目を閉じたまま雪を見る
「サンタ活動をするプレイヤーだと?」
確かに少し反応が過剰だったかもしれないが、とはいえカッツォの言葉は間違いなく予想外のものではあった。サンタ活動をするプレイヤー……確かに今日は12月25日、クリスマス真っただ中ではある。サンタ活動という意味では絶好だろう。……しかし。
俺はカッツォに確認する。
「このゲームって季節イベント無いよな?」
言いながら、横目で周囲の風景をちらりと確認する。俺たちは現在
さて、
このゲームのクソさはあくまでシステムの部分、グラフィックはむしろ頑張っている。標準的なクソゲーのように極端に粗いテクスチャを使っているということはない。ただ……土たちは、裸だ。何かしらのエンティティに覆われるということがない。例えば雑草、落葉、もしくは――冠雪。
草や葉っぱは、探せばある。前者は薬草の採取スポットに。後者は適当な木の陰とかに。しかし雪はない。どこにもない。
そのうえで、だ。
「サンタする意味あるか? ボーナスが入るとか?」
「ないね」
カッツォは即答した。
ないか~。
「ないなら仕方ないな」
俺は納得した。
やる理由がない? 結構じゃないか。損得計算で行動するのもいいが、時には無意味な遊び方で楽しむのもゲームの醍醐味だ。しかもサンタときた、殺風景なこのゲームにちょうどいい。俺はいろんなクソゲーでいろんなクリスマスイベントに参加してきたが、どのイベントもクソさとは別に……楽しさというか、
ひとしきり一人で納得したうえで、俺はカッツォに質問した。
「ちなみにそのサンタ活動ってどんな感じなんだ?」
「うん、ええとねサンラク」
カッツォのテンションが少し上がったように見える。ようやく本題に入れるぜという感じだ。
フルプレートによって少しくぐもったエフェクトをかけられたカッツォの声は、意気揚々と説明を始める。
「まず、①連中はサンタ帽をかぶるんだ。プレイヤーメイドのね」
「あの赤くてとんがった奴か?」
「赤くてとんがって、先端にふわふわがついてる奴だね」
「兜の上から?」
「兜の上から」
「マジか」
目の前のカッツォを
「で、②でかい袋なんかも担いで」
「うん」
「③適当なプレイヤーを見つけるでしょ?」
「うん」
「④『メリークリスマス!』って言うでしょ?」
「うん」
「⑤おもむろに自分が装備していたサンタ帽を脱いでそのプレイヤーに被せるでしょ?」
「うん?」
「で、⑥ぶっ殺して
「いつもとやってること変わらなくない?」
「いやいやいや」
いやいやいやじゃないけど? 普段からやってる②③⑥に無駄な①④⑤が加わっただけじゃねえか。何なら②もいらんわ。
「普段からやってる②③⑥に無駄な①④⑤が加わっただけじゃねえか。何なら②もいらんわ」
俺は思ったことを率直に伝えた。
「いやいやいや」
カッツォタタキは何もわかってないねえという感じで首を振る。何だこいつ?
「いいかいサンラク。この活動は……文脈が重要なんだ」
「文脈だと?」
「ああ。思い出してみなよ……君は僕がサンタ活動について説明してるとき、④の時点でどう思ってた?」
「サンタとか言ってたし、相手のプレイヤーになんかアイテムとか渡すのかなと……」
「それだよ、相手プレイヤーもそう思う。サンタ帽のせいで印象が緩和されて、戦利品を入れるためのものでしかないでかい袋も、すてきなプレゼントがいっぱい詰まった夢の容れ物にしか見えなくなるんだ」
それはナメすぎじゃない?
「そこからの⑤で相手に
「仮にそうだとして⑤はやっぱりいらなくないか? 正当化でドロップが増えるのかよ」
「なんか後味が悪くなるでしょ」
このゲームに後味が良かったことなんて一度もないけどなあ。
……まあ、いいか。
「要はあれだろ? カッツォ」
「ん?」
最終的に導かれる結論は……。
「
……至極、単純なものになるんだから。
俺の言葉を聞いて、カッツォはにっと笑った。気がした。顔面を覆う兜の鈍い光沢は彼の表情を隠してしまっていて、でも、やっぱりあいつは笑ったんじゃないかと思う。そんな気がするんだ。
「そうだね」
二人で、同時に立ち上がる。鎧のパーツたちがぶつかり合うかちゃかちゃという音。見据える先は二人とも同じだ。
サンタ狩りが、始まる――。
……
…………
………………
……そんなこともあったっけな。
唐突に思い起こされた記憶に軽く浸りつつ、同時に自分に言い聞かせる。出来る限りの忍び足だ、忍び足を心掛けろ。今回のターゲットは聴力が高い。油断すると
視覚的なエフェクトが伴うものは避けつつ、いくつかの隠密系スキルを自分に適用。暗視は……いらんな、素の視力で十分だ。必要なバフを取捨選択しつつ、暗闇の中を静かに進んでいく。精神状態としては極めて平静だ、今なら仮に目の前で屈伸煽りされても何も感じない、機械的に屈伸煽りを返すだけだ。ただ……。
さっき思い出した記憶について、少し考えてしまうところはある。
確かにいつかのクリスマス、あんなことがあった。あの後俺たちは街に繰り出してサンタ狩りを行い、サンタどもが警戒を始めたタイミングで連中から奪ったサンタ帽を装備して仲間と誤認させることでうまく狩りを継続するも果たして本物のサンタか偽物かあるいはという部分で混乱が生まれたから今度はその辺の通行人にサンタ帽を被せたり逆にサンタを殺さずサンタ帽だけ奪ったりして高度な頭脳戦を展開するも最終的に鉛筆が参戦してきたため爆発オチがついた。楽しかった。
まあ……運営にとっては癪だったろうけどな。円卓にはクリスマスなんて存在しなくて……俺たちは幻想上の
思えば、俺が今やっていることと同じだ。
両腕に抱え込んだ箱の中身が転がって音を出さないよう、細心の注意を払って水平を保つ。この行為だって、本来は存在しない。天下の神ゲー・シャングリラ・フロンティアの運営も、世界観を優先するという点では円卓と同じだった。シャンフロにクリスマスなんてない。それを演じるのは、世界観を破壊する行為だ。
でも。
「サンラクサン………」
「ニンジンは
たまには、こんなことをしてもいいんじゃないかと思う。
ラッピングされた直方体を一つ、サイドテーブルの上にそっと置く。大丈夫だ、ターゲットには気付かれてない。このまま静寂を維持しつつ、寝室を来た道と逆に歩いて、扉から出ればいいだけだ。死に戻りの方が正確だが、ロマンがない。俺はロマンを大事にする男だ。
闇の中でくるりと反転して、少々間抜けな歩行姿勢で帰路につく。背中に背負った袋が視界の端にちらりと浮かんで、あるいは仮想の冠雪に見える。心中で、一言呟きを落とす。
メリークリスマス、エムル。
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