フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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お題箱消化


希求

 別に、「大好きなゲーム」というわけでもなかった。

 色々と好きな要素もあったが、特別これが良いというほどのものは見当たらなかった。逆に不満な点が少ないかというとそうでもなく、ルストはよくこのゲームの巨大ロボは全体的なフォルムが流線型すぎると主張していた。これではロボというより戦闘機だと。ロボ以外のオブジェクトのサイズ調整が雑で、本来大きくないはずのものが口で語られる設定より大きく配置されることが多く、そのせいで巨大ロボが相対的に小さく見えるようなことがよくあった。それもルストをときおり不満げにした。

 とはいえ、不満げにするだけだった。

 ルストは感情の発露が少ないタイプだし、相方のモルドも出力が大きいわけではない。ふたりにとってのそのゲームは―――愛するというほど好ましいわけでも、嫌うというほど憎らしくもない。ただそこにあるからとりあえず遊んでいるような、遊んでいる以上、好きか嫌いかで言えば多少は好きに傾くくらいな、そんな存在だった。

 

 

「うわぁぁぁん……」

 

 ロビーに泣き声が反響する。

 フルダイブVRで自分の感情を隠すのは難しい。涙を流すコマンドが実装されているゲームは多くとも、涙を堪えるコマンドについてはその限りでないからだ。だから脳が泣きたいと思った瞬間、プレイヤーの頬には涙が伝う。そして涙の存在そのものが、連鎖的に更なる涙を呼ぶのだ。

 

「……」

 

 ルストがいつも通りの無表情で眺めるシステムメニューには、現在時刻が23時45分である旨が記されている。言い換えれば―――このゲームのサービス終了まで、あと15分だ。鉛色のパイプが這いまわる壁を跳ね返る慟哭は、クロックが時間を刻むに従い、音量を増していっているように感じられる。

 

「ララ―――」

 

 ロビーに歌声が反響する。

 このゲームはプレイヤーの現実における声がそのままアバターの声として設定されるタイプだが、技術的問題から()()()に難がある。現実より少しだけ高いとか、低いとか、通りが良いとか、悪いとか、そういう些細なパラメータの違いがある。そんな状態で口ずさまれる何かの讃美歌は、本人にとってしてみれば、現実と歌い心地を違えているはずだ。

 

「……」

 

 モルドの視線の先にはこれまたシステムメニューのクロックがあって、現在時刻が23時46分であることを主張している。グラフィックの制限から生まれた間引き(チャンネル)の仕様により、ロビーに描画されているプレイヤーは全体の一割にも満たないはずだが―――それだけでも、嘆くもの、歌うもの、叫ぶもの、怒るものと、声の種類はばらばらだ。

 言ってみればその瞬間、ロビーは沈没間際の豪華客船の甲板のようなものだった。そこには脱出用のボートに乗り遅れたり、あるいは乗りこむつもりがそもそもなかった人々が、その声帯でもって思い思いの混沌を演じているのだった。

 

「ねえルスト」

 

 モルドから口を開くのは珍しかった。大抵の場合……特にゲーム内にあっては、話を切り出すのはいつもルストだった。今回は例外ということになる。

 少女のアバターをした少女は、大男のアバターをした大男を見上げる。

 

「……何」

 

「あと14分ってことはさ」

 

 モルドは言った。なおさら濃さを増す喧騒にかき消されないよう、気持ち声量を大きめにして。

 

「一戦くらいはできるんじゃないかな?」

 

 

 このゲームのマルチプレイ要素は対人戦(PvP)、それも一騎打ち(1on1)のみとなっており、オペレーターなどのシステムも存在しない(これもルストを不満げにする要素の一つだった)。したがってモルドが提案した『一戦』は、当然―――

 

【決闘を開始します】

 

【対戦者】

 

【Rust Vs. Mold】

 

 ルストとモルドによる、二人だけの決闘でしかありえない。

 

「はっ」

 

 モルドが最初に選んだのは、四時の方向への二発の炸裂加速(バーストブースト)だった。彼は操縦桿のスイッチを押すと、派手な紅のエフェクトを置き去りにして、フォグを焚きながら機体を右に加速させた。そして彼の予想通り、機体左方をモニターしているディスプレイの画面内を、ルストが発射したミサイルが横切るのが見えた。

 

「やっぱり!」

 

 彼は嬉しげにそう呟くと、そのまま操縦桿を左に倒す。アクションゲームが苦手なモルドにとって、この『操縦』というインターフェースは都合がいい。相方の少女ほどではないにせよ、最低限のパフォーマンスは発揮することができる。

 

「……読まれた」

 

 と呟いたルストは全く同じデザインの操縦桿を倒して(機体のカスタマイズ性が低い件についても、彼女はよく文句を言っていた)、メインブースターを蒼く燃やした。選ぶのは突進、砂漠という選択ロケーションによって足元で上がる砂埃も気にせず、()()()()()()()()()()()()()()鉄塊は摩擦熱と共に疾駆を見せる。

 

「……まずいなあ」

 

 モルドはアバターの頭を掻く。操作の巧拙がある程度縮まっているとは言え、やはり本気で機動されればルストの腕前には到底敵わない。二社の距離が近づくほど、モルドは不利になるということだ…このゲームにはトラップの類は存在しないから、正面から突進されるのを止めることができない。

 そうした思惑の衝突の中で、二人は思った。別に同時であったかというとそうでもなく、しかし最終的には同じことを思った。このゲームには不満も多かったが、確実に遊ぶのは楽しかったと。

 モルドは思った―――それにしても。

 ルストは思った―――ロビーにいた人々は、このゲームにずいぶん入れ込んでいるようだった。

 ふたりは思った―――いつか自分たちも、これくらい熱狂できるゲームを見つけられるんだろうか。

 

 

 そうして、終わりがやってきた。モルドの予想に反して試合は長引き、その主原因はモルド自身が()()の姿勢を取ったことにあった。かくして勝敗は決さず、二人は勝敗(リザルト)の代わりに『強制ログアウトが行われました』の表示を見ることになった。

 葉はVRヘッドギアを脱ぎ捨てると、最初に自室の窓を開けた。

 夏蓮はVRヘッドギアを脱ぎ捨てると、最初に自室の窓を開けた。

 そして深夜の冷たい虚空(ホロウ)を貫いて視線を交わした二人は、どちらからともなく、どちらへともない質問をするのだ。

 

「……「次はどのゲームを遊ぶ?」」

 

 いずれ出会う、最高の(ゲーム)に夢を見て。

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