列伝 新たなトレーナー 前編
プロローグ
2019年4月28日、ウマ娘が生まれた。母子ともに健康で、何事もなく退院した。
2か月後、親戚一同が集まる。皆、赤子に夢中だ。
「わぁ~かわいい!ねぇ、だっこしてもいい?」
桃色髪のウマ娘が、赤子の母親に尋ねる。
「良いわよ、ウララちゃん。首をしっかり支えて持ってあげてね」
ウララは、まだ首が座っていない赤子を抱き上げた。綺麗な鹿毛の持ち主だ。
「早く一緒に走りたいなぁ」
彼女は赤子に頬ずりする。赤子は嬉しそうに笑顔になった。
日付が変わり同年7月、日差しが窓を介して部屋を照らしている。1階のリビングでウララが紙に文字を書いていた。
「あら、お手紙書いているの?」
少女の祖母が優しく声を掛ける。彼女は振り向き、元気に頷いた。
「誰に書いているのかな~?」
「生まれてきたあの子に!」
ウララは、赤子宛てにメッセージを書いていた。
「でも…どんなこと書けばいいだろう?」
少女は首を傾げる。そんな可愛らしい様子を見た祖母は、少女の頭を撫でる。
「そうね…思っていることをいっぱい書いてみたら?」
祖母の助言を聞いた彼女は、花が咲いたように笑顔になった。
「分かった!ありがとう、おばあちゃん!」
「出来た!」
暫くして、ウララは手紙を書き終えた。
「おばあちゃんにも見せてくれない?」
祖母の言葉に、彼女は良いよ!と返事をし、渡した。祖母が手紙の内容を見る。
「立派な手紙を書いたね」
生まれてくる赤子へのメッセージは、沢山書かれていた。
ウララは、書いた手紙を折り、便箋に入れた。開け口に桜のシールを貼る。彼女が便箋を手に持った時、動きを止めた。祖母がどうしたの?と尋ねる。
「わたし…ちゃんとしたお姉ちゃんになれるかな…?」
子供らしく可愛い悩みだった。
「大丈夫。ウララちゃんは優しいから、きっと良いお姉ちゃんになれるよ」
祖母は優しい目をしている。
ウララが亡くなる4か月前の出来事だった。
時間が経過し、2026年春、鹿毛のウマ娘は7歳になった。
「おばあさま、ここってどこ?」
青メンコを付けた鹿毛のウマ娘が、彼女の祖母に手を引かれて歩く。
「ここはね、貴女のお姉ちゃんが眠っている場所だよ」
2人は墓石の前に到着した。墓石の後ろには1本の樹が生えていた。
「この木はなぁに?」
「これはね、桜の樹だよ。お姉ちゃんが亡くなった時に植えたんだよ」
鹿毛のウマ娘は墓石を見る。文字が刻まれていた。
「お姉ちゃんの名前は、ハルウララって言うんだよ」
祖母は芝に膝をつき、花束を墓石に置いた。
「おばあさま。おねえさまは、どんな人だったの?」
まだ舌足らずの彼女が尋ねると、祖母は彼女の頭を撫でた。
「ウララちゃんはね、とっても優しくて、何回扱けても立ち上がった強い娘だよ」
「わたしも…つよいウマむすめになりたい!」
祖母は、鹿毛のウマ娘を優しく抱き寄せた。
「そうかい、そうかい…夢が出来たね…」
鹿毛のウマ娘は、祖母の家に戻った。
「おばあさま、それはなに?」
彼女は、祖母が持つ便箋を見て質問した。
「これはね、ウララちゃんが、貴女宛てに書いた手紙だよ」
文字がしっかり読める年齢になった彼女に手紙を渡した。
鹿毛のウマ娘は丁寧に封を開け、手紙を読む。短くもなく、長くもない、丁度良い文章量だ。読み終えた彼女は顔を上げ、祖母を見る。
「おばあさま、わたし…この手紙を宝物にする!」
彼女は笑顔だった。
列伝 新たなトレーナー 前編
2030年、4月上旬。春桜が咲き誇り、風景を美しく彩っている。大学の敷地内を、栗毛のウマ娘が歩いていた。彼女は、新入生で道に迷っている。かなりの広さを誇り、案内板はあるが、雑多な位置しか記されておらず大体の人は道に迷うのが恒例だ。周りを見渡している彼女に声を掛ける人物がいた。その人物は男性で、大学2年生だ。彼女を目的の場所まで案内してくれた。彼女はありがとうございます、と言って建物へ入る。
数日後、栗毛のウマ娘は図書室に訪れていた。そこには道案内をしてくれた人物が、本を見ていた。表題には〈ウマ娘のトレーニング理論〉と書かれている。彼女は図書館のため、そっと声を掛ける。その後話をして分かった事は、彼は3種免許を持つウマ娘トレーナーだ。それから彼と話すことが多くなった。
2人が通う大学は、トレセンとは1駅分の距離にある。栗毛のウマ娘はトレセンの卒業生だ。彼女はトレーニングの一環で、今でもトレセン近くの坂道で走り込みをしている。
栗毛のウマ娘がいつもの坂道を走っていると、先輩である彼を見つけた。彼は花束を持ち、近くの門をくぐり抜けてようとしている。彼女は声を掛けた。
「先輩、どうしたのですか?花束を持たれて…」
声に反応して彼は振り向いた。
「ちょっとな、友達へ近況報告に行くんだ。君もついてくるか?すぐそこだ」
彼は目の前の門へ手を向ける。
「そこって…」
栗毛のウマ娘は、門の先の場所を知っている。そこはウマ娘専用の霊園だ。トレセンの敷地内を一望できる場所にある。2人は霊園へ足を踏み入れた。
中央には、他と比べるとまだ小さい春桜がある。桜の前には墓石があった。2人はそこまで歩く。
「ここには10年前に亡くなった友人が眠っている。この桜は、その時植えられた。…まだ咲いたことが無いけどな…」
彼は、桜の幹を撫でる。
「どんな方でした?」
栗毛のウマ娘が尋ねると、彼の口角が少しだけ上がった。
「何度転んでも、何度も立ち上がる…諦めの悪い奴だ」
彼は、桜を見上げて答えた。
12月、東京では珍しく雪が積もり、冬の寒さを引き立たせる。大学の授業が終わり2人は駅へ歩いていた。
「先輩」
不意に声を掛けられた彼は、ウマ娘の方を向く。
「どうした?」
「お腹がすきました」
ウマ娘が、近くにある喫茶店に手を向ける。
「何か食べたいです」
彼女の言葉に、彼は分かったと返答し、2人は喫茶店に入った。
「俺の奢りだ。好きな物を注文しな」
先輩に促され、栗毛のウマ娘は手元のメニュー表に視線を落とした。
「マカダミアナッツパンケーキにします」
大きめのパンケーキが、4枚重なったボリュームのあるデザートだ。
「俺は…メロンパフェにするかね…」
「意外な物を選びますね、色々な種類のパフェを食べる事があるのですか?」
彼女の問いかけに、彼は首を小さく振った。
「いいや、パフェはメロンの奴しか食べたことが無い。他の味は食べようとも思わないんだ。毎回…メロンパフェを見るたびに、これだと直感が囁くんだ…まるで好物みたいに…」
「変な直感ですね」
栗毛のウマ娘の言葉に、彼は肩を竦めた。
「そう思うだろ?こういった事が他にもあるんだよな…」
件のデザートが、テーブルの上に運ばれてくる。
2人はいただきますと、手を合わせた。
「先輩、実は…将来トレーナーになりたいのです」
「トレーナーかぁ…結構大変だぞ?」
彼は、約1年間のトレーナー業務を思い返した。担当ウマ娘の育成レポート提出、レースの手続き、トレーニング場の予約、定例会議…数えきれない程の量だ。
「分かってはいるつもりです。それに、海外でも学ぼうと思っています」
「夢がでかいな…」
彼は、残していたメロンを口に入れた。
「私の父がトレーナーで、それも影響しています」
「…それにしても、海外ねぇ…同期の娘達も海外に行っているよな?」
紙ナプキンで口元を拭きながら、彼は尋ねる。
「はい、ライスシャワーに、マルゼンスキー、スマートファルコンが海外へ移籍しています」
「黄金世代4人目も日本を離れるのか…チームの皆が寂しがるじゃないのか?」
栗毛のウマ娘は、現在所属しているチームのリーダーだ。
「大丈夫です、ずっと日本を離れるわけではないですから。それに、リーダーの席はエイシンフラッシュに譲ります」
2032年3月、寒い冬が終わり、春の訪れを知らせるかのように小鳥が鳴いている。
空港に栗毛のウマ娘が居た。彼女はこれから日本を離れ、海外の大学へ編入する。彼女を見送ろうと、後輩、同級生、家族が来ていた。
彼女は、黒鹿毛のウマ娘と会話をしていた。
「フラッシュ、レグルスをお願いします」
黒鹿毛のウマ娘は、エイシンフラッシュ。中等部1年生の時から日本のトレセンへ留学している。レグルスとは、フラッシュと栗毛のウマ娘が所属しているチームだ。
「はい、リーダーとして精進します。もし、ドイツの事で知りたいことが会ったら連絡してください」
フラッシュの故郷は、栗毛のウマ娘が向おうとしているドイツだ。
「10月には、オクトーバーフェストが開催されますので是非足を運んでください。美味しい食べ物が沢山あるんですよ」
フラッシュの言葉に、栗毛のウマ娘は頷いた。
「それと…私の両親が経営しているケーキ屋にも訪れてください」
「ええ、もしかしたら常連になるかもしれませんね」
「しっかし…ドイツの大学へ編入って凄いな…ドイツ語しゃべれるのか?」
見送りには勿論、彼女の先輩も来ている。彼は隣に立っていた。
「当たり前です。何のために勉強したと思っているのですか先輩」
「君は凄いな…頭の出来がきっと違うんだな」
「先輩は集中力がないからです。それに先輩だって、トレーナー3種資格を独学で合格したじゃないですか」
栗毛のウマ娘は体を、彼の方へ向ける。
「…いやぁあれは、資格を取得しないといけない状況だったからだよ」
彼は、頬を指で掻いた。
「普段もそのくらい頑張りましょうよ。勉強を」
「数学と物理は出来るんだが…それ以外がな…時間がなくてな…」
「野球観戦ばかりしているからです。時間はいくらでも作れますよ」
栗毛のウマ娘は、顔を先輩から背けた。
「手厳しいね…」
彼は時計を確認する。
「もうすぐ行かないと間に合わないぞ」
「はい、行ってきます。立派なトレーナーになって戻ります。その時はよろしくお願いします」
2人は握手を交わした。
栗毛のウマ娘を見送った後、彼は麗らかに日を差す都会の道を歩いていた。
バス停に到着し、暇をつぶすため、自身が担当しているウマ娘に電話を掛けた。
「あ、もしもし?見送りが終わったから今からトレセンに戻る」
『分かった。こっちは自主練して待っているね』
「気合入っているな」
『当たり前じゃん!第1回のURAファイナルズのチャンピオンを目指しているからね!』
「いいぞ、その意気だ!〈最強のウマ娘〉を目指すぞ!」
『君と一緒なら何処へだって行けるよ!』
「嬉しい事を言ってくれるじゃん、そろそろバスが来るから電話を切るわ」
彼は電話を切り、バスへ乗り込んだ。
飛行機が着陸し、ドイツへ到着した。栗毛のウマ娘は、荷物を回収し空港の外へ出た。新天地での生活だ。編入する大学へ行き、手続きを行う。その後、学生寮へ案内される。キャリーバッグを開き、日用品等を部屋に並べた。荷ほどきをあらかた終えた彼女は、先輩である彼へメールを送った。
フラッシュの両親が、経営しているケーキ屋へ足を運んだ。ショーケースには綺麗にケーキが陳列されている。彼女は食べたいケーキと、コーヒーを購入し、イートインスペースで食べた。上品な味で虜になった。
4月になり、ドイツでの学生生活が始まった。日本とは違う環境での生活は様々な発見があり、退屈しなかった。勿論、学生の本文である勉学にも力を入れた。
栗毛のウマ娘が編入した大学は、トレーナーに関しての育成に力を入れている。レポートや実習が多く、忙しい日々を送った。彼女は新たな知識、技術を得ようと、必死に食らいついた。
あまりの忙しさに、先輩からの返信が無いことに気づかなかった。
何故、彼はメールを返信しなかった?