「…………」
「…………」
ナユタ・アジト内部。
珍しく全メンバーが居合わせるリビングの中、机の上に置かれたデジタル時計が「19:30」を表示させていた。
しんと静まり返るリビングで、誰かが静かに息を呑む音が聞こえる。
言葉も発せないほどの重い緊張状態を作り出しているのは、部屋の中心で向かい合っているクマとプッチであった。互いが互いを射殺さんとばかりに鋭い目つきで相手の顔を睨んでいる。
ただ、いくら何でもナユタの面々……特にザッパは、二人が睨み合っているぐらいで動きを固めるほど柔なメンタルはしていない。しかしザッパですら止めに行こうと動けないのは、二人の間に挟まれたとある物が原因であった。
クマが両手で握るそれは、プッチの眉間に向かって一直線に向けられている。
室内光で鈍く、危険な香りを漂わせながら光っているそれは、クマがヒトカリで使用する
プッチはクマの握る拳銃に一切物怖じせず、顔に怒りを浮かべて睨みつけている。
それに相対するのは、相手が少しでも動けば本当に引き金すら引きかねないクマの据わった目つき。彼の瞳は覚悟を決めた風であるものの、何かを恐れているのか、頬から一筋の汗を垂らしていた。
なぜこんな、一触即発の状況にまで至ってしまったのか。
それは、クマがミストレスから一本の電話を受けたことが始まりであった。
――――――――――19:00―――――――――――――
「………何の用なんだ……?」
厚い闇が亜総義市を覆い始める頃。
クマは背後にゆらゆらと揺らめく長い影を伸ばしながら、ミストレスの店『VILE/VAN』へと足を進めていた。
彼がナユタのアジトでハルウリ用のデータを纏め終わり、一息ついていた時分に、突然ミストレスから自身のスマホへ電話が掛かってきたのだ。
かなり昔、クマがナユタに入ったころに緊急連絡用として番号を交換したものの、今の今まで一度も連絡を取り合うことはなかった。クマ自身も彼女から電話が掛かってくるまで、番号を交換していたのを忘れていたほどだ。
突然の電話にいぶかしみながらも応答ボタンを押し、耳に当てる。
『もしもし、クマくーん?』
「……一体何があった?」
『何があった~って訳でもないんだけど……いや、正確にはあったともいうのかな?』
「要領を得ないな。合理的に、簡潔に話してくれ」
『んもう、相変わらずすれちゃってるんだから~。
――――……今すぐ
クマはいつになく真面目な声を出したミストレスに内心驚きつつ、チラリと時計の方を見た。
デジタル時計には「19:00」と表示されており、今から外に用事があると出ても、面倒くさがって誰も着いてきたりはしないだろう。……ミストレスの所となると虎太郎がついてくるかもしれないが、彼はギプスを付けたままの機械いじりで疲れ果てたのか、ソファーに突っ伏して就寝している。問題ない。
クマは電話の向こうの人物に声を発した。
「わかった、今からそっちに向かう。一人で、だな?」
『そーそー。それじゃあ、待ってるからね~』
ブツッと音を立てて、通話が切れる。
すぐに外出の用意をし、適当な嘘を吐いて、アジトの外に出た。
そんな会話があり、クマはミストレスの居場所へと向かっていた。
幸いにもアジトとVILE/VANはそこまで距離があるわけではないので、十分も経たぬうちに目と鼻の先の距離までたどり着く。
周囲には人気が僅かにあるがそれらを気にすることもなく、光の届かぬ薄暗い裏路地に入る。少年が一人裏路地に入っていったぐらいでシケイに通報するような奴はいないので、武器を取り出したりなど明らかに抗亜だと言い張るような行動をしない限り人目は気にするだけ無駄なのである。
すいすいと見知った路地を進み、VILE/VANのあるマンションの中へと入っていった。
電気のついていない廃マンションの中は外よりもいっそう薄暗い。
ぼんやりと差し込む夕焼けの光を体に受けながら、四階廊下奥にあるVILE/VANの扉に手を掛けて開いた。
チリンチリンと子気味よく響く鈴の音を頭に浴びつつ、店の奥にいるミストレスに向かって声を掛ける。
「ミストレス、一体何があったんだ?
「あ、クマ君。ちょーっと悪いけど、扉の鍵、閉めといてくれる?」
「……わかった」
彼女の言葉にいぶかしみながらも、クマは扉の鍵をガチリと閉める。
この部屋は特別な作りになっており、一旦扉を閉じて密室になると外に一切音が漏れない防音構造になっている。まさに抗亜が使う危険物を扱う店にうってつけの設備ということだ。
余りの徹底ぶりに何か危険な香りを感じ、クマは懐に入れている拳銃を服の上からさすって位置を確認してから、ミストレスの立つカウンターに近づいた。
彼女と彼がカウンター越しに向かい合うように立つ。
どちらかが言葉を発する前に、ミストレスがゆっくりとカウンターの下から何かを取り出し、コトッと小さな音を立てて置いた。
それは黒一色の、手で覆ってそのまま握りつぶせそうなほど小さなMp3プレイヤーだった。
ミストレスが人差し指ですーっと近づけてくるので、クマはそれを手に取った。何度か手の中で回転させて観察しつつ、彼女に問いかける。
「これは?」
「Mp3プレイヤーだよ」
「……見ればわかる」
「ごめんごめん、冗談だって。まーそれ自体は市販の奴なんだけど、中に入ってる音声が問題でね~」
「一体何が入ってる?」
「…………」
ミストレスはクマの問いかけに、一瞬だけ声を止める。
そして静かに息を吐いて、低く落ち着いた声色で言った。
「
「ッ!!」
思わず息を呑む。
Mp3プレイヤーを起動させると、ファイルの中にぽつんと一つだけ保存されている音声ファイルを発見した。
小型プレイヤーには珍しくイヤホン不要のスピーカーモードで音を出せるようで、クマは迷いなく保存されていたそれを再生する。
何かの無線だろうか、ザザザッと雑音が混じっている。
音量ボタンを押して最大にまで音を引き上げると、雑音の中に入っていた声が鮮明に聞こえるようになった。
『
業務連絡らしき報告の後に、気の抜けた男の文句が続く。市内の巡回組……正直そこまで偉くも強くもない、街の片隅で市民を相手にいびっているだけの奴らだ。数だけは立派である。
内容からして、仕山医院にナユタが侵入してすぐの無線だろう。
目を閉じ、更なる集中を小型プレイヤーに傾ける。
『その抗亜の特徴は……わかるか?』
「………ッ」
喉が鳴る。
無線のザーザーと鳴り響く独特な雑音に紛れてはいるが、妙に落ち着き、それでいて相手を絡めとるような耳にすっと入ってくる声には非常に聞き覚えがあった。
首のマフラーを指で軽く動かし、冷や汗がじわっとにじんだ首元に風を送る。
初めに文句を言っていた男が何か不可思議なものを感じ取ったのか、『ん?』と小さく口から漏らし、話し始めた。
『特徴ォ? というかお前誰だ? こんな声の奴いたか?』
『今日から入った新人だ。先輩方は今出払っている。必要なら先輩の識別番号まですべて暗唱できるが……』
『ぐっ……あーあーすまなかった! 俺の業務連絡のチェックミスだな。さっき入った情報によると……仕山医院に侵入した抗亜は、少年少女の複合軍団……
さも当然だと言わんばかりの堂々とした口調の物言いに、問い詰めていたはずの男の方が動揺し、会話を切り上げた。声の主は相手を言葉だけでひるませるような胆力の持ち主だと分かる。
クマは更に冷や汗をかく。ミストレスが彼に視線を向けているが、そんなことなど一切気にもかからないほどに目の前の音声に集中していた。
『
クマが思わず、音声を止める。
この声の主はもはや考えるまでもない。
――――間違いなく、『プッチ』だった。
目の前のMp3プレイヤーを指さし、クマがミストレスに鋭い視線を向けて言った。
「この音声、いくらだ?」
「へ?」
「相当重要な物だろう。そちらの言い値でいい」
「いやいや、いいっていいって。クマ君にはいつもよくしてもらってるし、いつものサービスって言うことで。もし気になるなら、次に来た時に一杯買っていってくれると嬉しいな♪」
「…………そうか。なら、遠慮なく貰っていく」
その言葉を尻に、ひったくるようにプレイヤーを掴み、荒々しい歩み方でVILE/VANの扉を開けて外に出て行ったクマ。普段から冷静さを保ち続けるよう努める彼だが、今頭の中は不思議な動揺と怒りと焦りで渦巻いていた。
だから、聡明な彼が気づかぬ仕方のないことであったのだろう。
何故ミストレスが、こんな音声を彼に渡したのか。
そもそも、彼女は一体どこでこれを手に入れてきたのか。
クマの去った『VILE/VAN』の中。
カウンターに体重をかけたミストレスは、壁の向こうの、どこか遠いところを見つめるように目を細め、静かにたたずんでいた。
ナユタのアジトで。
メンバー各々が自由に時間を過ごす中、プッチは一つの椅子に座り、普段から持ち歩いている聖書に目を落としていた。この後のハルウリ業務のことを考えると憂鬱でしかないが、致し方のないことだろう。
クマがどこかに出かけ、未だに帰ってきていないのが多少気になるが……。
多少姿を消したところで、探しに行く必要のあるほど手間のかかる小僧でもない。問題ないだろう。
プッチは思考を閉じて再び、聖書の一節を頭の中で暗唱する行為に戻ろうとしたところで――――。
――アジトの玄関扉が、まるで蹴破られるように勢いよく開いた。
プッチが聖書から目を外し扉の方に視線を向けるが、そこに居たのはクマ。
その音に襲撃を警戒したザッパや虎太郎たちもクマの姿を見るなり、口々に驚いたなどの感想を吐きながら視線を逸らそうと…………
……したのだが、どうにもクマの様子がおかしい。
上着の右ポケットに手を突っ込み、額に汗を流し……そして何かの覚悟が決まったかのような据わった目つきをしていたのだ。
「ど、どうかしたのかクマ?」
ザッパが声を掛けるが、彼はそれを無視し。
物が散乱する地面をずんずんと一歩一歩踏みしめるかのような強い足取りで進み、椅子に座るプッチの前に立った。クマは椅子に座る彼を見下ろすように立っている。
プッチはそんな態度にそこはかとないイラつきと、何かを掴んできたなという予感を感じる。そしてパタンと持っていた聖書を閉じ、目の前の男を睨みつけた。
「プッチっ…………!」
「人の名前を気安く呼ぶんじゃあない」
「……ナユタを、萬像を破壊した犯人に仕立て上げたのは……お前だな?」
なるほど……掴んできたのはそれだったか。
ただ、すぐに認めるのも癪だ。どこかにクマの論理を壊せる綻びがあるかもしれないと、わざと突っかかるような物言いで言葉を返す。
「その件については、しっかりと『違う』と明言したはずだが? 私はあくまで、ナユタへの恩を返しに来ただけだと言ったはずだがね」
「この期に及んでしらばってくれるなよ」
クマが右ポケットに突っ込んでいた手を引き抜く。
その手に握られていたのは、小さなMp3プレイヤーだった。中心の丸い再生ボタンをカチッと鳴らし、中に保存されていた音声を再生する。
――――『
「……マジ?」
一番に声を漏らしたのは、キラキラだった。
その声に呼応し、全員がざわざわと騒ぎ始める……なんてことはなかったが、全員の視線がプッチに降り注いでいることだけは確かであった。しんと広がる静かな世界の中で、ナイフの如く鋭い視線がプッチの体を刺す音だけが聞こえたような気がした。
そんな中で一人、プッチは椅子の上で音もなく足を組み替え、脳内で思考を回し続ける。
(……あの時の無線音声を掴んできたか。一体どこで手に入れてきたのかは分からないが……なるほど、確かに証拠としてはこの上ないほど有効なものだ)
無線の音声という関係上、ザーザーと余計な雑音が混じっている。その雑音のせいで、偶々私の声に聞こえるだけだと言い張れなくもないが。
ナユタの全員が私を疑ってかかっている以上、そのような木っ端に等しい言い訳では覆すどころか更に状況を悪化させるだけだろう。殆ど詰みの状況であった。
実を言うと、クマが覚悟をもって私に突っかかってきた時点で覆せないような決定的な物を持ってきたというのは分かっていた。所謂、プッチなりの悪あがきという奴であった。
(詰みだな。…………まあ仕方ないか。別の抗亜クラン……フラット辺りにでも移る準備を始めるとしよう)
ため息を吐き、プッチは椅子に座ったまま、目の前にいるクマ……引いては部屋の中にいるナユタの全員に声が響くよう、大きな声で話し始めた。
「ああ………その通りだ。私が、
「てめッ……プッチ!!」
「落ち着け虎太郎!」
虎太郎が怒りに任せてプッチに攻撃をけしかけようとするが、ザッパが上から押さえつける。
ザッパは静かにクマに目配せをする。クマも彼の合図に答えてMp3プレイヤーをポケットの中に入れ、プッチの目を強く見つめた。
「なぜそんなことをした」
「以前にも話しただろう? 『天国に到達する』ためだ」
「……意味が分からないな。合理的に頼む」
「天国に到達するにはな、亜総義重工本社の中に入る必要があるのだよ。だが今の私一人であの場所に入るには少し厳しい。ここまでは以前に話したことがあるはずだが」
室内がしんと静まり返っている。
プッチはそその静けさを肯定と受け取り、再び言葉を紡ぎ始めた。
「だからどこかの抗亜クランに入る必要があり、三つの抗亜の中で唯一ほんの少し関係があった『ナユタ』に入ろうと考えたのだ。しかし真正面から入れてくれと頼んでも、貴様らは私のような素性の分からない男を入れたりはしないだろう? だから、仕山医院での一計を打った。ただそれだけのことだ」
「……その口ぶりからして、萬像を破壊したのもお前か?」
「既に分かっていると思っていたがね。その音声の通り、偽の情報を流した後に私が破壊したよ」
男がつらつらと言葉をつなげていくことで、近頃亜総義市内を取り巻いていた謎が解消されていく。
クマは一時的にとはいえ、亜総義市を覆いつくすほどの巨悪の所業を平然と行ったプッチの本性に微かな恐怖を覚えるが、心の奥底にねじ込みプッチへ言葉を発した。
「これから……どうするつもりだ」
「無論、この場所から去る。そっちも私がいることなど望まないだろう」
「目的があってナユタに入ったと言っていたな。ここを切り捨てて他の抗亜にでも行くつもりか? 一応言っておくが、今はどこのクランも新しい奴を入れようなんて考えはしないと思うぞ」
「……だからどうした」
プッチが目を細める。
てっきり勢いそのままに私を追い出すと思っていたが、この期に及んで交渉を試みようとしているらしい。周囲のナユタメンバーは武装をする訳でもなく、ただじっとこちらを静観している。
全員から襲い掛かられる可能性も考えていたが、いざそうなった時に全員を叩きのめすのは多少面倒だ。平穏にここから出られるならこの交渉ごっこに付き合うのもやぶさかじゃあない。息を口から吸いこみ、深く吐いてから、クマに話の続きを促す。
「――条件次第で、お前をナユタに残してもいい」
「ハァ!? クマッ、何考えてんだよお前!!」
虎太郎が一瞬声を荒げるが、ザッパが手で口を閉じ、クマに静かに目配せをする。
クマはザッパの方に小さく頷き、「大丈夫だ」と合図を送った。
「……条件とはなんだ?」
「お前のスタンドについて、何一つ隠さずこちらに教えることだ」
「……全て教えたはずだが? 目に見えないスタンドを操り、物を動かせると」
「まだ隠しているだろう。仕山医院でザッパを救助したときに、部屋の中のシケイを一気に気絶させたらしいな。それに類することの話をしている」
「チッ」と小さく、誰にも聞こえぬよう口の中で舌打ちを鳴らすプッチ。まぁ、当然私のスタンド能力の一端を使用したときのことなど共有されているか……。
奴は暗に、『
スタンドの真の強みは各々が個別に持つ『スタンド能力』にある。それを開示しろというのは、自分が切ることのできる手札を全て相手に見せろと言われているのに等しい。
正直、ディスク能力がバレた所で非スタンド使いごときに対処される訳はないが……。
プッチは椅子から立ち上がり、クマを左手で押しのける。
「断らせていただく。ではな」
こいつらにスタンド能力がバレた所で問題はない。が、それが巡り巡って、この街のどこかにいるスタンド使いに知られると非常にまずいことになる。
天国に到達するためには非常に精密な計画と強大な慎重さが必要になる。前の世界から引き継いだDIOの記憶やケープ・カナベラルに相当する箇所の情報が揃っている分、以前よりも早く計画を進められるだろうが……これらの記憶があってやっと、徐倫がGd.s.t刑務所に来た頃と同じレベルなのだ。
失敗する要因はなるべく潰しておかなければならない。スタンド能力がスタンド使いにバレることなど、もってのほかだ。
そう考えながら、出口に向かって進もうとして―――。
「待て」
クマがすれ違いざまに、私に声を掛けた。
「……何だ?」
足を止め、彼の方に体を向ける。
プッチとクマの身長差は小さくはなく、椅子に座っていたプッチを見下ろしていたのとは打って変わり、クマがプッチを見上げるような形になっていた。
「散々相手のことをかき回しておいて、気に食わなければそのまま次の場所へ向かう……か? 好き勝手に物を食い荒らしていく蝗害と代わりないな」
「5ドル程度の安い煽りだな。私に対するせめてものの嫌がらせか?」
「ああ。フラットと東雲派に危険人物が向かうと連絡しておこう。単純だが、今のお前には一番効くだろう」
「やってみるといい。石を投げた愚か者たちでさえ自らを振り返ることはできたが、それさえできない貴様らに何ができるか甚だ疑問だがな。貴様らは自らの行為を顧みるということをしない、どうして私をチームに入れたのか覚えていないのか?」
クマが目の前の男を睨み、剣呑な雰囲気を放ち始める。
対してプッチは、まるで自身の行いが天に赦されていると言わんばかりに堂々と、気丈な振る舞いで立っていた。
「また、どこかの抗亜クランにマッチポンプを行うつもりか?」
「次は何人死ぬか分からないがな。しかし……天国に到達するためには致し方のない犠牲だ」
「……そんな、
「何だと?」
突然、アジトの中の温度が低下する。
しかし、実際の温度計を見ても1℃足りとも下がってはいない。それどころか、部屋の中にいる数人が過呼吸気味に息を吐くことで部屋の温度が多少上がったほどだ。
世界が絶対零度に変化したように錯覚してしまったのは、プッチから突然放たれ始めた殺気によるものである。うすら寒い冷気の塊が体を這いまわるような感覚に、今まで感じていた恐怖という存在を上から塗りつぶされたようだった。それほどまでに、絶対的だった。
プッチは聞くものが聞けば身震いするほどの威圧が籠った声で、目の前のクマに問いかける。
「今。私の、何を、くだらぬことと言ったのだ?」
「お前が語る天国論のことだ。もう一度言ってやる。誰が聞いても陳腐な戯曲の設定にしか聞こえないようなことを馬鹿真面目に信じ、それを免罪符に人を殺すことに躊躇いのないお前を狂人と言ったんだ」
「私とDIOの崇高なる天国を侮辱するんじゃあないッ!! 天国とは、人々が幸せになるための唯一の手段なのだッ!!」
「誰かが頼んだ覚えがあるか? お前の言う天国なんて物を…………」
「…………」
プッチがクマの言葉を聞いた途端に口を閉じて黙りこくり、何かを呼び出すように、腰の横に置いていた右手の指を微かに動かす。
その動きを見た瞬間にクマが一歩半飛び下がり、懐にしまっていた拳銃を相手の眉間に構えた。トリガーを引くのに一切躊躇をしない……と自分では思っているクマだが、プッチの眉間に銃を構えた時点で体が全く動かなくなってしまった。
何もプッチを撃つことを躊躇って、トリガーを引けない訳ではなかった。ただ銃を構えるのが遅すぎただけなのだ。
非スタンド使いのクマでも、プッチの怒気に満ちた目を見れば分かる。
今相手の眉間に銃を向けて生殺与奪兼を握っているように、自身の生殺与奪兼もプッチによって握られているのだと。
実際彼の予感は正しかった。
ホワイトスネイクがクマの額に、手刀を数センチのところまで近づけて、動きを止めていたのだから。あと少し銃を構えるのが遅ければ、記憶ディスクを引き抜かれて物言わぬ廃人になっていただろう。
「…………」
「…………」
プッチの弱ったホワイトスネイクには、この距離で構えられた拳銃の弾を弾けるほどのスピードがない。だが発砲するためにトリガーを引くその瞬間に、クマの手首を弾いて弾道を逸らし致命傷を防ぐことはできる。そうやって攻撃を防いだ後にクマのディスクを抜き出せばいい、という算段を立てていた。所謂カウンター戦法に徹していたのだ。
対するクマは銃を既に構えているので、ただトリガーを引けばいい話なのだが。彼は絶望的なまでに銃の腕が悪く、彼我のわずかな距離ですら狙い通りに当てる自信がなかった。命を握られているとなればなおさら、自身のトリガーを引く指に躊躇いを感じてしまっていた。その判断が幸か不幸か、プッチのカウンターを防いでいた。
お互いの思考が錯綜し、異様な雰囲気の硬直状態を築き上げる。
二人を見つめる何者かが、緊張から喉の音を鳴らす。
机の上に転がるデジタル時計には、『19:30』の文字がぼんやりと浮かび上がっていた。
プッチさん、煽り耐性低すぎないか…….?
遅れに遅れを重ね、いつの間にか前回投稿日と今回投稿日に9日もの開きをあけるという大失態を犯してしまいました。
気合を入れて書いていたとはいえ、三回も書き直したのは流石にやりすぎたと猛省しております。
申し訳ございません、次はもう少し早く投稿できるようにします……。