今日のレイドボスさんは芋砂モードらしい。
「やってやらァァアァァ!」
ずどん。
「げぺっ」
空気を切り裂くような音の塊がやってきて、意気揚々と突進していった男の
男が入り銃撃音が出ていった、長い
小路と直角に開いた壁のうち、小路の出口を挟んで僕と反対側にもたれかかっているプレイヤーたちに聞く。
「今ので何人目だい?」
「九十五人だな~」
反対側で雑談が始まった。
「……何とか阻止できねえモンかな?ハッキリ言って、今のレイドボスさんは舐めプしてると思うぜ」
「そうだな……
「それもうやったぞ、飛んできた爆弾のうち一つを狙撃した爆風で他の爆弾をこっちに飛ばしてきて逆絨毯爆撃された」
「なるほどね」
「……」
「……」
「閃いた!」
「ど」
「と見せかけて天誅ゥ!」
雑談が終わった。
深紅のポリゴンと共にばら撒かれた戦利品を、天誅を成功させたプレイヤーが拾い集めていく。どうやら不意を突かれたプレイヤーは結構色々とため込んでいたようで、落ちたアイテムには
「あ、そこ」
ずどん。
「射線……」
深紅の上に深紅が上塗りされる。煌めきの上に煌めきが重ねられる。僕は心中で『九十六人』と呟くと、そろそろ潮時かなと考える。
立ち上がる。
改めて、刀の握り方を確認する。髪型が邪魔にならないかとか、何か装備し忘れている者は無いかとか、事細かにだ。レイドボスさんとて一日中ログインしているわけじゃない、百人撃ったら消えてしまう可能性すらある。だったら……今挑む。それが一番いいはずだ。
「よし……」
刀の柄に手をかけて、眼前に積みあがったレアアイテムたちを見る。放たれる輝きはこの世界がゲームであることを声高に主張しているようにも見えて、だからこそ、京極ではない京
剣士としての意志を、ゲーマーとしての熱意を……そして、多めに振ったAGIを身に込めて。
「行くよっ!」
僕は加速する。
◆
ずどん、初手で弾が飛んでくる。レイドボスさんには超能力じみた察知能力と並外れた動体視力がある、普通にやっていればきっとこの弾は当たるだろう。だが……
「やぁッ!」
鉄刀を振り、殺到する銃弾を
「……へえ」
ずどん。
聞こえた気がした呟きが、もう片方の手に握られた
「う」
斬
「りゃぁ!」
らない。
剣道ではとてもやらないような技だが関係ない、僕はあくまで僕だから。二発目の弾を斬るための刃が無いが関係ない、刃なんて足元にいくらでも
喜びもほどほどにレイドボスさんに目をやる。彼は飛来した刀を難なく避けているが、隠されていた手元が見えてしまっている。そして、このゲームのプレイヤーアバターは視力が高い。斬弾は?右四発左五発、了解。
「うおおおおお!!」
突進する。
背後から何やら騒めきが聞こえる。レイドボスさんと僕の……ランカーですらないうえに極めて
「あと何秒で京極が死ぬか賭―――」
無視する。
さあ、レイドボスさんは次の銃撃で僕のどこを狙ってくるだろう?普通に考えれば脚だ、胴体付近なら弾斬りができるから。しかし本当にそうだろうか?彼には銃が二丁ある。だったらジャンプすれば避けられる脚をブラフにしてもう一丁で胴体を狙うこともあるかな?なんにせよ、脚を狙うなら少しでもしゃがむ必要がある。弾丸はなるべく地面と平行でないと、バックステップするだけで回避されかねないからだ。
彼をじっと観察する。
じっと。
じっと。
しゃがもうとしてる。
「今だ!」
背後の地面に刀を突き立てた状態で、砂埃を上げて宙返りをする。突き立てた刀が僕の肉体を引っ張ることで、なんだかいびつな体勢ができる。ずどん。
「何びょ―――ぐえ」
九十七人、背後でトトカルチョ天誅偽装天誅をしていたプレイヤーが死んだ。ずどん。やはり脚狙いの弾は来ていたらしい。剣柄を握る右手に体重を任せたまま前方を見れば、そこにはやはりもう一方の弾が飛んでくる。だけど―――問題ない。なぜなら。
「はっ!」
手はもう一本ある。
地面に突き立てた刀の上で、僕は先ほど拾っておいた
レイドボスさんの顔は僕自身が立てた砂埃で見えなくなっていて、向こう側で彼が何をしようとしているかは推測するしかない。
でも、多分、連射が来る。
急いで右横に着地、紫の刀を引き抜―――かない。陽動だ。ずどん、ずどん、ずどん。銃声が立て続けに三発、ついさっきまで僕がいた空中を掠める。そして、背後から断末魔が二つ。九十九人だ、もう後がない。僕は緑の刀を投げ上げ、突進する。右三発左四発の状態から右を全部使うとは思えない、だから最低でもあと一回は両手射撃ができる。この局面で新たなリボルバーを取り出すことはしないはず、時間がないのだ。晴れた砂埃のその先でレイドボスさんが銃口を向けている。どうする。間に合わない。どうしようもない。だったら。
「っ!!」
ずどん、ずどん。意図的に
先ほど投げ上げた緑の刀が落ちてくる、走りながらそれを取って……紫と合わせ、一方を順手、一方を逆手で持つ。もはや剣道なんてレベルじゃない、現実の実戦でもあり得ないようなやり方だ。でも関係ない、ここはゲームだから。左腕から赤片を垂れ流しながら走る、レイドボスさんは……見た感じ、リボルバーがエフェクトに包まれている。どうやら予備と交換しているらしい。あと二発は残っているはずだけど……揃えて交換するのを優先したのかな?何にせよ。
「チャンスだ!」
加速、加速、加速。前傾姿勢を取り、防御態勢を崩す。走るのに特化した体勢で標的を見据える。並び立つ壁たちの
レイドボスさんが、
ブラフ?待ってよ、考える時間が惜しい。引き金を引く前に。そうだ。最初に投げたけど避けられた刀が転がっているのを拾い上げる。投擲。刃が、刃が向かう。
「いいね」
レイドボスさんの呟きは、リボルバーの
「天誅ぅーーーっ!」
僕の叫びと、右手の双刀の攻撃を、彼は。
「……残念?」
クリティカルエフェクトと共に斬り結んだ。
僕は負けた。
◆
「クソーーっ!」
僕は吠え、吠えたのが原因で目立って襲い掛かってきたプレイヤーを適当に返り誅ちにした。デスポーン地点に急ぐ。立ち並ぶ長屋の片隅、幕末で最も長い道。先ほどまでの全力疾走と張り合えるくらいのスピードでそこに駆け込んだ僕は、
「……あれ?」
百人斬り大会を目にしていた。
「あ京極!京極テメェ!覚えてろ!」
ダイナミックな辞世の句を吐いて、刀を突き刺されたプレイヤーがポリゴンと散っていく。
その背中から錆光を引き抜いて……レイドボスさんが、こちらを見る。
「ひっ」
たじろぐ。
「うまいね」
呟くレイドボスさんの瞳には、殺意とも殺意でないとも呼べないような、意味の分からない光が宿っている。僕はなんとなく理解した。多分彼は、百人撃ちを完成させない状態で僕を「斬ってしまった」から、そのまま百人斬りモードに移行したんだ。芋砂は終わりだ。
「残念だった」
レイドボスさんが残念そうな……でも、なんだか楽しそうな、微妙な表情で呟く。
「京極!ここまでで九十九人と五人目だよ!」
知らないプレイヤーが声をかけてくる。
あと、九十……
「天誅」
四人か……。
振り降ろされた刀が、生命をひとつ抉り取った。