フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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チキンレース

「目を瞑ったらロボゲーと同じだろ」

 

 それがサンラクの主張だった。

 

「……ロボゲーを遊ぶときは(まばた)き一つしないべき」

 

 それがルストの反論だった。

 

「「…………」」

 

 しばし、無言。

 ふたりのアバターの上半身を背中から()()()()巨大なクマさんの3Dモデルが、その軽微なにらみ合いから生まれる沈黙に構いもせず、はるばるとくねる開けたハイ・ウェイを走っていった。いや走っていったと言っても――クマさんの3Dモデルがその風船のような手足を動かし、四足歩行でアスファルトを進んでいったということではもちろんない。物理演算に従った四足歩行というのは地味ながらかなり実装の面倒な要素であって、このゲームの開発陣の手には余るだろうと容易に想像がつくはずだ。そして実際、ダダ余った。ダダ余った結果として今がある。微動だにしないクマさんの3Dモデルが、ハイ・ウェイのざらついた地面に当然のように少しばかりめり込みながら、スイスイと直線的に移動する――そんな状況がここにあるのだ。

 アスファルトの表面に申し訳程度に貼り付けられている、きわめてのっぺりとしたセンターラインが、百数本ほど(クマ)体の脇を流れ去ったあと。運転席(背中の右のほう)座って(生えて)いるサンラクが、じっとりと鋭いルストの視線を払いのけ、仕切り直しの言葉を吐いた。

 

「いや瞬きしないのは物理的に無理だろ」

 

 その内容は話題逸らしであった。

 正直なところサンラク自身、自分にかなりの非があるという感覚はあった。ロボゲーの知見をもっと深めたいというルストに協力し、現実の棚に眠る百鬼夜行めいたロボクソゲーの山を巡るうち――だんだんと、臨界点(ギリギリ)を探りたくなってきた。例えばロボが登場すれば、ジャンルがシューティングやアクションじゃなくても……経営シミュレーションあたりでもいいのか。あるいは設定上ロボであれば、多少有機的な要素を含んでも問題ないのか。レースゲームの車体のような、人型でないものの搭乗可能な機械はどうなるのか。

 彼はラインを探していた。その作業にはタイムアタックのために壁抜けバグを練習しているときのような奇妙な中毒性があって、サンラクは中毒にまんまと嵌った。嵌りに行ったと言ってもいい。嵌りに行った結果として()()()されたのが、このゲーム――『ワイルド・ランナーズ~超どうぶつ大レース~』である。

 明らかにやりすぎだった。

 

「……いや、可能」

 

 ルストはサンラクの誘導に乗ったようで、助手席(背中の左のほう)から向ける半目での視線を崩さないまま――しかしかすかに得意げな雰囲気もまとい、そう答えた。()()()()髪型に揃えられた頭髪のポリゴンは、前方から吹いてきているはずの風に一切揺らされることなく、固まっている。そういうものだ。

 

「マジでえ?」

 

 サンラクは丸いヘルメットに備わった半透明のバイザー越しに、露骨に見開いた両眼を見せた。見せながら、心中で「よし」と呟いた。

 

「……考えてみるべき。ゲーム内で全力疾走したところで、現実の身体が(スタミナ)切れするわけじゃない。ゲーム内で瞬きしなくても、現実の眼球が乾くわけじゃない。同じこと」

 

「なるほど、あいつの声真似みたいな……」

 

「?」

 

「いやなんでもない」

 

「……そう。それで、申し開きは」

 

 ルストは逸らされた話題を元に戻した。

 サンラクは項垂れた。

 『ワイルド・ランナーズ~超どうぶつ大レース~』は彼の手持ち(ライブラリ)には珍しいストレートなインディーズゲームで、購入した理由は『アニマルファイト・オンライン』の参考にするためだ。「クソゲー」かつ「どうぶつがレースをする」という事前情報しか持っていなかった当時のサンラクは、クマさんもカンガルーさんもウサギさんもすべて謎のホバーのみで移動するうえ、そもそもどうぶつを操作するのではなくどうぶつを操作する人間を操作するゲームであるという真実を知らぬまま、単に四足歩行操作の練習くらいのつもりで金を払った。結果がこのザマである。

 

「いやでもこう……あれだ、目を閉じればロボゲーなのは本当なんだよ。このゲームほとんどカーレースゲーの開発チュートリアルプリセットのガワをどうぶつに変えただけのゲームだからさ。俺のアバターには手足が無いように見えるかもしれないけど、感覚としては操縦桿を握ってる触感が確かにあるんだよ。SEも使いまわしてるから完全にSFだし……乗り心地もなんというか、ロボっぽくないか?」

 

「……サンラク」

 

「はい」

 

「ロボは、眼で()るもの」

 

「……」

 

 再び流れ始めた沈黙を纏いつつ、クマさんが豪華に彩色されたゲートを潜り抜ける。間抜けなフォントで『ラップ2 あなたの順位:1位/14頭』と表示され、瞬間、

 

「まあ試しに……ちょっと一旦、目を閉じてみろよ」

 

 そう呟きながらサンラクが、(不可視の)ハンドルを大胆に切った。ギギギギュオンと宇宙船のような効果音を上げたクマさんがぐるりと方向転換し、先ほどのゲートへと反対向きに突っ込んだ。再び間抜けなフォントが踊り、『ラップ3 あなたの順位:1位/14頭』と告げたかと思えば、もう一度方向転換。通過。『ラップ4 あなたの順位:1位/14頭』『ゴール!』サンラクの勝ちだ。

 言われたとおりに視界を潰していたルストに対し、視覚以外の全てのものが、これがロボゲーであると錯覚させにかかる。いかにも煙臭げな排気音、ジェットブラストで敵の周囲を旋回していると言われれば信じられるほどの強い遠心力、コクピットにも似た座り心地の座席。確かに適当なロボゲーを目を閉じてプレイすれば、この状態とかなり似通った体験ができるだろう。

 しかし――。

 

「……論点ずらしをやめるべき。私はあくまで――」

 

 この目でロボを確かめたい、と伝えようと見開いた両眼に飛び込んできたのは、本来クマさんが受けるはずだったコース三周分の慣性を一身に背負い、首と四肢を変な方向に曲げながら超高速で上空へと舞い上がっていくサンラクの姿だった。

 

「大丈夫、いつもこうなりゅめぶ」

 

 折れ曲がった右手でサムズアップした彼の言葉を前にして、ルストは開きかけた瞼をもう一度閉じた。視界をまた、黒が埋める。今度は走行音もサンラクの喋り声も一切ない――ロボゲーと錯覚することすらできない、ほんものの闇。あるいは現実への逃避ともいえるその夜を前にして、彼女は心から、安堵の吐息を落とすのだった。

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