ナリタブライアン、高等部1年のウマ娘だ。彼女は、中等部2年しか、出走できないGⅠレース、皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制した3冠ウマ娘だ。さらに、出走レースはすべて1着を取った無敗でもある。無敗、3冠の称号を持つ彼女に悲劇が起きた。両足の骨折だ。完治まで車いす生活を送り、骨の接合は、3か月と比較的早かった。彼女は、またレースに出たいと思い、リハビリを開始した。
ブライアンは、まともに歩けなかった。3か月の車いす生活により、筋力が大幅に低下していた。リハビリにより、歩くことが可能になった。しかし、彼女は、同期より、遅れをとっていた。彼女は、それでも走りたいと努力した。だが、以前の速度を取り戻せなかった。彼女は、無敗の称号を持っている。次にレースに出走して、1着が取れなかった場合、無敗が消える。彼女は、無敗を失いたくなかった。そしてプレッシャーに負けた。
2032年の3月末、中等部2年だったブライアンは、所属していたチームスピカを脱退した。スピカリーダー、ゴールドシップは、彼女を支えられなかったことを悔やんだ。
テイオーのチーム脱退は、スピカメンバーに伝えられた。
「そうか…あいつに続いてテイオーも…」
リーダーのゴールドシップが、言葉を出す。
「ブライアン先輩の時と同じ…あたし達…支えられなかったわ」
「まじかよ…」
スカーレット、ウオッカが声を出す。
3人は、気が動転していた。
「マックイーン…君の同期がいない状態だ。もし、何か辛いことがあったら…相談してほしい」
「…はい」
姫倉の言葉に、マックイーンは顔を俯かせた。
時間が経ち、7月下旬、カノープス、トレーナーの清峰は、朝早くにトレーニング場へ訪れていた。最近、ターボが早朝自主練を実施しているのは、知っていた。だが、練習を終えるたびに、彼女の傷が増えていた。なにか危ない事をしているのか、と彼は心配を胸に、目的の場所へ向かった。
遠目に青い髪のウマ娘がいた。ターボだ。清峰は、走って近づいた。そして気づいた。
「ターボさん!!」
清峰は、ターボの名を叫んだ。
彼女は地面に倒れていた。
「ターボさん!しっかりしてください!」
清峰は、ターボの状態を確認した。脈や呼吸は、停止していない。心停止では、無かった。しかし、傷は更に増えていた。体のいたるところに擦過傷があり、出血していた。大声を掛けられているのにターボの反応は鈍かった。
彼は、ターボを抱えて、学園の医務室へ向かった。傷の手当には、元看護師のスキルが役に立った。
カノープスリーダーのネイチャは、清峰の知らせを聞き、飛んできた。
「ターボ、なにがあったの?」
ネイチャは、傷の手当が完了したターボに尋ねた。
「技の練習」
「だとしても、そんなに…ぼろぼろになって…」
「トリニティオレースに勝ちたいんだ…」
5月ごろ、ターボは悩んでいた。彼女は友人であるテイオー、イクノ、マックイーンとトリニティオレースに出走したと思っていた。ただ、彼女は、致命的なまでに、レースに勝ったことが無かった。4人の中では、勝率は最も低い。テイオーとマックイーンに至っては、無敗である。自分が足を引っ張ってしまうと、考えてしまった。打開策を数日も考えた末、自分のみの技を習得しようと思いついた。
ターボは、その日から技の習得に励んだ。さらに、彼女は考えた。自分の脚質は逃げ、パワーの低い自身が、他のウマ娘に囲まれた場合、脱出は困難。スタートダッシュで1番前に出るしかなかった。彼女は、スタート時に脚力を1点集中させ、爆発的な加速で前に出る。アイデアは出た。それを実行した。
ターボは、早朝の練習用コースの上に立っていた。脚に力を集中させ、前に飛び出す力に変える。平尾台で鍛えた足腰が、そのスタートを可能にさせる。轟音が鳴り、彼女の体は、前に出る。何バ身飛んだか、わからなかった。だが、途中体制を崩し、地面に激突する。
あまりの衝撃に、うめき声すら出なかった。痛みに耐え、スタート地点に戻る。先ほどの失敗を分析し、次に繋げる。彼女の師匠が言っていた。最後に勝つのは諦めの悪い奴だと。彼女は、技完成まで諦めるつもりはなかった。しかし、何度やっても着地の体制が安定しない。彼女の小さな体が飛び、またもや地面に激突し、体から鈍い音が鳴る。当たり所が悪く、出血、捻挫、脱臼、脳震盪も起こした。
「…テイオーの脚が治って、出られるのは決勝…それまで、ターボが…」
前を走らないと…そう呟き、痛みを無視して起き上がろうとした。
「ターボ止めて!」
ネイチャは、知らず知らずのうちに涙を流していた。後輩の彼女が、こんなに悩み、苦しんでいるのに気づけなかった自身を恥じた。
「ターボさん…それは、無理をする理由には、なりませんよ」
清峰は、ターボの姿が、自身の娘と重なって見えた。
「ネイチャ。トレーナー。ターボは、トリニティオレースに出たいし、勝ちたい、優勝したい」
「優勝って…リギルや、アルタイルも出場するのよ!?」
あの強豪に勝つのは、至難の業だ。準決勝に進めれば良い方だ。
「ネイチャ聞いて、ターボのね、師匠が言っていたんだ」
ネイチャの眼を見据える。
「最後に勝つのは、諦めの悪い奴だから…」
ターボは笑顔だった。
同時刻、マックイーンは、手術を受ける以前のトレーニングを実施していた。坂道での走り込みだ。だが、すぐに脚が上がらなくなった。彼女は、近くの歩道で休んだ。その間、イクノから聞いた、ホープフルステークスの出来事を思い返していた。
マックイーンが、件のレース後、心肺停止になった。真っ先に、彼女に心臓マッサージをしたのは、テイオーだった。テイオーの、迅速な対応が無ければ、病院へ搬送される前に、死んでいた可能性があった。
「今度は、私が、貴女を助ける番ですわ」
テイオーは、リハビリの完了を含めて12月より出走が可能になる。彼女を含めてトリニティオレースに出場する場合、イクノ、ターボ、マックイーンの3人で8月の予選、11月の準決勝を突破する必要がある。今のマックイーンでは、予選すら危うく、2人の足を引っ張る可能性があった。8月までに、スタミナと、走力を取り戻さなければならない。
マックイーンは、長い上り坂を見た。一息入れ、覚悟を決めて、かけだした。
イクノは、学園の共同トレーニングルームで、ウエイトトレーニングを行っていた。常人、いや、ウマ娘でも持ち上げることが困難な重さだった。その重さで、肉体に負荷をかけていた。前にチームメイトのスぺに心配されたが、大丈夫と答えた。
イクノは、術前のマックイーンのようなスタミナは無い。ターボのように、瞬発力があるわけでもない。テイオーのように、コース取りが上手いわけではない。3人のような特性を、彼女は持っていなかった。イベントレースでは、上級生たちも参加する。身長163cmの彼女より、体格が大きく、体が出来上がっているウマ娘を相手する可能性がある。
イクノは、考えた。上級生達に勝ち、自身のグループを勝利に導く方法を。それは、筋力だ。彼女は、差し脚質のため、レース後半、バ群を縫って先頭へ行く。その時、他のウマ娘のブロックを弾くため、筋力が必要になる。
「絶対に、決勝までコマを進めます」
イクノは、誰にも、たとえ強風にも、パワー負けしない筋力と体幹を作るため、重りを更に追加した。トレーニングルームには、彼女が動かす機器の音だけが響いた。
以前、マックイーン、イクノ、ターボは、トリニティオレースに関して、話し合いをした。今回のイベントレースは、4人1組のグループを作り、レース時に3名が走る。通常、負傷した選手を、チーム戦のレースに名簿登録は行わない。4人の内の1つの枠が潰れてしまうからだ。テイオー以外のウマ娘を登録すれば問題は無いが、3人は、満場一致で否定した。理由は、いつもの4人で参加したいからだ。3人は、友人を見捨てたくなかった。
今、マックイーン、ターボ、イクノは、限界までトレーニングを行っている。ここまで彼女達を動かすのは、レースへの勝利と、決勝にテイオーを出走させたい思いだった。
―トリニティオレース出走登録期限まで、残り2週間―