桜が満開の春だった。前の方にウマ娘が立っていた。
「おーい、ウララちゃん!」
少年の声だ。彼は、ウマ娘に声を掛けた。
「あ、きた!」
呼ばれ、振り返ったウマ娘の年齢は、9歳ぐらいだった。彼女は、少年の元へ走ってきた。
「早く!早く!さくらが、さいているよ!」
ウララが、少年と手を繋ぐ。
「わかったよ。いこう!」
少年は、嬉しそうな声を出した。2人は、歩きながら話していた。
「わたし、強くて、皆を笑顔にするウマ娘になる!」
少年は、ウララの方を見た。
「学校のかけっこでは、いつもドベだけど…?」
少年の言葉を聞いたウララが、腰に手を当てる。
「大丈夫!最後に勝つのは、わたしだよ!だって、あきらめが悪いもん!」
彼女は、胸を張って言う。
「ウララちゃん、いいこと言うじゃん」
「とっても良い言葉でしょ!使っていいよ!」
彼女は、笑顔だった。
マックイーンは、目を覚ました。彼女が、ウララと少年に関する夢を見たのは、4回目だ。夢は起きた際、90%は忘れる。だが、鮮明に覚えていた。
「誰かの…記憶?まさか…」
マックイーンは、夢の件を考えようとしたが、今日はレースの出場日だ。神戸新聞杯に向けて、気持ちを切り替えた。
結果として彼女は、1着でゴールを飾った。合宿で油断なく調整した結果だ。
ターボはあれから、GⅢやGⅡレースに出走し、自慢のターボダッシュを使い、1着を取った。
残暑が終わりを告げ、風が涼しくなり始めていた。菊花賞当日だ。
マヤノは、身支度を済ませ、レース場へ向かっていた。出場ウマ娘用の入口の横に、黒髪のウマ娘が立っていた。ナリタブライアンだ。
「ブライアンさん!応援に来てくれたのですか?」
マヤノは、嬉しそうにブライアンに話しかける。
「ああ、お前の晴れ舞台を間近で見たいからな」
ブライアンは、マヤノの頭を撫でながら言う。
「マヤは、もう14です!子ども扱いは止めて!」
マヤノは、ふくれっ面になった。
「すまん、つい癖で…」
ブライアンは、親戚に1つ年が上のビワハヤヒデがいる。ハヤヒデの後姿ばかり見ていた彼女は、妹のような存在が欲しかった。6年前に親同士の交流で、付いていった際、当時8歳のマヤノと出会った。10歳だった彼女は、その後よく、マヤノと遊ぶようになった。マヤノの可愛らしい見た目と、仕草にそれはもう骨抜きだった。その時の彼女は、マヤノの頭をよく撫でていた。それが、未だに癖として残っている。
「マヤノ、行ってこい!」
「うん!」
マヤノは、選手控室へ向かった。
マックイーンは、レース場に立っていた。菊花賞がまもなく始まる。彼女は、リハビリ中のテイオーの代わりではないが、精一杯走ろうと心に決めていた。
『クラシックロードの終着点』
『菊花賞を制し、最強の称号を手にするのは誰だ!』
『虎視眈々と上位を狙っています。3番人気は、セイウンスカイ』
『2番人気は、ここまで無敗、奇跡の復活、メジロマックイーン』
『スタンドに押し掛けたファンの期待を背負って、マヤノトップガン、1番人気です』
『スタートです』
『綺麗なスタートを切りました』
『先頭、セイウンスカイ』
『期待通りの結果を出せるか?1番人気、マヤノトップガン』
『3番手には、3バ身差、トーセンジョーダン』
『5バ身差、メジロマックイーン』
『先頭集団を見ていきましょう』
『さあ、ハナに立ったのは、セイウンスカイ、このままリードすることができるか?』
『2番手の位置で先頭を窺うのは、3バ身差、マヤノトップガン』
『3番手には、トーセンジョーダン』
『その外並んでメジロマックイーン』
『ここまでが先頭集団』
『第4コーナーを進んで直線へ向かう』
『先頭がやや早いのか、縦長の展開だ』
『仕掛けどころの難しいレースになりそうですね』
『先頭は変わらずセイウンスカイ』
『続いて、2バ身差、マヤノトップガン』
『4バ身離れて、トーセンジョーダン』
マックイーンは、ジョーダンとの差を詰めた。
『並びかけてきた、メジロマックイーン』
マヤノは、実況を聞いて、少し焦った。
『あとから、ジュエルアメジスト』
5バ身差を短時間で追いつくのは、異常な速さだった。
『まずは1週目、正面スタンド前に入った』
『ナルキッソス、内から行く』
『うしろから、マルシュアス』
『セイウンスカイ、先頭を進みますが、これは正解でしょうか?』
『セイウンスカイ、彼女の脚質にあっていますね』
『1コーナーから2コーナーへ向かう』
マヤノは、少しペースを上げた。
『マヤノトップガン並んでくる』
彼女は、マックイーンを振り切りたかった。
『マヤノトップガン、先頭に立った』
『1バ身差、セイウンスカイ』
『更に2バ身後方、メジロマックイーン』
マックイーンは、すぐ後ろまで来ていた。
『3バ身離れて、トーセンジョーダン』
『2週目の向こう正面に入って、先頭を突き進みます、マヤノトップガン』
『さらには、1バ身差、メジロマックイーン』
マックイーンは、スカイを追い抜いていた。
『2バ身差セイウンスカイ』
『3バ身差後方、トーセンジョーダン』
『意気揚々と先頭を行きます。マヤノトップガン、どうでしょうこの展開?』
『ちょっと掛かり気味かもしれません。息を入れるタイミングがあればいいですが』
マヤノは、スパートを掛けた。
『第4コーナーカーブ』
『ウマ娘達がどう動くか、目が離せません』
『さあ、外から先頭を窺うのは、メジロマックイーン』
『5バ身差セイウンスカイ』
マヤノとマックイーンは、後方集団を引き離していた。
『そのすぐ後ろトーセンジョーダン』
『400を切りました』
マヤノとマックイーンは並んだ。
『最後のコーナー、先陣を切ったのは、マヤノトップガンとメジロマックイーン』
後方とは、9バ身の差がついていた。
『残り200』
マヤノは、粘りを見せた。負けたくなかった。強敵である彼女に勝ちたかった。
『両者ともに脚色は衰えない』
ゴールは目の前だった。
『両者、もつれあってゴール!』
写真判定となった。
スクリーンに、ゴール直前のマックイーンとマヤノが映る。残り30cmにも満たない状態からコマ送りで再生される。2人は、無言でスクリーンを見ていた。
先にゴールしたのは…
マックイーンだった。
見事1着を取り、2度目のGⅠレースを勝利に収めた。マックイーンに近づく影がある。彼女は、振り返った。マヤノだった。
「マックイーンちゃん、おめでとう!すごかったよ!」
マヤノは、屈託のない笑顔だった。
「ありがとうございますわ、マヤノさん」
2人は、握手を交わした。
「いや~2人とも速すぎるよ~完敗だよ」
「マジで、スタミナお化けじゃん!どんなトレーニングやってんの?」
スカイとジョーダンが歩いてくる。
「マックイーン、マヤノに負けちゃったけど、次は負けないよ!」
スカイが2人に言葉を掛ける。
「なんかデカめのレースで、リベンジするから!」
ジョーダンは、2人にリベンジを誓った。
「後、テイオーにもね」
「そうだった。皐月もダービーも負けたんだった」
スカイとジョーダンは、会話をしながら地下通路へ歩いて行った。
マックイーンの肩にマヤノは、触れた。
「マヤも、次は負けないからね!」
「次も勝ちは譲りませんわ!」
2人は、笑顔だった。
マヤノは、地下通路を通り、控室へ行った。彼女が着替え、帰路についていると、ブライアンが待っていた。
「マヤノ、お疲れ様」
ブライアンは、優しく声を掛けた。
「マヤ…頑張ったよ。2着…入賞だよ」
「そうだな…」
ブライアンは、マヤノの近くまで歩み寄った。
「悔しいな…あんなに、練習したのに…」
負けちゃった…とマヤノは、涙を流し始めた。ブライアンは、彼女の頭をゆっくり撫でた。
「子ども扱い…しないでよぉ…」
マヤノは、ブライアンの胸に顔をうずめた。ブライアンは、彼女が泣き止むまで胸に抱き続けた。
「次は…絶対に負けない…」
「お前は…強いな…」
ブライアンは、そっと呟いた。
マヤノのトレーナー、姉ヶ崎が近くの壁に背を預けていた。2人から見えない位置だ。
「マヤノちゃん、負けを知る奴は強くなるわよ…」
彼は、空を見上げた。晴天だった。