メジロパーマー、トレセン4年目にして、爆逃げウマ娘とトレセン内で有名である。チーム無所属でありながら、GⅠレースを優勝し続けている。今年度の開催されるURAファイナルズ出場が有力視されている。
そんな彼女だが、1年目の戦績は散々なもので、新人戦に4連敗し、良くない記録を作ってしまう。勝てない彼女を、1年目の最初についていたトレーナーは離れてしまった。
自分は勝てないウマ娘と決めつけ、食事も喉を通らず、練習にも身が入らなかった。
そんな彼女に声をかける人物がいた。
冷やかしにでも来たのだろうか。彼女はそう思うほど心が荒れていた。どんな顔の奴が来たのだろう、せめて顔ぐらいは見てやろうとパーマーは振り返る。彼女は驚いた。知り合いだったからである。彼女の目の前にいる人物は、幼いころから自分と良く遊んでくれた、兄のような存在だ。
「パーマー、元気ない様子だな、辛いことはあるか?何か話でもしないか?」
彼は、妹のような存在のパーマーに優しく言う
パーマーと彼は近くのベンチに座り、今まであったことを話した。勝てないこと、トレーナーが消えたこと、辛いこと。
彼女は堰を切ったかのように涙を流し始めた。相談できる相手がおらず、寂しかったのである。
彼はそんなパーマーの頭を撫でながら、話を聞き続けた。気づけば、日は傾き始めていた。夕日が2人を差す。
彼はパーマーに1つ提案をした。
「パーマー、俺は今年から大学生という身だ。時間は高校の時よりある。俺が、君のトレーナーになる。それにな、パーマー、最後に勝つのは、諦めの悪い奴だ」
うん、と彼女は笑顔で答えた。
あれから、トレーニングが始まった。
しかし、彼は、トレーナーの教育は少ししか受けていないため、まず、自身が勉学に励み、何が正しいか、何が、効果的か、理論的に考え、知り合いのトレーナーに兎に角聞きまわった。皆、彼の熱く、真面目な姿勢に答え、真摯に教えた。
学んだことを自分なりに解釈し、パーマーの脚質、特性に合うようにトレーニングを組み、彼女と2人3脚で進んでいった。
1か月後の新人戦に勝利した。
ホープフルステークスに勝利した。
皐月賞に勝利した。
日本ダービーは惜しくも2着だった。
菊花賞はリベンジに燃え、1着でゴール板を駆け抜けた。
有馬記念に勝利し、観客たちは健闘をたたえた。
気づけばパーマーは1~3番人気にいつも入っていた。
そして、2人は2032年度に開催されるURAファイナルズに優勝しようと意気込んだ。
2032年3月某日、彼女は彼がトレーニング場に到着するのを待っていた。数10分前に電話でバスに乗ったことの電話が来たため、もうじきやってくるだろうと心待ちにしていた。
その日から彼はトレセンに現れなくなった。
それは、事故だった。飲酒運転の10tトラックが彼の乗っているバス後方を側面から貫いたのだ。事故を目撃した人によると、彼は幼いウマ娘を胸に抱いた状態でバスから投げ出されていた。衝撃が激しかったのだろう、大柄で強靭な肉体は大きく損傷していた。
彼が守った幼いウマ娘は大きな外傷はなく、命に別状はなかった。
しかし、彼は植物状態になってしまった。
彼の父でもある主治医は、彼の心臓が動き続けていること。人工呼吸器で生命活動を維持できていること。いつか、目を覚ますかもしれないことをパーマーに伝えた。彼女は泣いた。泣き続けた。
パーマーはその日から1人で走り続けた。
彼が残したノートには、育成の事が記されており、彼女はトレーニング内容を忠実に実行した。
レースでは彼女に、誰も追いつけない。出場したレース全て1着を取った。
ほぼ快挙といっても過言ではなかった。
しかし、彼女の心は喜びに満たされることは無い。
涙は枯れてしまっていた。
彼女にはトレーナーがいる。正確には居たが正しいだろう。
彼女は今日も1人で前を走り続ける。
パーマーはいつの間にか、練習中のマックイーンに声をかけてしまっていた。彼女の走り方が、彼にあまりにも似ていたからである。
マックイーンは追いつけなかった。パーマーとの差は開いていくばかりだった。およそ18バ身、大差でマックイーンは敗北した。
「URAファイナルズ優勝候補。強かったね」
テイオーは、マックイーンに声をかけ手に持っていた飲料水を渡した。彼女は、ありがとうと礼を言い受け取った。
「ええ、流石ですわ。でも落ち込んでいる暇はありませんわ」
圧倒的な実力差。マックイーンはそう感じた。だが、彼女に追いつきたいという闘志は、更に燃え上がった。
「もっと練習に励みますわ!」
「僕も付き合うよ」
マックイーンとテイオーは、グータッチをした。
彼女達の行動は早かった。チームでの練習の他に早朝自主練を開始した。
距離にして約4000m、どのレースより長い距離を全力疾走できれば、彼女に勝てると確信していた。
その前に坂道での走り込み、スクワット、カーフレイズのトレーニングを行ってからだ。こちらの3つは光の提案だったりする。
日が出ておらず、朝露がまだ草花に付いている時間、長い坂道を走る2人のウマ娘がいた。
「結構きついね、これは!」
テイオーは、息が絶え絶えだった。
「あら?休んでも構いませんわよ?」
マックイーンも息が切れかけていた
「まさか!まだまだ行けるよ!」
テイオーは脚を速めた
「負けませんわよ!」
マックイーンも速度を上げた。
2人は負けず嫌いだった。
その後、スクワットを腿の限界が来るまで行い、カーフレイズをふくらはぎが攣る寸前まで繰り返した。
4000m走はふらふらになりながら2人は走る。互いに負けたくない意思で走り、芝の上を倒れる形で同時にゴールした。2人仲良く足を攣り悲鳴を上げる。
悲鳴を聞きつけたゴールドシップに看病された。
同日の夕刻、トレセンのカフェテラスに夕日が差す。残暑は収まることを知らなかった。
「まさか、初日から全部のトレーニングをするとは思わなかったぞ」
光は信じられないといった顔で、マックイーンに言った。
「いやぁ…負けたのが悔しくて頑張りすぎましたわ。」
マックイーンは、頬を搔きながら言った。
「負けたって…誰に負けたんだ?」
「メジロパーマーですわ」
光が目を見開いた。
「そうか…あいつは強かっただろ?」
光はにやりと笑った。
「あら?お知合いですか?」
「あいつが小さいころからよく遊んでいたからな」
彼は練習用コースの方を見ていた。
マックイーンはふとカフェテラスのガラスを見た。
「じゃ、俺は帰るわ。君も早く帰りな」
マックイーンは光の方を向いて、さようならと返した。
光はトレセンの正門へ歩き出した。
マックイーンはもう1度ガラスを見た。
「気のせいかしら…」
光の姿がガラスに写っていない気がしたのだ。