2029年10月、残暑が終わりを告げ、秋の涼しさが感じられる様になった。
「パパ!ママ!早く!」
当時10歳のテイオーは、駆け足でレース場につながる連絡通路を移動した。
「テイオー、父さん達を置いていかないでくれよ~」
彼は、娘が扱けたりしないか心配だった。彼女が足早にレース場の観客席に着く。最前列だ。
テイオーは、レースが早く始まらないかと思っていた。待ちきれない様子だ。レース自体は、TVで視聴した事がある。生のレースを見るのは、生まれて初めてだった。
レース開始時刻となり、アナウンスが始まる。
『クラシックロードの終着点』
『菊花賞を制し、最強の称号を手にするのは誰だ!』
『3番人気には、アイネスフウジン』
『2番人気を紹介しましょう、タマモクロス』
『スタンドに押し掛けたファンの期待を背負って、1番人気シンボリルドルフ』
『火花散らすデッドヒートに期待しましょう』
『各ウマ娘、ゲートイン完了、出走準備整いました』
ランプが点灯し、ゲートが開く、ウマ娘が我先にと飛び出す。GⅠレースだけあり、全員が名を連ねる実力者だった。先頭からシンガリまで11バ身の混戦状態だ。1番手にアイネスフウジンが躍り出て、次にタマモクロス、シンボリルドルフが並んでいた。しかし、4番、5番手も外から周ってきており、先頭争いは、激しかった。間延びした展開にはならず、向う正面までレースが進んでいた。順位は変更無かった。1番から7番手で先頭集団を形成していた。逃げ脚質のアイネスフウジンが、このまま1着かと思われた。第3コーナー、第4コーナーを周り、最終の直線まで来た。先頭は、変わらずアイネスフウジンだった。2番から6番手で2位争いを繰り広げていた。しかし、状況が変わった。アイネスフウジンの後方より、追いつく影がある。シンボリルドルフだ。アイネスフウジンと並んだ。だが、抜かれまいと粘る。シンボリルドルフは、そんな彼女を抜き去った。見事な末脚とコース取りだった。そのままシンボリルドルフは1着でゴール板をかけた。一生懸命、全身全霊で走るウマ娘たちの姿は美しかった。その中でも彼女は別格だった。実況が告げる、3冠達成と…
2033年5月、日本ダービー当日、天候は、晴天。花屋に並んだシャクナゲに、日差しが当たり、赤色を際立たせる。レース場近くにあるホテルから、泊り客が出てくる。その中にウマ娘がいた。トウカイテイオーだ。彼女は、今日のレースに出走する。
彼女には、目標がある。リギルリーダーのシンボリルドルフの様に強く、恰好が良いウマ娘になることだった。そんな彼女は、第1目標として、3冠ウマ娘だ。この3冠とは、トレセン2年目のみが参加できる、4月の皐月賞、5月の日本ダービー、10月の菊花賞の優勝である。
テイオーは、レース場入口近くに、3人のウマ娘がいるのに気付いた。彼女の友人であるマックイーン、ターボ、イクノだ。3人はテイオーを見つけると、近くまで来た。そして、彼女の健闘を祈った。
「ありがとう、皆。僕1着取るね!」
その時、テイオーは、マックイーンの目元の隈に気づいた。
「…マックイーン、最近眠れていないの?」
テイオーが尋ねると、彼女は目元近くに手を当てた。
「…最近、変な夢を見続けていまして…」
「…夢?それとも悪夢?」
マックイーンは、首を小さく振った。
「分かりません…ノイズの様な物で鮮明ではありませんわ…」
友人の憂鬱な顔を見て、テイオーは心配になった。
「テイオー、私の事は大丈夫です。今は日本ダービーに集中してください」
「分かった。何かあったら相談して!」
そして、温かくなり始めた風が吹く中、テイオーはレース場に脚を踏み入れた。
「マックイーン、本当に大丈夫なの?どんな夢なの?」
観客席に移動している時、ターボが尋ねる。
「…夢の中で…ウマ娘が出てきますの…」
「ウマ娘?どんな見た目?」
ターボは、マックイーンの方へ顔を向けた。
「…桃色の髪しか分からないですわ…」
『すべてのウマ娘が頂点を目指す、日本ダービー』
『歴史に蹄跡を残すのはだれか?』
『人気を紹介します』
『3番人気には、セイウンスカイ』
『この順位は不服か?2番人気にはトーセンジョーダン』
『1番人気は無敗、皐月賞ウマ娘トウカイテイオー』
『どの娘もいい顔していますね』
『全ウマ娘ゲートイン完了。出走準備整いました』
ランプが点灯、ゲートが開く。
『スタートです』
『各ウマ娘、そろって綺麗なスタートを切りました』
『誰が先頭に抜け出すか、注目しましょう』
『セイウンスカイ、快調に飛ばしていきます』
『長丁場のレースですが、早くもセイウンスカイ、先頭に躍り出た』
『さらにはジャラジャラ』
『そしてその外テイクオフプレーン』
『1コーナーからそして2コーナーへ向かっていきます』
『さあ、期待に応えてセイウンスカイ、逃げる、逃げる、早くも先頭』
『ジャラジャラ、並びかけてきた』
『激しい先頭争い』
『3番手にはテイクオフプレーン』
『外にはトーセンジョーダン』
『少し後ろからトウカイテイオー』
テイオーは、5番手につけていた。
『更に内からブレブリーコウ』
『その後ろからキングヘイロー』
『外めをつきましては、ウイニングチケット』
『トウカイテイオー上がってきた』
テイオーは、見事なコース取りで2人を追い抜く。
『順位を振り返っていきます』
『1番手セイウンスカイ』
『2番手トーセンジョーダン』
『3番手トウカイテイオー』
テイオーは仕掛けた
『まもなく第3コーナー勝負のかけどころです』
トーセンジョーダンを抜いた。
『セイウンスカイ逃げ切れるか?』
テイオーは、スカイと並んだ。
『最初に直線にかけてきたのは、トウカイテイオーだ!』
追い風が吹いてきた。
『トウカイテイオー、2番手との差をグングン広げている!』
まるで、風が彼女に味方している様だった。
『およそ8バ身!セーフティーリードだ!』
その姿は、疾風を彷彿させた。
『トウカイテイオー、今、1着でゴール!実力の差を見せつけた!』
テイオーは、目標への第2歩を無事進んだ。彼女は、応援に来ていたマックイーン、ターボ、イクノの元へ行った。
「やった!無敗で2冠達成!」
おめでとう!と3人はテイオーを称賛する。
テイオーは、地下通路へ歩き出した。その時、左脚に違和感を覚えた。
吹いていた風が弱まりだした。
マックイーンとイクノ、ターボは、観客用の連絡通路を通り、優勝会見会場へ向かっていた。
「あ、良いこと考えた」
ターボは満面の笑みを、イクノとマックイーンに見せた。
「会見前に、テイオーに会いに行こうよ!」
テイオーは、レース場から会見会場へ向かうため、地下通路を移動していた。いつも、走って通過していた場所だが、今回は歩いていた。左脚に違和感が続いている。先ほどまで無かった痛みが少しある。足でも攣ったのかと、楽観的に捉えていた。彼女は、時計を見た。後、20分で始まる。早く会場に着き、準備をしなければと思い、走り出した。
激痛が走った。左脚からだ。経験したことがない痛みに、テイオーは、その場で座り込んでしまった。呼吸すらうまくできない。脂汗が出てくる。助けを呼ぶにも、携帯電話はレース出場者用のロッカーに置いている。現在、地下通路にいるレース参加者は、彼女のみだった。
「…だ…誰か…おねが…い」
テイオーは、痛みで意識が飛びそうなほどだった。
「テイオー!?」
声が地下通路に響いた。テイオーは、痛みに耐えながら、声がした方へ顔を向けた。
マックイーンだ。彼女は、テイオーに気づくと、走って傍に来た。
「脚を痛めたのですか!?」
テイオーは、頷く。最早、声すら出なかった。
マックイーンは、自身の携帯電話を出し、119番へ連絡した。
イクノは、救護班が待機している部屋へ走った。
ターボは、テイオーの痛みが和らぐように、背中を摩り続けた。
テイオーは、救急車で病院へ搬送され、足のレントゲンを撮った。
彼女は、病室で結果を待っていた。心が落ち着かない。レースでも、このような心情にはならない。それは、不安によるものだった。
診察した医師が入室する。結果がでたのだ。
「テイオーさん、レントゲンの結果がでました」
「…どうでしたか?」
テイオーは、恐る恐る聞く。医師は口を開いた。
「骨折です。」
医師からの言葉にテイオーは頭が真っ白になった。
「次のレースは早くても、リハビリ込みで、12月上旬です」
3冠の夢は潰えた。
風が止んだ。