プッチは月夜の下を歩いていた。
下弦の月は眼下の世界に向け、何とも心もとない光を垂れ流している。
5メートル先に何かが潜んでいても、視認することが不可能なほどの暗闇が辺りに立ち込めていた。そんな時間に、非常事態の街の中、それも人気がない道を歩く者好きは流石におらず……プッチのブーツの足音だけがカツカツと静かに響いていた。
「…………」
頬に流れる夜風を感じながら無言で歩いていると。
いつぞや、この世界に流れ着いたばかりのころに訪れた覚えのある公園にたどり着いた。
何かに導かれるようにプッチは公園に入り……その中心で、ピタリと立ち止まる。
草屋根とその下にあるいくつかのベンチ、赤と青の自動販売機、明かりを感知して自動でオンオフする照明が点いている公衆トイレ……。そんな何の変哲もない公園の中心に一人、男がポツンと立っている。
常人であればその異常な絵面を警戒して近づかず、実際に近づかぬのが一番賢き選択と言えるだろう。
夜空に煌めく星すら見えない空を見上げながら、プッチは静かに考えた。
(……私は、一体どうしてしまったんだ……?
―――クマの奴に、天国を、DIOとの尊き思い出を汚され貶されたのだ。驕り高ぶった言葉に見合った、しかるべき罰を与えてやるはずだったのに―――)
なのに、だ。
彼の頭の中で、クマの言葉がリフレインする。
『誰かが頼んだ覚えがあるか? お前の言う天国なんて物を…………』
私を天国に行こうと誘ってくれたのは、神と同等の愛を注いでいる友人のDIOだ。私は彼の魅力に惹かれ、死後の意思を受け継ぎ、天国を目指していた。
だが…………。
前の世界で数多くの人間に、天国と言う物を語ってきたが……。
返ってきた反応はいつも無関心、あるいは拒絶。心の底から賛同してくれたものなど一人もいなかった。死体を蘇らせるスタンド『リンプ・ビズキット』の使い手『スポーツ・マックス』は私に比較的従順であったが……さりとて、奴も天国に心の底から賛同していたわけではない。
つまりは。
誰かから応援された訳でもない、頼まれた訳でもなかったのだ。
それでも私は。
DIOの死した後、私はジョースターの一族に邪魔されながらも天国を目指し続けた。
友の意思を継ぎ、十数年の間、たった一人で。
一人、たったの独りでだ。
孤独に天国を目指し続けることが運命に導かれていた、というのならばまだいい。
だが、私は天国を完成させる今わの際にエンポリオに殺害された。私の運命の線路は死によって終着点を迎えた。今まで数多くの試練に立ち向かい乗り越えてきたというのに、あの場所あの時間で運命が途絶えてしまっていたのだ。
ただひたすらに、やるせない感情がプッチの中を暴れ回る。
(私の運命が天国を成就させる直前で途絶えることが決まっていたならば、今まで一体何のために、私は―――)
そこまで考えた、考えてしまったところで。
プッチはギリリッと歯を食いしばり、自身の背中からホワイトスネイクを顕現させた。
「クソッッッ!!」
プッチ自身の口から漏れ出した、怒気のこもった叫び声。
それと共に、ホワイトスネイクが手刀を振り上げ―――最も近くにあった木製のベンチに手を振り下ろし、中心から真っ二つに叩き割った。
それだけでは止まらず、拳を固く握った白蛇は地面に転がるベンチの残骸にマシンガンのような密度と速度でラッシュを仕掛ける。
木を叩き砕き割る甲高い音から次第にアスファルトの地面を殴る鈍い音に変化し始めた所で、プッチが荒く肩で呼吸をしながら、ホワイトスネイクの動きを止めた。
十数秒前までベンチだったものは、ウッドチップとしてそのまま転用できそうなほどに粉々に砕かれていた。さぁ……っと、風で木片が流れていく様にプッチは見向きもせず、自身の服の胸辺りをぎゅうっと強く握る。
「私は……ッ! 誰かから認めてもらうために天国を目指していたわけではないだろうッ!! DIOの意思を継ぎ、人々を真なる幸福に導くため……天国を目指していたのだ!! 下らん名誉欲や承認欲求に突き動かされていたわけでは断じてないッッ!!!」
自身の意思を再確認するように、誰もいない暗闇に向かって叫ぶ。
冷や汗を額から流しながら、プッチは目を強くつむる。そして、再び瞼を開いた瞳には、おどろおどろしいほどの怒りが詰まっていた。
(こんな風に、余計な方向に思考が逸れるようになったのは……スタンドが弱体化した原因でもある、エンポリオに殺された記憶に違いないッ! 心に深く刻まれた死のトラウマが私の考えを鈍らせているのだ……ッ!!)
彼が瞳に宿らせた怒りは、他ならぬ自身を殺したクソガキ……エンポリオに向けての物であった。そもそもこの世界にいるかどうかすら分からない奴に向かって、プッチは殺意をたぎらせる。
……だが、いつまでも煮えたぎるような殺意と怒りを垂れ流しにし、冷静な思考を奪い続けることはできない。
頭の中で静かに素数を数え、深く息を吸い込むと、ある程度ではあるが冷静さを取り戻すことができた。
静かになった頭の中で、今後のことをプッチは思案し始める。
(…79…83…89……よし。一先ずは……これからの身の振り方を考えなければな。とりあえず、どこかの抗亜クランに所属するのが大前提だ。
ナユタと、壬生菊千代に品須のいる東雲派を除くと消去法的に……フラットか。しかしナユタとは異なり、先日襲撃してきたフラットの一員を殴り飛ばしたことで私への印象は最悪と言えるほどに低下しているだろう。次はどうやって取り入るべきか……)
光のないどす黒い目で一点を見つめながら、思考を広げていると。
公園の、自動車の進入禁止ポールが立っている入り口に向かってタッタッタッと誰かが走り寄ってくる音が聞こえた。首だけを動かし、音のした方向に視線を向ける。
「……っ、はぁ……はぁ……プッチ、ひゃん………」
ポールにもたれかかるように手で膝を突き、前傾姿勢のままぜーぜーと荒い呼吸をしている少女がいた。後頭部から左肩に向けて流れる黄色のリボンで束ねられた緑髪に、汗で滑ったのかぼとりと地面に落ちる黒ぶちの大きな眼鏡。
彼女は眼鏡を拾い、ぐしぐしと砂のついたレンズをぬぐってから体を起こし、眼鏡をかけ直す。
つい先ほどまで同じ部屋に居たのだから、当然誰か分からないなどとのたまうこともない。ナユタに現在進行形的に居候をしている『大相寺皆子』、その人であった。
「…………」
こひゅーこひゅーと息を整えながらのろまな動きで近づいてくる彼女に、プッチは体を向ける。足を肩幅程度まで開き、顎を軽く上げると、身長差も相まって遥かに格下の生物を見下しているような様相になった。
右手を前に出し、彼女に冷たく言葉を放つ。
「そこで止まれ。一体何の用だ?」
ビクッと肩を跳ねさせ、大相寺皆子が足を止める。
彼我の距離は約5メートルほど。例え拳銃を隠し持っていても、銃弾の軌道を致命傷の部位から逸らすくらいはこの距離であれば十分に可能だ。
少女が両手を胸の前で弄びながら、目をキョロキョロとせわしなく泳がせている。頬に汗をツツーッと一滴垂らし、明らかに恐怖し動揺しながらも必死に言葉を選んでいるのが分かる。
「ぷ、プッチさん……その……」
「私を追いかけてきたのは何故だ? 早く答えろ」
「ひ、ひぁいっ! そ、それは……」
そう言った後にまた言葉を詰まらせてしまった。
正直な話、いつまでもこの少女に構っていられる暇はない。ホワイトスネイクを元の強さまで戻す、フラットに入る準備をする、謎のスタンド使いに関する情報を収集する、亜総義本社に入り天国へ到達するための作戦を立てるなど……やることはいくらでもあるのだ。全て可及的速やかに済ませなければならないことばかりである。
いっそのこと、私に関する記憶を抜いてナユタの前に捨てて置いてもいい。というか、それをした方が一番手っ取り早く余計な禍根も残らないような気がする。しかし、記憶がない状態で少女が放置されていることから、私のスタンド能力の一端がバレてしまう可能性もある。
一体どちらにするべきか……?
――――プッチがそう考えている最中。
緑髪の少女・大相寺皆子は死の間際でもないというのに、頭の中で走馬灯が駆けまわっていた。
ナユタのアジトを出る際には『プッチにナユタへ戻ってもらって、父への手がかりを離さないようにしないと……!』と心の中で息巻いていたのに、いざプッチを目の前にすれば、この身のすくみ様である。だが、仕方のないことなのかもしれない。
元は、この独裁国家のような狂った街の外で暮らしていた平凡な一般人である彼女。今まで抗亜というオブラートに包んで不良集団、率直に言って犯罪シンジケートという環境で平然と家政婦の真似事を行っていたが…………それは一種の感覚麻痺のようなものである。
興奮時にはアドレナリンが分泌されて痛みを感じないという。アドレナリンが分泌されなくなれば至極当然のことではあるが、痛みを感じるようになる。
再度言うが、少女は極めて平凡な一般人である。
今までは日常で触れたことのない異常事態に精神が酔っぱらっていたのだ。
先ほどプッチを追いかけるために行った全力疾走で身体に程よい疲労がかかり、また火照った体が夜風で適度に冷え、プッチを説得するための言葉選びに頭の中で思考を行った結果……。
(なんとかプッチさんを説得してナユタに戻ってもらわないと、お父さんの――――
………………え……あ、れ? 私、一人でプッチさんの前で……。今、何をしていて…………)
心の奥底で眠りこけていた正常な思考が、夢から醒めてしまった。
ぼやけていた思考のもやが一気にほどけ、今まで自分が何をしていたか、何をしようとしているかをすべて理解してしまう。
正常な思考になった彼女は、先ほど激怒していたプッチの前に立っている今の状況がどれだけ危険なのかを朧気ながらに理解し、顔が青ざめていく。
カエルがヘビに睨まれているどころの騒ぎではない。カエルがヘビの前に立ち自ら喧嘩を売っているような物なのだ。後者の方が質が悪いが、どちらも待っているのは絶対強者による死である。
(あ、あ……私、な、なんてこと…………)
頭の中が恐怖で満杯になり、立つのも難しいほどに体が震えだしたとき。
まず真っ先に頭に浮かんだのは『今すぐこの場から逃げ出す』であった。目の前の男が握る微かな父親の手がかりなどあってもなくても殆ど変わらないはずだから、今は逃げ出すべきだ……と。
そんな考えを彼女は唇をかみしめ、かき消す。
(ダメ……駄目! せっかくお父さんの手がかりが見つかったのに、手放して逃げ出すなんて、そんな、そんな…………)
再び、プッチの顔を見つめる。
酷く酷く、冷徹な顔と瞳をしていた。私には到底想像もつかない恐ろしいことを、平然とやってのけそうな目を彼はしていて。
「あ……」
膝からその場に崩れ落ちる。
私には、この人を止めるなんて、無理だ。
理性よりも深い深いところにある、『本能』がそう察してしまった。
「…………これは善意からの言葉だが」
プッチが静かに息を吸い、生気を失った目で崩れ落ちた少女に向かって語り掛ける。
低く落ち着いたバリトンの声が静寂の空気を、そっと震わせるのを、少女に防ぐ術はなかった。
「この街は、短期間滞在しただけの私でも分かるほどに酷い場所だ。君の消えた父親を探すという行為は、独裁者に支配されたこの街の暗部に触れることを意味する」
そこで言葉を区切り、崩れたままの彼女の横を歩き、公園の出口へと歩みを進める。
カタカタと肩を震わせる少女に何の感傷も抱くことなく、足を止めることすらなく、言葉を吐き捨てた。
「……私を前に怯えて言葉も発せないようなら……もう、この街を出た方がいい。その程度の精神では到底、この街で父親を見つけることなど不可能だ。無駄死にする」
今の彼女は、プッチをしても哀れに思い同情してしまうほど、どうしようもないほどの意気地なしのスカタンであった。この程度の輩にわざわざホワイトスネイクの力を使ってディスクを抜く……など、手間なことをする価値もない。放っておいても、地べたを舐めずり這いまわる虫けらと変わらないだろう。
侮蔑の視線を向けて去っていく彼を、大相寺皆子は。
顔を上げて、見送ることすらできなかった。
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人気もない夜道、とある少女が意気揚々と街灯の下を歩いていた。
緑の髪に、ピンクのと黒の猫耳型ヘッドホンが映える。
前から後ろへ流れる風に自身の歩む速度が加わり、横髪がふわぁっと空気を内部へ含ませるようにたなびいている。彼女はそんな髪を気にも留めず、ぽてぽてと小柄な体格から来る短い脚をせっせと動かしていた。
夜道を歩いているのは、自称電子工学に精通した、電波収集癖のある少女『アンテナ』であった。以前フラットの襲撃に会ったばかりだというのに性懲りもなく夜道を歩いているのは、「夜だけどこの前危険な目にあった深夜帯じゃないからOK!」という彼女の独自な理論が原因である。なんともおかしな考え方だ。
アンテナは今日も今日とて面白そうな電波を探すために街の中を歩いている。
夜じゃあなく明るい時間に出かけろとも言いたくなるが、別に昼間に出歩いていない訳でなく、むしろ昼から夜の間までずっと街中を徘徊しているのだ。ここまで来ると、いくら美麗な少女と言えど「徘徊少女」などの名がついて奇人扱いされそうなものだが……亜総義市には彼女をぶっちぎりで凌ぐほどの変わり者が存在するので、全く問題にはならない。
彼女は足を止め、街灯の真下で足を止める。
ヘッドフォンについたアンテナマークをぱちぱちと明滅させながら、一人でつぶやく。
「うーむ。この辺りから、おもしろい電波が…………うん? あの男は……」
アンテナがパッ、と顔を上げた先に居たのは。
いつぞやフラットの襲撃を受けた時に、クマと共に自分を助けてくれた黒肌の男……『プッチ』であった。ここで会ったのも何かの縁と、手を振りながら彼の方に近づいていく。
「わははははは! また会ったな、プッチとやら!」
「……たしか、アンテナと言ったか? 貴様、また夜中に一人で出歩いているのか」
少女の言葉に、プッチも言葉を返す。
お互いに街灯の下で立って向かい合う中、アンテナがふんすと鼻息を拭きながら腰に両手を当て、自慢げに胸を張りながら言った。
「深夜ではないので問題ナッシング、である! それに、一人で出歩いている奴に一人で出歩くなと言われる筋合いもないのである!」
「私が言っているのは自衛手段の…………いや、そうだな。もういちいち言ってやる必要もない……」
「……んん?」
プッチが言葉のしりすぼみを小さくしながら顔を背けたので、アンテナは以前クマと一緒に居た時とは何か違う雰囲気を彼が纏っているのを感じた。
「一体、どうかしたのであるか? 以前と様子が違う気がするぞ?」
「気にするな。少し込み入った事情があるだけだ、問題ない」
「なら気にしないのである!」
「……そんなにあっさり納得するのか? 根掘り葉掘り聞いてくるタイプだと思ったが……」
その言葉を聞いて、アンテナは「わははは」と朗らかに笑いながら話す。
「私が聞いたところで、どうにかできそうな雰囲気じゃないのである!それに、人にはプライバシーという物があるゆえ」
「アンテナ……」
「ま、私の手に掛かればどんなプライバシーでさえ、セキュリティーをぶち破って丸裸にしてやれるのだがな! わははははは!」
「……調子に乗るんじゃあない」
「へぶっ!!」
プッチは人差し指にスタンドを少しだけ浮かばせ、アンテナの額にデコピンをする。
そんなことをした後に、なぜか後悔した。私はいつの間にこのような甘い欺瞞のやり取りに興じるまで弱っていたのかと。
いくらアンテナと見知った間柄とはいえ一度話したことのある程度の関係、これ以上時間を割くことはできない。額を押さえ汚い声で痛みを吐き出す彼女の横を通り過ぎようとすると…………。
「ぐっ、ぐぐぐぐ……これはきょーれつな痛みなのであ……――――
…………んん? おや? この電波は…………プッチ、ちょっと待ってほしいのである」
呼び止められ、プッチが足を止める。
鬱陶し気に眉間に僅かなしわを寄せながら振り返ると、少女がヘッドフォンの耳当て部を人差し指でトントンと叩きながら、うんうんと唸っていた。
プッチは首をかしげながら不機嫌を隠しもせずに、彼女に向かって言葉を振る。
「私は用があるのだが」
「まーまー、そう邪険にしないでほしいのである。ちょーいと質問なのであるが、プッチは何かの機械を自作したりするのか?」
「……しない。そもそも、機械について自作できるほどの知識を持っていない」
「うむむ……じゃあ、何か特殊な機械でも持っているのであるか?」
「いや……。持っている機械類と言えば、この携帯電話だけだが」
そう言うと、プッチは懐から携帯電話を取り出した。ハルウリ業務を行う際、業務連宅のためにクマから受け取ったまま返していない携帯電話だ。
彼女が私の取り出したそれを一目見た後、頭から蒸気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にし、腕を上下にぶんぶんと振り始めた。
「違うのであるーーー!! なんかこう……ブワーーッと揺れて、ピキーンと鋭い、変な感じの電波なのである!」
「……もう行っていいか? どう考えても私には関係がないだろう」
「この前フラットに襲撃された時も、今さっきもその電波をキャッチしたのである! 関係がないとは言わせないぞーーー!!」
「……『フラット襲撃時』に……『今、さっき』だと?」
背筋に嫌な予感が走る。まさか……いや、普通はありえないが……。
フラット襲撃時と今、この二つに共通していることは非常に少ない。
深夜と夜、クマの有無、襲撃者の有無。これらを省くと……共通している事柄と言えば『私がいる』、ということぐらいになる。
そんな中、電子工学に自称精通したと語る彼女が、見当もつかない謎の怪電波……。共通していることの中で、彼女の知覚が一切及ばないような事柄は一つしかない。
しかし、まさか…………電波などという方法で感知をしたのか? ありえないと唾棄したいところだが……壬生菊千代の件がある以上、否定はできない。
……試すだけ、試してみるとしよう。もし私の予見が外れていたならばそれで済む話だ。
彼女の動きを足先からてっぺんまで、一挙一動を一切見逃さぬよう注意深く観察しながら。
自身のすぐ右隣に、『ホワイトスネイク』を顕現させた。
「ビビビーーッ!! プッチ、件の電波をキャッチしたのである!!」
「……どこに、だ?」
「プッチのすぐ隣であるぞ!!」
よし、抜くとしよう。
こいつは『
今はまだ問題ないが……もし、この電波とやらから何らかの手順を踏んでスタンドという存在までたどり着き、それを街中に流布されたらと思うと……。厄介な事この上ない。
いつか面倒事になる前に、この場で記憶ディスクを丸ごと抜いて廃人になってもらうとする。三日ほどで衰弱死するだろうが、苦しいと思う思考力がないので、安らかに死ねるだろう。
そう思い、ホワイトスネイクの右腕を天に向かって大きく振り上げたところで。
「この電波、『
「――――至る所に……?」
ピタリとスタンドの動きを止める。
至る所に、とはどういうことだろうか。私もこの街を歩き回っている方だが……やたらめったらにスタンドを用いている訳ではない。
例の電波がスタンドを感知するものだと断定すると、そうそう流れている物ではないはずだが。
私が疑問を抱いたことで、アンテナは私が何か知っていることに感づいたのか、腰に両手を当てて質問してくる。
「やはり、何か知っているのであるか?」
「ああ。簡潔にまとめると……私が持っている、特殊な力のような物だ。超能力だと思ってくれた方が分かりやすいだろう。それが発する何かを電波という形でキャッチしているのだろうな」
「………? お、おおう……?」
アンテナがきょとんとした顔をする。
が、それに構っている暇はない。プッチは捲し立て気味に言葉を続けた。
「そんなことはどうでもいい。『至る所』とはどういうことだ」
「ど、どうでもよくない気がするのであるが…………ま、まあ後で問い詰めるのである。
私は面白い電波を探すために、この街をよく歩いているのだが……。そうしていると、時折件のおかしな電波をキャッチするのである」
「どこで、どれくらいだ?」
「何処と言われても……街中に散らばりすぎてて断定できないのである。
だが数は少ないゆえ、そっちは答えられるぞ! 街中にアンテナを広げて、同時にキャッチした数の最高が『
「一体いつの話だ、それは?」
「つい数日前の話である。場所は……海近くの、工場が密集してるところ……だったはずであるが」
――なんという少女だ。
恐らく、この工場地帯の2つの電波というのは……『サンホー工業』に居た、私と謎のスタンド使いの物だろう。
確かにあの場所では、私は殆どの間スタンドを出していた。謎のスタンド使いも恐らく、逃亡のためにスタンドを用いていたのだろう。
最高の数が『2』ということから……この街には、二人しかスタンド使いがいない、ということになるのか?
いや、それを決めつけるのはまだ時期尚早だろう。たまたま二人同時にしかスタンドを出していなかった、という場合もあるのだから。
プッチは更に問い詰める。
「今は……私の横にも、電波があるだろう。もう一つの方の電波が今、街の何処かに流れていたりしないか?」
これだ。今、もう一人のスタンド使いが何処にいるか調べられないか。
もしこれが分かれば……非常に大きな情報となり、相手を出し抜ける可能性が高まる。
だが私の頼みを聞いた瞬間、アンテナは唇を尖らせたのち、眉間にしわを寄せたそ。
「……今背負ってる受信機はあくまで持ち運べるタイプの小さな奴で、基本近くしか調べられないのである。出力を上げれば街全体に一瞬だけアンテナを張ることも、できないことはないのであるが……」
「あるが、何だと言うんだ?」
「ひっっじょーに面倒くさいのである。一度亜総義市の通信セキュリティを破った後に、受信機の出力を手動で上げて、キャッチした電波を選別してと……やることが多すぎるのである! こんなにやってただ働きは絶対にごめんなのである!!」
つまりアンテナは、私にその電波を調べる代わりに、何か対価を出せと言っているらしい。
ハァとため息を吐く。しかし、もしかすると相手のスタンド使いの居場所が分かるかもしれないのだ。聞いてやる他はない。
「そうか……。ならば、どうしたらやる気を出してくれるんだ?」
「わはははは! 話しが早くて助かるのである! ズバリ、その超能力とやらのことを詳しく聞きたいのである!」
まあ、そこに行きつくか。
しかし予測していた範囲だ。何も問題はない。
プッチは落ち着き払った様子でうなずき、言葉を返す。
「……なら、もう一つの電波を探してくれた後にいくらでも話そう。それでいいか?」
「OKなのである! じゃあ、まずは亜総義のセキュリティを破るゆえ、少し待っていてほしいのである」
そう言った後、アンテナはその場で腕を組み、目を閉じた。
ふんふんと鼻息を鳴らしながら何かのリズムに合わせて頭を小さく振っている。何かをしているようには全く見えないが……本当に大丈夫なのだろうか。
そもそも、街を一つ支配できるほどの大企業のセキュリティが個人に破れるほど甘くはない気がするのだが。たとえ破れるとしても、少しの時間で出来るような物ではないだろうに。
ハッタリをかまされたか……? いや、しかし確かにスタンドの位置が分かっていたのだ。全てが全てハッタリではないだろう……。
そんな風に考えていたところ。
「ん。破れたぞ」
「何ッ!?」
彼女が突然、あっけからんとした声でそういうものだから、つい驚いてしまった。
正確な秒数は数えていないが、1分も掛かっていないだろう。
亜総義市のセキュリティが非常に脆弱なのか、はたまた彼女が異様にハッカーとして優れているのかは知らないが……とにかく、一歩目の手順は無事に進めたようだ。
背中に背負った受信機のアンテナを伸ばし、ポチポチと何かのボタンを押す彼女の姿を眺める。
やがて受信機の設定も終わったのか、自身のヘッドフォンの耳当て部の上に両手を押さえ、うんうんと唸り始めた。
「あ~~……違う、違う、これも違うのである…………こー、れも違うのであるな」
怪しい電波の選別作業に入っているようだ。
……よくわからないが、電気通信というものはこういうものなのか? 彼女がさも当然のようにしているため私も口には出さないが、随分と奇想天外のことばかりやっているような……。
そうこうしているうちに時が過ぎていき、約1分が経過したころ。
「違う違う違う違う、ち……いや、違わないのである!」
「……まさか、見つけたのか?!」
彼女の言葉に、思わず私も声を荒げてしまう。
「うむ! 今は……美術館にいるようであるな!」
「……美術館?」
「仕山医院の近くにある川を渡ったところの奴である。まー私は行ったことないので、それ以上は知らないのであるが……」
もしこれが真実だとして、スタンド使いが何故そんな場所にいるのか。そして、何故そんな場所でスタンドを使っているのか。
まさか、一つの場所を根城に待ち構えるのが得意なタイプのスタンドなのだろうか? しかしそれではサンホー工業に出張ってまで殺人を犯した意味がない。
もしかすると、私を含めた2人という数よりも、何名かのスタンド使いがいるのかもしれない。
……どちらにせよ、その『美術館』とやらには向かわなければいけないだろう。
今夜はもう遅い。明日の朝から準備を整え、夜に突入すべきだ。フラットに取り入る算段を立てるのは、その美術館のことを調べてからでも遅くはない。
そんな風に考えていたところで、アンテナが私にも聞こえるようにふんす!と大きく得意げに鼻息を鳴らした。
「さて! プッチ、約束通りその超能力とやらのことを詳しく話してもらうのである!」
「ん……ああ。そうだったか…………」
思考を切り上げ、プッチは彼女の方に体を向ける。
「ここのところ退屈でちょうど暇してたところなゆえ、今日は朝まで付き合ってもらうのである!」
「その前に、アンテナよ。今背後にいるのは貴様の知り合いか?」
「ふえ?」
プッチがアンテナの背後を指さしながらそう言うと、何の疑いもなく振り返った。
その瞬間、ホワイトスネイクが右腕を大きく振り上げ、アンテナの後頭部に手刀を叩き落した。
「ぐひっ!?」
汚い声を出し、目を白黒と点滅させながら、アンテナが顔面から地面に倒れ伏す。
ホワイトスネイクの右手には、一枚のディスクが握られていた。プッチはそれを手に取り、懐にしまう。
潰れたカエルの様にべちゃっと地面に転がる彼女の姿を見下ろしながら、静かに呟いた。
「今までの会話の内容を覚えていられると、ちと厄介なのでな……。『スタンド関連の記憶』だけを奪わせてもらった」
元々は、全ての記憶を抜いて廃人にする予定だったが……。
スタンド使いの居場所を、スタンドを出している間限定とはいえ一瞬で探れる彼女は非常に有用だ。ここで潰してしまうのは勿体ない。
彼女が超能力……スタンドの詳細を教えることを対価に出した時点で、プッチは最初からこの策を実行するつもりだった。つまり、マトモに答える気は最初からなかったのだ。
いくら天からの恵みと言っていいほどの電子工学の才能を持ったアンテナと言えど、プッチ相手に交渉ごとを行うにはあまりに若すぎた。『悪』に触れてきた年数が桁から違うのである。
しかし、いくら記憶ディスクを抜いたと言えどたかだか数分程度の会話の記憶だ。今は気を失っているが、すぐに目も覚めるだろう。
プッチは特に彼女の身の心配をすることもなく、踵を返し暗闇に向かって歩み始める。
「『美術館』か……。…………神よ、これは私への試練なのでしょうか……?」
薄闇に溶けていくプッチの独り言は、誰にも聞こえることがなく、掻き消えて行った。
めっちゃ投稿遅れた……。申し訳ございません。
プロット通りにこの一話をずーっと書いていたんですが、そのプロットに固執しすぎていたのか、全然筆が進まず……。
PV数なんかを見返してどこら辺が一番面白いと思ってもらえていたのかを見ていたところ、私の筆が滅茶苦茶進んだところがかなり読まれていたみたいでして……。
そんなわけで、プロットを気にせずに、一度自由気ままに書いてみようと思い立った結果。
1万文字超えの、当初の予定に全くないこの話が出来上がりました。えぇ……。
今話で出た設定の擦り合わせ等は未来の私がやってくれるだろうことを信じています。