フロンティアへの幾星霜(短編集)   作:Z-LAEGA

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負け犬の遠吠えですわ


魔犬のごとく嗅ぎ付けて

 仮想空間。

 『VRチュートリアルアスレチック』などの例外を除けば、ユートピア社製のVRシステムにおけるプリインストール・ソフトウェアの使用者は、基本的に()()()()姿()をそのままアバターとして使用することになる。その日の龍宮院京極もそうだった。

 

「……へぇ~~?」

 

 『VRブラウザ』によってレンダリングされる白亜の部屋の中。京極の……どこか得意げで、どこか悪辣な呟きが、既定の音響設定に基づき空間を駆ける。

 彼女は微笑むと、何枚かの半透明のウィンドウを前に少し首を傾げた。そして現実どおりの短髪を、ほとんど現実と言っていいほどに正確な物理演算のもと揺らした。でも、ここは現実ではない。かといって、京極の髪が京(アルティメット)のように長いわけでもない。仮想と現実の境界線で、彼女は仮想の口を開いて、現実の声を響かせた。

 

「なるほどね」

 

 その傾いた視界の中心には、()()()()()が居座っている。その一画素一画素を、シェーダーが生む仄かな光に乗せ、辺りの空気に溶かし出している。

 画像の内容を簡単に説明するなら、()()()だ。

 

「こういうことするタイプだったんだ」

 

 一枚目。

 京極の宿敵(知人)であるところのサンラクという男が、SNSに仮想(ゲーム)用として作ったアカウント……そこに投稿された現実(リアル)の画像である。青空の下、おびただしい数の群衆に埋め尽くされた巨大な橋。それが繋ぐ先にいくつかの()()()が見えるという構図だ。

 関西住まいの京極でも、これがどこかはすぐにわかる―――新東京国際展示島(メガフロート・サイト)、仮想の技術で現実に建設された人工島。毎日のようにイベントの場となっているそこに、サンラクは足を運ぼうとしているらしい。

 そもそもこのアカウントは半分捨て垢のようなもので、大抵の会話はダイレクト・メッセージで済ませている。そんなところに急に現実の写真を投稿した時点で、既にいつもと何かが違うのだ。

 二枚目。

 京極の親戚(知人)であるところの斎賀玲という女が、SNSに仮想(ゲーム)用として作ったアカウント……そこに投稿された現実(リアル)の画像である。青空の下、おびただしい数の群衆に埋め尽くされた巨大な橋。それが繋ぐ先にいくつかの()()()が見えるという構図だ。

 そう、同じである。

 アングルと、映っている群衆の服の色だけが少し違う、本当にそれだけ。空を流れる白雲の形状も、太陽の傾き方も、投稿されたタイミングすらも。全てが、完璧に似通っている。同じ人物が撮ったのかと疑うくらいだ。

 

「まあ、デートだよね」

 

 京極はそう睨んだ。

 とやかく言うつもりはない。あの二人の関係は深掘りしないよう注意しているからだ。しかし、この画像を()()するくらいはさせてもらう。何せ―――

 

「僕の待ち伏せ天誅の餌食にしてやるよ」

 

 ―――サンラクは、知人である以前に宿敵なのだから。

 京極は思考入力でメニューを操作し、VRブラウザを閉じる。白亜の部屋が持っていた幾多のポリゴンがエフェクトとともに分解されて、白が黒へと塗り替えられていく。行きつく先はホームメニュー、起動するゲームは……決まっている、『辻斬・狂想曲:オンライン』だ。

 幕末ではイベントの真っ最中。しかしサンラクは今現実(リアル)にいて、しばらく仮想(ゲーム)に帰ってこない。あの二枚の画像がその証拠だ。であれば―――帰ってくるまでに入念な準備を整えておき、ログインの瞬間に天誅する。そういうことが可能になるはずだ。

 

「墓穴を掘ったね、サンラク」

 

 境界線を越えながら。京極から京(アルティメット)へと変化しながら。彼女は、終わりゆく世界へと呟きを残した。

 

 

 仮想空間。

 世の中にあるほとんどすべてのVRゲーム―――特にオンラインのものの使用者は、アバターとして現実とは違う容姿を使うことができる。簡単な話、もし現実の容姿しか使えないオンラインゲームがあったとして、それはもはや自動顔バレ装置でしかないからだ。そして『現実とは違う容姿』とは、時にあらかじめ用意された人物(キャラクター)であり、時に自分で作り上げた肉体(キャラクター)だ。その日のサンラクは後者を選んでいた。

 

「……さぁ~~て」

 

 『辻斬・狂想曲:オンライン』によってレンダリングされる木製の長屋の中。サンラクの……どこか得意げで、どこか悪辣な呟きが、既定の音響設定に基づき空間を駆ける。

 彼は微笑むと、現実とまるで違う形状に設定された髪を、現実とはどこか乖離した、少々大げさな物理演算のもと靡かせた。当然、ここは現実ではない。そう、明らかに()()()()()()のだ。

 

「天誅ッ」

 

「甘い」

 

「がッ」

 

 返り討ち天誅読み反撃天誅読み返り討ち天誅を成功させ、加算されるスコアに気を良くしながらも、祭囃子(サンラク)()()()を待ちわびた。

 

「京極の奴、うまいこと()()()()()()()かな?」

 

 そうなのだった。

 以前現実(リアル)JGE(ジャパン・ゲーミング・エキスポ)に赴いた時、彼は新東京国際展示島(メガフロート・サイト)の前で、少しだけアングルを変えた写真を何枚も撮っておいた。紛れもなく、仮想(ゲーム)のためである。

 彼は返り血を浴びながら、塀に囲まれた道の一角に目をやった。京極がログインするとするなら、だいたいそのあたりだと予想しているのだ。

 

「というか玲さんは……まあ、ちゃんとやってくれたよな」

 

 彼にとっての友人(知人)であるところの斎賀玲は、()()だ。「この画像を既定の時間に投稿してくれ」と頼まれて、なぜか「それってあの」「えと」などといったさも混乱しているかのような返信を挟んだものの、最後には承諾してくれた。

 サンラク一人が画像を投稿しただけでは、「以前撮影した画像を今投稿することで外出中なのだと誤認させ、ログインしてきた隙をついて待ち伏せ天誅しようとしている」という真実が京極に気付かれてしまう可能性がある。しかし、()()()()()なら話は別だ。何かを匂わせているかのような雰囲気を出して、存在しない匂いを嗅ぎ付けさせることだってできる。

 

「さぁて、そろそろかな……?」

 

 彼は、腰の刀に手をかける。

 京極は、サンラクのことを宿敵(知人)なのだと思っているらしい―――それは、彼自身も知っている。しかし現実で会ったらどうなるだろう、なんてことを思ったりもする。普通に考えて、現代日本でただの知人を『宿敵』と考えることなんてまずないのだ。何か別の関係性(知人)が、ひょっとしたらありうるのかもしれない。

 でも、サンラクは気にしない。今はゲームをやっているからだ。

 

「……来た!」

 

 ログインエフェクトの光が、注視していた空間で弾けるのを。京極が境界線を越えて、仮想(こちら)に足を踏み入れるのを。その光景をサンラクは確かに見る。

 後はただ、駆け出すだけだった。

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