午後6時。
隠岐 紅音―――またの名を電脳魔法少女マジカル☆アカネは、戦いの舞台たる電脳世界ではなく、現実に存在する自室で、小綺麗な机と向かい合っていた。
彼女は確かに電脳世界において、調子に乗った外道衆を懲らしめる☆正義の電脳魔法少女!!である―――しかし同時に、現実世界において一人の中学生だ。少なくともこの世界での"本業"は勉学であって、外道を退治することでは無い。
しかし。
時折漏らす「はぁ……」という溜息からもわかるように、彼女の意識はあちらの世界における"本業"に引っ張られつつある―――先日倒した外道衆の一人、キメラヘッド・サンラク……の分体であるジョッキヘッド・サンラクが、最後に遺した言葉が、その原因だ。
壁に掛けられたアナログ時計が出したカチリという音を聞きつつ、紅音はあの時を思い返す―――
◆
電脳世界の荒野、若干不自然な質感の砂が舞い、塔に貼り付けられたテクスチャが、光を受けて平面的に光る―――その頂上。マジカル☆アカネは、赤い光を纏い消えゆく、ビールジョッキを頭に被った男を、興味深げに見つめていた。
男―――ジョッキヘッド・サンラクは、どうにか態勢を立て直そうとし、しかし世界の違い故の若干の操作性の悪さによってそれに失敗し、諦めて微妙な状態を維持しつつ言った。
「マジカル☆アカネェ!!!確かに俺はお前に負けたが、しかし暴徒の血は惹かれ合うってことを忘れんなよ!!!!俺が消えたって、惹かれて来た次の俺が、必ずお前を倒してやるさァ!!!!」
アカネが現実世界に残された脳でその意味について思考するよりも早く、彼は黒雷、そして紅光と共に、粒子と化して散っていった―――粒子はすぐに風に掻き消され、後には風と、塔と、アカネ―――そして、アカネのポケットに入ったマスコットのノワリンだけが残される。そのノワリンが現在無影休息状態にあることを考えれば、この場で活動が可能なのは、アカネ一人だけという事になる。そしてその唯一の活動者は、難しい顔をして腕を組み、こう呟くのであった。
「暴徒の血は、惹かれ合う……」
塔の横を、砂嵐が静かに吹き去った。
◆
あの時ジョッキヘッド・サンラクが発したのは、この先始まるであろうより激しい戦いを謂わば予言する言葉だった。いや、始まるであろうという表現には語弊がある―――激しい戦いは既に始まっているのだ。最近、現れる敵たちが力を増しつつあることが、その何よりの証左であったし―――紅音も、戦いの中でそのことに気付いていた。
いずれ、今の力だけでは太刀打ちできなくなる―――そうわかっていても、具体的な方策を講じることはできない。如何に魔法少女のそれであろうと、力である時点で限度を持っているし―――この先何かの強化が得られようと、やはりそれも限界を持つモノなのだろうから。
そこまで行った思考を中断し、紅音は椅子を立った。こんなことを考えていても始まらない―――代わりに窓に目をやり、広がる田舎の景色―――そして、紅く焼けた空を見る。そこからまだ走れることを確認し、床板を軋ませて扉へと向かう。
―――200m走れば、大体の悩みは吹っ切れる。
それが、彼女の信条だった。
◆
翌日。
紅音は部活動を終え、まさに帰路に就く最中であった。彼女の住むここは、何の変哲もない田舎の町に過ぎない―――しかし、科学技術の発展はその何の変哲もない町にすら手を伸ばすようで、幾つもの宅配用ドローンが、夕焼け雲が見下ろす中、忙し気に風を切っている。その何でもないいつもの光景を、紅音は特に理由も無く、大きな瞳を光らせて、じっと見つめながら歩いていた。
ドローンの種類は宅配用に限らないようで、例えば不思議な形状をしたカメラを光らせ空中を右往左往する探索用ドローンだとか、或いは赤太字で「ライオットブラッド・フィクションの真実!ガトリングドラム社の陰謀」と記された見出しが目立つウィンドウを掲げた広告用ドローンだとか、若しくはその広告用ドローンを大して不思議でもないシンプルな形状のカメラで撮影している巡察用ドローンだとか―――全くもって多彩なドローン達が、空を行き交っていた。
紅音には、形状すらかけ離れている筈のそれらが何故だか蜻蛉のようにも見えて、振るわれる翅を、奇妙な複眼を、ピンと伸びる触角を―――このままずっと見ていたいような、そんな気持ちすら感じられた。だがその気持ちは一瞬の物であり、次の瞬間には跡形も無く霧散し、彼女は代わりに走り出していた―――理由は無かった。ただ気が向いたのだ。彼女は走るのが好きだったし、運命という女神も背中を押してくれた―――ただ、それで十分だった。
彼女が帰宅を完了し、同時にノワリンから外道衆出現の報を入れられるまで―――あと、5分。
◆
「正直に言って、だ」
その頭部を青い炎で包んだ男―――シィンダーヘッド・サンラクは、電脳世界の床を踏み締め、肩を竦めて言い放った。
「マジカル☆アカネ―――お前のことを、舐めてたよ」
対してアカネは―――すでに地べたに伏し、焦ったようにサンラクを睨んでいる。アカネの黒を基調としたコスチュームは、砂埃と傷に包まれている。もっともそれは仮想的なものでしかないから、3分も経てば不要なエンティティとして消えていく。しかし、彼女がこれほどまでにダメージを受けているというのは―――たとえそれが3分で消える物であろうと、かなり重大な問題であった。
「いや何、お前を過小評価していたわけじゃあないんだ―――むしろ逆さ、自分を過大評価してたんだな、俺は。いくら敵が電脳魔法少女でも、このチェンジヘッドの妙技を前にすれば、大したことは無いだろう……そう思っていた。だが実際はどうだ?お前の受ける寵愛は、俺の策を簡単に打ち破ったし、小手先の技だって通用しなかった……こりゃマズい、と思ったわけだ」
頭部の炎が風を受けて揺らごうと、彼の声は阻害されることも無く―――それ故、声は荒野に響き渡った。
「ぶっちゃけ俺としてはそろそろ引き揚げてもイイかな~~~なんて思ってンだけど、まだあいつは満足してないようだし、例の計画だって未実行だ……おっと、こいつはお前には関係ない話だったなァ。まあとにかくそういうわけで、一度お前を叩く必要があると思ってね―――鉛筆の野郎が〈円卓〉で集めた暴徒力を、ちょっとばかし流用させてもらった。まぁ、悪く思うなよ―――イロイロと面倒なことが起こってね」
彼は言い切ると、奇怪な動きでもって構えを始めた―――先程アカネに直撃し、そのコスチュームを今の状態へと変えた範囲技―――B-9を再び使うつもりなのだ。アレをもう一度食らったが最後、アカネはこの世界から退場してしまう事だろう―――もはや、逃げることはできない。
「や、ぁあ、っっ!!」
アカネは必死で立ち上がり、サンラクに向けて5枚の【斬影手裏剣】を投擲するも―――不発。サンラクはどこからともなく刀を取り出して「飽和式歯車天誅!!」と叫び、これを全て迎撃してしまう。そして再び構えに戻り、諭すように言う―――
「おいマジカル☆アカネ……いくら乱数の女神がお前に味方しようと、限度ってものがあると思う訳よ。例え、だぜ。例えお前がここでログアウトしたとしても、それは逃げじゃない―――それを理解した方が、いいんじゃないか。RTAが、幾度となく練習を重ねたうえで行う物であるのと……同じように。イヤ、別に俺はこれをお前に言うことで何かを促してる訳じゃないんだが」
一旦引いたっていい―――そうサンラクは言っているのだと、アカネは理解した。彼が何を企んでいるかは分からないが、とにかく何かしらの意図があるのだろう。敗色がその濃さを増しつつある現状、この提案はアカネにとって中々に魅力的なものだが―――
「……サンラクさんは……以前、未来の自分について、話していましたよね」
―――魔法少女には、到底似合わない。立ち上がったアカネのコスチュームは、いつの間にか新品同然の傷ひとつない状態に戻っていた。それは前述の通り、"不要なエンティティの削除"という、プログラムされた事象でしかなかったが―――立ち上がる彼女の背中は、何かの奇跡を背負っているようにも見えた。
「未来の…………ごめんそれ忘れてもらっていい?」
シィンダーヘッド・サンラクが、自身が以前―――第十二話―――でテンションのままで放った発言を思い起こして赤面する。しかしそれを無視し、アカネは続ける。
「ここで引くことは、確かに逃げじゃないかもしれませんが―――でも、確実に何かしらのチャンスを逃すことになる気がするんです!未来の自分への道筋は、常に通れるモノとは限らないから!だから私は―――やれるだけ、やってみたい!!」
その時である。
二人という例外を除き、自然物だけで構成されていたその仮想荒野に―――今、第三の例外が発生した。それは歪みのエフェクトを撒き散らし、唐突にアカネの正面に発生した―――そしてエフェクトは……と言うよりも、それそのものは徐々に巨大化し、また不定型な蠢きから定型……それも、円筒へと、己の形状を変化させていく。
「それは―――それは、まさか!!!!」
シィンダーヘッド・サンラクの驚愕を背景に、歪みは完全に定型を得て、実体化し……金属の質感を伴って、アカネの手中へと落下するように収まる。
それのラベルには、こう記されていた。
『RIOT BLOOD:FICTION』
アカネは、その缶について全く知識を持たなかったが―――既に、この後どうすればいいかを理解していた。
◇
暴徒の血は惹かれ合う。
ジョッキヘッド・サンラクの遺したこの言葉は、全くもって正しい―――暴動とはすなわち暴徒の血の集合だから、惹かれ合うことも自然な現象である。
しかし。
ジョッキヘッド・サンラクは―――いや、本体であるキメラヘッド・サンラクすらも、これについて一つの勘違いをしていた。確かに暴徒の血は惹かれ合う。集まり、団結し、力を得る―――だが。
それは、何も同じ次元に限定した話ではない。
すなわち。シィンダーヘッド・サンラクが大量に用意し、この世界を搔き乱すのに使用せんとした暴徒力は―――この世界にフィクションを喚ぶための、謂わば下地を作ってしまったのだ。もちろん、下地だけでフィクションを出現させることはできない……本来なら、よっぽどの運命力と暴血への理解度が必要だ。しかし、マジカル☆アカネの―――そして隠岐 紅音の持つ寵愛が、彼女の感情の昂ぶりによってより強化されたとするならば―――ライオットブラッド・フィクションをこの空間に出現させることは、十分に可能な行動、なのである。
◇
「まさか―――有り得ない、乱数の女神の加護を利用して!?!?いや、それにしても……!!!!!」
シィンダーヘッド・サンラクの頭は、動揺によって激しく移動され―――炎が後から付いて回る。外道衆の他2人が見たならば、爆笑しつつスクリーンショットを秒速10枚ほど連射すること間違いなしの光景だが、今のアカネにそんなことは関係ない。彼女は冷静に手元の缶を開封し―――そして、嚥下。ライオットブラッド・フィクション特有の反応性カフェインが、流体シミュレーションを伴って全身に流れ込む―――一瞬の内に空き缶となった円筒は、禍々しいノイズを纏い、捨ててもいないのにどこかへと消えた。
そして、アカネは呟いた。
「―――ドラゴン、」
それと、動揺しつつもここは構えが最適解だと踏んだらしいサンラクのB-9が放たれるのは―――まさしく、同時であった。凶悪な衝撃波が、蒼炎と共にアカネに襲い掛かる―――まともに食らえば、この世界に留まることができなくなるだろう。
しかし。
「……インストールッッッ!!!!!!」
爆発!!!
そう、その瞬間彼女のアバターに起こったことは……まさしく、爆発であった!!!一瞬の内に、禍々しく血液を思わせるエフェクトがB-9によって発生した諸々を―――蒼炎を、衝撃を、ダメージエフェクトを―――吸収しつつ、全身へと伝播し、コスチュームの形状を所々変えながら、元々の黒色を、より一層濃くする―――光をほとんど反射することなく、ただただ吸収していく本物の漆黒。現実で見れば多大な違和感を覚えるだろうそれも、ここ電脳世界では十全に再現可能である。
アカネの全身は―――爆発によって、その殆どを黒に染められた。それは傍目には、俗に言う闇落ちに映ったかもしれない―――しかし一点、一切の黒を拒絶し、それどころかより光を増している部位がある―――すなわち、瞳である。瞳に刻まれた幸運の星のハイライトは、より一層エネルギーを纏った、巨大なそれへと変化した!!そのハイライトから線が走り、コスチュームの各部位へと等しい光を届け―――これにて、変身完了。
アカネは、自分に何が起こったのか理解していなかった―――しかし、同時に理解していたのだ。この矛盾した事実によって、彼女は名乗りを上げる事が出来た。
「アカネ―――ブラッキー★スターッッッ!!!!」
◆
~CM~
◆
シィンダーヘッド・サンラクが呟いた「やべっ」という言葉は、誰の耳に届くことも無く―――刹那の先、アカネは既に駆けていた。AGIを著しく上昇させた最速の少女は、一瞬の内にサンラクに肉薄し―――
「やああああっ!!!」
「!?、ぐぁっ、」
―――配色を一部変更され、さらによりスマートな形状へと変化したグローブを、振るう。その拳は、確かにサンラクへと届いた。ダメージエフェクトが、拳に残る感触が、吹き飛ばされる彼のアバターが―――揃って、それを証明していた。
炎によって、その表情を読むことは叶わないが―――動きからは、明らかな動揺が読み取れる。そんな彼に対し、アカネは―――電脳魔法少女マジカル☆アカネは、言い放った。
「―――やらせませんよ、サンラクさん」
それを聞いたシィンダーヘッド・サンラクが退くのと、アカネがその三倍以上の速度で追撃に走り出すのは―――ほぼ、同時だった。
◆
暗闇。
例えばブラッキー★スターの衣装は、不気味なまでの黒ずみを持っていたが―――この暗闇も、それに匹敵する程度には黒い。殆ど光源が存在しない空間故の、のっぺりとした黒塗りの空気―――しかし、完全な黒ではない。ブラッキー★スターに光の線が走るように、暗闇にも極僅かな光が存在する。
すなわち、瞳である―――電脳世界において、強弱の違いこそあれど、必ず微量な光を放射するよう設定されている瞳が、この空間における唯一の光源として、完全な黒を防いでいるのだ。
暗闇故、全体像を把握することもできないその瞳の持ち主は―――男の声で、呟いた。
「ズイブンと……面白そうなことに、なってるじゃァねぇかよ」
以前として、暗闇は保たれているが―――しかし一つ、その人物の行動で推定できることがあった。
すなわち、拳を握っている……という事である。STRを高く設定しているのか、ただ拳に力を入れるだけで……極めて高いであろう握力が、メキメキとSEを撒き散らす。
「こいつは、俺も―――楽しみ甲斐が、ありそうだぜ」
彼の名は―――サバイバアル。
外道衆とはまた別の悪が……登場した、瞬間であった。