合宿が終わり、スぺは空港に居た。事前に旅行会社から受け取った予約券を確認し、受付を済ませる。荷物を預け、金属探知機ゲートを通過し、待合所のコンビニエンスストアで飲料水を購入した。
ベンチに座り込んだスぺは、約4か月間の出来事を思い返す。
同じチームの先輩3人が、優しく素敵で強い方達だ。彼女達の様に自分もなりたいと考えていると、航空機への搭乗案内が聞こえてきた。
スぺは手荷物からチケットを取り出し、改札ゲートのリーダーへかざす。
新千歳空港に到着した。北海道とはいえ、まだ夏だ。暑さを感じさせる。スぺは日高の羊牧場へ歩みを進めた。ウマ娘の脚力なら余裕だ。
途中、スぺは海へ寄った。合宿でも海は見たが、地元の海も無性に見たくなったのだ。
防波堤に立ち、釣りをしている人物を見つけた。少女で年齢は11歳程だ。彼女は大きめの麦わら帽子を被っている。強風が吹き荒れ、彼女の帽子が飛んだ。緑芦毛とウマ耳が露わになる。ウマ娘だ。
スぺは自慢の反射神経を発揮し、帽子を捕らえる。緑芦毛のウマ娘が釣り具を地面に置いて、彼女の元へ走ってきた。
「凄い風だったね。はい、帽子」
スぺは、ウマ娘に手渡す。
「ありがとう!」
笑顔が眩しい娘だ。
「大切な帽子なんだ…飛んで行った時は、焦ったよ」
彼女は、優しく麦わら帽子を撫でる。
「ねえ、トレセンのウマ娘さんなの?」
緑芦毛のウマ娘の問いかけに、スぺは頷いた。
「私も再来年にトレセンに行くんだ!」
「てことは…学園内で会うかもね。私は、スペシャルウィーク。君は?」
「セイウンスカイだよ!」
スぺは実家の羊牧場へ到着した。久方振りに会う育ての親と、学園の出来事を話した。
次の日、スぺは自主練のため浜辺を走っていた。ダートや芝と違い、砂は更に沈み込むため腿の筋肉に負荷がかかる。30分で限界が来たため、歩きながらクールダウンしていた。
浜辺で麦わら帽子を被った少女が釣りをしている。見覚えがある、セイウンスカイだ。
「こんにちは、昨日ぶりだねセイちゃん」
スぺが声を掛けるとスカイは振り返り、挨拶を返した。
「1人で浜に来ているの?」
彼女はタオルで首元を拭きながら、スカイに尋ねる。
「そうだよ~」
その後2人は様々なことを話したが、魚がかかる気配が無い。
「中々手ごたえが無いね…」
スぺは釣りをした経験が無いため、こんなにも待つとは知らなかった。
「まあね~、釣りってのは、のんびりやってなんぼだから」
「ずっと1人だと寂しくない?」
スぺの質問にスカイは軽く首を振る。
「昨日と今日は、私1人だけど。いつも一緒にいる子がいるんだ~因みにその子が麦わら帽子を編んでくれたんだよ」
「へ~、凄く器用な子だね。その子はウマ娘?」
「うん、ニシノフラワーって言う子だよ」
数日後、スぺは育ての両親と共に漁港へ訪れていた。新鮮な刺身を購入するためだ。
早朝の内に競りが終わっており、一般客が多く居る。
「スぺ、美味そうな刺身を探してくれけろ」
母の言葉に、彼女は分かったと返事をし、売り場を見渡した。手を繋いで歩いている親子が視界に入る。父親に関しては見覚えのある人物だ。
「…清峰さん?」
スぺの声掛けに振り向いた男性は、カノープスのトレーナー清峰だった。
「おや、スぺさんこんにちは。そういえば北海道に帰省中でしたね」
「はい。…こちらの娘は…?」
スぺは清峰の足元にくっ付いているウマ娘を見た。
「私の娘です。ほら、自己紹介は?」
清峰は自身の娘へ挨拶を促す。
「…スイープトウショウ」
少女はそう言うと、父親の背後に隠れる。
「すみません…この娘は恥ずかしがり屋で…」
清峰は優しく娘の頭を撫でた。
「私はスペシャルウィーク、よろしくね」
スぺは屈み、スイープへ手を振る。彼女は小さく手を振り返した。
夏休みの終わりが近づき、間もなく2学期が始まる。スぺは飛行機、電車を利用してトレセンへ戻ってきた。寮に戻る途中で彼女はパーマーと再会する。
「パーマーさん、どうしたのですか…?」
彼女は少し疲れた顔をしていた。
「あ、スぺ、久しぶり…ちょっと秘密場所で特訓をしていてね…」
「…どこですか?そこ…」
「北九州の平尾台って場所」
授業が終わり、スぺはカノープスのコンテナ小屋に居た。他の3人も集まり、席についている。
「皆さん、夏休み中はゆっくりできましたか?」
クールビズ姿の清峰がホワイトボードの横に立っていた。彼の言葉に4人は、はいと返事する。
「もうすぐでGⅠレース、菊花賞です」
約1か月後にクラシック3冠の最後のレースが開催される。
「距離は3000m。カノープスからは、グラスさんが出走します。なので、別メニューに励んで頂きます」
清峰の言葉にグラスは頷く。
カノープス4人組はカフェテリアで食事を取っていた。
「やっと…パーマーにリベンジできるわ」
グラスがそう呟きながら、抹茶ラテを飲み干す。
「え、対戦経験があるのですか?」
スぺは彼女の方へ顔を向ける。
「1年生の時にね」
グラスは空になったコップを机に置く。
「12月のホープフルステークスよ、私たち3人が出走したの」
スぺは3人から当時のレースの話を教えてもらった。
菊花賞当日。距離は3000m。カノープスからは、長距離適正のあるグラスが出走した。
ゲートが開いた。綺麗に全員が飛び出す。先頭はパーマーだ。先行脚質のハヤヒデは4番手、差し脚質のグラスは9番手に居た。ホームストレッチが終わり、第1コーナーから第2コーナーを周る。順位は変わりなかった。向こう正面に入り、パーマーは2番手と4バ身差をつけ、グラスは6番手まで上がってきた。3コーナーに差し掛かり、ハヤヒデが2番手に躍り出る。グラスはハヤヒデのすぐ後方に付けていた。彼女は遂にハヤヒデを追い抜き、2番手になる。しかし…
「継続速度がまるで違う…」
グラスは、速度を上げるも、パーマーとの差が縮まらない。むしろ広がっていった。
スぺは手を胸の前で握る。勿論、グラスもハヤヒデも速い。4番手から後続を引き離してゆく。パーマーはそれ以上の速度で彼女達を置いていった。
パーマーは、第4コーナーを回り、最終直線では7バ身の差をつけていた。1着は彼女だ。夏の特訓で実力を磨き上げていた
走り終えたグラスがカノープスメンバーの元へ戻ってきた。
「よく頑張りました。グラスさん」
「ありがとうございます。精一杯走ってきました」
「お疲れさん!」
ネイチャが飲料水をグラスに渡す。彼女はお礼を言いながら受け取った。
「グラス、楽しんで走れた?」
「勿論よ」
グラスとスズカは笑いあう。
カノープスの温かく、仲間思いな雰囲気をスぺは感じ取り、笑顔になった。
後日、カノープス4人組は学園のカフェテリアで食事を取っていた。
「スぺちゃん、衣装交換チケットは使用したかしら?」
グラスの質問に、スぺは首を振る。
「グラスさん…そのチケットって何ですか?」
スぺには心当たりが無いらしく、首を傾けた。
「入学式の時に配布されたはずよ?」
「あ!あの立派そうな紙って交換チケットだったのですか!?」
スぺは思い出した。オリエンテーションの時に配布されている。
「期限って…1年生の時の私たちと同じなら…11月までよね…次の土曜日、モールへ行きましょう」
スズカの提案にスぺは頷く。
「ネイチャも一緒に行かない?」
「あ~、その日予定があるから…ごめん」
ネイチャは頬を掻いた。
スぺとスズカ、グラスの3人は、大型ショッピングモールへ足を運んでいた。
「うわぁ…こんなに大きなお店は初めてです…」
建物の中に入ったスぺは、呆然としていた。彼女の肩をグラスがつつく。
「スぺちゃん、こっちよ」
3人は、洋服店へ向かう。ここはウマ娘専用店で、彼女達用の勝負服が飾られていた。
スぺは、鞄から細長い紙を出す。それは、衣装交換用のチケットで入学時に渡された物だ。1枚で1着と無料で交換できる。ウマ娘用のレース勝負服は、有名なデザイナーが作成に携わり、丈夫な素材で出来ていることもあり高価だ。学生…それも中等部1年の娘では手が届かない。レース開催などを運営しているURA協会は、せめて1着だけでも無料で手に入れられるように予算を出していた。それが件のチケットだ。
「いっぱいあって選べないです…」
スぺは、広い店内、煌びやかな勝負服達を見て目を回していた。
「じゃあ、皆で探しましょう」
スズカの提案で、3人は店内へ散った。
「おお…凄くカッコいい…」
スぺは、白ベースカラーに青のアシンメトリーデザインの勝負服を手に取る。王子様風だ。
流石に、カッコよすぎる。彼女はハンガーへ掛けなおした。
スぺは、20分ほど悩んだが決めることができなかった。
スズカとグラスが合流してきた。
「スぺちゃん、こんなのはどうかしら?」
スズカが持っている勝負服を見た。白ベースに、スぺの瞳と同じ色の紫が入っていた。
スぺは、先ほどの勝負服を試着し、試着室のカーテンを開けた。
「すっごく似合っているわ。素敵よスぺちゃん!」
グラスが、嬉しそうに胸の前で両手を合わせる。
その後いくつか試着したが、最初の白と紫の服に決まった。
3人は、昼食を取るためフードコートへ訪れた。各々好きな店へ購入し、食事用のテーブルへ集合したが…
「スぺちゃん…多すぎない?」
スズカは、彼女が購入してきたカツ丼を見て言った。大きな丼に大きなカツ、遥かにそびえる白米の山だ。
「キングスペシャルってのがあって…つい…」
えへへと、言いながらスぺがにやける。彼女は大食漢だ。
「2人ともお待たせ」
グラスも合流してきた。彼女は塩サバ定食を購入しているが…茶碗から白米のタワーがそびえていた。
「私が小食なだけなの…?」
スズカは自身の食事の量が少ないと思い込んでいるが、単純に2人が大食いなだけだ。
食後、3人はトレセンの寮へ帰った。
帰路の途中、ウマ娘を2人見かけた。片方はナイスネイチャだ。隣にいるウマ娘と会話をしていた。
「ネイチャさん!」
スぺが挨拶をすると、彼女がこちらを向いた。
「お、スぺじゃん。衣装選んできたみたいだね~」
「はい!スズカさんとグラスさんが選んでくれました」
スぺは衣装が入っている紙袋を撫でた。
「ネイチャ、隣にいる娘は?」
グラスは、ネイチャの隣にいる小さいウマ娘について尋ねた。
「ああ、この娘は…アタシの知り合いの娘で、今日面倒を見てほしいって言われていたんだ」
「マーベラスサンデーだよ!」
サンデーは、満面の笑顔で自己紹介した。年齢は9歳程だ。手にはクレープが握られていた。
「スペシャルウィークです。美味しそうなクレープだね」
「うん!ネイチャちゃんが買ってくれたんだ、あそこの店で」
サンデーが近くのクレープ店に手を向けた。スぺはクレープ食べたさに店へ歩いて行った。
「スぺちゃん、まだ食べる気!?グラスも何か言ってあげて」
スぺは、先ほどの白米タワー+ビックカツを食べ切っている。スズカはトレーナーの清峰の言葉を思い出していた。食べすぎは良くないと。
「スズカ」
グラスは真面目な顔で彼女の方へ向いた。
「私も小腹が空いたわ」
「噓でしょ!?」
グラスもクレープ店へ歩いて行った。
「え、もしかしてご飯いっぱい食べた後?」
ネイチャの問いかけに、スズカは頷いた。
「マーベラス!」
サンデーは両手を広げた。
「確かにマーベラスだわ」
スズカは頭を抱えた。
次の日、トレセンの練習コースに、カノープスメンバーは集合していた。
「では、今後のレースに関してです。スズカさんは3月の大阪杯と宝塚記念、グラスさんは天皇賞春、ネイチャさんは天皇賞秋、スぺさんは2月のきさらぎ賞へ出走です」
清峰は4人へ予定を伝えた。スぺは新人戦以来のレースである。GⅡレース、重賞だ。
「まずは、練習内容ですが…グラスさんとスぺさんは練習量を増やしますね」
「清峰さん、それはライバルに勝つためですね!」
スぺは握りこぶしを胸の前で構えた。気合が入っている証拠だ。
「いえ…単純に食べすぎだからです」
清峰の言葉に、グラスとスぺは自身の腹を見た。少しだけ服から出ている。スズカは言わんこっちゃないと額に手を当てた。