ウマ娘 彼の生きた証   作:ぽんきちたぬきまる

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第2章 5話

 キンセンカの見ごろが終わりを迎える6月。退院したテイオーは、登校していた。そんな彼女に声を掛けるウマ娘がいる、マックイーンとターボとイクノだ。彼女の友人達だ。

「皆…」

 テイオーは、皆に顔を向けられなかった。4人で出走しようと話していた、トリニティオレースに出られないからである。

「トリニティオレースのこと、なんだけどさ…他の娘、誘ってあげてよ…」

 テイオーは、彼女らの返答を待たずに、松葉づえをつきながら立ち去った。

「テイオー…」

 マックイーンの呟きは、弱弱しかった。

 その日も、風は吹かなかった。そして、梅雨に入り雨が降り始めた。

 

―トリニティオレース出走登録期限まで、残り9週間―

 

 脚を骨折してから、テイオーは、毎日が楽しくなかった。走れないからではない、3人の友人達と、話さなくなったからである。彼女らが話そうとしないのではない。テイオー自身が拒絶していた。ゴルシやネイチャが、こちらの我儘を聞いて、4人で編成しようとしてくれたのに、それが出来なくなった不甲斐なさもあった。

 それでも気を紛らわせようと、趣味であるフルートや、生け花を嗜んでも、心が満たされなかった。胸のあたりが、ぽっかりと開いてしまった感覚を覚えていた。

 テイオーは、自分の寮部屋へ戻り、壁に貼り付けていた〈目指せ!無敗の3冠ウマ娘!〉の3冠の文字を黒のペンで塗りつぶした。彼女は、様々なGⅠレースで優勝したシンボリルドルフに、憧れていた。彼女の力強く、美しい走りに心を奪われたのだ。そんな彼女に追いつくため、皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック3冠を、第一目標としていた。目標が2年目で、しかも、最初の方で未達成になるとは、テイオー自身、信じられなかった。窓を叩く雨は、まるで彼女の心情を表している様だった。

 

 ルームメイトのマヤノトップガンは、寮部屋のドアの隙間から、テイオーの様子を見ていた。彼女の脚が折れたことは、マヤノも知っていた。よく、マヤノは彼女の目標の話を聞いていた。目標があるテイオーを羨んでおり、彼女ともっと会話をしたいと思っていた。今のマヤノは、彼女にどう声を掛ければ良いか、わからなかった。

 

 早朝、ターボは、トレセンの練習用コースの上に立っていた。寝坊常習犯の彼女にしては、珍しかった。

「よし、今日も頑張るか」

 普段の彼女とは、想像もつかない程の真面目な顔だった。彼女の体は、傷だらけだった。

 

 チームスピカのコンテナ小屋にて、

「テイオー、最近来ないね」

 スカーレットは、ウオッカに声を掛けた。

「元気だといいが…」

 ウオッカは、窓を見ながら返した。

 ゴールドシップは、テイオーが、いつも座っていた椅子を見ていた。

 

 チームカノープスのコンテナ小屋では、清峰が事務作業をしており、ネイチャとスぺが話していた。

「最近、ターボもイクノも、練習の休憩時間に、どっかへ消えるのよねー」

 全く、どこに行っているんだか、とネイチャは、スぺに言った。

「顔が必死になっていましたね。あっ、赤点を取って、課題が出たとか?でも、テストの点数は、2人とも、良かったはずですよね?」

 スぺは、首を傾げながらネイチャへ返答した。

「まぁ、あんたほど、点数は悪くないと思うわ」

 ネイチャの言葉に、スぺは、ひどいですー!と反応した。

「それに、ターボさん、最近怪我が多い様ですね…危ない事をしているのでは…」

 清峰の呟きに、ネイチャは頷いた。

 

 図書館にイクノ、ターボ、マックイーンはいた。彼女達の前には、大量の本が積み重なっていた。いくつか気になる文章を見つけるたびに、ノートへ書き込んだ。授業や練習の合間をぬって、調べ物をしていた。閉館時間ぎりぎりまでいるのは、珍しくなかった。因みに、ターボは本を読みながら、寝ていることが珍しくなかった。マックイーンは、寝ている彼女にブランケットを掛けた。

「あら…?」

 マックイーンは、ターボの打撲の跡に気が付いた。それも1つではない、複数あった。

 

 日付が過ぎ、マックイーンは、電話を掛けていた。彼女は、電話口の人物へいくつか質問していた。彼女は、手帳に返答内容を漏らすまいと、必死にペンを走らせた。そして、メモした場所を忘れないように、カモミールの栞を挟んだ。

 

 学園にある小さな倉庫に、イクノは、訪れていた。電話で管理人へ許可を取っており、彼女は、借りた鍵で扉を開けた。

 

 ターボは、郊外の合同ショッピングモールにいた。彼女は、案内板を確認して、目的の店へ入った。彼女の傷と打撲跡は更に増えていた。

 

 梅雨の時期が開け、本格的に夏が始まった。授業が終わり、夕方になった。テイオーは、学園の廊下を歩いていた。ふと、掲示板の記事を見た。

 そこには、〈URAファイナルズに次ぐ、新たなイベントレース、トリニティオ〉と見出しが大きく載っていた。

 そんなテイオーの後ろで別のウマ娘達が話している。その内容は彼女に耳に入った。

「トリニティオレースの登録した?」

「こっちは完了したよ」

「マジ?私たちも急がないとなー」

「早くした方がいいよ。登録締め切りは、8月上旬でしょ?」

「後、1人が決まらないのよねー」

 テイオーは、彼女達の会話から、いつもの友人3人を思い出した。あの3人とは、1か月近く口も聞いていなかった。あの3人は、レースに登録できるように、もう1人のメンバーを探しているのか…それとも、新メンバーは決まっており、登録したのか。テイオーは分からなかった。

 テイオーは、自身の左脚を見る。ギプス固定されていた。あと、数週間でこれは外れる。外れた後は、リハビリを行う。しかし、どう考えても、8月にある予選には間に合わないし、決勝が開催される12月上旬までに、走力が戻るのか不明だった。彼女は松葉づえで、暗い廊下を進んでいった。

 

 カフェテラスまで移動したテイオーに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「これなら大丈夫です。レースに出走登録できますね」

 イクノの声だ。思わずテイオーは体制を低くして、近くの物陰に隠れた。

「しっかし、時間かかったねー」

「仕方ありませんわ、こういった事態なのですから」

 ターボ、マックイーンだった。テイオーは思わず聞き耳を立てた。

「うまくいくかな?」

 ターボは、カフェテリアの天井を見ながら、イクノに問いかけた。

「上手く行くのも何も、今回、我々、中等部2年でも、イベントレースに出走できるチャンスですよ?」

 棒に振るわけにはいきません。とイクノは続けた。

 テイオーは、彼女たちが囲んでいる卓上の物を見た。ダンベルやエキスパンダーなどの、トレーニング道具、何度も読み返したと思われるやや分厚めの本、3冊のノート、プロテインを含むいくつかの栄養補助食品。

「それでは、レースに向けた練習に行きましょう」

 マックイーンは2人を促し、卓上の物を纏めて、カフェテリアから練習用コースへ向かう。

 3人はテイオーに気づいていなかった。彼女らが外へ行った後、テイオーは、物陰から出てきた。浮かない顔だった。

 

 7月中旬、テイオーは病院を訪れた。そこで、彼女の左脚のギプスが外された。骨折が治ったのだ。松葉杖生活から解放された彼女は、安堵した。その後、機能訓練室で歩行訓練を行った。しかし…

「何で…」

 まともに歩くことができなかった。骨が歪に接合したわけではない。単純な筋力の低下だった。7週間の時間は、彼女の左脚の筋力を奪っていた。

 リハビリの結果、歩けるようになったテイオーは、練習コースを走ろうとしていた。走ることは、問題無かった。しかし、明らかに走力を失っていた。リハビリが完了し、レースへの出走は、早くて12月と主治医の言葉を思い出した。菊花賞に出られない、以前の速度を失った。3冠は無くなり、無敗すら失う可能性があった。

「やっぱり、僕は、トリニティオレースに出走できないや」

 今回のイベントレースは、戦績に反映されない。しかし、予選、準決勝はおろか、決勝へ出走可能か不明だ。そんなウマ娘を、グループへ編成するのは、合理的ではない。友人である、3人に迷惑をかけたくなかった。

「…もう…いいや」

 14歳のテイオーは、心が折れた。

 

 トレセン学園の練習コースを、ネイチャとスぺが走っている。2000mコースを3週目に入ろうとしていた。

「今回のイベントレース、リギルへ行った2人も出走するかねぇ?」

 ネイチャは、並走しているスぺへ視線を向けた。

「…出走すると思います。2人の実力なら」

 スぺの眉間に、しわが寄る。

「カノープスの力見せつけよう…本当は、こんなに強いチームだって」

「はい!」

 リーダーの決心に、スぺは元気よく返事をした。

 

 次の日の朝、練習コース。ターボは、肩で呼吸をしていた。彼女の運動着は、土や芝で汚れている。

「…ダメだ。こんなんじゃ…本番で使い物にならない」

 その時、痛みが彼女の体を走る。

「…まだ、行ける…」

 ターボの呟きは、朝の風に攫われた。

 

 日にちが経過した。トレーナーがいる事務所に、テイオーは訪れていた。

「姫倉トレーナー」

「テイオー…」

「少し、話したいことがあるんだ」

 姫倉とテイオーは、談話室へ移動し、2人は、椅子に腰かけた。

「テイオー、どうした、改まって…」

 彼女は、カバンから封筒を取り出した。

「それは…」

 脱退届と、記載されていた。

「テイオー、落ち着いて考えてくれ。早まるな」

 姫倉は、今、目の前の光景を過去に1度経験していた。

 テイオーは、首を横に振る。

「しっかり…考えたよ…もう…3冠も…前の様に走るのも…無理なんだ…」

 彼女は、脱退届を机に置き、部屋を後にした。姫倉は、それを手に取った。彼は、約1年前の光景を思い出した。同じように脱退届を出したウマ娘を…

「ブライアン…」

 姫倉の呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

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