画面右下のUIに表示された「23:59」の文字列が「00:00」へと変化した瞬間、俺は行動を開始した。
現在、11月21日―――そして当然のことながら午前0時。俺は現実世界の自宅で、仮想世界の
他ならぬ焦りがUIの操作を急かすが、これに乗じ過ぎてはならない……冷静になってこそ、正確なUI操作が実現できるのだ。だから俺は慌てず騒がず、まずポップアップしてきた【新しいお知らせがあります:誕生日おめでとう!】のメールに「後で読む」の
やはり俺を焦らせる、いつもより5倍くらい遅く感じられるローディングサイクルの回転を見ながら……俺は冷静さをなお保つため、右下の時計を再び見る―――現在、11月21日午前0時1分。ここまでの操作で、既に今日という日の1440分の1が経過したことになる。
俺は学生だから一日中ダイブするわけにはいかないし、合法堕ちはまだだからライオットブラッドも3本に留めないといけない。だから、タイミングを考えると……この0時から7時までの間に、すべてを完了させる必要がある。
ローディングサイクルが
◆辻斬・狂想曲:オンライン
幕末における誕生日プレイヤーに対するボーナスは単純明快、誕生日武器の配布だ。
はっきり言って、クソみたいなシステムである。
誕生日武器……年度ごとに外見とか性能とかが異なるが、一貫して「誕生日」をモチーフにしている事は変わらないアイテム群。確か今年度は「バースデーカード」をモチーフにした刀、「
まさしく、今のように。
「ハッピーバースデー天誅ァァッ!」
とりあえず襲い掛かる幕末志士によるハッピーバースデー天誅をアンハッピー・デスデー天誅で躱しつつ舌打ちをする。幕末はそこそこリアルなゲームだが、プレイヤーに「舌打ちをする」機能が備わっているほどではないので、音はどこにも響かず、「舌打ちをした」という感覚を確かに持った俺だけを残す。マズいな……去年あたりから兆候はあったが、どうやら俺の誕生日はこいつらに完全に割れているらしい。
「バースデープレゼントにデスぺナをお見舞いしてやるぜェ~~ッ!」
バースデープレゼントにキルスコアをお見舞いしてもらいながら、偏重気味に振ってあるAGIで走る。……まあ祭囃子、なんて二つ名が付くレベルで
いつもの、比較的人の少ない
「……よし」
ビンゴだ、空間にはいつも通り閑古鳥が鳴いている。全速力でインベントリに
メニューを開く。巻物をモチーフにした和風のUIの上で指を踊らせ、一瞬でログアウトボタンの表示までを行う。後は押すのみだ、そして次のゲームに行くのみだ。そう強く意思をもって、指を伸ばして―――
「誕生日おめでとう、サンラク!」
刹那、
◆ベルセルク・オンライン・パッション
…‥気を取り直そう。
俺は気を取り直した。
正直、京極があそこに陣取っているとは……想定していなかった。上からの奇襲を想定していなかったわけではないが……時間帯的にそんなことをするような
あいつの誕生日はいつだ?サプライズイベントのために聞いておかないといけないな。
……気を取り直そう。
俺は気を取り直した。
俺のカウントが正しければ、あと1分ほどで俺は便秘にログインすることになる―――シャンフロにおけるキャラクリがそうだったように、近年のVRゲームでは「タイトル画面」がゲーム本体とはまた別のアプリケーションとして定義されているケースが多い。なぜかというと、VRゲームは起動時間が長く、タイトル画面をゲームに内蔵した場合、ちょっと設定を弄るだけで3分とか5分とかを消費してしまうからだ。タイトル画面を別物として、例えばVRシステムのホーム画面を拡張して設置すれば、ゲームを起動しない限り一瞬で設定までたどり着ける。旧来のゲームでいうランチャーを、より多機能にしたものと言えるだろう―――これは武田氏の受け売りだ。
まあとにかくその兼ね合いもあって……俺はこの「NOW LOADING...」の表示が終わった時、タイトル画面ではなくオンラインロビーに直に転送されることになる。キャンペーンモードを遊びたい場合、タイトル画面で「オンライン」の上に表示されている「キャンペーン」の方にカーソルをもっていけばいい。
さて―――あと20秒、脳内作戦会議だ。便秘における誕生日プレゼントは単純明快、「クラッカー」だ。起動した時点で「○○さん 誕生日おめでとう!」という文字が表示され、更に軽くクラッカーによる演出が挟まる。10秒に満たないしユニークさも無いので、ソウルバトル・ファンタジアの名残ではないかと言われている。
当然、この仕様もバグの起点にできる……誕生日しか使えないバグだから、ここから派生する一連のバグは「プレゼントシリーズ」という名称を付けられている。とはいえ1ユーザーが年に1度しか使えないという極めてまれなバグだから、今回の発動は検証の意図もある。
予想通り、1分ピッタリで視界を包み始めた光を見ながら―――俺は、作戦を開始した。
【
﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽さん 誕生日おめでとう!
】
まず、文字が表示され始める―――なんだか反転しているが、まあこれ自体はバグと言うほどでもない。単に俺のプレイヤーネームが「(反転制御文字)﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽﷽」だというだけの話だ。このゲームのプレイヤーネームには10文字の制限がある。そしてプレイヤーネームの表示はこんな感じで行われる―――つまり、なるべく横に長い文字を指定した方が時間稼ぎになる、ということだ。反転制御文字を入れることでなんだかよくわからないが再生時間がさらに二倍になるテクニックを使えば、最低5秒なはずの再生時間を40秒ほどまで引き延ばせる。
「今だ!」
横で待機してくれていたカッツォが言う―――よし!俺は
「うおおおお!!!」
同時に自分も「ショットガン」をすることで被ダメージ判定を増やしたカッツォに対する猛攻は、僅か3秒のうちに彼のゲージを削りきることに成功する―――ここまでは良い。5秒ほど待機、依然として表示される「!うとでめお日生誕」の上に「ラウンド 2」がかぶさって表示される……
「ドッペルゲンガー!」
「いいぞサンラク、いけーーっ!」
カッツォの声援を
残り時間は10秒、ドッペルゲンガーでクラッカーが増やせることが分かった時点で既に結構な収穫だが……まだだ。声を上げる。ここまでの一部始終をつぶさに観察していたであろう
「今だ―――ドラゴンフライッ!」
「はい、サンラクさんっ!」
駆け寄ってくるドラゴンフライと共に、叫ぶ―――
「「幽体離脱!!」」
同時発動する幽体離脱は、ヒットボックスを自分の背後に移すバグ技だ。クラッカーは基本的にプレイヤーとの物理的接触をしないが……
「……よし、いいよ!いいよサンラク……
「ラストスパートだドラゴンフライ―――
「はい……えっと、飛拳衝が2倍になるやつ!」
ドラゴンフライの当たり判定がアバター2人分になり、その一方で飛拳衝に殴られた俺が
「これは―――」
爆発した。
ロビー全体を……いくつもの、いくつものクラッカーが埋める。なぜか名前の表示が終わってもまだ消えずに残るそれは、まるで……
「花火みたいですね!」
ドラゴンフライに先を越された。
「あっ、そういえばサンラクさん、誕生日おめでとうございます!」
「ああそうそう、おめでとうサンラク……なんかクソゲーギフト送ろうか?話題のティタハーとかどうよ」
俺は礼を言うと、カッツォとティタハーの噂について語りたいという欲を抑え、別れを告げてログアウトした。
◆ユナイト・ラウンズ
ログインしたかと思ったら鉛筆戦士が襲ってきた。
「いると思ったわボケがァッ!」
前回ログアウトするとき、念のために
「サンラク君こんばんはー!!ドロップアイテムちょうだーい!!」
当然のように弾かれたブーメランを目で追う事はしない……どうせ回収するつもりはない。代わりにインベントリを開いて……
「サンラク君今脳内で私のこと『魔王』とか呼んでたよね」
えっ!?
「隙ありぃーーっ!というかブラフなのに『えっ!?』みたいな顔しないでもらえますぅー!?」
あっしまった!あまりの驚きに反応を一瞬遅れさせつつ、何とか鉛筆戦士の放ってきた3本の毒ナイフを―――
「……」
鉛筆戦士がポジティブかネガティブかでいうと明らかにネガティブ、みたいな表情をする……なんだこいつ。俺はブラフは掛け得だと思ったので、とりあえず言ってみる。
「鉛筆戦士君今脳内で俺のこと『変態』とか呼んでたよな」
鉛筆戦士の
「隙ありぃーーっ!」
俺は空中で激突して勢いを失った1本目と3本目の毒ナイフを掴み取って投げつけた。
鉛筆戦士があっしまった!みたいな顔をする。何があっしまった!だよクソがッ!しかもそんな顔をしながらナチュラルにナイフ自体は捌いて見せるのがより一層ムカつくぜ……!埒が明かないので突進する、ここはもうお前の
……あっ。
「ハッピーバースデー、サンラク君」
その声が、どこか遠くのものに聞こえて……いや、実際のところ遠ざかっている。何せ、
そうだよな……そうだよなあ~。鉛筆戦士ともあろうものが俺にわかるレベルでポーカーフェイスを崩すなんてそうないだろうし、いくら油断しているとはいえ、俺が毒ナイフ3本程度捌けない人間でもないことも知ってて当然だわ。いやまあ、なんというか……
「ハメられたな~~」
地面への激突の数秒前、俺は来年こそは奴を打倒してやると、そう心に誓った。
◆
◆
◆
◆
◆
◆
◆現実
「ふあぁ」
午前8時台の日差しの中で欠伸をしたのは、他ならぬ俺だ。
あの後、いろいろなことがあった……ありすぎた。危牧ではバースデーケーキを作ろうと小麦を育てていたはずが最終的にイエローケーキに頼る羽目になったし、ピザ留学ではホーム画面でキャラにメッセージを言ってもらえるのだがそのメッセージを言ってもらったか言ってもらってないかで本編でのフラグが変化するとかいう意味のわからないクソ仕様が顕現したし、シャンフロでは特に何もなかったし、これで最後だとネフホロに乗り込んだらちょうどいいタイミングでログインしてきたルストとモルドに10戦くらい拘束されたし……あれ、宇宙船のフレームがハッピーバースデー仕様になるだけだったうえにフレームが変わったせいで表示面積が減って完全にデバフでしかなかったのってユニバース・ストームだっけ、ギャラクシー・トラベラーだっけ?……うーむいかん。日本版トゥナイトとバックドラフトをアクセルミックスしたはずなのに、なおも記憶が混濁している。
「……こ、こんに……こんにちは、らくろーくん……」
「もしかして……玲さんも寝不足なの?」
「い、いえ……さくやは、すこしかんがえごとをしていた、だけで……」
それを寝不足と言うのでは……?
「だ、大丈夫?」
「だいじょ、だいじょうぶです!はい!
悩み……?玲さんほどの優等生でも悩みを持つものなんだな。……いや、「人生に迷いが多いのではない、迷いの中に人生があるのだ」って眠いから思い出せないあのクソゲーのNPCも言ってたもんな……どんな人間にも、悩みはあるものなんだろう。
「そうか……まあなんというか、気を付けて……」
「……らくろうくん」
はい?
玲さんは依然として眠そうに……しかしどこか覚悟を感じる佇まいで俺を呼び止めた。というより、呼びながら止まった。……何だろう?思案しようにも、7時間に及んで連続稼働した脳はその命令を実行しない。玲さんの行動を待つほかに無い。そんな当の玲さんは、何かの言葉を小声で繰り返し呟き、どういうわけか深呼吸をして、俺の、目を見て―――
「楽郎君、誕生日おめでとうございます」
そう言った。