―――――――亜総義美術館 PM5:40(プッチ突入から34分後)―――――――
「……クマ。ちょっと入口の方が騒がしくないか?」
「確かに……そうだな。どうするザッパ、元々信用できないムラサキからの情報だ。大事を取って撤退もできるが」
「はぁ!? 今来たばっかで撤退とか絶対嫌だっつーの! こちとら久々に体を動かせる機会だってのによーー!」
「わははは! 虎太郎の言う通りだ、ムラサキの罠なら罠で真っ向から踏みつぶすべし!」
亜総義美術館の最深部。
受付から最も離れた場所にあるレストルーム。トイレや休憩用の座椅子などが設置されており、展示物を鑑賞する人々が少しだけ足を休めることのできる憩いの場だ。
そのレストルームに設置されたトイレの前に、三人の男が立っていた。
その三人の内の一人。棍をぶんぶんと振りまわす虎太郎が、ザッパとクマに向かって興奮した様子でがなり立てている。レストルームには彼ら以外に誰もいないから良かったものの、もし誰かいた場合は武器を振り回す危険人物として即刻シケイに通報されていたであろう。
クマは組んでいた両腕を解き、虎太郎に声を潜めるようにハンドサインを送った。
それを見て、声は抑えたものの、身の内に猛り狂う興奮を抑えきれぬように鼻息荒く呼吸をする虎太郎。ザッパはそんな彼を見て、口角を上げながら言葉を発する。
「それにしても、随分と気合が入ってるじゃないか
「あったりめーだぜ!! こちとら数週間左腕と左足にギプスつけてて殆ど動けなかったんだ、存分に体を動かせるこの日をどれだけ心待ちにしてたかッ…………分かってんのかクマぁ!!」
「こっちに振るな…………。そもそも、そんなに楽しみにしていたなら寝坊なんかするんじゃない。お前のせいで数分遅れたんだぞ」
「そッ、それは……興奮して眠れなかっただよ!」
「子供か……」
虎太郎のやたらと響く大声に、頭痛がするクマ。
ザッパはそんな二人のやり取りを見て大笑いしながらも、不穏な気配の漂う入口方面に注意を向けていた。
さて。
何故こんなやり取りを交わしながらも、男三人衆がトイレの前で待機しているかというと。
「はーい。おっまたせ~~~」
女子トイレの中から、いつものヒトカリ衣装を着たキラキラとポルノがひょっこりと姿を現す。もうすっかり慣れたものだが、改めて見るととんでもない恰好をしている物だ……と、クマはひそかに思いをはせた。
Q.なぜトイレの中で着替えていたのか?
ナユタのアジトから亜総義美術館までは相当な距離がある。そんな距離をヒトカリ衣装で移動するわけにもいかない。しかも亜総義美術館の周辺は上流階級の人間が住む場所に近く、シケイの監視が隅々まで行き届いているため、身を潜めて着替えられるような公園等が存在しない。
ヒトカリをする際には正体を隠す派手な衣装を着ていないと、日常生活を送る際に多大な支障が出るため、どこかでヒトカリ衣装を着なければならない。一体どこで着替えるかと頭を悩ませていた時、キラキラが上げた案が、
『いっそのこと美術館の中で着替えちゃえば?』
というものであった。妙案である。
ということで、ナユタは亜総義美術館の裏手にあるレストルームのトイレの窓から館内に潜入し。
女性陣はトイレの中で衣装に着替え、男性陣がその間トイレの前に立って中に入ろうとする人物を阻止する策を取ったのだが……そもそもレストルーム内に人がいないため、クマ達はただただだべっているだけになってしまっていたのだ。
「……もう一人は?」
「そっちもばっちり、よっけよっけ。ほら、おいでって! そんなこと考えるのは虎太郎だけだって、ね!」
クマが腕を組みなおし、キラキラに話しかける。
その問いに彼女は片目を閉じてサムズアップをし、女子トイレの壁に隠れていた少女を中から引きずり出した。
「………っ……!?」
思わずクマが組んでいた両腕を外し、狼狽してしまう。
トイレの影から出てきたのは、大相寺皆子……なのだが、私服とは全く異なる派手な『ヒトカリ衣装』に身を包んでいた。
どことなくナースを連想させるそのヒトカリ衣装。透き通るような緑髪の上にちょこんと乗せられたナースキャップには薄紫色の十字架のワッペンが点いている。髪の毛は普段のポニーテールから根元が花形にくくられたツインテールになっており、いつものどこか陰気臭さを感じさせる見た目から、幼さを感じさせるような容貌へと変化していた。
そして一番注目すべき……並びに、真っ先にクマが目を逸らした場所が、彼女の胸である。
普段着である、少しだぼついているピンク色の制服からでも多大な質量を感じさせるほどに大きかった彼女の胸。そんな彼女がヒトカリ衣装に着替えたことによって、もはや隠れている場所の方が少ないほどにさらけ出されたその巨乳は、彼女自身の美白と相まって巨乳に対して興味のないクマでも一瞬心臓が跳ねるほどには煽情的な物であった。
顔から視線を逸らすという意味では、これ以上ないほどに効果的であろう。シケイの九割九分が男性である以上、彼女の胸から視線を外すのは……相当に難しいのではないだろうか。
クマは視線を逸らしつつ、口に人差し指を当てながらも、何か言わなければと喉の奥から言葉を絞り出す。
「…………えーと。眼鏡、伊達だったのか?」
「い、いえ、コンタクトは一応、持ち歩いてて……」
普段つけている黒ぶちの眼鏡を付けていない事。それぐらいしかクマには突っ込める場所がなかった。
キラキラが右手に下げたチェーンソーを肩に担ぎ、楽し気な声で答える。
「スタイリッシュっしょ? 何事もハデに可愛くいかないとね♪」
「わ、私、やっぱり元の服でいいです……!」
「変装もせずにヒトカリしてたら、街、歩けなくなるよ?」
「街……あ、そっか………そういうこと…………」
そんなキラキラと大相寺のやり取りを眺めながら、クマはつい今朝のことを思い出す。
『わ、私を――――ひッ、ヒトカリに参加させてくださぁい!!』
朝、目覚めたばかりの時のこと。大相寺皆子から、突然土下座をせんばかりの勢いでそう頼み込まれたのだ。
昨夜のプッチの件の疲れがまだ抜けきっておらず、その上起きたばかりで脳がまだ完全に働いていない時間帯のことだ。あまりに唐突すぎる展開に、大した反論が思いつかず、彼女が頭を下げたまま言葉を捲し立てていく。
『私、お父さんを探さなきゃいけないのに、ここでずっと燻って――怯えていたばかりで! こんなんじゃ、何もできていないのと同じだって…………!!』
『あ、ああ…………うん』
『だから、お願いします!! お父さんを探すために、プッチさんに今度こそ立ち向かえるように――ヒトカリに、参加させてください!』
『…………わ、わかった……』
と、まあ。
こんな風に、彼女に無理やり押し切られてしまった。
後々頭が動き始めた時に、先ほどの発言は失策だったと気づき、すぐに訂正しようとしたのだが。どこかからその会話を聞いていたポルノがキラキラと結託し、既に彼女のヒトカリ衣装の準備を超特急で始めていたので、止めるに止められず……。結果、今日のヒトカリが彼女のデビュー日となってしまったわけだ。
非合理的で、わりと取り返しのつかないレベルの大ミスをしてしまった気もする。
しかし、今朝必死の形相で頼み込んできた彼女の目には深い隈ができていた。きっと昨日、プッチを追いかけた際に何かあり、アジトに帰ってきてから一晩中必死に悩んで出した結果なのだろう。そこまで覚悟して出した結論なら、こちらからアレコレと口出しするのは野暮なのかもしれない。
「……クマ、おいクマ」
「ん……」
虎太郎が肘で脇腹を小突いてくる衝撃により、思考の渦から現実へと引き戻される。
一体何の用だと彼の方を見ると、虎太郎は下卑た笑みを浮かべながら大相寺皆子の胸を見つつ、こそこそと話しかけてくる。
「すっげー巨乳だぜ……。いや、俺はお姉さんにしか興味はないけどな! それでも……ゴクッ」
「ヒッ」
彼のいやらしい視線を感じ取ったのか、彼女が胸を両手で隠す。
キラキラとポルノは虎太郎に軽蔑の視線を向けながら、心底冷たい声で言い放った。
「ちょっと、虎太郎……。あんた年上好きでしょ? お姉さんにしか興味ないんじゃないの?」
「いや、そうだけどよ……。べッ、別にちょっとぐらいはいいじゃねーか。胸くれー見られて減るもんじゃねーんだしよ!」
「ん。確かに、胸は見てもなくなることはない」
「だよなぁポルノ! やっぱお前は分かってくれると思ってたんだよな~!」
「ただ、虎太郎への信頼がゴリゴリ減っていっているのには気付いてほしい。誰からのとは言わないけれど」
「もう0だよ」
「それはちょっと酷すぎませんか!?」
キラキラのあまりに冷酷すぎる言葉に虎太郎が声を荒げた。
これで少しは落ち着いてくれればいいが、虎太郎はきっと終生の時までこんな調子だろうなので諦めることにする。
「まあまあ、虎太郎のことはほっといてさ。超超急ピッチだったけど、ウデによりをかけた改造ナース。どうよ~これ? ミストレスに頼む時間もなかったから殆ど手仕上げなんだよ?」
「そ、そういえば! なんで病院でもないのにナースの衣装なんですか?!」
「え~? でも看護師なんでしょ?」
「看護学校に通ってただけで、まだ本職ってわけじゃ………」
(……そもそも、これはナースなのか? いやナースをモチーフにしているのは何となくわかるが……)
クマの素朴な疑問は心中に留められた。
「ナース……メディック……メディコ! メディ―――ッコ!!
ついにナユタにも衛生兵が動員されたか! よーし、今日からお前の名前は『
ザッパが腰に両手を当て、高笑いでもするようにそう叫んだ。
大相寺皆子が両頬に手を当て、驚愕の表情を浮かべる。
「え、え、ええーーーーっ! だ、だから私は医者でも衛生兵でも看護師でもなくて……!」
「嫌か? それなら元の見た目から、地味子かメガネ子辺りになるが……」
「それもちょっと……というか、なんで私のあだ名を知ってるんですか? しかも二つとも……」
「使用済みなら『
「は、はあ……わ、わかりました……」
少しだけ不満げな顔をしながらも、その名前を受け入れた大相寺皆子……改め『
前線で戦闘する柄ではなさそうなため、役割的にも一番その名前が似合っているのではないかと思う。
会話が区切れたところで。
クマとザッパが一瞬のうちにヒトカリ衣装に着替え、ザッパは右肩を一度二度回し、クマは銃に弾が籠っているかを確認する。
「さーて。長くなっちまったが、そろそろヒトカリを始めるか!」
ザッパの号令に合わせ、新メンバー『メディコ』を加えたナユタが、様々な風が吹き荒れる亜総義美術館を進軍し始めた。
「……やっぱ、シケイが騒がしいな、ッと!」
「ちょっとザッパ前出すぎだって!」
「それは虎太郎にも言ってやれ!!」
ザッパがライオットシールドを構えた大柄なシケイを殴りつけ、盾ごとシケイを吹き飛ばす。
盾持ちのシケイの背後にゴム弾の自動小銃を持ったシケイがいるため、確かにザッパは少々前に出すぎである。だがザッパは普段から一番前に踊り出て戦っているのでこれぐらいならばまだ許容範囲なのだが……今日は隊列も何もかもを無視して暴れ回る男が一人いた。
地面に棍の先を突き、棒高跳びの要領で空中を大きく飛翔しながら銃を持ったシケイに迫っていく虎太郎。
「ッ……らよっと!!」
棍を体を軸に水平回転させ、シケイのヘルメットの左側頭部を叩く。バキョ!!と何かがへし折れるような音が響き、シケイの体が勢いよく右に吹っ飛ばされ、展示物を守るガラスケースにヒビを入れた。
一撃で動かなくなるシケイを前に、地面に着地した虎太郎は興奮した様子で棍をぐるぐると回し始める。
「よーっし! ざーっとこんなもんよ!!」
「あまり調子に乗りすぎるな、虎太郎」
「仕山医院の時に比べりゃこんなもん屁でもないってーの。」
確かに、クマが手を出す必要もないほどに今日の虎太郎は調子がいい。動きのキレも普段のヒトカリより数段増している。
だが今回のヒトカリは明らかに状況がおかしい。シケイの警備が少ないのはムラサキの情報通りだが、遭遇時から装備をガッチリと準備した……いわゆる臨戦態勢を取っている。これがヒトカリを初めて十数分経ったときの話ならばともかく、今回のヒトカリで初めて遭遇したシケイが臨戦態勢なのは少し引っかかる。
(亜総義市の警戒レベルが引きあがって、シケイの意識も変わったか……? いや、アレで意識が変わるのは亜総義本社何かを守るようなエリート組だけだ、ほとんどのシケイは突然の激務の重なりでストレスが溜まり警備が粗雑になっているはず…………)
ナユタは特別展示エリアから尽未来際図という亜総義の永遠繁栄を謳う気味の悪い図が展示されたエリアを通り、萬世の図という物が展示されている場所にたどり着く。
亜総義グループを立ち上げた『山本萬』が、今後亜総義グループがどのような影響を世界に与えていくのかを記した図……らしい。内容はよく知らないし知る気もない。
萬世の図エリアには亜総義市民が何人かいたらしく、突然現れたナユタの面々に対して非常に焦った様子で入り口の方へと逃げようとしている。
キラキラが気分よさそうに腰につけていた発煙弾を取り出し、ぽいぽいと市民に対して投げている。
「そーらガス撒くよー! ふははははー!」
「こっ、抗亜だ! 逃げろ!」
「け、携帯電話が……」
「どけっ、私が先だ! 私を誰だと……ええい、警備は何をしている!」
この部屋にいた市民は全員が男……どう見てもハルウリ用のジンザイとして使うことはできない。
キラキラにあまりガスを無駄遣いしすぎないようにたしなめつつ、逃げていく男たちを眺めていると――――。
「私はお前らより価値の高い命だッ! 私が先ッ――――」
この部屋の中に居た亜総義市民の中でもひときわ階級が高いと思われる言動の男が、煙幕の中から突然現れた何かに側頭部を殴られて吹っ飛んだ。壁際までその勢いのまま転がっていき、そのままピクリとも動かなくなってしまう。
人々は煙幕の中に突っ込むのを恐れ、踵を返し、別の通路へと一斉に逃げて行ってしまった。
クマが銃を煙幕の方に構えた。それを皮切りに、他のメンバーも各々の武器を構える。メディコだけはへっぴり腰であった。
「ゴホッ、ゴホ…………ぬ」
「……! 東雲派か……」
煙幕を手で切り裂きながら現れたのは、鞘付きの刀を持ちながら咳を漏らしている東雲派の般若面であった。天井に向かって伸びる二本の角をギラギラと輝かせながら、ナユタの面々の方に目を向ける。
そんな東雲派の背後から、更に2人の般若面の男が現れる。
「さっきから、やけにシケイの反応がおかしいと思っていたが……先に他の抗亜が来ていたなら納得できる」
「これは……ムラサキの奴に仕組まれたかぁ?」
「十中八九そうだろう。抗亜同士のダブルブッキングでの潰し合いを狙う、合理的な方法だ」
ザッパとクマが東雲派の若衆たちの方を見ながら、冷静に話し合う。
ムラサキの罠が仕組まれているのは分かっていたが……流石に東雲派との抗争はまずい。東雲派は全員が余すことなく日本刀の使い手という生粋の戦闘集団、幹部の品須と当主の壬生菊千代に至ってはまさに別次元の強さだ。
それゆえに、荒事を楽しむ性格であるザッパでさえ、仲間や新しく加わったメディコのことを考え警戒に徹していたのだが。
虎太郎が棍を東雲派に向かって構え、今にも踏み込まんと前傾姿勢を取る。
「東雲派が何だってんだよ! 全然怖くねぇよ!!」
「何……? ッまずい、ポルノ! ハイになってる虎太郎を止めてくれ!」
クマがあまりに調子に乗りすぎて、すっかり冷静さを失ってしまった虎太郎を止めるようポルノに頼む。
ポルノがその声に反応し、手から垂らした白いベルトからパシンと心地よい音を鳴らしながら、飛び上がった虎太郎を縛り上げようとして――。
「合点承知の助――――と、え?」
ポルノが一度虎太郎に白ベルトを絡めたはいいものの、なぜかすんなりと虎太郎にベルトを外されてしまった。
彼女自身、なぜ縛れなかったのか不思議そうな顔できょとんとしている。
「食らえやぁぁああああああ!!」
「ッ! 虎太郎やめろ!」
クマがポルノから視線を外し、虎太郎の方に目を向ける。
東雲派の頭上に踊り出て、棍を器用に体を軸にしてぶん回しながら、天から地に向かって一直線に振り下ろした。東雲派の若衆も日本刀を抜いて応戦しようとする。
が、それよりも早く。
虎太郎に突進するように煙幕の中から出てきた白い塊が、カチャッと何か金属を擦れ合わせるような音を鳴らした瞬間。
白く輝く一本の線が虎太郎を袈裟切りにする様に走り、まるで車と車同士が衝突したような恐ろしいほどの轟音が響いた。
「うおッ――――」
「と、虎太郎さぁん!!」
「虎太郎ッ!!」
轟音と共に虎太郎が吹き飛ばされたのを、メディコとクマが衝撃で後ろに倒れ込みながらも二人で受け止める。
メディコが彼の体に傷がないかを確認しようとするが、その前に虎太郎がむくりと体を起こし、二つに別れた自身の棍を眺めて顔を青ざめる。どうやら先ほどまでの謎のハイテンション状態はすっかり冷めたようだ。
「あ、危ねー……。棍が、ヌンチャクになるようにしてなかったら…………」
彼がそう呟く。
どうやらあの謎の攻撃を偶々棍で受け止めた上、棍が二つに別れてヌンチャクとして使えるように改造していたので衝撃がある程度緩和され、何とか無傷だったらしい。
クマが東雲派がいる方に顔を向ける。
「…………」
東雲派の若衆たちの前に、左手で赤鞘の刀を持ち、堂々と立っていたのは。
白狐の面を顔に装着した東雲派の当主『
「げぇっ、マジかよ…………」
ザッパの漏らした独り言が、静かに響いた。
~前回後書き~
三日に一回投稿します!
投稿日
2021/09/15 23:37 #24投稿日
↓ 4日後
2021/09/19 23:00 #25投稿日
これはほんとによくないと思います
申し訳ございませんでした