第2章 1話
プロローグ
2019年4月3日、桜が満開の春だった。前の方にウマ娘が立っている。
「おーい、ウララちゃん!」
少年の声だ。彼は、ウマ娘に、声を掛けた。
「あ、きた!」
呼ばれ、振り返ったウマ娘の年齢は、9歳ぐらいだった。彼女は、少年の元へ走ってきた。
「早く!早く!さくらが、さいているよ!」
ウララが、少年と手を繋ぐ。
「わかったよ。行こう!」
少年は、嬉しそうな声を出した。2人は、歩きながら話していた。
「わたし、強くて、皆を笑顔にするウマ娘になる!」
少年は、ウララの方を見た。
「ウララちゃん、学校のかけっこでは、いつもドベだけど…?」
少年の言葉を聞いたウララが、腰に手を当てる。
「だいじょうぶ!さいごに勝つのは、わたしだよ!だって、あきらめが悪いもん!」
彼女は、胸を張って言う。
「ウララちゃん、いいこと言うじゃん」
「とっても良い言葉でしょ!使っていいよ!」
2人は、笑顔だった。
同日、人間の夫婦の間にウマ娘が生まれた。父は遥、母は凛。母子ともに健康だった。生まれたウマ娘は、どの因子を持つか確認するため、生後1か月以内に因子検査を実施する。検査結果は、メジロマックイーン。不妊治療を行い5年、30代後半にして待望の赤子を授かった夫婦は、マックイーンをかわいがった。それはもう、溺愛だった。彼女が生まれて、5年経過した。そんな幸せの家族のもとに、ある男性が訪れた。
その男は、メジロ家の関係者と名乗った。
メジロ家、それは、名門中の名家である。煌びやかで大きな豪邸、多くの使用人、お抱えの専用トレーナー、教育施設、特製の訓練場。メジロ因子を持つウマ娘達を引き取り、一流に育て上げる。なぜ、そこまでウマ娘の育成に拘るのか…メジロ家には、目標がある。天皇賞の制覇だ。メジロ家のウマ娘は代々、天皇賞で1着を取っている。ここ10年近くの天皇賞1着は、すべてメジロ因子を持つ、メジロ家が育て上げたウマ娘だ。当主は、メジロによる天皇賞制覇記録を、途絶えさせたくなかった。
そのため、メジロ因子を持つマックイーンを引き取り、育てると夫婦に言った。もちろん、夫婦は、反対し、抵抗した。男は、大金を用意した。その行為は、夫婦の逆鱗に触れた。彼らにとって、娘は、どんなものより、かけがえのなく、大切な存在だからだ。
男は、更に交渉した。人とウマ娘は、身体能力がまるで違う。メジロ因子を持つ者は、なおさらだ。まだ小さいうちに、力の制御を学ばなければ、他者を傷つけ、自身の力が暴発し、怪我をする可能性がある。我々は、数々のウマ娘を育てた実績があり、彼女を育て上げることができると、夫婦へ伝えた。夫婦には、葛藤があった。娘は、人と違う。人間とは、自身と違う存在を排除する傾向がある。娘には、その様な環境に、身を置かせたくなかった。夫婦は、提案をした。ウマ娘としての教育は、メジロ家に任せる。しかし、それ以外は、我々夫婦が行うと。両者は、納得した。
第2章 1話
2033年2月上旬、寒さは、衰えをまだまだ知らず、冷えた朝だった。幸いにも日差しが照らしている場所は、ましな寒さだった。そんな日差しが綺麗に照らしている白い建物、もとい、病院からでてきたウマ娘がいた。紫がかった綺麗な芦毛が、風でなびいた。
メジロマックイーンである。彼女は4週間前に心臓の移植手術を受け、今日退院となった。通常、移植手術等の開胸手術を受けた場合、退院はまだ先になるのだが、流石ウマ娘というべきか、驚異的な回復力を発揮し、歩けるまでになった。それか、本来持って生まれるべき心臓因子が戻ってきたからか、いずれかはわからない。
彼女の移植手術を担当した医師は、驚いていた。他人の臓器を移植した場合、細胞性免疫による、拒絶反応が起きる。それを抑えるため、免疫抑制剤を服用しなければならないが、彼女は必要としなかった。実際の移植手術時に、彼女の心臓を外し、移植する心臓をいれた時、まるで、戻るべき場所に帰ってきたかのように、自ら大血管と接合した。縫合の必要性があるのかと、感じたほどであった。ドナーの心臓を摘出した医師夕凪と、ウマ娘博士である双マの言葉を思い出した。
「そのような現象が起きたのは、元々彼女が持つべき心臓だからだ。おそらく、彼女には、免疫抑制剤は必要ない」
「因子が一致している以上、心臓の免疫、DNA情報は、彼女自身のモノに置き換わるでしょう。こればっかりは、今の医療では説明はつきません」
手術を担当した医師は、あまり深く考えないほうが、頭がパンクせずに済むと確信していた。
マックイーンは、迎えに来た両親の車に乗り込んだ。彼女は、ポケットから2つの物を取り出した。2つ共、医師である夕凪から渡された物だった。
1つは、手作りの御守りだった。この御守りは、心臓の提供者である男性に送られたものだった。送り主は、彼がトラック衝突事故から、身を呈して守り抜いたウマ娘だ。
もう1つは、押し花の栞だった。マックイーンは、ハーブティーを愛飲しているため、カモミールの花とわかった。その栞は、心臓提供者が生前、大切にしていた物と伝えられていた。
車が止まった。目的地に到着したのである。マックイーンは、両親に行ってきますわ、と伝え、降車した。喉元を冷やさないように、マフラーを首に巻いた。
芝や草木が手入れされている霊園であった。マックイーンは、花を持ち、とある墓石まで歩いた。
墓石には〈夕凪光〉と刻まれていた。夕凪光、彼は数奇な人生を送った男性だった。彼の前世は、ウマ娘であるメジロマックイーンだった。正確には、その片割れである。何の因果か不明だが、かつての、マックイーンの魂とも呼べる因子が2つに分かれてしまった。1つは心臓の因子を持つ光。もう1つは、心臓以外の因子を持つ、今のマックイーンだった。そのような分割された因子だが、ようやく1つに戻った。
事故により、彼は、植物状態になった。その後、霊体となり、マックイーンに助言したり、トレセンでお気に入りの練習用コースを、眺めていたりしていた。
霊体として、活動していた彼だが、移植後、霊体が全く出てこない。おそらくだが、心臓を取り外されたことで、魂が天に召されたと、とマックイーンは考えていた。
マックイーンは、墓石付近の芝に膝をついた。その時、別の花束が1つ、墓石の横に落ちているのに気付いた。彼女は、自身が持ってきた花束と、落ちていた花束を墓石の上に置いた。
「光、貴方のおかげで、私はこうして生きていますわ」
マックイーンは、友人であるテイオーが、若ゴマステークスで1着を取ったこと。リハビリを頑張ったこと。彼が担当していたメジロパーマーが、URAファイナルズに優勝したことを墓石に伝えた。
「そろそろ、行きますわね。また来ます」
マックイーンは、霊園の駐車場で待たせている車へ向かった。友人のツインターボが編んだ、手作りマフラーが風になびいた。
「「「マックイーン退院おめでとう!」」」
トレセンの正門近くで彼女を待っていたウマ娘が3人いた。
鹿毛を纏めたポニーテールの、トウカイテイオー。
マックイーンのルームメイトで、栗毛で眼鏡をかけたイクノディクタス。
青い髪を2つ結びにしている、ツインターボだった。
マックイーンは、そんな彼女達に、心配をおかけしましたわ、といった。
「では、マックイーンさん、早く寮へ行きましょう」
イクノが、彼女の手を取り、歩き出した。
マックイーンは、寮の自室前へ到着した。
「マックイーン!退院祝いのため色々準備したんだぞ!」
小柄な体のターボは、誇り顔だった。
「ターボ、君、部屋の飾り付け、手伝って無かったよね?」
テイオーは、ジト目でターボを見た。
「ターボは、文字を書いたから良いの!」
ターボはそう言いつつ、ドアを開けた。
綺麗に飾りつけされていた。そして、壁の上部には〈マックイーン退院おめでとう〉と書かれた紙が貼ってあった。達筆であるとマックイーンは思った。
そのあと、4人で部屋の中でパーティーを開いた。学園の食堂より、オレンジジュースなどの飲み物、サンドイッチなどの軽食類を頂いたのだ。
マックイーンは、それらを口にしながら、友人達の優しさに感動していた。
「因みにね、マックイーン。イクノったら、君が入院中、眠れずに、目元にクマをつくっていたんだよ」
テイオーがイクノを見つつ、ニヤニヤしながら言う。
「テイオーさん、お言葉ですが、貴方だって、食欲失って、やつれてたではないですか!」
イクノが、顔を赤らめながら言い返す。
「ターボは、マックイーンが必ず戻ってくると信じていたもんね!」
君が、貴女が、一番目に見えて落ち込んでいただろ!テイオーとイクノから、ターボは突っ込みを受けた。
マックイーンは、その様子をみて笑みがこぼれた。
その日の夜、マックイーンは、トレーニングコースに居た。彼女は、肩で息をしていた。久方振りに走ったのだ。最初、芝2000mの距離を軽く走ろうと考えていたが、その考えは甘かった。500mを過ぎたあたりから、スタミナが底を尽きてしまった。リハビリで、歩けるまで回復していた。しかし、2か月間走れなかった影響か、走力が低下していた。
「8月までに体力を戻さないといけませんわね…」
マックイーンは、そう呟いた。彼女の主治医より、レース出場が可能になるのは、8月上旬からと言われていた。直近のGⅠレースは、10月の菊花賞だ。距離3000m。今のスタミナでは、最下位確定だ。彼女は、走力を戻すため、自主練を再開した。
翌日、トレセンのカフェテリアに、テイオーと、スピカのトレーナー姫倉がいる。テイオーは、1月の若ゴマステークスで、1着を取った。彼は、約束していた、スイーツをおごっていた。
「テイオー、前に言っていた、君の目標ってなんだっけ?」
姫倉が尋ねる。
「目標?それは、無敗の3冠ウマ娘だよ」
テイオーは、菓子を食べながら返答した。
「そうか…あいつと同じか…」
「あいつ?」
テイオーには、心当たりはなかった。
「前に、スピカにいたウマ娘のことだ。君らが、入部する前に脱退した」
「だから、僕たちが入学したとき、スピカは3人だったんだね」
姫倉は頷く。
「元気にしているかな…」
そのころ、マックイーンは、彼女が所属するチーム、スピカのコンテナ小屋へ向かった。そこでは、ダイワスカーレット、ウオッカ、リーダーのゴールドシップから厚い歓迎を受けていた。
カノープス、ツインターボとイクノディクタスが、所属するチームだ。
ターボとイクノは、チームの小屋に入った。
「おはようございます。2人とも、マックイーンさんのお祝いパーティーは、うまくいきましたか?」
黒鹿毛の髪を揺らしながら、挨拶をするウマ娘がいた。彼女の名は、スペシャルウィーク。
「おいっすー、2人とも、トレーナーさんから、お話あるから座ってー」
癖のある赤い鹿毛を、側頭部に結んだウマ娘がいる。ナイスネイチャ、カノープスのリーダーだ。
「皆さん、おはようございます。」
男性が、挨拶をしながら入ってきた。彼はカノープスのトレーナー、清峰。身長は180cmを超えており、顔つきは優しく、髪は短く切りそろえられていた。
「おう、トレーナーおはよう!」
ターボは、右手を高く上げて挨拶を返した。
「ターボさん、元気が戻ってよかったです。」
清峰は破顔一笑した。
「オープンキャンパス?」
ターボが、清峰に尋ねる。
「そう、4月に外部の方たち向けに、トレセンの案内を行う行事です。入学予定のウマ娘さん達も見学に来ますよ」
清峰は、彼女の質問に答えた。
「出店を開いたり、ステージイベントなどを行いますよ」
春休みになった。マックイーンは、メジロ家ではなく、生みの親がいる実家に帰省していた。
「お父様、お母様、今戻りましたわ」
彼女が実家の玄関ドアを開け、入ると、彼女の父と母が来た。
「お帰り、マックイーン、ささ、ゆっくりしていきなさい」
父である遥。
「今日の夕食は、貴女の好きなものよ」
母である凛。
マックイーンは、家族水入らずの時間を過ごした。
テイオーも実家に帰ってきた。因みに、彼女はマックイーンと違い、実家が資産家で裕福な家庭だった。
「パパ!ママ!だだいまー!」
テイオーの元気な声が、屋敷に響いた。
イクノも実家に帰った。8歳になる弟が、家の前で出待ちをしていた。姉を見るやいなや抱き着いた。彼女は、久しぶりに会った弟を抱きしめた。
ここは、福岡県北九州市にある山、平尾台。標高370~710m、結晶質石灰岩からなるカルスト台地である。平尾台を形成する山の1つに大平山というものがあり、こちらは標高586.5mで比較的登りやすい道がある。因みにだが、他にかなり鋭角の登山道と言ってよいのか、崖と呼んだ方が良いのか不明な道がある。
そこを、ツインターボはかけ上がっていた。這う、這うの体で上った先には、彼女の師匠であるメジロパーマーが居た。
「し…師匠、登ったよ!」
ターボはヘルメットを被り、ネックガード、関節にプロテクターを装備していた。落下した際に、体を守るためにパーマーが、付けさせた物だ。
「良いぞ!ターボ」
パーマーは、先ほどのスタート地点に指差した。
「後9回」
ターボは、彼女が鬼だと確信した。