説明がつく……だが。3は事実上2が二回分同時発生しなければ意味が無い。奇跡が二重に起こるなんてコトがあるか?無い……つまりはそういう事なのさ。
「えいやっ!」
クジラだった。
俺は圧死した。