2017年5月2日、人とウマ娘の間に子供が生まれる。赤子もウマ娘だ。ただ、未熟児のため、NICUに入院し保育器に入れられる。呼吸状態が良くなく、ネーザルハイフローとよばれる経鼻呼吸器を装着された。体力が戻った母と、父は毎日赤子の顔を見に来ていた。看護師、医師は、ほほえましい光景に笑顔になる。赤子は何時も笑顔だった。あまり泣かない子だ。両親は、笑顔が可愛いねと、赤子の頬をつついていた。
5月7日の正午、赤子が泣き出した。今までにないぐらいの大泣きだ。それが数時間も続いた。不審に思ったソーシャルワーカーが、電話で赤子の両親へ連絡を取る。
両親は、交通事故に遭っていた。逆走してきた車と正面衝突し、2人は即死だ。赤子は退院後、親類が預かる事になった。
赤子は、NICUからGCUに移される。体力が安定した状態になり、因子検査を行った。
ここは、ほぼ全域が亜寒帯気候に属する北海道。雄大な自然、のびやかな大地が自慢だ。
広い一本道を走っているウマ娘が居た。黒鹿毛の髪を靡かせている。彼女は兎に角速かった。年齢はまだ8歳だが、ウマ娘としての片鱗を見せている。
「ひつじさーん、どこにいったのー?」
彼女の家は、牧場を営んでいる。そこから大きな羊が1頭逃げ出した。牧場関係者は、捜索しており、彼女も面白そうだからと勝手に参加した。
「あ、いた」
彼女は羊を見つけた。呑気に草を食べている。羊に近づき、首元を撫でた。
「おうちにかえろ!」
彼女は、羊の眼を見ながら問いかける。思いが通じたか不明だが、羊は蹄の音を奏でながら、牧場の方へ歩き出した。
「おかーちゃん!ひつじさん、つれてきたよー」
彼女は、育ての母親に声を掛ける。
「おー、やるでねぇか。さ、柵の中に入れてくれ」
彼女は羊を牧場に入れた。
「さ、昼ごはんにすっぺ。手を洗ってきな」
母に言われ、彼女は家に入った。
育ての両親が昼食の準備をしていた。黒鹿毛のウマ娘は、ある部屋に脚を運んだ。
そこには、仏壇があった。男女の写真が立てかけてある。2人は、ウマ娘の本当の親だ。写真の下に、丁寧に畳まれた紙が置いてある。それは、生前両親が知りたがっていた、娘の因子検査の結果紙だ。彼女も以前見たことがあり、何となく手に取った。紙を広げると、難しいそうな数字が羅列されている。まだ幼い彼女には、理解できなかった。唯一わかるのは、有しているウマ娘因子の名前だけだ。
「ほらー、ごはんできたっぺ」
育ての母が、彼女に近づき声を掛ける。彼女は元気に返事をし、リビングへ向かった。
「あらら、検査結果の紙出すだけ出して…」
封筒から出されたままの結果紙を見る。
スペシャルウィークと記載されていた。
更に5年が経過し、2030年4月。温かい日差しが大地を照らしている。
「お母ちゃん!お父ちゃん!私、日本一のウマ娘になるね!」
スぺは空港に居た。これから東京行きの飛行機に乗る。
「おう、一番になってこいっ!」
「うん、無理はしないようにな」
育ての母と父の激励を受け、彼女は飛行機に乗った。彼女は、窓側の席だ。非常時に関するアナウンスが終わり、飛行機が動き出す。直線の滑走路まで移動した。
スぺは、窓に目を向ける。空港が見えていた。そこの展望デッキに多くの人が大きな紙を広げている。彼女の視力は、文字を視認できた。
そこには〈日本一になれ、スペシャルウィーク!〉と記載されている。
「皆…」
彼女は、牧場で働く皆の応援の言葉を胸に旅立った。
航空機の上昇が終わり、安定軌道になった。スぺは、乗務員よりサービスの飲み物を受け取る。テーブルを展開し、紙コップを置く。飲み終えた後、手荷物からパンフレットを取り出した。表題に、日本ウマ娘トレーニング学園と記載されている。ページを捲ると、注目のウマ娘の特集が組まれていた。無敗の皇帝シンボリルドルフ、稲妻のタマモクロスなど、テレビでも見たことがある彼女達が掲載されている。高等部卒業後、海外へ移籍が決まっているマルゼンスキーとライスシャワーもいた。
スぺは、それらの記事を見つつ、自身がレースで1着を取る姿を想像する。思いにふけっていると、乗務員のアナウンスが聞こえてきた。間もなく航空機が、着陸態勢に移る。彼女は荷物を収納し、窓を見た。初めての飛行機の旅は最高だった。
着陸後、預けていた荷物を回収し、出口に繋がる自動ドアを通過する。春の温かさが伝わる陽気だ。キャリーバックのキャスターを、コンクリートの上で転がしながら進む。
「うわぁ…これが、都会…」
スぺは、道路を走る車の多さに驚いていた。メモ帳を確認する。そこには、何時、どの乗り物に乗るか記載されていた。
「…電車は…こっちか」
案内表示に従い、彼女は件の駅へ向かう。しかし、道が複雑で迷子になってしまった。近くの掲示された全体図とにらめっこしている。流石東京と言えるほど、複数の経路が存在した。背後より、声が掛けられる。彼女が振り返ると、そこには癖のある赤毛のウマ娘が立っていた。
「こんにちは、もしかしてトレセンに行きたいの?」
「はい!…え、何で分かったのですか!?」
なぜ彼女が、行きたい場所が分かったのか、スぺには想像できなかった。
「アタシもここに来た時、君と同じように迷ったからね~」
赤毛のウマ娘が、頬を掻きながら返答する。
「アタシは、ナイスネイチャ。今年の4月で中等部2年なんだ~」
ネイチャは、自身の柔らかそうな赤毛を撫でる。
「私は、スペシャルウィークです!新入生です!」
スぺは、元気よく自己紹介をした。
「元気いっぱいだね~。さ、トレセン行きのホームはあっちだよ」
右手で方向を指し示す。
「ありがとうございます!」
「学園で会ったらよろしくね~」
ネイチャに見送られ、スぺは駅へ向かった。
電車から見える景色は、北海道とはまるで違う。遥かに高いビルが多く並んでいた。そして、赤いレンガの塀で囲まれた建物が見えてくる。
「あれが…トレセン学園…」
スぺは小さく呟いた。これからあの場所で、トレーニングを積み、レースに出走し、ウイニングライブを踊る”トゥインクルシリーズ”に参加するのだ。
「大きい門だ…」
スぺは、トレセン学園の正門を見上げている。
「…あれ、どっから入れば…」
大きな門は閉ざされており、通ることができない。彼女は初めて来た場所のため、少し焦った。誰かに聞こうと周りを見回す。
「こっちから入れますよ」
声を掛けられ、そちらに顔を向けた。そこに立っていたのは、栗毛のウマ娘だ。
「ありがとうございます!」
スぺは、助け船に感謝した。正門の横に1.8mサイズの門がある。
「新入生ですよね?」
「はい、そうです」
「私は、グラスワンダーです。よろしくね」
「スペシャルウィークです!」
彼女は、学園内にある宿泊場所へ向かった。ここは遠方から来た入学者に用意された場所だ。背中に背負っている荷物を置き、外へ向かった。
スぺは、トレセンの練習コースへ赴く。そこには、栗毛に緑メンコを付けたウマ娘が走っていた。遠目でも速さが伝わってくる。まるで突風だ。芝のコースをかける彼女の姿は、綺麗だった。そんな彼女に見惚れていると、スぺのお腹が鳴る。昼食を取っていなかった。学生食堂の存在を聞いていた彼女は、そちらへ歩を進める。
立派なカフェテリアだ。これが東京クオリティなのかと、スぺは考えながら、券売機でチケットを購入した。中々の混雑具合だ。注文の品を近くの席まで運び、座る。
「すまん、隣良いか?」
スぺと同じ黒鹿毛のウマ娘が声を掛けてくる。彼女の横ぐらいしか席が空いていなかった。
「大丈夫ですよ」
「ありがとう」
彼女が横に座る。
「あんた、新入生だろ?私は、ナリタブライアンだ。よろしく」
「スペシャルウィークです。よろしくお願いします。…なんで新入生って分かるのですか?
」
先ほどのグラスワンダー然り、何故自分が新入生と判別されるか分からなかった。
「学園内で私服は珍しいからな、私も新入生だ」
ブライアンも制服ではなく、私服だ。スぺは周りを見る。学園の生徒は、基本的に制服を着用していた。
次の日、入学式当日だ。新入生用の宿泊所で、スぺは学生服に着替えていた。身嗜みを整えた彼女は、会場である体育館へ歩を進める。外に出た時に、昨日食事を共にしたブライアンが前を歩いていた。スぺは小走りで彼女の元まで近づき、声をかける。
「おうスぺ、おはよう。どうせなら一緒に行こう」
ブライアンの提案に、彼女は頷いた。
2人は会場に到着し、受付を済ませた。指定された席へ座る。
「おや、ワタシの隣はアナタですか~?」
スぺに声を掛けたのは、プロレスラーの様なマスクを付けたウマ娘だ。
「ワタシの名前はエルコンドルパサー、よろしくデース!」
元気いっぱいの印象の彼女は、スぺへ握手を求めてきた。
「初めまして、スペシャルウィークです」
彼女は立ち上がり、握手に応じる。
指定された時刻になり、入学式が始まった。理事長が登壇し、入学の挨拶を行う。入学式が終わり、新入生たちは学園の外へ案内された。
「皆さんの入学をお祝いするために、ゲストが来ています。皆さん空を見てください」
スぺは係の言葉を聞き、空を見上げた。何かが空を飛んでいる。航空機ではない。かなり小さい。
「…ドローン?」
スぺは小さく呟いた。
「ゲストの方たちを紹介します。世界中のテロ対策として結成された、〈機械(マシン)鎧(スーツ)部隊〉の方たちです」
機械鎧、約90年前の機械戦争時に開発された人が装着する兵器だ。中世騎士の様な鎧のデザインに、小型のロケットエンジンを装備し、航空能力を持っている。戦争が無い現代では、増えつつあるテロ対策として配属されている。
彼らから色のついた煙が出て、空を彩っていく。トレセンのマークを描いた。圧巻の光景に新入生たちが拍手する。
「TVで見たことはあるが…実際に目の当たりすると…凄いものだ」
隣にいるブライアンが感嘆の声を出す。スぺは頷く。
その後新入生たちは、寮へ移動していた。
「なあ、スぺ…憧れの人っているか?」
ブライアンは、彼女に問いかける。
「憧れの人?うーん…お母ちゃんとお父ちゃんかな…ブライアンちゃんは?」
スぺは、自身を本当の娘の様に育ててくれた2人を尊敬していた。
「私は…黄金世代のウマ娘達に憧れているんだ」
黄金世代…2024年度生、6人の事だ。彼女達は他の世代のウマ娘達と比べ、実力が抜き出ていた。
最速、マルゼンスキー。
追跡者、ライスシャワー。
栗毛の超特急、ミホノブルボン。
海割り、スマートファルコン。
重戦車、メジロアルダン。
女王、カレンチャン。
マルゼンはアメリカ、ライスはフランス、ファルコンはイタリア、カレンはアイルランドへ移籍し、世界を舞台に活躍している。ブルボンとアルダンは、トレセン卒業後、競技から引退した。
職員に引率された新入生の列が止まる。寮の正面玄関前に到着した。スぺは寮の建物を見上げる。とても大きく、立派だ。広いエントランス、綺麗な内装、一学生が生活する場所としてこれ以上ない物だ。
職員から部屋割りに関しての説明を受け、スぺは自身の部屋へ向かっている。ルームメイトがどんな方か彼女は考えていた。3階まで階段に上がり、寮の割り当てられた部屋の前に立つ。ドアを3回ノックし、部屋へ足を踏み入れる。
「あら、こんにちは」
昨日練習用コースで走っていた、栗毛で緑メンコのウマ娘がベッドの上に座っている。ルームメイトらしい。
「こ…こんにちは!私、スペシャルウィークです!」
「私は、サイレンススズカ。中等部2年よ」
スズカは自身の胸に手を当て、軽く頭を下げた。
スぺは荷物を取り出し終え、スズカと会話している。
「北海道から…遠い所から来たのね」
スズカは、口に手を当てた。
「はい、預かってくれた親戚がそこにいたので」
「…え?貴女のご両親は?」
「私が生まれてすぐに…事故で亡くなりました」
スぺは、少し俯いて答える。その様子を見たスズカは、沈黙した。
「で…でも!私は、育てのお母ちゃんとお父ちゃんがいますから!」
スぺは笑顔だ。
「…こんな事を言うのは、違うかもしれないけど…ご両親が4人もいるのは素敵ね…」
彼女の笑顔に、スズカも釣られて頬を緩ませる。
「貴女の思い出話を聞かせてくれないかしら?」
「はい!いっぱいありますよ!」
スズカは、彼女の幼少期の思い出話を消灯時間まで聞いた。