第1話
寒い冬が終わり、春の訪れを知らせるかのように小鳥が鳴いている。
麗らかに日を差す都会の歩道を青年が歩いていた。
やがて、バス停に到着する。彼は暇をつぶすため、自身が担当しているウマ娘に電話を掛けた。
後3分後に到着するバスに乗り、トレセンに向かうと伝え、電話を切る。
バスに乗車した青年は、窓が見える2人用の座席に座った。彼は揺られながら、車窓の景色を見ていた。
バス停をいくつか止まり、バスを待っていた人々が乗った。次に止まったバス停に、更に乗客が乗り込んだ。
まだ子供のウマ娘と、おそらく彼女の祖母の2人だった。全ての座席に人が座っていたため、彼は2人用の座席を譲る。ウマ娘と老人が感謝を口にし、座る。その後、老婆が青年に話しかけた。
「すみません…もしかして、ウマ娘さん達のトレーナーさんですか?」
「そうです。なぜわかったのですか?」
青年が尋ねると、老婆は青年のカバンに手を示す。トレセンのトレーナー証が飛び出ていることを伝えた。
バスが動き出し、車内が揺れる。
青年は右手で手すりにつかまりながら、もう片方の手でトレーナー証をカバンに入れ込む。次は子供のウマ娘が話しかけてきた
「わたしね、次の、次の年にトレセンにはいるんです!」
「そうか、もしかしたら、自分が担当するかもしれないね」
バスが赤信号で停車する。中々の渋滞であった。
「わたし、サトノダイヤモンドっていいます!」
ウマ娘が自己紹介する。
「自分は、ゆ…」
ふと、青年が車窓を見た。トラックがおそらく制限速度を超えた速さで近づいてくる。バスの後方、側面に向かって…
青年は直感した。トラックが激突すると…
「全員バスの前方へ避難して、何かにつかまってください!トラックが突っ込んできます!」
青年の大声を聞いた乗客は車窓を見て、トラックの車影を確認すると、急ぎ、前方へ走り、避難した。
しかし…
「ダイヤちゃん!」
サトノダイヤモンドの祖母が声を上げる。
青年は後方を見た。先ほどのウマ娘が床に躓き、床に伏していた。青年は動き、彼女を胸に抱きあげた。
その瞬間、トラックがバスの後方を貫く。
青年の視界は暗転した。
よく晴れた春の日だった。
古めかしくも、味と歴史を感じられる建物に日が差す。その建物の名は日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
ウマ娘と呼ばれる、並行世界のウマの魂と因子を持った者達を教育する機関である。
彼女たちは、人間を遥かに超越する身体能力を有している。人と違い特異な存在であり、その1つとして、同一時間軸に同じウマ娘は生まれないなどのルールのようなものがある。そんな彼女たちだが、人間と共存し、助け合っている。
その建物の正門近くに黒い高級車が止まった。それから、執事が運転席より降車し、後方のドア開けた。降りてきたのは1人のウマ娘だった。
気品を感じさせる立ち居振る舞い、綺麗な芦毛の髪を靡かせた若いウマ娘であった。
彼女に執事が話しかける。
「マックイーンお嬢様、遅刻をしてはならないと気概は分かりますが…早すぎでは?」
「いいえ、爺や、最初こそ、初日こそ、大事ですわ。入学式に遅刻など私《わたくし》、考えたくもありませんことよ」
だとしても7時30分は早いと執事は思った。彼は、マックイーンに気を付けていくように、そして、後で入学式に間に合うように合流することを伝え、1度屋敷へ車を走らせた。
マックイーンは、心を躍らせていた。自分が、メジロマックイーンの因子を持つことが、検査で判明した。その後、名門メジロ家でお嬢様としての教育を叩き込まれ、大変な日々だった。やっとウマ娘として、ここでトレーニングを行い、レースに出場し、1位を取り、輝かしいステージでウイニングライブを踊れる。
その様なことを考えながら、正門をくぐった。しかし…
「案内の方々がいませんわ」
案内係はまだ居ない、まだ7時30分である。
どこに向かえばとマックイーンは思考を巡らせていると、1人の青年が視界に入った。
背の高い筋肉質の男性だった。マックイーンが声をかけると、青年はびっくりした様子で振り返った。なかなかに、端正な顔立ちだった。
「すみません、トレセンの関係者の方でしょうか?」
マックイーンが尋ねても中々返答が無い。
「あの…貴方に尋ねているのですが…」
彼女は困ったような声色だ。青年はようやく口を開いた。
「すまない…ぼーっとしていた。もしかして、今日入学の娘かな?」
「はい!実は、集合場所の体育館がわからなくて…」
青年は彼女に案内すると伝え、目的地へ歩き出した。
「てことは、まだ12歳か?しっかりしているな君」
「いえ、私は今月誕生日を迎えて13歳ですわ」
「え、早いね。いつ?ちなみに俺は4月3日だ」
彼は、マックイーンに尋ねる。
「あら、私と同じですのね」
2人は誕生日が同じという共通点で話が盛り上がった。
目的地まで到着するまでに、様々な施設を通過する。
「あの、もしかして、左側にあるのって、レース場ですか?」
「そうだね、あれは…どっちかというと練習用のコースかな」
ここはやはり、敷地が広いのですね…とマックイーンは呟いた。
通過する施設を青年は軽く説明する。詳しくは入学式後にある学園案内で見ると良いと彼女に伝え、目的地の体育館前に立ち止まった。
「もう少しで、係の人が来るはずだ、少し待っているといいよ」
「ありがとうございますわ。宜しければ名前をうかがっても?私メジロマックイーンと申しますわ」
「自分は夕凪光だ。もしかしたら、学園内でまた会うかもね」
「ええ、その時はよろしくお願いしますわ」
2人は笑顔で挨拶を交わし、別れた。
立ち去るマックイーンの後姿を、光は見ていた。
「あの娘…何で俺が見えるんだ?」
彼は顎に手を当てた。
体感で数分ほど待っていると、係が来て、マックイーンは体育館へ案内された。
どうやら、席はあいうえお順ではないらしい。彼女は案内された席で待っていると、話しかけてくるウマ娘がいた。
「やあ!おはよう、どうやら席が君の隣みたいだね」
話しかけられた彼女は、振りかえった。
鹿毛色の髪を纏めたポニーテールの髪型で、元気で笑顔が素敵な少し小柄なウマ娘だ。
「僕はトウカイテイオーっていうんだ。君は?」
社交的な方だとマックイーンは感じた。
マックイーンが自己紹介を返すと、テイオーは彼女の隣に座った。2人は式が始まるまで雑談を交わした。
「ねえ、マックイーン、URAファイナルズって、知ってる?」
「確か…今年度の1月に初開催のレースですわよね?」
URAファイナルズ…全ての距離、芝、ダート、各ウマ娘自身が持つ適正なレースをそれぞれ行い、各 分野でチャンピオンを決めようとするレースである。2030年に考案され、ついに2033年1月に開催される。
しかし、コースの手配に手間取り、今回は中距離、芝のレースのみが開催される。
「僕も出てみたいと思ったけど、参加資格が3年目以上だもんなぁ」
「それなら、3年目になるまでしっかり練習して、他の大会にでて、備えますわ」
確かに!とテイオーは、手をポンと叩いた。
マックイーンは、学園で友人ができるか不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。
2032年度の入学式はトラブルなく終わった。
新入生たちはいくつかのグループに分けられた。学園内案内に向かい、その後、彼女たちの寮へと案内させた。
「では、皆さんに配布した資料に部屋割りがありますので、荷物等を置きに向かってください」
マックイーンは、割り当てられた部屋へ向かった。寮の部屋は2人部屋で、ルームメイトがいる。仲良くできるかしらと彼女は考えながら、ドアを開けた。
先客、もとい、ルームメイトがいた。
「はじめまして。メジロマックイーンさんですか?私、イクノディクタスといいます」
栗毛で丸眼鏡を付けたウマ娘だった。身長はマックイーンよりやや高かった。
「はい、こちらこそ初めまして。メジロマックイーンですわ。よろしくお願いいたします」
マックイーンの学園生活が始まる。