プッチ in 亜総義市   作:男漢

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#22 ムラサキ色のロベリア

 

 

 

 

 プッチとクマが睨み合う最中。

 ソファーの上でザッパに頭から押さえつけられていた虎太郎が、プッチの今までの言動に憤慨しこめかみに血管を浮かばせる。怒りから来た、全身に火事場の馬鹿力とでも言うべき強い力を漲らせ、自身を拘束している手を勢いよく振り払った。

 

「なッ、待て虎太郎!」

「プッチィイイイイイイイッッ!!!」

 

 まさか不利な体勢で押さえつけられていた虎太郎に拘束を解かれるとは思わず、ザッパが驚愕の声を上げる。

 すぐに肩を掴んで引き戻そうとするが手が届かず、虎太郎は左足に着けたギプスを物ともせず器用にプッチの元へと走っていった。距離を詰めながら右手を弓の様に引き絞り、怒りのダッシュパンチを男の頬に叩き込むべく雄たけびを上げる。

 

「チッ――――」

 

 プッチがホワイトスネイクを動かし、目の前にいるクマの右手を蹴り上げる。

 彼が怯んで銃のトリガーから指を離したのを横目に虎太郎の方に体を向けた。単純で動きが読みやすい一直線のパンチをスタンドの左手で弾き飛ばし、右手で彼の顎に強力なアッパーカットを決める。

 

「ゴブッふ………――――」

 

 虎太郎の体が浮き上がり、後方に吹っ飛んだ。

 しばらく立ち上がれぬよう空中で追い打ちをかけようとしたところで、ヂュン!と足元から鋭い音が響く。プッチが首を動かしてクマの方に視線を向けると、彼が銃口から硝煙を流しながら鋭い目つきでこちらを睨んでいるのが見えた。

 

(太ももを狙ったのに外したか……クソっ)

 

 クマは彼の足を撃ち抜き行動不能にする算段だったが、絶望的なまでの命中精度のせいで足元を誤射するという結果を巻き起こしていた。

 だが重要な状況での誤射といえど、取り返しのつかない失敗ということにはならない。理想は命中させることだが、トリガーを引いただけで状況はほんの少しだけ好転したのだ。

 

「―――おォラッ!! 

 お前ら二人ともいい加減に落ち着け! ヒートアップしすぎだ!!」

「よっ……と! ポルノ、クマのこと縛っちゃって!」

「了解」

 

 プッチがほんの一瞬、クマの銃と足元の銃痕に気を取られたことで。

 ザッパがプッチの背後に回り込み、後ろからわきの下に両腕を通す拘束技、いわゆる羽交い締めを完璧な状態で決めた。プッチは腕を全く動かすことができず、ズリズリと背後へ引きずられるようにクマから強制的に距離を取らされる。

 

 クマはキラキラに銃を持った手を強制的に上空に向けられ、膝の裏にキックを入れられて背中から無理やり地面に引きずり倒される。こけた衝撃でクマは思わず銃を離してしまい、キラキラは素早い動きで転がった銃を手の届かない場所まで蹴り飛ばした。その後はヒトカリ用の白ベルトをどこからともなく持ち出したポルノによって、身動きができぬよう簀巻きにされてしまう。

 

「グッ……! これやりすぎだろ……!」

「あったり前でしょ! 銃まで撃ったんだから!」

 

 キラキラとクマの騒ぎを横に、プッチはザッパの拘束をスタンドで無理やり外し、数歩飛び下がる。

 ザッパはそんな彼をサングラス越しに静かに見つめ、言葉を発した。

 

「プッチ……。マジで行っちまうのか?」

「……ああ」

「そっか……。じゃあ、またどっかで会えたらよろしくな」

「…………」

 

 彼の言葉に何かを返すでもなく。

 プッチは簀巻きにされたクマを避け、ナユタのアジトから去っていった。

 

 先ほどまで漂っていた殺気が瞬時に霧散し、リビングの空気が弛緩する。

 アッパーカットでダウンしていた虎太郎が顎をさすりながらよろよろと立ち上がり、辺りを見回してから、吐き捨てるように言った。

 

「……けっ。せいせいしたぜ、出て行ってくれてよ」

「ちょっ、虎太郎……。そんな言い方って……」

「アイツが俺達を嵌めたのは紛れもない事実だろ? アイツのせいで、危うく全滅しかけたんだぞ」

「それは…………」

 

 虎太郎に反論していたキラキラが、言い返せずに言葉を詰まらせる。

 確かにプッチの所業のせいで、ナユタが仕山医院で全滅しかけたのは事実だ。ただキラキラには、プッチを心の底から唾棄するということがどうしても出来なかった。マッチポンプとはいえザッパを助けてもらった恩というのが心に深く染みついているのか、極小とはいえ人となりを知ってしまったせいで多少の情が湧いてしまったのか……。

 

 しかし、虎太郎は仕山医院の一件で左足と左腕を骨折するという大怪我を負っている。

 自分が想定できる範囲よりもはるかに深い恨みを持っているのだろうと察し、言い返すことができなかったのだ。彼がナユタのことを大切に思っているのを知っているから、尚更プッチが破壊しかけたのをよく思っていないのも分かった。

 

 そんなキラキラの思考をぶった切るように、地面に転がされたクマが声を上げる。

 

「……すまなかった。もう落ち着いたから、この簀巻きを解いてくれないか?」

「どうするザッパ、ほどく?」

「ああ。……なーんだか、冷えたピザみたいな空気になっちまったな」

「いや、どんな空気だよ」

 

 虎太郎の突っ込みは空しく空中に霧散した。

 クマは服に付着した埃を払いながら、ザッパに話しかける。

 

「奴の、人の命を何とも思っていないような言い方に、頭に血が上ってしまった。合理的じゃあなかったな……すまなかった」

「亜総義の奴らみたいな考え方にキレた、ってことか?」

「……そういう、ことだ」

「そんじゃあ別に、謝るようなことじゃねーだろ。正直、クマがキレなかったら俺がキレてたかもしれないしな」

 

 クマは、プッチの『自身の目的のために軽々しく人の命を奪う』言動が頭に来たそうだ。

 そんな感じのザッパとクマの会話を折に、シーンとした空気がリビングの中に広がった。

 自由気質で楽観主義なナユタらしくない重く暗い空気に、全員が気まずそうに口を閉ざす。各自解散の雰囲気が漂い始めたころに、再び空気をぶった切るような鶴の一声が上がった。

 

 

 

「――――あ、あの!!」

 

 

 

 ナユタのメンバー全員が、声のした方に顔を向けた。

 そこに居たのは、ナユタアジト内に半ば家政婦のような形で住み着いている『大相寺皆子』だった。おどおどした様子で、全員に問いかけるような語り掛けで言葉を発する。

 

「プッチさんは、このままナユタから居なくなっちゃうんですか……?」

「はぁ? そんなの当然だろーが、さっきまでの流れ見てなかったのかよ?」

「そ、そんな!! 困ります、私……私………!」

 

 彼女が目に見えて焦るので、クマは頭の中で考えを巡らせる。

 特に苦労することもなく一つの考えに当たりついたので、答え合わせをするために口に出した。

 

「父親の手がかりを知っているのが、今のところプッチだけだから……か?」

「……は、はい……その通りです……」

 

 プッチが語っていた言葉を思い出す。

 『大相寺博』なる少女の父親らしき人物が、とある建物の地下らしき場所に入っていくのを知っている……と。

 

 確かに、彼女からすればこの上なく重要なことなんだろう。亜総義市に来た理由も、抗亜という組織に身をやつしているのも、ひとえに『父親を探す』という目的を果たすための行動なのだから。しかし…………。

 クマが腕を組み、力強い声で言葉を返した。

 

「悪いがこちらの知ったことじゃあない。プッチは去ったんだ、アンタが奴を追いかけて出ていくならこちらも止めはしない。

 ……だが一応助言しておくと東雲派はともかく……奴が行くであろうフラットは、女には相当『厳しい』ぞ」

「―――………ッッ」

 

 少女は性知識に乏しい方ではあるが、しばらく抗亜という組織に身を浸していたことが影響したのか。クマのハルウリという仕事と、「厳しい」という言葉が、容易に性犯罪の類のそれと結びついた。

 端的に言えば、フラットにいけば春を売るような羽目になると言われているのだ。

 

 そんな事実を知って。

 彼女は唇を強くかみしめた後、何かの迷いを払うように首を何度か振ってから――アジトの外へと飛び出して行った。

 

「あっ!」

 

 キラキラが声を上げる。

 が、虎太郎は飛び出して行った大相寺の姿を横目に、興味がなさそうなのを装ってぶっきらぼうに言った。

 

「ほっとけよ、アイツが選んだことだろ。第一、この亜総義市を嗅ぎ回った奴が生きてるわけねえのに……よくやるぜ」

 

 

「―――――へーえ、今のはお前らん所から抜けた奴か何かか?

 なんならうちが貰ってやってもいいぜ? かなりの上玉だったしな」

 

 虎太郎の言葉に続けるように乱入してきた、高いとも低いとも取れない、どっちつかずの声。

 飄々と相手を小ばかにしているような声色で、いやに聞き取りやすい不思議な声。

 

「突然悪いな。……邪魔するぜ?」

「……ムラサキ」

 

 ザッパが警戒心を隠しもせず、男に向かって言葉を発した。

 黄色いベストに黄色いネクタイ、紫と白の縦じま模様のズボンを履き、サスペンダーを付けているその男。赤手袋を付けた左手は腰に置き、黒手袋を付けた右手は相手を挑発するかのようにゆっくりと赤が数本混じった銀髪をかき分けている。

 そして何より特徴的なのは、化粧で真っ白に塗りたくられたその顔。整った目鼻立ちに口からのぞく長い牙は悪党という概念を体現しているかのようだ。

 

 彼の名は『ムラサキ』。

 亜総義市に蔓延る三つの抗亜クランの内の一つ、『()()()()』の『()()()()』である。

 アジトの扉付近の壁に寄り掛かるように立ち、ナユタのメンバーを観察するように見回した。

 そしてニヤリと悪趣味に口角を上げ、自身の白い牙を覗かせる。

 

「空気が悪いな。揉め事の真っ最中だったか?」

「わざわざ人のアジトにまで来て、まず気にすることが空気か?」

「ザッパ、お前はそういうとこに無頓着だからな。空気の澱みは肌荒れの原因だって知ってっか?」

「……煽ってんのか。その気ならいくらでも乗ってやるぞ」

「おいおい、酷い言い草だな。正真正銘、善意からのアドバイスだってのによ?」

 

 ザッパとムラサキが互いの目を睨み合う。

 数秒ほどそうしていたところで、ムラサキが「あ”ー」と低い声を漏らしながら、自身の体の前で右手をぷらぷらと力なく揺らす。

 

「そうかっかすんなって。今日は喧嘩を売りに来た訳じゃねーんだ」

「なら挨拶か? フラット式ので対応するが」

 

 クマがいつの間にか拾い直していた銃のトリガーに指をかけ、銃口をムラサキに向けながら話しかけた。キラキラは自身のチェーンソーを右手に持ち、ポルノは白ベルトをふらふらと手元で揺らしながら構えている。虎太郎は自身の近くに置いてあった松葉杖を棍代わりに持っていた。

 ムラサキが笑みを崩さずに、右手で自身の後頭部をさするように髪を弄りながら言葉を発する。

 

「おいおい。珍しくリーダーが刺々しいと思えば、お仲間さんも全員刺々しいじゃねえか」

「…………マジで何の用だ。下らないことを言いに来ただけなら、本気で事を構える羽目になるぞ」

「わーったわーった。この間、うちの紫苑がお前らん所に……今俺がやられてるような、『()()』をしに来ただろ? その件でわざわざ詫び入れにここまで来たんだよ」

 

 彼の言葉に、ザッパが眉間に深いしわを刻んだ。

 それを気にする様子もなく、ムラサキは話し続ける。

 

「いやーー、ああいう事すんなって常日頃から言ってあんだけどな。悪かった悪かった、こいつは手違いだ」

「手違いで闇討ちをされちゃーな。俺だって手違いを起こすぜ? いつだって今だっていい」

「待て待て待て待てって、落ち着けよ。お前らに怪我人が出てねえどころか、こっちに軽い負傷者が出たぐらいなんだぜ? そもそも先に銃をぶっ放してきたのはソッチだろ?」

「最初に吹っ掛けてきたのはそっちだろ。なあクマ」

「ああ」

 

 ザッパの言葉にクマが短い言葉で賛同する。

 状況が不利になったのを一瞬で察知し、ムラサキは自身と相手の状況が平坦な場所まで無理やり話を進める。

 

「まーまー、やったやらねぇは水掛け論の平行線だ。不毛じゃねえか、なあ? 俺たちが潰し合っても亜総義が喜ぶだけだ、そんなことでお互いすり減るなんてバカバカしいぜ」

「俺もお前のバカバカしい面を見続けるのにいい加減うんざりしてきたところだ。いつまでお前の面を見てりゃいい?」

「そう邪険にすんなって。俺としては今まで通り、持ちつ持たれつの関係を保っていきてーのよ。亜総義市が最悪な方向に振り切ってる今だからこそ、な。

 ―――詫びに情報を持ってきた。()()()()()ネタだ」

 

 彼の言葉に、クマが少しだけ反応する。

 プッチがナユタから抜けた今、ハルウリのジンザイをメンタルケアする時間と費用が必要になってしまった。ただでさえ始めたばかりで僅かな稼ぎが更に少なくなってしまうのは厳しいが、事情が事情ゆえに仕方ない。

 だがナユタの資金不足は依然として大きな課題として立ちはだかっている。なのでカネになる情報というのは、クマ的には一聞しておきたいところであった。

 

「『()()()()()()』だ。今、あそこの警備が薄くなってるぜ」

「……亜総義美術館? 上流階級向けの施設だぞ。警備のレベルも普通の施設とは比べ物にならない場所だろう。いくら薄くなったとはいえ……」

 

 クマが疑問を口にする。

 それを見越していたかのように、ムラサキは流ちょうな言葉で返した。

 

「例の生誕祭で街中の警備を再編する話だったらしいが……萬像がぶっ壊されて全部パァ!だ。誰がやったかもわかんねえ萬像の件で上流階級の奴らは完全にビビっちまって、自身の居住区付近を警備でガチガチに固めるようシケイに圧力をかけてる。

 普通はそんな利己的な指示がまかり通るわけねえが、通っちまうのがこの街だ。シケイは今、亜総義本社から命じられたより一層厳重な街の警備に加えて、居住区警備の指示にも対応しなくちゃならねえ。

 そんなこったで両方の条件に適合するよう無茶苦茶な警備の再編が行われて、下流階級の使う施設や重要性の低い施設の警備にあちこち穴ができ始めてる。そのうちの一つが『亜総義美術館』ってこった」

 

「…………」

 

 亜総義市での上流階級とは、とどのつまり、亜総義重工本社での役職持ちや役員本人またはその親族のことを指す。シケイはこいつらからの命令に逆らうことはできない。

 上流階級と亜総義本社からの指示に板挟みにされ、シケイが混乱状態になり、警備に穴ができている……。何度か頭の中で咀嚼してみたが、特段齟齬や違和感があったりする場所はないように感じる。

 だがまだどこか信じられないクマは、ムラサキを質問で突っつく。

 

「上流階級が怯えて閉じこもっている以上、ハルウリ用のジンザイ確保は期待できそうにないが。カネになるような物はあるのか?」

「ま、偉ぶってる上流階級だからって馬鹿な野郎や変わり者がいないってことはねえ。警備が薄いところを出歩いてる奴はいるぜ。…………つーか、いざとなったら展示されてるもんかっぱらって売り払えばいいだろーが」

「……合理的だな。腹が立つが」

 

 よどみなく答えてきたところを見るに、美術館の警備が薄くなっているのは真実なのだろう。

 ……一体、裏に何が隠されているかは分からないが。

 

「とにかく、しばらくあそこはボーナスステージだ。アガリは悪くないと思うぜ。……話はそんだけだ、手打ちの金代わりと思ってくれよ。じゃあな」

 

 ムラサキがそう言って、扉を開けて帰ろうとし始めた瞬間。

 ピタっと動きを止め、ゆっくりと振り返った。

 

「そうだったそうだった。そういや、紫苑が挨拶をしたのは『二人』だって言っててな。そこのナユタの参謀殿の他にもう一人、黒い肌の奴がいたらしいじゃねえか。そいつにもきちーっと詫びを入れときてーんだが」

「…………」

 

 彼の言葉に、アジトの中にピリついた空気が流れ始めた。

 ムラサキの言うもう一人とは、十中八九『プッチ』のことだろう。だが先ほど最悪な方向に振れ切った別れ方をしたせいで、主に虎太郎あたりが、過敏に反応して敵意をむき出しにする。

 そんな雰囲気を察しとったのか、飄々とした態度で肩をすくめるムラサキ。

 

「おっと、こりゃ地雷を踏み抜いちまったかな。じゃ、俺の代わりに謝っといてくれよ。じゃあな」

 

 そう言って、ムラサキは今度こそ確かに扉から外に出て行った。

 突然のクマとプッチの喧嘩に、ムラサキの来襲。次々起きる厄介ごとに、ナユタのメンバー全員が運動をしたわけでもないのに体に多大な疲労感を感じ、各自の個室へと就寝するために戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜が道を薄く照らす中、コツコツと革靴がコンクリートを叩く音が響く。

 ナユタのアジトから出たムラサキが、曲がりくねった裏路地を出て大通りに抜ける。ナユタ前の大通りは元々夜中になると人気が急激に少なくなるポイントであり、まだ20時半ごろなのに、人の姿は一切と言っていいほど見当たらなかった。

 

 そんな人気のない大通りはやけに不気味で、ピエロの相貌に似たムラサキが一人で歩いていると、もはや不気味を通り越して狂気を感じてしまうような絵面に早変わりする。

 数十メートルは歩いたところで、彼が通りの道のわきに止められていた一台の黒塗りの高級車に近づいていく。窓には濃いスモークフィルムが貼られ、中の様子をうかがうことは一切できない。

 ムラサキはそんな怪しげな車の後部座席の窓に手を近づけ、曲げた中指で三回叩いた。

 

「あら、無事なのね。てっきり一発は殴られてくるものかと思ったけど」

 

 ガーッと音を立てて開いた窓から顔をのぞかせたのは、フラットの副リーダー『紫苑』。

 腕と足を組んだ状態で、不敵に扉の外に立つムラサキを見つめる。

 扉のロックが解除された音が響き、ムラサキが車の中に入り、バタンと閉めた。

 

「若干ヤバかったが許容範囲内だ。だが問題は……『あの男』に会えなかったことだな」

「……貴方、何しに行ったの?」

「うるせえ。美術館のことはちゃんと伝えてきたからそこまで問題はねえよ。……おい」

「はい。どうぞ、ムラサキさん」

 

 ムラサキの声に反応して運転席から顔をのぞかせたのは、フラットの構成員。

 ピエロの化粧に赤鼻を付けている異様な相貌をした彼は、後部座席にいる二人に一台のタブレットを渡した。

 

 ブルル、とエンジンから唸り声が響き、ゆっくりと車が進み始める。

 その音を横にムラサキは慣れた手つきでタブレットを操作し、一つの動画を選択、再生ボタンを押した。

 

「紫苑、お前が見たのは例の男で間違いないんだよな?」

「何度も言ってるでしょう。あんな特徴的な男、忘れるわけないわ」

 

 彼らが再生したのは、萬像が破壊された瞬間の監視カメラの映像。

 何か特殊なルートで入手したりしたものではなく、テレビで報道されていたのを録画したものだ。二人はこの映像を既に何回も見ているため、自身らが求める映像が流れる瞬間は知り尽くしている。

 

 求める映像の直前までシークバーを動かした後、再生速度を最低まで落とす。

 そして、『それ』が映った瞬間に動画の停止ボタンを押した。

 ムラサキは映像を眺めながら、くつくつと笑みを浮かべ、話し始める。

 

「萬像の破壊方法は亜総義ですら未だにわかってねえ。わかってたら上の奴らがあんなにビビってる訳がないからな。もしこいつを判明出来れば、そしてその破壊方法を俺たちが利用できりゃあ…………莫大な利益になる。敵の重要施設の破壊、不都合な奴の暗殺……なんでもできちまう」

「何度も聞いたわ、それ」

「何度も話したくなる内容ってことだ。極上の獲物の匂いを嗅ぎつけたんだぜ、ついつい自慢したくもなっちまうだろ?」

 

 二人がタブレットの映像に目を落とす。

 

 萬像が破壊された瞬間、パニック状態になりもみくちゃになっている人々の波の中で。

 一人だけやけに落ち着き払った様子で、人々の暴動を治めるシケイから一定距離を取りつつ、人ごみを抜けるルートを目指す……『()()()()()』が映っていた。

 

 プッチの顔をこの映像から目ざとく見つけたのは、『挨拶』を行った時に紫苑の周りに取り巻きとして立っていた構成員の一人である。挨拶後にたまたま映像を見返していたところにふと映ったプッチの顔を発見、紫苑に報告し、それがムラサキへと伝わった。彼は十分な価値がある情報を見つけたとして、ムラサキからしばらく遊びには困らないほどの金と下っ端からリーダー・副リーダーの車の運転手という大きな昇進を貰って歓喜していた。

 

 だがムラサキからすれば、発見した部下に与えた報酬などはした物に思えるほどの価値がこの映像には確かにあったのだ。思わず口から笑みが零れてしまうほどの価値が。

 

「この男、こんだけのパニック状態の中で一人だけ妙に落ち着いてやがる。そんでこのすぐ後にナユタの冤罪事件、こいつが新入りとしてメンバーに入り込んだ……。

 ――――きなくせえ。一見バラバラに思えるが、確かなつながりがある。ミステリー小説の筋書きみてえにな」

 

 電源ボタンを押し、タブレットの画面が暗くなる。

 濃いスモークフィルム越しに眺める月は、きらめくような明るさを失い、ほの黒い色へと変貌していた。

 

「萬像が破壊されるのは誰にも予期出来なかった……犯人以外はな。そして、さっきの筋書きを書けるとすりゃあ……それも、犯人だけだ。

 ―――ククッ、怪しすぎるよなあ。さっきの筋書きも、萬像の破壊が目的なんかじゃあなくただの過程だとして、ナユタに潜入するっていうのを最終目標に据えてると考えりゃあ……不思議と街一番の大事件が目的達成のためのピースとして上手くはまっちまう。そして、最近ナユタに入った奴で辿っていくと…………」

 

 その先を、ムラサキは口には出さなかった。言う必要がないから。

 彼の予想が合っていようとなかろうと、プッチがナユタに加入したタイミングは客観的に見て怪しすぎる。何らかの情報を持っているのは確実だろう。

 

 彼は、件の事件に関する少ない情報と自身の勘混じりにこれらの推測を立てた。

 自身の勘という不確定な物を交えて推測を立てるなど頭脳派であるムラサキらしくもないが、今回感じた勘……『匂い』と言ってもいいそれは、粗雑な理論を吹き飛ばすほどの確信を持つことができるほどに強大だった。

 

 とどのつまり……同じ香りを感じ取ったのだ。

 ムラサキは、映像に映るプッチが自分と同じで。有事の際には冷静で冷徹に、甘さや優しさなんて物を捨てた、どこまでも利己的な考え方ができる男だと。

 ナユタのなまっちょろい参謀(クマ)とは違う、『()()()()()()()』なのだと。

 

 

 ムラサキの目がフロントガラスの向こう側を見つめる。

 そんな彼の瞳には、只人の思考形態では決して辿り着かぬ…………確かな『()』が宿っていた。

 

 三つの抗亜クランの中で最も残忍で残虐なことから『最悪』と呼称される『フラット』。

 そのフラットをまとめ上げる総大将・ムラサキは……その呼び名に恥じぬ、プッチに負けず劣らずの『悪』に位置する男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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