1週間後、7月上旬となり梅雨が明け始めていた。夏を感じさせる気温の高さだ。スぺは昼食をとるためにカフェテリアに入った。日差しで熱せられた体に、冷房の風が吹き抜ける。彼女は窓側の席で食事を取っていると、パーマーが来た。
「やっほースぺ、隣座ってもいい?」
彼女の問いかけにスぺは頷く。
「パーマーさん、今日は元気な顔していますね」
スぺの質問通り、彼女は何だか嬉しそうな様子だ。
「やっと光が帰ってくるんだ~」
昼食を取り終え、2人は校門前に立っていた。
光がキャリーバッグを転がしながら歩いてきた。パーマーは彼の元へ走る。
「光、お帰り!」
パーマーは彼の胸に突撃した。光は綺麗にくの字に曲がる。
「た…ただいま…パーマー」
光は脂汗を流していた。余程痛かったらしい。
「よお、スぺ…君も出迎えてくれたんだな…ありがとう」
彼はそう言いながら、袋に入っていた物を渡す。
「お土産ですか!?ありがとうございます!」
アイルランドの焼き菓子だ。スぺは嬉しそうな顔になる。
「カノープスの皆で食べてくれ」
光は、抱き着いているパーマーの頭を撫でながら、スぺへ伝えた。
8月の初旬、セミの声が煩さがピークを迎える頃、トレセン名物の合宿の時期だ。カノープスメンバーは清峰が運転する車に乗っていた。2時間後、合宿所に到着する。
「それでは皆さん、今からチームの宿泊所へ向かいましょう」
清峰の言葉に4人は元気に返事をした。
カノープスの宿泊所は海岸近くの2階建て木製のコテージだ。すぐ横で見知った2人が薪割りしている。光とパーマーだ。
「夕凪さん、パーマーさん!どうして此方に?」
スぺが質問すると、彼らは斧を地面に置く。
「ああ、俺たちもカノープスの宿舎で寝泊まりするんだ」
「清峰さんが提案してくれたんだ~」
光とパーマーが返答した。
「賑やかになりそうですね!」
スぺは嬉しそうな顔で、スズカに言う。彼女も笑顔で頷く。
宿舎近くの浜辺では、スピカメンバー、パーマー、ゴルシ、ブライアンが合同で練習していた。
「光、それ…練習で使うの?」
パーマーは、彼が肩に抱えている物を指差す。
「当たり前だ」
光が、砂浜の上に物を下ろした。サーフボードだ。
「体幹を鍛える。どんなフィールド状態でも、バランスを崩さないくらいにな」
彼は、パーマーにヘルメットとネックガードを渡す。
「いや、光。いくら私でも立つことぐらい出来るって、そんなの必要ないよ」
「パーマー、サップネスを舐めちゃいかんぞ」
光の言葉に彼女は、瞬きを繰り返した。
「ダメダメ!光、手を離さないで!!」
パーマーはボードの上で、生まれたての小鹿の様に震えていた。必死の形相で彼の袖を掴んでいる。
「待って、袖破れちゃう!」
近くで見ていたゴルシが爆笑していた。
スぺが砂浜で走っていると声をかけた男性が居た。光だ。
「夕凪さん!どうかしましたか?」
「頑張っている君へ差し入れだ。ほらアイス」
光は冷えたアイスキャンディーを、彼女へ渡した。
「ありがとうございます!」
スぺは思いっきり噛り付く。冷たい物を食べた為、頭を締め付けられる感覚が襲う。
アイスキャンディーを食べ終えたスぺは、チームの宿泊所へ向かっていた。その宿泊所の近くに切り株があり、ゴールドシップが座っている。彼女は無心でルービックキューブを弄っていた。
「ゴルシさん、お疲れ様です!」
声をかけられた彼女は、スぺの方へ顔を向ける。
「よう、少し待ってくれ、後もう少しで面が全て揃うんだ」
数回面を動かし、色が全て揃う。
「そのルービックキューブ…いつも持ち歩いていますね」
以前よりゴルシは件の物を手に持っていた。
「まぁ…母さんからのプレゼントだからな…」
彼女は笑みを浮かべる。
「宝物なんですね」
スぺが尋ねると、ゴルシは頷く。
「それでは、また」
スぺは宿舎へ入った。
合宿所の近くで夏祭りが開催されていた。スぺは、大規模な祭りは初めてだ。露店にある食べ物を片っ端から購入していく。光のポケットマネーで。彼女は、パーマーがとある露店に居るのを発見した。装飾品店だ。
「パーマーさん、アクセサリーを捜しているのですか?」
「うん、結構可愛い物が多いから見ていたの」
彼女のトレーナーである光も来た。
「パーマー、何か欲しいものはあるか?」
光の言葉を聞いて、彼女は少し悩み、件の物を手に取る。金色のロケットペンダントだ。
「これが欲しい」
「分かった。すみません、こちらを下さい」
光は店主へ伝えた。購入後、3人は、歩き出す。
「安物だが、それでよかったのか?」
「これが良かったの。写真とか入れられるし…」
パーマーは、先ほどのペンダントを首から下げていた。
「どんな写真を入れるのですか?」
スぺは、りんご飴を齧りながらパーマーに尋ねる。
「えー、じゃあ、スぺにだけ教えてあげる」
彼女は、スぺのウマ耳にささやく。
「素敵じゃないですか!」
「でしょ?」
スぺとパーマーは笑顔だった。
各々、露店での買い物を終え、打ち上げ花火を見るため集合した。スぺは、スズカとグラスの横に座った。
「スぺちゃん、合宿の後、実家に帰る予定はある?」
グラスが、イカ焼きを手に持ちながら尋ねる。
「うーん…いえ、無いです。冬休みに帰ろうかと思っています」
尋ねられた彼女は、残り三分の一になったりんご飴に噛り付く。
「出来れば、育てのご両親に顔を見せた方がいいと思うわ…」
グラスは物憂げな表情をしていた。
「スズカから聞いた通り、私たちは育ての両親すらいないの…せめて、スぺちゃんは両親を心配させないでね…」
「…わかりました!合宿が終わったら北海道に帰ります!」
グラスは、彼女の言葉に頬を緩ませた。
「グラス、私たちもお爺さんの所へ帰省しましょう」
スズカの提案に、グラスは頷く。
「そう言えば、パーマーさんの事で聞きたいのですが…あんなに速いじゃないですか?やっぱり初めから強かったのですか?」
スぺの質問に、2人は首を振る。
「あの娘はね、1年生の時、落ちこぼれって言われていたの…」
スズカの言葉に、スぺは目を見開いた。
「名門メジロ家のウマ娘として注目されていたけど、新人戦に負け続けて当時のトレーナーが居なくなって…」
名門メジロの恥としてパーマーは、家から放置され、専属トレーナーすらいない状態になった。そんな彼女のトレーナーになったのが光だ。彼は、免許取得の為に勉学に励み、3種資格を手にした。正式にトレーナー契約を結び、彼らは練習に励み、新人戦に初勝利、その後GⅠレースのホープフルステークスで1着を取った。
「1年の時、苦労したんですね…」
パーマーの血のにじむ様な努力と、当時の苦労を想像したスぺのウマ耳が垂れる。
「同期にライアンと、ドーベルがいるから比較されていたの…」
グラスは、手に持ったイカ焼きを見つめながら言う。
「はい、暗い話はお終い。買ってきたもの食べましょ!」
後ろに居たネイチャが、声を掛けた。
「スぺ、向こうにいるパーマーの顔を見てみなよ」
ネイチャに言われ、彼女はパーマーの方へ顔を向ける。パーマーと光は、楽しそうに食事をとっていた。
「あの娘は、今楽しそうなんだから、大丈夫よ」
ネイチャの言葉に、スぺは頷く。
花火が打ちあがり、夜空に火薬が模様を描く。ゴールドシップは皆とは少し離れた位置で見上げていた。花火に使用されている火薬の臭いが彼女に伝わる。右手に持っているルービックキューブを握り締めた。
「火薬だけは慣れないな。だが…」
ゴルシは、打ちあがる花火を見ている友人達の方を見る。
「あれから良い時代になった…」
彼女は瞬きをし、空を見上げた。
「もう誰も、戦わなくていい」
星が夜空に輝いている。
「戦争なんてクソくらえだ」