4月も日にちが過ぎ、涼しい気候になってきた。スぺは、レース場の観客席に座っている。GⅠレースの皐月賞だ。パドックで、人気紹介が発表されている。1番人気にハヤヒデ。2番人気にスズカ。3番人気にスーパークリークだ。
レースに出走するウマ娘が、ゲート内でスタートを待っていた。
ランプ点灯、ゲートが開く。全員スタートし、1番手はスズカだ。1バ身後方にパーマーが居た。2人の脚質は、逃げのため先頭に出ている。実況では、2人がレースを作ると言っていた。スズカは速い。2番手のパーマーを突き放して、向こう正面まで飛ばしていた。2人の差は、およそ4バ身。スぺは、以前グラスから、スズカの異名を聞いていた。
異次元の逃亡者。
異名に負けない走りだ。第3コーナーを回る前には、5バ身差に広がっていた。
2番手にパーマー、3番手にハヤヒデ、4番手にクリーク。
4コーナーを回り、最終直線をスズカが走る。スぺは、彼女の圧勝と思っていた。実況も同じくセーフティーリードと言っている。
残り400m、スズカの3バ身後方まで、パーマーとハヤヒデが迫っていた。
残り200m、スズカと2人が並んだ。
ゴール直前、パーマーが抜けた。
メジロパーマーは、サイレンススズカに劣らず速かった。彼女は1着だ。
2着にハヤヒデ、スズカは3着。
「スズカさん…」
カノープスチーム内で最強のスズカの敗北…上には上がいるとスぺは感じた。
インタビューを終えたスズカが、カノープスメンバーの元へ歩いてきた。
「スズカさん、お疲れ様です。よく頑張りましたね」
清峰が、彼女の健闘を称える。
「ありがとうございます…でも1着は取りたかったです」
「スズカ、3着でも良いじゃない!十分よ」
ネイチャがスズカを励ます。
「それに、お爺さんが言っていたじゃない…大切なのは、楽しく走る事って」
グラスの言葉に、スズカは頷く。彼女は、スぺの方へ顔を向けた。
「スズカさん…その…」
スぺは、必死に何かを言おうと考えを巡らせていた。そんな彼女に、スズカは優しく肩に手を置く。
「貴女の応援もしっかり届いていたわ。ありがとう、スペシャルウィークさん」
スズカは笑顔だった。
それからスズカは、猛練習をこなした。スぺは彼女みたいになれる様に、練習についていく。
「スズカさん、そろそろ休みませんか?」
2000mコースを4週目に差し掛かり、スぺが休憩を要望した。
2人はトレセンのカフェテラスで、パンケーキを食べながら休憩していた。
「スズカさんは走る事が本当に好きなのですね」
スぺは、美味しそうにパンケーキを頬ばるスズカに尋ねる。
「ええ、私ね…目の前の誰もいないキラキラした景色をずっと見ていたいの」
「それで、ずっと前を走っているのですね」
スぺは、コップに注がれた飲料水を口にした。
「小さい頃に、お爺さんが広い草原までよく連れて行ってくれて…そこで、グラスと一緒に競争したのよ。そこは、私達のお気に入りの場所なの」
「お爺さん?スズカさんは、グラスさんと親戚なのですか?」
スぺの質問に、スズカは首を振る。
「私とグラスは、両親がいなくて、孤児院で育ったの…」
スぺは、彼女の身の上話は初めて聞く。
「2人の両親も事故で…?」
スぺが尋ねると彼女は、首を小さく振った。
「私達は、赤ちゃんの時…捨てられたの。お爺さんに拾われて…そこで育ったのよ」
スぺとスズカ、そしてグラスは状況が違うが、実の両親がいない。
「だから…両親の愛情がとても羨ましいの…」
スズカは、胸に手を当てる。彼女自身、暗い雰囲気になると思っていなかったので、空気を換えようとし、椅子から立ち上がった。
「さあ、練習に戻りましょ」
スぺは、元気よく返事をした。
日本ダービー
『すべてのウマ娘が頂点を目指す、日本ダービー』
『歴史に蹄跡を残すのはだれか?』
『人気を紹介します』
『3番人気には、サイレンススズカ』
『実力は1番人気にも引けを取りません、2番人気にはビワハヤヒデ』
『このレース、最も人気を集めているのはメジロパーマー、1番人気です』
『どの娘もいい顔していますね』
『全ウマ娘ゲートイン完了。出走準備整いました』
『スタート!』
『各ウマ娘、そろってスタートを切りました』
『先陣を切ったのは、3番人気、サイレンススズカ』
『期待に答えられるか?1番人気、メジロパーマー、追走』
『さあ、ハナに立ったのはサイレンススズカ、このままリードすることが出来るのか?』
『1コーナーから2コーナーへ向かう』
『先頭はサイレンススズカとメジロパーマー』
『この2人がレースを作りそうですね』
『3番手の位置で様子を窺うのは、ビワハヤヒデ』
『大きく離れて、スーパークリーク』
『外でプディングパルフェ』
『メジロライアン並びかけてきた』
『向こう正面に入って先頭は、メジロパーマー』
『1バ身後方、サイレンススズカ』
『すぐ後ろに、ビワハヤヒデ』
『スーパークリーク、並びかけてきた』
『残り1000mを通過』
『先頭は変わらずメジロパーマー』
『1バ身後方、ビワハヤヒデ』
『外からサイレンススズカ』
『大ケヤキを超え、4コーナーへ』
『勝負は最後の直線に持ち越された!』
『ビワハヤヒデ、外で脚をためています』
『メジロパーマー、ここで抜け出した!』
『サイレンススズカ、ここから仕掛けどころだ』
『ビワハヤヒデ、3番手の位置につけ、様子を見守る』
『ビワハヤヒデ、まだ抑えたままだ』
『最終コーナーを曲がり、先陣を切ったのはメジロパーマー!』
『残り400』
『外からあがってきたのは、ビワハヤヒデ!』
『まくって上がってくる、ビワハヤヒデ!』
『後方集団も追いすがる!』
『先頭は変わらず、メジロパーマー』
『残り200m』
『ビワハヤヒデ、食らい付いていく!』
『ビワハヤヒデ並びかけてきた』
『まだ勝負は続く、続いている!』
『サイレンススズカ、凄い末脚だ!』
『1着はサイレンススズカ』
『2着はメジロパーマー』
『3着はビワハヤヒデ』
「スズカさん!やりましたね!」
スぺは、戻ってきた彼女の前に行き、手を握った。
「ありがとう、スペシャルウィークさん」
「スぺで大丈夫ですよ!」
2人は知り合ってから1か月以上経過している。
「そうね…スぺちゃん」
2人は、笑顔だった。
「あらら、しっかりリベンジされちゃったな」
パーマーのトレーナー光が来た。彼女も一緒だ。
「スズカ!次は負けないよ!」
彼女の瞳は闘志で燃え滾っていた。
「パーマー、次も最高のレースにしましょう!」
2人は、固い握手を交わす。
6月下旬。梅雨の季節通り、雨降りしきる中、スぺはレース場に立っていた。今日は彼女の新人戦だ。初の本番、彼女は緊張していた。鼓動が早い、口渇感が襲ってくる。自身に降りかかった雨を拭い、雨雲を見上げた。
―日本一になれ、スペシャルウィーク!―
飛行機の窓から見た光景を思い出した。皆が作った立派な横断幕を、笑顔で送ってくれた恩人たちを。
彼女の瞳に闘志が宿る。鼓動は落ち着きを取り戻した。
『第4コーナーカーブ』
『内からくるか、外からくるか!最後の局面です!』
『スペシャルウィークここで抜け出した!』
『互いに脚を貯めている展開!このまま直線での争いになるのか!?』
『残り400』
『スペシャルウィーク、リードは3バ身!』
『更に引き離していきます!』
『残り200』
『スペシャルウィーク、脚色は衰えない!』
『今ゴール!スペシャルウィーク、メイクデビューを見事に制しました!』
今までの練習の成果を十分に出し切り、彼女は1着でゴール板をかけた。
カノープスチームは祝勝会を開いていた。トレーナーである清峰が音頭を取っている。
「スズカさんは日本ダービー、スぺさんはメイクデビュー見事1着おめでとうございます。今日は2人の健闘を称えましょう!では皆さんご唱和下さい、乾杯!」
「乾杯!」
5人は飲料水が入った紙コップを突き合せた。中身はジュースだ。
テーブルクロスが敷かれた机の上に、大きなサークルトレーが置かれてある。7種類の軽食が分けられていた。食べ盛りのスぺは美味しそうに頬張った。
新人戦から2日後、スぺはトレーニングコースで走っている。その時、パーマーのトレーナーである光を発見した。
「頑張っているなスぺ」
「はい!日本一のウマ娘になるためですから!」
彼女は元気よく返事をする。
「良い夢じゃないか」
光は笑顔だ。彼は大きめのキャリーバッグを手にしていた。
「どこかに行かれるのですか?」
スぺの問いかける。
「今からアイルランドへ行くのさ」
「海外へ旅行ですか?いいなぁ…」
海外旅行経験が無いスぺは羨んだ。
「ま、旅行は次いでだ。母方の祖父母に顔を見せてくる」
「え、ハーフだったんですか!?」
スぺの発言に、彼は手を横に軽く振る。
「残念だけど、違うよ。母と言っても育てのな」
育て、という単語にスぺは反応した。
「私と…同じ…」
スぺは小さく呟く。
「ん?もしかして、君もか?」
光の言葉に、彼女は頷いた。
2人は近くのベンチに座り、互いの事を話していた。
光の本当の両親は、災害に巻き込まれた。父は瓦礫の下敷きになり、母は彼を身籠ったまま数日間瓦礫の中に閉じ込められた。救助隊が発見したときには父親は圧死、母親は衰弱死していた。その中で彼だけが奇跡的に助かった。
「生みの母はウマ娘、育ての母もウマ娘…そして今はウマ娘のトレーナー…つくづく彼女達に縁がある」
彼は少しだけ嬉しそうな顔をする。
「2人のお母さんはどういった方なんですか?」
スぺは興味津々の様子で聞いた。
「生みの母は、最強のスプリンター。育ての母は…ラーメンばかり作っていたな…」
「え?ラーメンですか?」
意外な返答に彼女が驚く。
「日本に来て初めて食べた物らしく、気に入っていた。後、サッカーのリフティングが上手かった」
光の言葉を聞いて、スぺは確かに美味しいものなと思っていた。
「スぺ、君の夢は日本一のウマ娘だったよな?何かきっかけがあったのか?」
「はい、私の育てのお母ちゃんが言っていたんです。どうせなら一番を目指しなさいって…そして、産みのお母ちゃんは体が弱くて…レースへ出走できなかったんです。そんなお母ちゃんの思いを背負って走りたいんです」
スぺは手を胸に当てる。
「立派な夢だ…俺にも夢があるんだ」
光は彼女の方へ顔を向けた。
「どんな夢ですか?」
「最強のウマ娘を育てることだ」
彼は誇らしげに答える。
「パーマーさんを最強にしたいんですね」
スぺの言葉に光は頷いた。自身の時計を確認する。
「そろそろ時間だ。また今度も話をしよう」
「はい、怪我が無いように戻ってきてください!」
彼女はカノープスメンバーの元へ戻った。
スぺが練習に戻る様子を光は見届け、学外へ歩き出した。
「仲良しだった友人と育ての母に誓ったからな」
光は少し悲し気な顔だった。
2日後、スぺはカフェテリアに居るパーマーを見つけた。彼女は少しだけ元気がない様子だ。それに気づいたスぺは彼女へ声をかける。
「パーマーさん…気分が悪いのですか…?」
スぺの声に振り返った彼女は小さく首を振った。
「光が居ないから…何かつまんない…」
頬に手をつきながらパーマーは返答する。
「夕凪さんとは、本当に仲が良いんですね」
スぺは入学からこの2人を何回も目撃していた。傍から見れば、年の離れた兄妹だ。
「まあね…私が8歳の時からの仲だからね」
パーマーはため息をついた。
スぺは購買へ行くため、学園内のエントランスを歩いていた。学生向けの掲示板が目に入る。大きな見出しで、〈圧倒的な強さ〉と書かれていた。興味を持った彼女は立ち止まり、新聞をみる。今年のメイクデビュー戦についてだ。写真にはナリタブライアンが大きく映っている。内容は、ブライアンが後続と18バ身の差をつけてゴールしたと記載されていた。
「凄いな…私、もっと頑張ろう!」
同級生の活躍を見たスぺは、更に努力することを決意する。
彼女はエントランスの出口へ向かっていると、羊が居た。
いや、羊ではない。羊の様な物体だ。実家の羊たちを思い出し、スぺは思わず近づいた。
「え…モコモコだ…」
柔らかそうな癖毛だ。
「ん?私に何か?」
羊の様な物体が振り返った。
「うわぁ!?しゃべった!!」
スぺは驚き、飛び上がる。
「落ち着いてくれ、私はウマ娘だ」
スぺは彼女の顔と思われる部分を見た。眼鏡を付けている。
「す…すみません、実家の羊の毛に似ていてつい…」
「まあ…分からなくもない。この時期、癖毛が暴発するからな…私はビワハヤヒデ、君は?」
以前のGⅠレースでスズカとパーマーと1着争いをしていたウマ娘だ。スぺは彼女に自己紹介を返した。
「そうか、スペシャルウィーク君か…妹のブライアンが世話になっている」
「ブライアンちゃんのお姉さんなのですか!?」
スぺ、2度目の驚きである。
「妹と言っても、親戚だがな」
ハヤヒデは顔に掛かっている癖毛のカーテンを開けた。鼻筋がしっかり通った美人だ。膨張した癖毛のせいで頭が大きく見えたが、平均サイズだ。
外では雨粒が窓を叩いている。