SD 1話
プロローグ
清々しい晴天だ。日差しが、ある建物に照らされる。周囲には、花が綺麗に咲いていた。そこにも日が当たり、花弁を輝かせる。その建物は、孤児院と呼ばれていた。男性の老人が建物から出てくる。彼は1代で会社を立ち上げ、大企業まで成長させた男だ。社長になった後、彼は多くの金額を孤児院へ寄付した。そこで、暮らす子供達に不自由なく過ごしてほしかった。彼は戦争で親を亡くし、孤児院で育ったことも関係している。彼が寄付した孤児院には、特徴があった。ウマ娘が多く暮らしている。
ウマ娘は不思議な存在で、人同士の夫婦の間に生まれる事がある。しかし、少なからず、育児放棄される娘も存在した。その孤児院は、ウマ娘を優先的に預かり育てている。
2016年の5月と、2017年3月に捨て子を預かった。保護された2人の赤子は、ウマ娘だ。孤児院関係者は、赤子を因子検査に掛けた。
2017年5月7日、ゴールデンウイーク最後の日曜日だ。建物の周りに咲いたラベンダーが、見ごろを迎えている。保護されたウマ娘の2人は、元気に成長した。どちらも綺麗な栗毛だ。
老人は、眠っている彼女らの顔を優しくなでる。
「…貴女が、私を守ったように、私もあの娘達を守ります」
老人は、70年以上も前の出来事に思いをはせた。古ぼけた懐中時計を取り出す。開けた蓋には、写真が張り付けてある。幼少期の彼を胸に抱く女性が映っていた。彼女は、彼を戦地から助けたウマ娘だ。そして女性の隣には、5歳程のウマ娘もいる。
女性は戦地で亡くなり、少女は行方知れずで生死不明だ。
老人は、願わくば、もう一度会いたいと思った。
同時刻、青い車が一般道を走っていた。車内には、男女が居る。男性が運転席、女性が助手席に座っていた。
「ねぇあなた、生まれたあの子は、どんな風に育つかしら?」
女性は、ウマ娘だ。
「そうだね、将来が楽しみだよ」
男女は夫婦だ。5月2日に赤子が生まれた。切迫早産のため、母子共に入院していた。母親は、2日後の5月4日に退院。赤子はNICUに入院し、保育器に入った。
夫婦は、毎日病院まで行き、わが子を見た。黒鹿毛の可愛い子だ。状態が安定している時は、保育器から出し、胸に抱いた。両親が声を掛けるたびに、赤子が笑顔を咲かせる。
「それに、あと数日でGCUに移るから、退院も近いって先生が言っていたね」
夫の言葉を聞いた妻は、早くあの子をお家に連れていきたいわと、返した。
「あれ…?」
夫が異変に気付いた。遠くの対向車の走る位置がおかしい。まるで、自分らが走っている車線に居る気がしたのだ。対向車が近づいてくる。
「嘘!?」
妻が驚いた声を上げる。対向車は逆走していた。かなりの速さだ。
「まずい!頭を守れ!!」
夫の警告と共に、車は正面衝突した。
第1話
温かくなり始めた2034年3月。日差しが、京都一の鉄打ち職人の鍛冶屋に当たる。瓦の黒さをより一層強調させた。
「機械戦争?」
畳の上で胡坐を掻いて、米菓子に噛り付く少女がしゃべる。彼女の名は、ツインターボ。鉄の打ち方を学びに来たウマ娘だ。
「なんじゃ、知らんのか?」
齢80の老人が茶を啜る。彼の名は黒鉄。鉄打ち職人だ。
「うーん…名前は聞いたことある」
「良い機会だ、教えてやろう」
黒鉄は、ターボに機械戦争について簡潔に説明した。
1920年代より、各国同士で戦争が勃発した。それに伴い、誘導兵器、搭乗兵器などの機械技術が発達。技術の発展と人的被害は、留まることを知らなかった。各国は、考えた。人間ではなく、人工知能を搭載した兵器を戦わせれば、自国の人的被害は抑えられると。人工知能の開発合戦が始まる。ついに、人工知能搭載の2足歩行人型兵器〈機械兵〉、それを管理する〈機械中枢〉が完成。各国は、我が国こそが戦争に勝つと思い描いていた。件の兵器を戦地へ投入しようとした矢先、問題が起きる。人工知能を搭載した兵器が、人間に反旗を翻した。各国が作り出した人工知能は、不毛な争いを行う人間を滅ぼすため、互いに手を組んだ。これが機械戦争の始まりである。
皮肉にも、機械の反乱により、人類は一つにまとまる。しかし、人間は自らが作り出した兵器に、土地も人も奪われ続けた。対抗するため、人が装着する機械鎧と呼ばれる兵器を開発したが、敵の物量に物を言わされ、人類は後退。
立ち上がった者達がいた。ウマ娘だ。彼女たちは、人間より遥かに強靭な肉体を持つ存在。彼女達の活躍により、各国の機械中枢を破壊し、1945年に、戦争は終結する。だが、多くのウマ娘が亡くなった。星となった彼女達の犠牲と感謝を忘れないように、人間たちはウマ娘が輝ける舞台を作った。それが、トゥインクルシリーズだ。
「これが、戦争の内容じゃ」
黒鉄は説明を終える。ターボは正座をし、真面目に聞いていた。
「黒鉄さーん、煎餅いっぱい持ってきましたー!」
鍛冶屋の外から声が聞こえてくる。少女の声だ。声の主は、扉を開け入ってきた。ゆるくカールされた栗毛を肩にかけたウマ娘だ。
「おぉ、タンホイザ、何時もありがとう」
老人は立ち上がり、彼女から米菓子を受け取った。
「あ、ウマ娘さんだ、あれ?確かトリニティオレースで走っていた…」
タンホイザが、ターボに気づいた。
「こんにちは!ツインターボだよ!」
彼女は、笑顔であいさつした。
「初めまして、マチカネタンホイザです!」
ターボとタンホイザは、京都の町を歩いていた。
「へ~、オリジナルの蹄鉄を作るために、ここに来たんですね」
タンホイザは、ターボの方を見るため目線を下げる。彼女の方が、10㎝近く背が高いためだ。ターボが黒鉄の元に来た理由を聞いていた。
「そう、友達の分も含めて、脚に合うのを作りたいんだ」
ターボは、昨年12月上旬に出走したトリニティオレース決勝を思い返す。最終直線で強豪3グループに追いつくため、彼女はターボダッシュと言われる技を使用した。ゲートオープンの際にも使用しており、2回目のダッシュの衝撃で蹄鉄が破損。同じグループの2人も、スパートの際、同じく破損していた。
蹄鉄は工場で大量生産され、ウマ娘達に届く。ただ、全員の足に合うわけでもなく、意外と破損しやすかった。ターボは小柄なため、足のサイズも小さい。毎回、サイズの合わない蹄鉄を使用していた。
2人は、鍛冶屋近くのウマ娘専用練習コースへ足を運んでいた。件の場所へ行く際、様々な店を通り過ぎる。
「前にも思ったけど、いっぱいお店があるんだね」
ターボが尋ねる。
「はい、職人の町で、観光地ですからね!」
タンホイザは、嬉しそうに返答した。
「そういえば…ターボさん、今着ているのって勝負服ですよね?」
彼女は右側が赤紫色、左が黄緑色の派手なデザインのパーカーを着ている。
「そうだよ!これはターボの宝物なんだ~」
彼女は自分が着ているパーカーに目線を落とす。
「ターボが小さい時、一度だけ遊んでくれたお兄ちゃんが居たんだ」
彼女は嬉しそうに服を撫でた。
「その人すっごく派手なパーカーを着ていて、そのデザインと一緒なんだ」
「おお~、それは何処で買ったのですか?」
タンホイザが興味津々で尋ねると、ターボは胸を張った。
「これはね、師匠がくれたんだ!」
「お師匠さんはどんな方ですか?」
首を傾げるタンホイザ。
「メジロパーマーっていうウマ娘だよ」
GⅠ常勝、URA2連覇のチャンピオンだ。タンホイザは驚く。
「凄い方じゃないですか!」
「そうだろー?偉大だろ!」
ターボは鼻高々に答える。まるで虎の威を借りる狐だ。
「そしてね、師匠が小さいときに師匠の師匠がプレゼントしたんだって」
「パーマーさんの師匠…ですか?」
タンホイザの言葉に、彼女は頷く。
「トレーナーだよ、会ってみたかったなぁ…」
「パーマーさんのトレーナーなら、トレセンにいるのでは?」
タンホイザの問いかけに、彼女は首を振る。
「ターボが弟子入りする前に死んじゃった」
彼女の顔は寂しげだ。
「さて、試作品2号、どんな感じかな?」
ターボは、靴裏に自作の蹄鉄を打ち込む。彼女は鉄打ちに関して、呑み込みが早かった。2ヶ月の期間で、基礎を習得した。そして、自身の足の大きさに合わせたサイズの蹄鉄を、黒鉄と共に試作。タンホイザは、彼女から少し離れたところから見守っていた。
「ターボさん、頑張ってー!」
タンホイザが、彼女を応援する。
「じゃあ、マチタン見ていてね」
マチタンとは、タンホイザのあだ名だ。先ほどターボが考え付いた。彼女が、クラウチングの体勢になる。轟音が鳴り響く。タンホイザにも衝撃が伝わる。彼女は、スタート地点から9バ身離れた所に居た。
「生で見るとやっぱりすごいですね!」
タンホイザが興奮した面持ちで、ターボに声を掛ける。
「うーん、やっぱだめだ」
ターボは、こめかみに手を当てた。
「え、あんなに速いじゃないですか!」
驚くタンホイザに、彼女は、靴裏の蹄鉄を見せる。
「1回のターボダッシュで壊れちゃった」
試作品2号蹄鉄が、綺麗に割れていた。
「まだ、鉄打ちが甘いみたい…」
ターボは、割れた蹄鉄を見て呟く。
「うぉ~!!メッチャ凄い音鳴ったと思ったら、地面抉れているじゃん!」
2人は声の方へ振り向く。そこには、黒髪に青のメッシュを入れたウマ娘がいた。
「ヘリオスちゃん!」
タンホイザが、彼女の名を口に出す。
「マッチ!横に居るのって、もしかしてツインターボさん!?」
ヘリオスと呼ばれたウマ娘が、タンホイザに尋ねる。ヘリオスは、彼女のことをマッチと呼んでいた。
ヘリオスは、走ってターボに近づく。彼女の身長はタンホイザと同じぐらいだ。
「初めまして!うちは、ダイタクヘリオスでっす!」
彼女は、はしゃぎながらターボに挨拶をする。
「ターボだよ、よろしくね!」
「後でトレセンの事聞いてもいいですか?」
彼女の要望に、良いよとターボは返答した。
「あざまる水産!」
ヘリオスは、ピースサイン顔に横に付けて言う。
「あざ…え?ヘリオスちゃん、そのしゃべり方どうしたの?」
タンホイザは、彼女の話し方が大分変化したことに驚いていた。
「いや~、マッチ。うちら今年の4月にトレセン入学じゃん?トレセンって東京じゃん?パリピいっぱいいるじゃん?今のうちにパリピ語、使い慣れとかないと!」
いえーい!と言いながらヘリオスは返答した。
町主催の春の安全祈願をこめた祭りだ。出店やステージ上で出し物が披露されていた。太鼓を叩く音が響く。太鼓の出し物が始まった。筋骨隆々の男たちが、自慢の筋力で太鼓を鳴らす。見事な迫力だ。その中で1人、少女が居た。ウマ娘だ。黒髪を靡かせ、大人達に負けず劣らず、体の奥深くまで響く音を出した。
ステージのバックヤード、太鼓の演奏を終え、機材を運び出していた。
「キタちゃん、今日もありがとう!助かったよ!」
年配の男性がウマ娘に声を掛ける。
「また、手が必要だったら呼んでください!」
屈託のない笑顔で返答したウマ娘。彼女の名は、キタサンブラック。今年の4月にトレセンに入学する。
「しかし、地元に居るのも、後1か月もないのか…」
男性は、寂しそうに言う。ブラックは、地元のアイドルの様な存在で、人気があった。彼女は人情味のあるウマ娘で、困りごとを持つ人をよく手助けしている。
「夏休みとかの長期休みに戻りますよ!」
彼女は、太鼓を肩に担いでトラックまで運んだ。
ブラックは帰路を歩いていた。先ほどの男性に言われた通り、彼女は残り数週間で、トレセン学園に行く。そんな彼女は、あるウマ娘が出走したレースを思い出す。
2033年の皐月賞と日本ダービー、クラシック部門のGⅠレースだ。その2つで1着を取ったウマ娘、トウカイテイオー。彼女は持ち前の柔軟性と天才と称されるほどのコース取りが武器だ。ブラックは彼女のレースを見た時、感銘を受けた。先頭集団をあっという間に置き去りにするスピード。彼女は間違いなく、同世代最強の一角だ。
しかしテイオーは、日本ダービー後骨折。そのため菊花賞へは出走できなかった。骨折が完治し、レースへ出走できるようになったのは12月上旬。彼女はとあるイベントレースの決勝に出走した。トリニティオと呼ばれる団体戦のレースだ。彼女の所属グループは脳筋ボンバーズ。
ブラックは彼女の活躍を楽しみにしていた。レース場の観客席に座っていた時、近くの客達の会話の内容が耳に入る。
―決勝では最強と言われるリギルとアルタイルのメイングループが居るー
―中等部2年生である彼女達では歯が立たない相手だー
―最下位でゴールするのではないか―
散々な言われようだ。当時のブラックも分かってはいた。勝ち目は無いと。テイオーは復帰直後でブランクがあり、相手は経験も実力も上回る。彼女は知らず知らずのうちに、手を強く握りしめた。
レースが始まる。テイオーはルドルフと、4番手争いを繰り広げていた。彼女はしっかりとマークされており、インコースを走れなかった。第3コーナーでは彼女は失速し、最終コーナーでは10番手だ。先頭集団から3、4バ身離されている。
ブラックは見ていられず、顔を伏せた。突然、轟音と驚愕に似た声が観客から上がる。驚いた彼女は顔を上げ、先頭集団を見た。先頭はルドルフ、タマモ…
…そして、テイオーだ。
ブラックは目を見開く。テイオーは諦めていなかったのだ。ブラックは彼女を大声で応援した。喉が枯れる程だ。
そして12人が纏まった状態でゴールした。テイオーは7着だ。1着から12着まで全て差がハナだった。
中等部2年の彼女達は、格上に喰らい付いた。
彼女達は、最強チームに一歩も引かずに健闘した。
その姿を見て、ブラックは感銘を受けたのだ。彼女はもっとテイオーの魅力に引付けられた。
「私も…テイオーさんの様に!」
帰路を走るブラックは速かった。