六畳半の和室の中。行燈の中から灯るろうそくの光が淡く室内を照らす。
掛け軸や刀が置かれた、戦国の時代に戻ったかと想起させるような部屋だ。だが部屋の中心に、あまりにその荘厳な雰囲気に似つかわしくない、三色の配線がむき出しで繋げられたブラウン管テレビが置かれてあった。
そして、そのテレビの前に正座で座る、腰まで届く長い黒髪を持った少女。頭の左に菊の髪飾りを付けた、白を基調とした学校の制服を着ている少女は、まさしく大和撫子と表すにふさわしい凛とした気配を纏っていた。
そんな彼女が、画面に映し出されている映像を食い入るように見つめている。
少女が見つめている映像は、つい先日の『
夜空の下の広場に立つ萬の像。少女は何十回も映像を見直しているため、一体いつ銅像が破壊されるのかのタイミングが分かっていた。3……2……1……と心の中で秒数を数え、0に達した瞬間、銅像の首が何の予兆もなく轟音を立てて割れ、地に落ち伏した。
「……クソっ」
彼女は思わず苛立ちの声を出すが、武人とは冷静でかくあるべし。すぐさま乱れた呼吸のリズムを整え、頭に上った血を瞬時に冷やした。
何度見ても、
萬像とは亜総義の象徴であり、警備の厳重さは他の場所とは比べ物にならぬものだ。それを容易く破壊することなど不可能……そう思われていた。しかしつい先日、その萬像がいとも容易く、何の予兆もなく、無残に崩れ落ちた。
少女は思わず歯噛みするほど悔しかった。彼女は亜総義に恨みをもつ、いわゆる抗亜であった。そして出来ることならば、彼奴等の象徴を自らの手で破壊したかったのだ。
しかし亜総義の奴らは執着深く、何よりも見栄と自らの利益を優先する。亜総義グループ創設者の萬が生まれた日に行われる生誕祭に、その象徴たる萬像がなければ亜総義の面目が丸つぶれになってしまう。
なので何をしてでもまた萬像を立てるだろうと考え、先の萬像破壊を達成した映像からその破壊した方法を読み取り、次なる像の破壊のために自分たちに活かそうとしていたのだが。
何十回見直しても、何も分からないのだ。
一体どうやって、あの像を破壊したのかが。
爆弾で破壊したか?
否。昼夜を問わず萬像の周囲は警備され、爆弾を仕掛ける隙などあろうはずもない。たとえ運よく仕掛けられたとしても、すぐさま爆弾が発見されて解体されるだろう。おまけに、首だけを綺麗に吹っ飛ばして頭の形を残したまま地面に落とすという芸当ができる精密な爆弾を、警備の隙をかいくぐって仕掛けるなど絶対に不可能だ。
銃で破壊したか?
否。映像の中で銃声はせず、そして萬像はサプレッサー付きの銃で破壊できるような硬度の代物ではない。たとえ運よくそんな摩訶不思議な銃が手に入ったとしても、広場の周囲の狙撃スポットは全てシケイに警備されている。抗亜が手を組めばその警備を倒すことも可能かもしれないが、映像の様に騒ぎを起こさずに突然破壊などというのは不可能だ。
近接武器の類で破壊したか?
否。そもそも少女が映像を何度も見返しているのに原因が分からない時点で、そのようなことは不可能だ。カメラに人影すら移さず像に近寄って破壊など、もはや人間の成せる業ではない。
その他にも、少女は幾度も頭の中で様々な方法を考案し、検証を繰り返してみる。
だが返ってくる答えはすべからく、『
思わず畳に拳を叩きつける。
バスン!と大きな音と共に、床が少しだけ揺れた。
悔しい。自らの考えが及びすらしないことが腹立たしい。今まで積み上げてきた全てが無意味だったように思えることが苛立たしい。
白い歯を覗かせ、悔しさの表情を隠すこともせず歯噛みする。
何とか心を落ち着かせようと呼吸を整えるが、それでも答えを見つけられぬ自らへの怒りが収まらない。
そんな苛立ちが抑えきれなくなり、再び拳を畳に叩きつけようとしたところで――――。
「お嬢、少しいいですか」
スーッと静かな音を立て、和室のふすまが開いた。
ふすまから入ってきたのは。顔にフランケンシュタインを思わせるようなつぎはぎが目の下を通って耳から耳へと横一文字に入り、花柄の赤いシャツに龍の絵が入った白いスーツでビッシリと決め、後ろの毛だけを残したソフトモヒカンで残した毛を後ろで括り付けて腰まで垂らしている男だった。
赤い長ドスを持ったあからさまに裏の住人、ヤクザを思わせる風貌をした男は、テレビの前で悔しそうな表情をしている少女を見て、ガシガシと右手で後頭部をかいた。
「あ~……。お嬢、そんなもんいつまで見てたって分かりやしませんって」
ヤクザ風の男がそう言ったのを皮切りに、少女が眉を吊り上げて声を荒げる。
「――ならッ! お前は悔しくないのか、
「そら悔しいですわ。ですが、分からないものは分からないで認める。執着するのも大事ですが、一旦別のことに目を向けるのも一つの手ぇっちゅうわけです。お嬢、最近その映像に固執しすぎて煮詰まってるやないですか」
お嬢と呼ばれた少女は、品須と呼ばれた男の言葉で、自らの過去を冷静に振り返る。
たしかに最近はこの不可解な映像に固執しすぎて、様々なことに対して集中が散漫になっていた。普段ならしないような失敗も度々起こしていたのを思い出し、高ぶっていた血が段々と収まっていく。
少女はすっかりと落ち着いた様子で、品須に向かって静かな口調で話しかけた。
「――たしかに……その通りかもしれぬ。すまなかった、品須」
「謝罪なんかええんですわ。
……それより、最近市内のシケイが萬像破壊の件で明らかに警備を強めてきとります。ワシも今から若い衆連れて用事で出ますが、安全を考慮するとどうにも戦力が足らん気がするんですわ」
品須の言葉に少女は、自身の傍らに置いてあった赤鞘の刀を掴み、滑らかな動きで音もなく立ち上がった。
恐らく品須は、言葉足らずだが、私の思考を切り替えようと外での用事に誘ってくれているのだろう。回りくどい言い方をせず直接的に言えばよいのにと内心でほくそえみつつ、ふすまの前に立つ彼の横を通り過ぎる。
「……わかった、私も出よう。気晴らしにはちょうどよい」
「そらァええですわ! 案外、出かけた先で悩んでたことの答えが見つかるっちゅうこともありますから」
「フッ。そう都合よく見つかればいいがな……」
板張りの廊下の上を音もなく、凛とした雰囲気を纏って歩く少女。その背後を追従する品須。
「
お嬢と呼称される少女の名は、
抗亜きっての戦闘集団である、東雲派の
――――――――――――――――――サンホー工業――――――――――――――――――
「へえ、なかなかサマになってるじゃないか」
サンホー工業社から数十メートル離れた建物の影の中、ナユタがヒトカリの準備をしている時。
例のミストレスの店から受け取ったヒトカリ衣装をまとったプッチを見て、ザッパがそう言った。
膝から首元まで届くほど大きな金色の十字架がプリントされた白いローブに、指先まで隙間なくはめられた白い手袋。プッチが普段着ている修道服のメインカラーが白色になっただけの衣装だが、印象は全く異なるものへと変化していた。
プッチがザッパの言葉に反応せず、ローブの腰辺りから垂れているフックに引っ掛けてあった白の仮面を取る。仮面と言っても人の顔を模して作られたものではなく、ただ湾曲した白い板に二つの目出し穴が付いているだけの簡素なものだ。
呼吸しづらいことこの上ない仮面を装着し、プッチは辺りを見回す。他のナユタのメンバーは何度もヒトカリを行って慣れていることもあってか、随分と早く準備を終わらせていたみたいだ。
ホワイトスネイクを飛ばし、周囲にシケイの姿がないことを確認してから、建物の影から出てサンホー工業に忍び寄る。
クマとキラキラが先導で進む中、ふと。プッチがとあることを思い出し、ザッパに近づき話しかけた。
「……虎太郎はどうした? 姿が見えないが」
「ああ、虎太郎か? 流石に左足と左腕が折れてて動けないから、今回は留守番だ」
「そうなのか。……いやザッパ、たしか貴様も、拳の骨が折れていなかったか?」
「ん? 治った」
「治ッ……!? ……ああ、そうか。」
プッチは『砕けた拳が一週間と少し程度で治るわけがないだろう』と思ったが、本人が治ったと言うのだからきっとその通りなのだろうと流すことにした。ナユタに関わり始めてまだ間もない間に身についたスルースキルの賜物である。
サンホー工業は周囲の建物よりも一回り大きく、工業地帯の中でもトップクラスに入るほどの大きさを誇っていた。六面体の建造物の壁に大小様々なパイプが這いまわり、周囲の工場と複雑に繋がっている。パイプは地上から高さ七メートルほどの場所を通って他の工場と繋がっており、パイプに飛び乗ってサンホー工業内に侵入するのは難しそうだ。
窓もあるにはあるが、全ての窓が鉄の網の入った強化ガラスであり、破壊するのは非常に難しいだろう。ホワイトスネイクで中から鍵を開けることもできるが、そもそもの窓の面積が狭い。窓を通っている間に工業内を警備するシケイに見つかれば、迅速な対応ができないので避けるべきだ。
ここはオーソドックスだが、どこかの扉を開けて侵入するのが一番だろう。クマが同じことを思いついていたようで、背後に居るキラキラ、ザッパ、ポルノ、私を先導する。
(やはり、このクマとかいう男だけは油断できないな…………)
常に冷静に勤め、その場で合理的な判断を下す。簡単なように思えて誰にでもできるようなことではなく、故に敵に回したときは非常に厄介なタイプである。もし私が巡り巡ってナユタと敵対するようなことになった時、真っ先に始末しなければならないのはこの男だろう。
プッチがそんなことを考えつつ進んでいると、工場内に資材を運び込む『搬入口』を発見した。当然ながら夜間なのでシャッターが閉まっていたが、ホワイトスネイクでシャッターの内側の鍵を外し、全員で力を籠めて無理やり持ち上げた。
上げ切った瞬間に多少ではあるが物音が鳴ってしまい、シケイにバレていないかスタンドで周囲を警戒する。キラキラが手に持ったチェーンソーを地面につき、杖代わりにしながら頬の汗をぬぐう。
「ちょっとこれ……本当は電動で上げる奴じゃないの? プッチの超能力でさ、こう、電気でバリバリーとか凄い力でグワーッって動かしたりできたりは……」
「そんなことはできない」
「だよね~……。アニメとかじゃ超万能って感じなのに、現実では何でもかんでもできないってのが世知辛いってゆーか……」
「キラキラ、落ち着け。手で触れずに物が動かせる時点で十分万能だ」
「あ、そっか。」
クマの指摘にてへぺろと言った感じで口から舌を少しだけ出し、わざとらしく頭をコツンと叩くキラキラ。彼女が杖代わりにしていたチェーンソーを肩に担いだのを合図に、全員でサンホー工業の中を進み始めた。
搬入口から入ってすぐの場所で二つの道に分かれていたが、全員で同じ道を進み、体育館程度の面積がある加工ラインの設置された部屋に入る。スタンドで空中からラインの先を辿っていくと、ラインが壁を貫通して隣の部屋へと通って行っているのが見えた。ホワイトスネイクの射程距離では壁の向こう側までは行くことができず、その先は見ることができない。
加工ラインは既に動作を停止させており、工場の中は静寂に包まれている。ラインを目で辿って武器を強化できそうな素材がないかと探すが、これぽっちと言っていいほど見つからない。機械に近づいて観察してみると、何者かによって持ち去られたような、重いものを擦った傷がいくつも残っていた。指先で傷をなぞると鉄粉が多量に付着するので、粉が風で飛ぶ間もないような、ついさっき持ち去られたということがわかる。
プッチが手袋についた鉄粉を払いつつ、周囲の者に向かって言った。
「誰かいたな、ここの資材を強奪していくような奴が」
「ならシケイじゃあないな。恐らくミストレスが警告したように、どこかの抗亜クランの仕業だろう」
「どこのクランだ?」
「分からない。一目見ればわかるんだが……」
クマとプッチが機械の擦り傷を見て会話を進めていく様を、ザッパが感心したように顎をさすりながら眺める。
「……頭脳担当が二人もいると話がサクサク進むな……」
「ザッパは手伝わないの?」
「適材適所って言葉があるだろ? 俺は頭を使うのが苦手だから、クマとプッチに任せておけばいーの」
「そうそう。私たちはクマ達のことを茶化し倒すぐらいがちょうどいい」
「そ、それはどーかな……? プッチがガチギレない?」
「大丈夫。プッチは童〇だから、下半身のあたりを攻撃すればすぐに倒れる」
プッチは背後から聞こえる不穏な会話を無視し、ホワイトスネイクを出して周囲を警戒しながら再び歩き始めた。
そうして加工ラインの横を辿るように、めぼしい資材がないかを探しつつ歩いていたのだが。
ナユタの面々は背筋が凍り付くような、肌がピリつくような、第六感が鳴らす警鐘の音を聞いた。
――どうにも様子がおかしい。
周囲に全くと言っていいほど、人の気配がしないのだ。いくら稼働を止めていると言えど、サンホー工業内にはそれなりのシケイがいるはずだ。しかし、そのシケイの足音すらどこからも聞こえない。
先に侵入した抗亜がシケイを全員倒したか?
……ありえない。サンホー工業内のシケイを全員倒すという手間な方法を取ったならば、この建物の中身を全て、更地にする勢いで盗っていくぐらいでないと労力の採算が合わないはずだ。だがこの建物内にはまだまだ盗める資材が山ほど残っている。加工ラインに並ぶ機械など、分解してパーツを取り出せばいくらでも有用なことに使えるだろう。
抗亜もシケイもいない、そして中途半端に取られた資材……。
一体何があったのかわからないが、あまり好ましい事態が起きているわけではないのは確かだろう。
より一層警戒を強めながら、加工ラインの機械の影に身を潜めて進み、角を曲がると。
――――足元に『
いったい何人分の血が混ざりあっているのか分からないほど、おびただしい量の紅い液体。まだほんのりと温かみを感じられそうなほどに新鮮な血液の痕は、とある一つの扉に向かってズリズリと、蛇のように曲がりくねって伸びていた。死体でも引きずって運んだのだろう。
先頭を進んでいたザッパと私が足を突然止めたことで、背後に居たクマ達が何事だと前に出て、その血痕を目撃する。クマとポルノは冷や汗を垂らし、キラキラは顔の色がみるみる真っ青になっていき、吐き気を催したのか気持ち悪そうに口元を押さえている。
プッチはそんなキラキラを左手で下がるように促しつつ、同じく先頭に居て冷や汗を流しているザッパに問いかけた。
「……抗亜の中には、何人も殺すほど過激な組織もあるのか?」
「いやッ……フラット……ならやりかねないかもしれないが、あそこのリーダーは考えなしに人を殺すような奴じゃあない。もしやったとしても、こんな大きな血痕を残しはしない」
「下っ端が勝手にやったという可能性はないのか?」
「……そこまではわからん。血痕を辿ったら何かわかるかもしれんが……」
ザッパはそう言って、血痕が伸びていく先にある扉の方を向いた。
鉄製の重厚な扉に鈍く反射する金属製の取って、中心に張られたプレートには『
「罠の可能性が高いぞ」
「だが確認しなきゃ何も分からんのも事実だ、違うか?」
「……死体が転がってる可能性もある」
「ああ。……少なくともキラキラには見せられないな。クマにも、一緒に見てもらいたいが……」
「……同行する。この血を警戒して確認しない選択をしても、どのみち危険すぎてこの先には進めない。なら、最悪撤退を視野に入れてでも確認するべきだ。このままじゃ情報不足過ぎて次のヒトカリにまで支障が出る恐れがある」
ザッパとプッチの会話にクマが乱入し、話がまとまる。ただこの状況では少し離れるだけでも危険すぎるので、ポルノにキラキラの介抱と移動の補助を頼み、一緒に行動することにした。
材料置場のプレートが貼られた扉を開ける。加工ラインが設置された部屋よりも格段に狭い、教室ほどの広さの室内はむせかえるような鉄の匂いに包まれていた。元の世界で血に慣れているプッチでさえ、少しだけ気分が悪くなるほどの匂いだ。いったい何人分の血が流れればここまでの匂いになるのか。
部屋の隅にあったスイッチを押すと、電灯がチチッと震えるような音を鳴らして点灯する。明るくなった室内には未加工の金属や段ボールがいくつも積み重ねられ、血痕は段ボールや金属を所々紅く染め上げながら、再び一つの扉の向こうへと消えていた。匂いの濃さからスタンドで確認するまでもなく、扉の向こうに血を流す大本の死体があるのがわかった。
二つ目の扉の前まで進んだところで、キラキラとポルノにここで待機するように指示する。キラキラはいつの間にか装着していたガスマスク越しに青い顔を覗かせながら、コクンと力なく頷いた。そして、扉の方を見ないようにぷいっと顔を逸らす。
プッチが扉の取っ手に手を掛け、ギギッと不快音を鳴らす蝶番に注意を逸らすことなく、ゆっくりと扉を開いた。
扉の隙間から香る、血の匂い。一瞬で鼻孔の奥まで貫くその匂いは、扉の先に広がる惨状をすぐさま脳裏に想起させる。
全員が唾をのむ音が静かに響く。プッチが取っ手を掴む手にさらに力を籠め、扉を勢いよく開いた。
「……ッ」
扉の一番前に居たプッチが思わず口から声を漏らすほどだった。
ホテルの一室ほどの広さ、恐らくは材料置場に置かれた資材を管理するためのコンピュータが置かれた部屋なのだろう。壁がほとんど紅く染まるほどに飛び散ったおびただしい血が、床にぽちゃんぽちゃんと惨状にそぐわぬ間抜けな音を鳴らしながら垂れ、地面に広がっている。
その紅く染められた部屋の中心には。
顔を白く塗り、赤鼻を付け、フードを被ったピエロのような恰好をしている、フラットの構成員の恰好をした男達と。黒い防弾チョッキにヘルメット、銃で武装したシケイ達が。
――――全員『
投稿遅れてすみません! 少し展開を考えてました……。
萬像をぶっ壊した件引っ張りすぎじゃない……?
あとR-15で死体とか出していいんでしたっけ? まあ腐乱死体とか出さないかぎり大丈夫か(自分勝手な判断)。