光の記憶だ。
「光」
父親が彼に声を掛ける。
「父さんは、今からメジロ家の屋敷に行って、ウマ娘たちの診察をするが、付いてくるか?」
「…ああ、付いていく」
声変わりが終わった光は、父の提案に乗った。
光は、メジロ家の屋敷に入った。
「光、父さんは、診察をしてくる。屋敷の人には、お前のことを伝えている。あまり、歩き回るなよ」
光の父は、彼にそう言い残し、屋敷の奥へ進んだ。
光は、屋敷内部を見まわした。すごい豪邸だと、呟いた。彼の視界に何かが映った。ウマ娘の耳だ。どうやら、物陰に隠れているみたいだ。彼は、そっと近づき、声を掛けた。
「こんにちは、かくれんぼをしているの?」
話しかけられたウマ娘は、物陰から顔を出した。ふわふわの鹿毛で、年は8歳程だった。
「うん!めいどさんからね、かくれていたの!」
可愛らしい笑顔で言った。
「そうか、じゃあ、俺とかくれんぼしてみるか?」
光は、ウマ娘に提案した。
「うん!」
ウマ娘は、元気よく返事した。
「俺は、光。君の名前は?」
「わたしは、メジロパーマー!」
パーマーは、光に笑顔を見せた。
「かくれんぼの鬼は、俺がするよ。30数えるから、パーマーは、隠れるんだぞ~」
パーマーは、はしゃぎながら、隠れる場所へ走った。
月日が経った。
光は、父と共に、メジロの屋敷に訪れていた。
「さあ、かくれんぼ開始だ!どこに隠れたかな~」
光は、植え込みの裏や、階段の横を見て回り、件の相手を探した。
「あ、見つけたぞ~」
光が声を掛け、パーマーが、隠れていた場所から立ち上がった。ふわふわの鹿毛が揺れる。見つけられた彼女が、嬉しそうな声を出す。そして、光に抱き着いた。
「君、だいぶ力が強くなったな」
「うん!いっぱいたべて、もっと大きくなって、つよくなる!」
光は、そうかと顔を綻ばせる。
「つぎは、かけっこしよ!ひかりちゃん!」
ウマ娘が、少年に声を掛ける。
「負けないぞ、パーマー」
更に、年月が経過した。光は、ウマ娘が走るレース場を見ていた。電光掲示板に、ウマ娘新人戦と表示されていた。
ゲートにパーマーが居た。ランプが点灯し、ゲートが開く。彼女は、他のライバルたちに負けないようにスタートした。
レースが終盤に差し掛かった。パーマーは、3番手についていた。最終コーナーを抜け出すとき、彼女は、転倒した。他のライバルたちは、ゴール板をかけぬけていた。ゴールしていないのは、彼女だけだった。もう1着は狙えない。
それでも彼女は、立ち上がり前に進んだ。一生懸命走った。
その姿は、ウララを彷彿させた。
マックイーンは、風と雨音で目を覚ました。
ハヤヒデは、準決勝に出場するグループのデータを再度確認していた。警戒すべきは、アルタイルのタマモクロス、スーパークリーク、オグリキャップの3名。そして、脳筋ボンバーズのツインターボだ。彼女のターボダッシュは、驚異だった。
「ああ…雨は、嫌になる…」
ハヤヒデは、湿気で広がった癖毛を、手で押さえながら呟いた。窓を見る。強風と雨が打ち付け、揺れていた。
「だが、体格の小さいターボ君は、強風で体力を消耗しやすいはずだ…」
ハヤヒデは、考えた。あのダッシュは、確かに凄いが、その分スタミナの消耗が激しい。更に強風で体力を消耗すれば、減速し、3着すら怪しいと。
『トリニティオレースBブロック準決勝、生憎の悪天候となりました』
強風と雨がゲートとウマ娘達に打ち付ける
『1番人気、タマモクロス率いる、アンタレス・1号店』
『2番人気、ビワハヤヒデ率いる、リギル・ツヴァイト』
『3番人気は、エイシンフラッシュ率いる、シュヴァルツェン』
ハヤヒデは、ゲートオープンを待った。
ランプ点灯、ゲートが開き、全ウマ娘が走り出す。
『全ウマ娘、好スタートを切りました』
ハヤヒデには違和感があった。
『早くも1番手、イクノディクタス』
何かがおかしい、と。
『イクノディクタス、快調に飛ばしていきますが、これは正解でしょうか?』
『掛かっているかもしれません、少し冷静さを取り戻せると良いのですが』
『すぐ後ろにメジロマックイーン』
ハヤヒデが収集したデータ上、イクノディクタスの脚質は差しだった。逃げの適正は低い。メジロマックイーンが、前に出るのは分かる。なぜイクノディクタスは、彼女より前に出ている?と彼女は疑問を更に深めた。それと…ツインターボが見当たらない。
「スタート時、轟音が鳴らなかった…?」
ターボダッシュの轟音も、衝撃も走らなかった。強風と大雨でかき消されたと思っていたが、おそらく違う。ツインターボは、あのダッシュを使用していない…
「まさか、スタートダッシュに失敗した?」
ハヤヒデは、そう結論付けた。
『先頭は変わらず脳筋ボンバーズ!』
『まもなく第1コーナーカーブに差し掛かります』
ハヤヒデは、ツインターボを見つけた。イクノと、マックイーンに、挟まれる形で走っていた。脚質逃げだが前へ行こうとしない。彼女は疑問しか持たなかった。
『4番手にエルコンドルパサー』
『1バ身離れてスーパークリーク』
『その後ろビワハヤヒデとグラスワンダー』
エルが、3人を追い抜かしにかかる。すると、マックイーンがエルに並走し、彼女をインコースへと行かせない。結局、エルは追い抜くことを諦め、4番手のままだ。
「あの3人は、隊列を組んでいる…マックイーンは、後方のブロックが担当か?」
それなら、差し脚質でパワーのあるイクノを、配置すれば良いことだ。イクノとマックイーンの配置は、逆ではないのか?とハヤヒデは考えていた。
『まもなく、向こう正面、先頭は変わらずイクノディクタス』
『すぐ後ろにツインターボ』
『マックイーンここにいた』
強風が吹きつける。ハヤヒデは、身長171cmの自慢の体格で、何とか耐えた。しかし、グラスワンダーとエルコンドルパサー、敵チームのタマモクロスの体がよろける。鍛え上げられたイクノの体は、びくともしなかった。
なんて強風だと、ハヤヒデは感じていた。
『まもなく、第3コーナーカーブに差し掛かります。』
その時、ハヤヒデは気づいた。3人があの隊列なのか。チーム内で、体格が1番大きいイクノが、前方の風を防ぐ。次に体格が大きいマックイーンが、後方のブロック。そして、ターボは…強風の影響を受けずに最終コーナーまで行き、温存したスタミナで加速するのだと。まずい、と悟った。
「エル、グラス、仕掛けるぞ!彼女らより先に第4コーナーを周る!」
ハヤヒデは、前方に向き直す。イクノが視界に入った。彼女は、コース外側へ体1つ分ずらしていた。
その瞬間、ターボがスパートをかけた。
ハヤヒデ、エル、グラスも仕掛ける。外側からタマモとクリーク、オグリもやってくる。しかし、ハヤヒデのチームは、あまり足が伸びてこない、強風で、体力を消耗していた。
マックイーンも仕掛ける。しかし…彼女は脚を滑らし、転倒、そのまま第3、4コーナー間の鉄柵に頭をぶつけた。鈍い音が聞こえた。
その時、グラスが一瞬減速した。
ハヤヒデは、マックイーンの転倒をチャンスと感じた。恐らくだが、彼女は負傷し、ゴールは厳しい。先ほど、後方集団より、エルとグラスが抜かされた。しかし自身が4着以内で、ゴールすれば点数上は2位となり、決勝へ進出できると。
場面は変わり準決勝前日
「それ、マジで言っているの?」
ターボの声だ。
イクノが考案した、脳筋トレイン作戦の内容についてだ。163cmのイクノが先頭を走り、風よけの役割。159cmのマックイーンが、後続をインコースに入れないようにブロック。146cmのターボは、2人の間に入り、最終直線まで温存したスタミナで、スパートをかけるものだった。
「それって…進路妨害にならないの?」
テイオーがイクノに尋ねる。
「走行しているウマ娘の前に出るわけではないため、大丈夫です」
眼鏡に触れながらイクノは、返答した。
「待って、イクノは先頭をずっと走るタイプじゃないよ」
「よく聞いてください、ターボ。相手は強敵、フィールド状況は最悪で、貴女のターボダッシュは使用できない」
イクノは、ターボの目を見た。
「私たちが、貴女を1位に導きますわ。」
マックイーンは、ターボの肩に触れた。
『最初にコーナーを抜け出したのはツインターボ!』
マックイーンは頭をぶつけ、気を失いかけていた。
『速い、速い、もはや独走状態!』
彼女の耳に実況の声が伝わる。
『タマモクロス食らいつく』
捻挫した片足は、動かなかった。
『ツインターボ、すごい末脚だ!?』
目は、開かなかった。
『3番手は、スーパークリーク!』
体を起こす力は、残っていなかった。
『並びかけてきたビワハヤヒデ!』
―マックイーン、その栞の押し花って…カモミールだよね?―
『すぐ後ろにイクノディクタス!』
以前会話したテイオーとの内容が脳裏に響く。
『1着はツインターボ』
『2着はタマモクロス』
―確か…カモミールの花言葉って…―
『3着はスーパークリーク』
『4着はビワハヤヒデ』
―逆境に負けない強い精神力―
『5着はイクノディクタス』
『6着はオグリキャップ』
転倒し、負傷してもハルウララは、立ち上がった。
『7着はエイシンフラッシュ』
『8着はエルコンドルパサー』
転倒し、1着が狙えなくても、メジロパーマーは、立ち上がった。
「13着はグラスワンダー」
あの2人は、一生懸命に走った。
マックイーンの瞳が開いた。
「ハヤヒデ、ごめんなさい、13着だったわ」
グラスが、ハヤヒデに謝罪する。
「気にするな、グラス、天候が悪かっただけだ…それに、マックイーンが鉄柵に激突したのだ、そちらに注意が向くのも分かる」
ハヤヒデは、あの時、グラスが一瞬注意を向け、減速したのを視界の端で捉えていた。
「助けようとしたのだろ?」
ハヤヒデの言葉にグラスは、図星だった。
「君は、優しいな…」
…17人の着順が決まった。
ハヤヒデ達は電光掲示板をみた。
1位 アンタレス・1号店 49点
2位 リギル・ツヴァイト 35点
3位 脳筋ボンバーズ 34点
ハヤヒデのグループは、ギリギリ決勝へ進出できた。
「作戦と隊列で1着を取るとは、恐れ入った。見事だ」
ハヤヒデは、ターボとイクノを見て呟いた。彼女の言葉にグラスは、頷いた。彼女らは、冷えた体を温めるため、控え室へ行こうとした。
「君たち、マックイーンさんのことが心配なのはわかる。でも、後は救護班に任せて、中へ…」
係員が、ターボとイクノを室内へ入るよう促すが、彼女たちは入ろうとしない。
「まだだ」
ターボが、係員に言う。
「そうです。まだ、終わっていない」
イクノも続ける。
グラスは、彼女たちが向いている方へ目線を動かした。
「嘘…!?」
マックイーンがいた。彼女は負傷しており、頭より流血していた。片足を引きずりながら、右手で柵につかまりながら…ゴールへ歩いていた。足取りは限界寸前だと、誰が見ても分かった。
「マックイーン!」
「マックイーンさん!」
ターボとイクノが、彼女に届くように大声を出す。
残り、300m、200m…
彼女の歩幅は小さかった。だが、その一歩は、確実にゴールへ近づいていた。
しかし、マックイーンは、ゴール直前で倒れる。吹きすさぶ風と冷たい雨により、体力を奪われていた。
誰かが、限界だと言った。もう、休めと誰かが言った。
それでも彼女は、立ち上がり前に進んだ。