新年が明け、冬の寒さがまだ衰えぬ2月。冷たい風が吹きすさぶ。
『最終コーナー、最初にかけてきたのはスペシャルウィーク!』
『まだ1バ身以上差があるぞ!後ろの娘達は間に合うか!?』
『速い、速いぞスペシャルウィーク!後続との差を広げて行く!』
『残り200』
『スペシャルウィーク、これは圧勝ムードだ!』
『1着はスペシャルウィーク!力強い走りだ、今からこの娘の活躍が楽しみです!』
2031年2月、スぺはきさらぎ賞へ出走し、1着を取った。
「スぺちゃん、おめでとう!」
スズカ達が観客席より手を振る。彼女も手を振り返した。
カノープスのコンテナ小屋では祝勝会が開かれていた。
「では、改めまして、スペシャルウィークさんの祝勝会を開きます!優勝おめでとう!」
清峰を含む5人は、紙コップで乾杯した。中身はジュースだ。
弾みを付けた彼女は、5月の日本ダービーへ出走登録を行った。
「あ」
ネイチャが何か思いだしたかのような声を出した。彼女は小屋内のロッカーから小さめの袋4つを取り出す。
「どうしました?」
スぺが疑問を口にする。
「ハッピーバレンタイン!」
ネイチャはチョコレートを机に置いた。
「ああ、今日は2月14日でしたね。ネイチャさん、ありがとうございます」
清峰は壁に掛けられたカレンダーを見ながら言う。
「とても美味しそう」
スズカが袋の中身を見ながら呟いた。
「手作りだから…あんまり期待しないでよ」
ネイチャは、恥ずかしそうに頬を指で掻く。
「すっごく美味しいです!ありがとうございます!」
「体に染み渡るわ…ネイチャ、ありがとう」
スぺとグラスは笑顔で感謝の言葉を口にする。2人は既に食べていた。
「え!?もう食べているの!?」
スズカはあまりの早さに驚く。
「…まあ、作った甲斐はあったわね」
ネイチャは腰に手を当てた。
第1グラウンドでは、スぺとスズカが走っている。
「大阪杯まで後1か月ですね!」
スぺは隣で走るスズカへ声を掛けた。
「ええ、久しぶりのGⅠレース…負けられないわ」
スズカは彼女の方へ顔を向ける。
「パーマーさんも出走するんですよね?」
スズカのライバルである彼女も出走登録していた。
「ええ、警戒するのは彼女だけではないわ…ハヤヒデもよ」
スズカと同学年、ブライアンの親類であるビワハヤヒデ。リギル所属のウマ娘だ。彼女は皐月賞、日本ダービー、菊花賞のクラシック3冠レースではパーマーとスズカに敗北している。だからと言って、油断できるわけではない。その後に出走した重賞レースは全て1着を取っている。実力は折り紙付きだ。
2031年3月。風はまだ冷たいが、日差しが当たる場所は暖かい。GⅠレース大阪杯当日だ。カノープスからはスズカが出走。彼女を除くカノープスメンバーは、観客席に座っている。
スぺは座っている位置からスズカを見ていた。彼女は入念に柔軟体操をしており、本番に備えている。そこから遠くない位置でパーマーが靴ひもを結びなおしていた。ゲートインするように放送がかかる。2人を含む出走ウマ娘たちはゲートへ歩を進めた。
『早春の阪神に最強を自負するウマ娘が集う!春の中・長距離3冠、第1弾、大阪杯』
『3番人気を紹介します。ダービーウマ娘、サイレンススズカ』
『皐月賞、菊花賞ウマ娘、メジロパーマー。2番人気です』
『今日の主役はこのウマ娘を置いて他にない。1番人気ビワハヤヒデ』
ランプが点灯、ゲートが開く。
『スタートです』
『各ウマ娘、綺麗なスタートを切りました』
『先行争いはサイレンススズカとメジロパーマー』
『期待通りの結果を出せるか?ビワハヤヒデ』
『先頭を行ったのはメジロパーマー』
パーマーが一瞬だけ減速した。
『サイレンススズカ並んできた』
『メジロパーマーとサイレンススズカ序盤から競り合っています』
『いいライバル関係になりそうですね』
スズカが1番手に躍り出た。
『1コーナーから2コーナーへ向かう』
『サイレンススズカ快調に飛ばしていきます』
『ハナを奪っていったのはサイレンススズカ』
彼女とパーマーの差は1バ身だ。
『続きましたメジロパーマー』
『3バ身差ビワハヤヒデ』
『すぐ後ろスーパークリーク』
『その外ならんでバイトアルヒクマ』
『2バ身後方セットユアレコード』
『続いてサンドコマンド』
『第2コーナーを抜け、向こう正面に入った』
『順位を振り返っていきます』
『現在1番手はサイレンススズカ』
『続いてメジロパーマー』
スズカとパーマーの差は開き2バ身。
『更にはビワハヤヒデ』
『それを見るようにスーパークリーク』
『バイトアルヒクマ追走』
『更にサンドコマンド』
『少し離れてセットユアレコード』
『外にはサコッシュ』
『1バ身離れてエイシンフラッシュ』
『その後マチカネフクキタル』
『その外並んでミントドロップ』
『意気揚々と先頭を行きます。サイレンススズカ!どうでしょう、この展開?』
『サイレンススズカ、彼女の脚質には合っていますね』
『第4コーナーを進んで直線へ向かう!』
『勝負所、最後の直線へかけて行きます』
パーマーがスパートを掛け、スズカと並んだ。
『さあ、いよいよ直線だ!どのタイミングで、誰が仕掛けるのか!?』
パーマーが抜け出す。
『これから坂!仁川の舞台にはこれから坂があるぞ!』
『メジロパーマー!先頭はメジロパーマーだ!』
スズカは1バ身後方。まだ先頭は狙える位置にいる。
『外から飛んできたのはビワハヤヒデ!』
ハヤヒデはスズカを追い抜かした。
『残り400』
パーマーとハヤヒデが並ぶ。
『メジロパーマー脚色は衰えない!』
『残り200』
『サイレンススズカ追いすがる!』
パーマーが減速した。
『ビワハヤヒデ、ここで抜け出した!』
『ビワハヤヒデ、後続を突き放す!』
『ビワハヤヒデ、1着でゴール!』
『メジロパーマー、最後まで粘り2着!』
パーマーは右腕を軽く上げ、観客からの称賛に答えた。その時、彼女が顔をしかめ、体がよろけた。彼女の様子がおかしかった。異常事態に気づいた光が、観客席から飛び降り彼女の元へ走る。清峰も続く。
「夕凪君!パーマーさんの右足を支えて!」
「分かりました!パーマー、俺の肩に掴まれ!」
パーマーは救急車で搬送され診断を受けた。
翌日、カノープスのコンテナ小屋にスぺは訪れていた。小屋から話し声が聞こえてくる。いけないとは思いつつ、スぺは扉にウマ耳を当て盗み聞きをした。
「スズカ…最近、貴女らしい走りができていない気がするの…」
グラスの心配する声が聞こえる。
「そうかもしれないわ…何か引っかかりを覚えているの…」
「今度の週末に帰省しない?」
グラスは彼女へ提案した。
「それと…スぺちゃん、盗み聞きはダメよ」
グラスの言葉にスぺは飛び上がった。扉が開き、グラスが顔を覗かせる。
「え…えへへ…ごめんなさい」
スぺは頬を掻きながら謝罪した。
1週間後、右足をギプス固定したパーマーが、松葉杖をついて学園へ戻ってきた。隣には彼女の荷物を抱えた光が居る。
「パーマーさん!おかえりなさい!」
「やっほー、スぺ。戻ってきたよ~」
パーマーは笑顔で言葉を返す。
「夕凪さん、パーマーさんの脚はどうだったのですか?」
スぺは荷物を地面に置いている光に尋ねた。
「骨にヒビが入っていた…折れなかったのが奇跡って言われたよ。練習が厳しすぎたな…」
妹の様な存在であるパーマーの負傷に、彼は落ち込んでいた。
「大丈夫だって光!カルシウムが豊富な食べ物を食べるからさ!」
パーマーは相変わらず笑顔だった。
「あれ?スズカとグラスは?」
「2人は実家に帰っています…思い出の場所に行くとか何とか…」
パーマーの問いかけにスぺは答えた。
日差しが温かく、桜が咲き乱れる4月になった。気持ちが良いほどの晴天だ。スぺは、スズカとグラスと再会した。
「お久しぶりです!あれ?2人共…凄く吹っ切れた顔をされていますね」
スぺの言葉に2人は顔を見合わせた。
「思い出の場所で心置きなく走ったからね」
スズカは、スぺへウインクをした。
スズカとグラスは用事があり、職員室へ向かった。
スぺはカノープスのコンテナ小屋へ向かっている途中、練習コースに脚を運んだ。そこには、姫倉とゴルシ、ブライアンが立っており、近くには別のウマ娘が2名いた。
「姫倉さーん、こんにちはー」
スぺが片手を上げて元気に挨拶する。
「よお、スぺ!実はチームを結成することになったんだ」
姫倉の言葉に彼女は驚いていた。
「ほら、お前ら自己紹介!」
姫倉に促され、2人のウマ娘が半歩前に出た。それぞれが自己紹介をする。
赤鹿毛を2つに結んでいるのがダイワスカーレット。
黒鹿毛で片目を隠しているのがウオッカ。
「チーム名は決まっているのですか?」
スぺの問いかけに、姫倉はドヤ顔になりながら腕を組む。
「勿論!チームスピカだ!!」
隣にいるゴルシが言った。
「おい!?何でお前が言うんだよ!」
セリフを奪われた姫倉が、ゴルシの方へ顔を向ける。
「良いじゃんか、チーム名はアタシが考えたんだからよ~」
ゴルシ案だったみたいだ。
スカーレットとウオッカが、ゲートオープンの練習をしている。少し離れた場所でスぺとゴルシは話していた。
「ゴルシさん、何でその名前にしたのですか?」
スぺが尋ねる。
「まあ…アタシにとって馴染みも思い出もあるからな…」
スぺはカノープスのコンテナ小屋へ歩みを進める。そんな彼女をゴルシは見送っていた。
「何でスピカにしたか、ねえ…」
ゴルシは先ほどのスぺの質問を反芻した。
「…忘れないためだ…」
彼女は眉間にしわを寄せ、悲し気な表情だ。
「母さんが殺された、あの日の事を」
ゴルシは、ルービックキューブを握り締めた。