「ウララちゃん!」
少年の声だ。彼は、ウマ娘の家の前に来ていた。
「あら、君は、ウララのお友達ね?」
声に気づいた老婆が振り向いた。ウララの祖母の様だ。
「ちょっと待ってね、あの娘を呼ぶわ」
ウララの祖母が、家に入り、孫を呼ぶ。祖母に呼ばれた彼女が、少年の前まで来る。
「あそびにきたよ!」
少年は、ウララに言う。彼女は、少年を見て嬉しそうな顔になった。
「うん!あそぼう!」
2人は、河川敷までかけだした。
「あ」
ウララが、何かを思い出したかのように、声を出す。そして、衣服のポケットから、物を取り出す。
「これ、つくったの!あげる!」
彼女が取り出したのは、押し花の栞だった。
「この花、なぁに?」
「かもみーる?って、花だよ!」
少年は、栞を受け取った。
「ウララちゃん、ありがとう!たからものにするね!」
「うん!」
ウララは、笑顔だった。
朝、マックイーンは、目を覚ました。前に見た夢の続きを見ていた。彼女は、先ほど夢に出てきた。栞に見覚えがあった。ベッドから降り、カバンから、身体のツボに関する本を出す。そこには、カモミールを押し花にした栞が、挟まれていた。色褪せ、劣化しているが、形状は、似ていた。
「あ、マックイーン、おはよう」
イクノと、テイオーがキッチンに立っていた。今日の朝食当番は、2人だ。
「マックイーンさん、スぺ先輩がどこにいるか知っていますか?」
イクノが尋ねる。丁度ターボが、2階から降りてくる。
「起きた時には、寝室には、いませんでしたわ」
「ターボ、探してくる!」
ターボは寝巻のまま外へ向かった。
ターボは、宿舎近くの林まで向かい、スぺを探していた。その時、声が聞こえてきた。彼女は、最近視聴した、スパイ映画のキャストの真似をするように、岩陰に隠れて耳を澄ませた。
「なんで…2人とも、1年前、黙ってリギルに行ったのですか?」
スぺの声だった。泣きそうな声だ。ターボは、岩陰から顔を出した。
「スぺちゃん…カノープスから脱退したことは謝るわ…でも、あそこでは、強くなれないかもって、考えてしまったの」
サイレンススズカだった。
「私も…同じです。GⅠレースに勝ちたかったの…」
グラスワンダーだ。2人とも、申し訳が無い顔をしていた。
「…2人の今の顔を見て、何かしらの理由があって出て行ったことは、分かりました…」
スぺは、2人を視界に捉えて、言葉を続けた。
「今回のイベントレース、リギルに勝って、カノープスが強いことを証明します」
スぺは、覚悟を決めた顔だった。彼女は、自身の宿舎へ戻るため踵を返した。ターボが隠れていた岩を通り過ぎる際、彼女は、呟いた。
「カノープスは…弱小なんかじゃない…」
ターボには、聞こえていた。
「スぺさん、お帰りなさい。どこかに行かれたのですか?」
イクノは、戻ってきたスぺに気づいた。
「うん、ちょっと自主練に…」
スぺは返答した。ターボも宿舎に戻ってきた。
「ターボ、お帰り!スぺちゃんを、見つけてくれたんだね」
テイオーの言葉にターボは、首を振った。
「…ううん、丁度入れ違いになったみたい!」
ターボは、そう言いながら、スぺの後姿を見ていた。
「顔洗ってくる!」
ターボは、洗面所へ向かった。
洗顔フォームで、顔を綺麗にしたターボは、鏡を見た。当然、彼女自身が映っていた。彼女は、カノープスが弱小と言われている事実を知っていた。ここ1年、GⅠはおろか、GⅡの戦績が悪い。それでもスぺは、あの2人に、カノープスの強さを証明すると言った。彼女とネイチャが猛特訓している様子は、ターボは以前から目撃していた。
「ターボダッシュ…早く完成させないと…」
鏡に映る自身に、言い聞かせるように呟いた。焦りが伝わる顔だった。
日が昇り、正午、夏の日差しが容赦なく砂浜を照り付ける。ターボは、そこを走っていた。
「あまり、無茶は禁物よ、ターボさん」
ターボは声を掛けられた。彼女が振り向くと、ウマ娘が居た。
グラスワンダーだ。彼女の手には、飲料水が握られていた。
「夏の日差しを甘く見ちゃダメ。すぐ日射病になるわ」
ターボに、未開封の飲料水を渡した。
「…なんでターボの名前を知っているの?」
グラスに尋ねる。ターボと彼女は、初対面だった。
「学園のチーム所属一覧に、顔写真付きで載るでしょ?そこで知ったの」
グラスとターボは、日陰に移動して、木の根元に座っていた。
「スぺちゃんとの会話…聞いていたでしょ?」
ターボは、冷や汗が出た。しかし、聞きたい事があり、好都合だった。
「なんでカノープスを抜けたの?」
ターボは、彼女の顔を見た。とても悲しい顔をしていた。
「ごめんね、答えられないわ…」
グラスは、立ち上がった。
「出て行った私が言うのは、何だけど、チームの皆を大切にしてね」
ターボは、彼女の言葉に頷いた。
「それとね、ターボさん。レースに勝つのは大事、でも楽しく走る方がもっと大事よ」
彼女は、振り向いて言う。何かを堪える様な顔だった。
「これだけは、忘れないで…」
グラスの瞳は、潤んでいた。
夕方、チームスピカとカノープスは外でバーベキューをしていた。
「いや~、暑い夏に飲むビールはうまいな!」
スピカのトレーナー、姫倉は麦酒の感想を言う。
「姫倉君、飲んでないで、こっちを手伝ってくれ」
カノープスのトレーナー、清峰は、火おこしの準備をしていた。
彼のもとに、ターボがやってくる。
「トレーナー、ターボ、火おこししたい!」
ターボは、ファイアスターターを持ってきた。
「良いですよ、ターボさん、やけどしないようね」
ターボは火おこしを試みた。
「あら?姫倉トレーナー、この大きな魚は?」
マックイーンは、氷で満たされた発泡スチロールを指さした。中には魚が入っていた。
「それか?今日、俺が釣り上げた魚だ」
ターボは、火おこしに成功した。その後、ゴールドシップは、肉をひたすら焼いていた。
「ほら、テイオー。お前は、筋肉戻すために、沢山食え」
テイオーの紙皿に、焼けた肉を入れる。
「あっ、良いな!リーダー、アタシにも!」
「俺も、俺も!」
スカーレットとウオッカが負けじと、紙皿をゴルシの前に出す。ゴルシは、ため息をつきながら、肉を紙皿に入れた。
マックイーンは、姫倉が釣り上げた魚の鱗を取り、3枚に下ろしていた。
「あれ、マックイーン、魚を捌けるの?」
テイオーは、肉を頬張りながら、彼女に尋ねる。見事な手さばきだった。
「え?」
マックイーンは、手を止めた。
「いいな~、今度僕にも教えてよ!」
テイオーは、綺麗に下ろされた魚を見て言った。
「お、マックイーン、綺麗に捌いたね。じゃあ、焼くよ」
ネイチャが、魚に香辛料と塩をかけ、網で焼き始めた。
「…私、何で、魚を捌けましたの…?」
マックイーンは、手の甲を額に当てて呟いた。彼女は、生まれてから一度も、魚を捌いたことが無かった。気づけば、手が動いていた。
その時、遠くから声が聞こえてきた。声の主はイクノだ。全速力で走ってきた彼女は、息を切らしていた。腕には大きな紙を抱えていた。
「皆さん!大変です!」
彼女の焦った声に、スピカとカノープスメンバーが反応する。
「イクノさん、どうしたのですか?」
清峰が尋ねる。
「トリニティオレースのトーナメント表が出て…兎に角これを見てください!」
イクノの出した、トーナメント表を暫く見ていた姫倉は、驚きの声を上げた。
「嘘だろ…予選に勝っても…次の準決勝の相手達は…」
姫倉の言葉を聞いていたゴルシも、トーナメント表を見て絶句した。
同じく表を見たスぺと、ターボは、顔をしかめた。