フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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カゲマスは、辛いゲームだ、
別に隠岐紅音√ではないのですが展開の関係で楽郎と紅音がリアルでつながってます マジで隠岐紅音√ではないです


転調

 プラスチック製の回転レバーは、正面から見ると歯車のような形をしていた。

 レバーの表面は丸みを帯びて白く、中央に作られた円形の窪みの内部にだけ赤色の塗装がしてあって、黄色い曲線矢印が反時計回りでそれを囲んでいた。材質上、光沢を生み出すには十分なレベルの反射係数があったはずだが、ゲームショップの天井のLED電灯は不安定に薄暗く、経年劣化からレバーの表面も完全な白というわけではなかった。だから少なくとも回転レバーは、己の周囲に広がる様々な存在たちのうち、何の姿を跳ね返すということもなく、ただ、箱型の筐体にへばりついてそこにあった。

 

「えーっと……」

 

 でも、カバーガラスは違った。

 回転レバーの数センチ上部。筐体の中に詰められた無数のカプセルたちを覆い包むカバーガラスの表面には、薄くとはいえ、確かに隠岐紅音の顔面が映し出されていた。ゲームショップの一角に存在する()()()()()()()に気づいて足を止め、色褪せたオレンジ色のタイルの上で屈みこみ、ガチャ筐体のひとつを覗き込んだ少女の顔面。その瞳は好奇心に輝いているし、唇は、つい先ほどまで発声していた「と」の形に小さく開かれている。

 カバーガラスとカプセルたちの間には、一般的な物理(フィジカル)ガチャの例に漏れず、商品紹介用のパッケージが差し込まれている。一目で手作りとわかるお粗末(シンプル)なつくりのそれには、いまどきまず見ないようなセンスのないフォントワークでこう記されている。

 

『中古F(フルダイブ)VRゲームガチャ 一回四百円!』 青(ぶち)赤字の巨大なポップ体で。

『激レアタイトルも出ちゃうかも!?』 ぎざぎざした吹き出しの中に太字のゴシックで。

『(※排出内容はメモリーキューブに限りません)』 隅っこに、極小字で。

 

「……どうしよう」

 

 慣れない腕組み、傾げた小首。隠岐紅音は悩んでいた。答えを出すのは難しく、悩みが何かは簡単だった。ずばり――このガチャを一度回すべきか、回すことなく立ち去るべきか。

 その脳内では計算が始まっている。

 

「今月のお小遣いが████で……████は███だから……」

 

 しばらく沈黙。

 隠岐紅音は……迷っていた、極めて。混沌を極めたような格安のダウンロード専売ゲームたちがオンラインストアに立ち並んでいく昨今だが、彼女のようなクレジットカードも知識も持たない中学生にそれらを購入する能力はない。遊べるゲームは物理的なパッケージに収められて販売されるものに限られ、更には経済的事情から、満額(フルプライス)での購入はよっぽどのことがなければ無理だ。

 だから――中古や、値下げ品に走ることになる。

 ショートパンツのポケットの中には数枚の硬貨が潜んでいて、紅音の右手の人差し指に、硬く冷たい触感をもたらしていた。その一枚一枚の外縁部に刻まれた百数本の溝が、肌に食い込む。僅かに滲んだ汗と冷たさが交ざって生まれたどこか鈍いような指触りに、彼女は自身の葛藤を感じていた。

 ――回すべきだろうか?

 回す、と決めてしまえば簡単だ。ポケットから四枚の硬貨を指でつまんで取り出して、ガチャの筐体の側面に開いた縦長のスリットに放り込み。じゃらじゃらという音がするのを確認したら、歯車のようなレバーに空いた窪みに指を合わせて、握力を発揮し、回せばいい。ただ回せばいい。そうして矢印が一回転するのを確認したら、取り出し口から吐き出されるであろうカプセルを持ち上げて、いざ開封してしまえばいい。

 しかし。

 

「……四百円」

 

 ハズレ、という可能性ももちろんある。

 隠岐紅音の額を汗が伝う。照明が暗いから、それが光に輝くことはない。

 

「……よし!」

 

 そこで彼女は決心した。「とりあえずやってみてから判断しよう」という、いつもの思考が発動したのだ。

 ポケットから四枚の硬貨を指でつまんで取り出して、ガチャの筐体の側面に開いた縦長のスリットに放り込み。じゃらじゃらという音がするのを確認したら、歯車のようなレバーに空いた窪みに指を合わせて、握力を発揮し、回せばいい。ただ回せばいい。そうして矢印が一回転するのを確認したら、取り出し口から吐き出されるであろうカプセルを持ち上げた。

 心臓が高鳴っている。

 というところだけ予想と違ったけれど、何はともあれ回収した。そしてプラスチック製の薄い赤色に手をかけて、カプセルを、開いたのだ。

 そこには――。

 

 

 

「で、こうなったと」

 

 サンラクは腕組みをして言う。

 

「はい!」

 

 ドラゴンフライは元気よく答えた。

 その頭部は二重であった。

 ひしめく構成部品(ポリゴン)たちがところどころ干渉しあって、部分的に荒々しく振動したりもしていてなんとも不気味だった。ライトパスにまつわる演算の何かが狂っているようで、明るくなるべき場所が暗くなったり、暗くなるべき場所が明るくなっている例も見られた。

 そういう感じで二重になっているのは頭部だけではなくて、その四体の全体だった。

 極めて不安定な状態のドラゴンフライに、サンラクは眉ひとつ動さずに言う。

 

このゲーム(便秘)には四百円どころかもう二桁上レベルのプレミアがついてるはずなんだが……店側が価値に気づいてなかったパターンか。とはいえ、それを一発で引くとはな」

 

 ドラゴンフライは二重のまま答える。

 

「はい! でも、このゲームはもう持っていたので……」

 

「運が良いのか悪いのかわかんねーな。まあ……」

 

 サンラクは軽く笑って、

 

「……いいじゃないか、400円もまったく無駄になったわけじゃない……新しい()()()()が見つかったんだからな」

 

 言いながら、ドラゴンフライに向けたファインダー・ウィンドウに軽く触れ、スクリーンショットを一枚撮った。

 ドラゴンフライのちょっとだけ釈然としていなさそうな表情(二重)が、電子的な画像情報として記録される。

 彼女は既に考え始めていた――この新たなバグ技の名前を、だ。バグの内容は単純明快で、同じ端末で2枚のベルセルク・オンライン・パッションをそれぞれ起動したうえで、それぞれのソフトに紐つけられたプレイヤーネームを全く同じものにするとなんか二重になる。

 

「今回は運よく発動できたけど、厳密にはもう少し条件があるだろう。俺の見立てでは……ソフトの生産ロット関係で何かがある。ともかく、検証班に報告しなくちゃな」

 

 ジャンパーの襟で隠れてこそいても、サンラクの口元がきっと笑っているのだということは目を見ればわかった。だからドラゴンフライはまた、相槌を打とうとして……。

 

「は……」

 

「あとさ、ドラゴンフライ」

 

 遮られた。

 

「……い?」

 

 サンラクは何でもないように聞く。

 

「……()()()()()()()()()()()?」

 

 ドラゴンフライが刹那、フリーズした。

 

 

「よし……多分この辺の店だよな」

 

 陽務楽郎はそう呟くと、地図アプリを表示させた携帯端末をスリープモードに戻して、ポケットに仕舞った。

 普段は行かない道を歩いていたらゲームショップがあったので立ち寄ってみたところ、メモリーキューブが当たるガチャが置いてあった――。隠岐紅音(ドラゴンフライ)の証言は興味深いものだった。クソゲーハンターとして全国を旅していればさまざまなゲームショップに立ち寄ることになるし、隠岐紅音が出会ったような類のガチャが設置されている場所もいくつも見てきた。

 しかし……彼女の話は、それらの経験とは一線を画するものだった。

 別に何か特殊なポイントがあるわけではなく、()()()()()()()()()()()。『ベルセルク・オンライン・パッション』は言うまでもなく……『パズル・オブ・ザ・デッド』も『夜鷹伝説』も『ギャスケットクロニクルII』も、隠岐紅音が()()()もともと持っていたというだけで、本来ダブって悲しむようなレア度のゲームではない。こういうガチャは回し手の主観に景品の程度が左右されるものだが、ここまで極端な例は珍しいだろう。

 隠岐紅音は結局、「都合の悪い乱数を引く」という経験の乏しさゆえに引き際を見誤って、そのままガチャを五度回し、五度目にしてよくわからん成形色のゴム製のおもちゃが出たタイミングで店を出たというが……逆に言えば、それまでの四回はソフトが出ていたということになる。これがそもそもすさまじい確率だ。彼女に幸運の節があるとはいえ、普通この手のガチャは五度回して二本もキューブが出ればいい方だ。つまり今から楽郎が入ろうとしている店には、普通よりレアなゲームが、普通より高い頻度で出るガチャが置かれていることになる。

 

「……いまどき手動ドアかよ」

 

 楽郎はハンドルを握り、少々煤けたガラスの扉をギイと開く。そこには薄暗い内装のゲームショップが広がっていて、誇りっぽい棚に雑然と詰まれたゲーム達の向こう側から、やる気のなさそうな店員が「いらっしゃせー」と無気力に発声して、手元の携帯端末に意識を戻した。

 壁の塗装は剥げかけている。

 

「…………」

 

 まあ……ゲームショップにもいろいろある。こういうところに来るのだって初めてじゃない。

 楽郎はいろいろなものを飲み込むと、金属棚の傾いた影の間を縫って、ショップの奥へと進んでいく。進んでいきながら、ポケットに忍ばせた硬貨の数を数える。一、二、三、四、五、六――。金属がぶつかり合うじゃらじゃらという音にも構いはしない。むしろそれは、彼の抱いた期待をさらに助長するドラムロールに近かった。

 楽郎の靴が今、埃の衝撃波を薄く散らして止まる。

 

「こいつか」

 

 プラスチック製の回転レバーは、正面から見ると歯車のような形をしていた。

 レバーの表面は丸みを帯びて白く、中央に作られた円形の窪みの内部にだけ赤色の塗装がしてあって、黄色い曲線矢印が反時計回りでそれを囲んでいた。材質上、光沢を生み出すには十分なレベルの反射係数があったはずだが、ゲームショップの天井のLED電灯は不安定に薄暗く、経年劣化からレバーの表面も完全な白というわけではなかった。だから少なくとも回転レバーは、己の周囲に広がる様々な存在たちのうち、何の姿を跳ね返すということもなく、ただ、箱型の筐体にへばりついてそこにあった。

 楽郎は諸々を確認したりもせずに硬貨を四枚取り出して、即座に筐体の側面に開いた縦長のスリットに放り込んだ。じゃらじゃら、がちゃがちゃ、ぽとっ。あっという間にカプセルが堕ちて、楽郎はすぐにこれを取り出す。一通り回してからまとめて開封することも考えたが、今回はカプセルが一つ出るたびに都度開封する方式を取ることにした。楽郎は乱数の女神に祈る時間もほどほどに、さっさと球体を二つに分けてしまう。中身を確認すると――とりあえず、ゴム製のおもちゃじゃないことは間違いなさそうだ。形状から言って間違いなくメモリーキューブ、やはりこの店の排出率はおかしい。

 しめしめと心を躍らせながら、楽郎はそれを覗き込んだ。

 

「……あ?」

 

 舌打ちをするか迷って、しなかった。

 楽郎はぐるりと踵を返すと、プラスチックの球体だったものを左のポケットに、かつての同胞の記憶を右のポケットに納めて、自動ドアのほうへと歩いていった。ガチャの筐体に備わった半透明のカバーは、店から彼が立ち去るまで、その後ろ姿を稀薄に映し出し続けた。

 その幸運を、祝福してやるとでも言わんばかりに。




アカネチャンの誕生日二次(遅刻)ですが、ボーナストラックのつもりで入れた最終場面が濃すぎるかも
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