虚構が虚構を挟み込む
最近、自分がもしクワガタだったらという幻想を抱くことがある。
こんなことを急に考え始めた背景には、二つの理由がある。一つにそれは我が家の奥底から幼稚園時代の『しょうらいなりたいもの』カードを発掘したことだ。そこにはローカライズを適当にやりすぎてシステムメニューを開いたり閉じたりするだけでだんだん各種インターフェースを構成する文字列が
経緯は記憶にないが、とにかくかつての俺がクワガタになりたがっていたのは紛れもない事実だ。実際、幼少期のメモリーライブラリを漁ると「どうしてライギョじゃなくてクワガタなんだ……」などと夜な夜な悔しがる父の姿(スニークミッション視点)を見ることができるし、明らかにライギョとクワガタは知名度的に釣り合っていない。まずはタイワンドジョウとカルムチーは違うという事を啓蒙するところから始めるべきだと思う。
二つ目の理由は簡単で、ただ
◆
聳え立つ檻が光を受け、俺に影の
俺はふと自分がもしクワガタだったらと考えたが、その考えは無意味だとすぐに棄却した。クワガタとカブトムシはただでさえ同じ動物界節足動物門昆虫網甲虫目に属しているのに、あまつさえそこに"夜行性"という共通点まで加えられるとなると、もう視力の点でクワガタとカブトは等価だろうと思ったためだ。
そんなことを考えているうちに、頭上で低品質なアニメーション文字が『3日目』『満腹度:14』と踊る。露骨に強調されたその色を見ればわかる通り、俺は今まさしく死に瀕している。
七周目にして、ようやく飽き性の小学生ルート攻略の糸口が掴めてきたところだ。
「とりあえすしばらく放置してみよう」で餓死した一周目。
「は?リテイク」でもう一回餓死した二周目
「……なるほどね」で初手脱獄を狙ったら落下死した三周目。
「さすがに先走りすぎたな……」と準備を進めてたら普通に餓死した四周目。
「ギリギリを見極めよう」で神経をすり減らし精神を切り刻んで"""待ち"""のフェーズに入り殆ど完璧といって良いタイミングで脱出したら飽き性の小学生がバーサークモード(何?)に入り嬲り殺された五周目。
放心状態で餓死した六周目。
思えば、すべての周回が経験として俺の糧になっている―――今こそ実行の時だ。俺は満腹度が『13』と瞬くのを複眼で捉えると同時に、大きく角を振りかぶって
―――自分がもしクワガタだったなら、いったいこのケージをどうやって破ったのだろう―――
ケージが揺れ、衝突音が―――そして、
―――きっと、この煩わしい棒を
ちらつく思考の一切を無視して、
完璧、完璧だッ!!時間帯的に飽き性の小学生はラジオ体操中だ、満腹度も2桁ある―――脱出には十分!三対の脚を次から次へと伸ばし、最高速度で卓上を這う。複眼に映る流れる景色が心地よく、しかしピンボケなので言うほど心地よくはない。
とはいえ、ピンボケでも
第三チェックポイント、〈ジャンプ台〉だ。
悩む時間も休む時間も無い、満腹度が危険域だし、満腹度が危険域なせいで碌に飛ぶこともできないからだ。
俺は走り出す。
―――自分がもしクワガタだったなら、いったいこの崖をどうやって渡ったのだろう―――
―――待ても、飛べも、戻れもしない中、どうやって虚空の崖を越えていったのだろう―――
―――きっと、同じ道を歩んだに違いない―――
成功、成功、成功だ……!!これ以降のコースはまったくの未知だが、この調子なら絶対に
進む、進む、進む―――辺りを流れるピンボケは気づけば見覚えのないピンボケになっていて、俺は心のどこかが
えっ?
あっ。
―――自分がもしクワガタだったなら、いったい
考える、べきだった。『飽き性』というのがもしも
―――当たり前の話だ、答えは一つに決まっている―――
右手が迫る。殺意を帯びた右手だ。右の複眼を動かす。
―――思いっきり、
八周目は、放心状態に終わる。