プッチ in 亜総義市   作:男漢

26 / 40
#26 ベリーハード 美術館3

 

「貴様ら……確か、ナユタとか言う童子共だったか」

 

 東雲派の若衆たちの前に立ち、左手で刀のつばを撫でながらナユタを人睨みする壬生菊千代。

 一気に張り詰めた空気の中、ザッパが困り果てたような表情をして口をとがらせた。

 

「おいおい……虎太郎の回復祝いにしちゃ随分と豪勢な相手が出てきたじゃないか」

「貴様は、サンホー工業でプッチと一緒に居た男だな。此度はあの時の様に一時的な協力関係を結ぶ気はない。このまま私達の邪魔立てをするようなら……斬る」

 

 そう言って、彼女が鞘から鈍く輝く刃を数センチ露出させる。

 クマが銃のスライドをガチリと鳴らすのを視線で制しつつ、ザッパは話し続ける。

 

「邪魔立ても何も、まだここに来たばっかなんだけどな。品須の旦那は?」

「知らぬ。……貴様らの方こそ、あのプッチなる男はどうした? どこかに潜ませておいて、こちらを不意打ちでもする気か」

「ん、プッチか? この間ナユタから抜けたぜ。今何をしてるかはマジで知らねえ」

 

 彼がそう言うと、壬生菊千代は仮面の中に隠された目を思わず見開き驚愕の表情を浮かべる。

 

「……何だと? そ、そうなのか……それは不躾な事を聞いたな。だが奴がいなければ尚更、貴様らを一蹴するのにそう手間はかからぬ。ここで引け」

 

 壬生菊千代はほんの少し抜いていた刀を鞘の中に戻し、柄から手を離す。

 

 今ここでナユタを切り飛ばすのは容易いが、それを行わないのは一重に彼女の良心が働いた結果だろう。もしくは、生涯を剣に捧げるうちに形成された武士道精神が、余りに実力の釣り合わない相手を一方的に切り飛ばすことを咎めたのか。

 両腕を隙なく、しかしだらりと脱力させて下ろす彼女。ここは敵地、楽な姿勢を取りはすれど気を抜くつもりなど壬生菊千代には毛頭ない。

 しかしそのあまりにリラックスした姿は、目の前にいる敵に自分たちを舐め腐っていると取られてしまってもおかしくはなかった。

 

 

「なんだとこのヤロー。その言い方じゃあ、プッチの奴一人の方が俺たち全員より強いって言ってるみたいじゃねえか」

 

 食いついたのは、二つに分裂していた棍を一つに繋げ直し、立ち上がった虎太郎であった。

 眉間に深くしわを刻み、壬生菊千代を激しい敵意を込めて睨みつける。周囲に先ほどとは明らかに毛色の違う空気が張り詰め、東雲派とナユタの両陣営が自身の武器に手を掛け始める。

 壬生菊千代は落ち着き払った様子で瞼を閉じ、済ました顔で虎太郎の質問に言葉を返す。

 

「ああ。少なくとも私は、貴様ら全員を相手にするより奴の方を相手にする方がよっぽど厄介だ」

「舐めてんじゃねーぞ!! さっきは不意打ち気味に斬られけどよ、今度はこっちがお前をぶっ叩いてやるからな!!」

 

 額に血管を浮かべ、ナユタの最前線で棍を構える虎太郎。

 それに合わせて東雲派の若衆たちが一斉に刀を引き抜き、ナユタも各々の武器を思い思いに構えた。

 キラキラがブルンブルンとけたたましいエンジン音をチェーンソーから響かせながら、髪の毛を弄りつつ言葉を放つ。そんな彼女の言葉にナユタの面々が反応していく。

 

「あーあー、虎太郎めっちゃ興奮してんじゃん」

「それも、虎太郎が虎太郎である所以って奴だ! それに、どうせここで撤退する気なんてさらさらないだろ?」

「ムラサキの掌の上で踊っている気がして気に食わないが……まあ、その通りだ」

「…………えっ、えっ!? い、今ここで本当に戦うんですか!? あの人たち、に、日本刀とか持ってるんですよ?!」

「大丈夫。避ければ怪我しないから」

「そんなの暴論じゃないですかぁ!」

 

 

 東雲派の若衆の一人が壬生菊千代に近づき、心配そうな声色で話しかける。

 

「大丈夫でしょうか? 私達だけでもやれますが」

「問題ない。それに、品須達ともうすぐ合流する手はずだ。品須が来れば前線を交代する」

「そうですか……なら、お怪我だけはせぬように」

「無論だ」

 

 そう言い放ち、壬生菊千代は左腰に携えた刀の柄に右手を撫でるような優しい手つきで握る。全身から力を抜く所謂脱力状態になり、相手が間合いに入った瞬間に力を籠め、一気に刀を抜き斬る。壬生菊千代が最も得意とする居合術の基本であり極意であり真理でもある動作だ。

 

 そんな風に構えつつ、彼女は頭の中でとあることを思案する。

 

(それにしても、品須が合流予定の時間から遅れるなど珍しいな……。まあ、奴のことだ。何かあったとしても問題なく切り抜けられるだろう)

 

 思考をそこで切り上げる壬生菊千代。瞼を少し閉じ、目の前にいるナユタの面々をじっと睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナユタと壬生菊千代がいるエリアから少し離れた、とある通路で。

 地面に膝と手を突き苦しそうな表情を浮かべる品須と、感情のこもっていない冷徹な瞳で彼を見下ろすプッチがいた。

 

 ホワイトスネイクを傍に侍らせながら、プッチは品須から2メートルほど離れた場所で口を開く。

 

「ところで……あの小娘は来ているのか?」

「な、何のこっちゃ……!」

「壬生菊千代と言ったかな。あの娘のことだよ……」

 

 赤ん坊にでも語り掛けるような口調で、地面に這いつくばる品須に問い続けるプッチ。口調こそ柔らかいものの、視線にこもる侮蔑と憐みの感情はまるで車に轢かれ今にも死にそうな獣畜生にでも向けるような物であり、決して人に向けていいものではなかった。

 品須は呼吸を乱しながらも、口の端から恨み言の様に言葉を吐き出す。

 

「そんなもん知るかッ……!」

「……答える気がないのならまあいい。それに貴様の反応で大体わかった。来ているのだろう? ここに」

「…………ッ!」

 

 通常の品須ならばもう少しうまく言葉を選べたものであろう。

 ただプッチという男の余りに特異すぎる力(スタンド)と、腹を仲間である東雲派に斬られるという異常な状況により、頭の中が若干ながら混乱してしまっていたのだ。

 

 

 展示物が飾られているガラスケースに右肩をもたらかからせつつ、プッチは思案する。

 

(壬生菊千代に、スタンドが使うのを少しでも躊躇う状況で襲われるのはまずいな。……館内の監視カメラを破壊しておくか、それでスタンドを見られる可能性も減るだろう)

 

 ホワイトスネイクを動かす。

 品須を攻撃した後、直立した状態で人形のように固まっている東雲派の若衆たちに新たな命令『館内の監視カメラを全て破壊する』を命じる。彼らはすぐに人間味が感じられない奇妙な、がくがくとした動きで館内の監視カメラを破壊するために何処かへと去って行ってしまった。

 

 

 プッチは彼らが去っていくのを無感情に眺めていると、這いつくばる品須が絞り出すような声を出した。

 

「……おい……プッチ……」

「何だ?」

「お前……何が目的でこんな街に来たんや……」

 

 息も絶え絶えと言った様子で話し続ける品須の姿に、プッチは少しだけ考える。

 どうせこの男は始末してしまう予定なのだ。スタンド能力である『ディスク』の一端を見せてしまったのだから、口止めとして殺さなければならない。

 

 そんな、もうすぐ死ぬ運命を辿る男に対して語ることなどないのだが。

 前の世界では殆ど訪れることのなかった『自身の勝利がほぼ確定した状況』。そんな状況に、プッチの口がつい緩んでしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

「品須……君は天国についてどう思う?」

「あ? 天国、やと……? ワシは無宗教や、勧誘ならよそでやれや……」

「貴様はカタツムリとナメクジの区別がつかないタイプなのか? 私が言っているのはクソが浅知恵をひけらかすように語るそれではない。世界にはな、真に全ての人間が幸福になれる天国が実在するのだよ……」

「……は……?」

「私はそれに到達し人々を真なる幸福に導くためにこの街に居るのだ。ジョースター一族ほどではないが邪魔立てをする奴らが多いので、少し面倒ではあるがね……」

 

 品須は心底、プッチという男が理解できなかった。

 空虚な瞳をした男が語るその言葉は、どこか人の姿をしながら人を辞めたような者を思わせる、人ならざる魔性の気配を放っていた。意志の弱い者、あるいは彼と何かしらの深いつながりがある人物はこの言葉に惑わされてもおかしくないほどにだ。

 

 だが品須は意思が弱いわけでもあるまいし、プッチと何かしらの深いつながりを持っているわけでもない。

 冷静に、何かの熱に浮かされたりせず、彼の言葉を真正面から捉えることができた。彼の発言の端々に迸る、プッチの異常性を感じ取ることができた。

 そして思ったのだ。

 

 

 プッチは自身が理解することすら及ばない『途轍もなくどす黒い邪悪』だと。

 

 

 まるで亜総義市という生け簀にぶち込まれた、何もかもを食らいつくす特定外来種のような男である。

 この男だけは放ってはおけない。

 野放しにしておくと、亜総義市……いや、世界にだって影響を及ぼしかねない男だ。何かの意思に突き動かされるように品須の体がかぁっと熱くなり、体に力が籠り始める。

 

「プッチっ、お前は、お前だけはこの街には居ちゃいかんわなぁ……ッ!」

「ッ、何…………?!」

 

 プッチが驚愕の表情を浮かべる。

 腹を大きく斬られ、血も致死量ではないと言えど相当量流していたのだ。もはや動くことすら敵わないほどに体は弱っているはず。

 

 なのに、品須は。

 自身の武器であるドスを右手にぎらつかせながら、血で濡れた腹部を晒しながら、仁王立ちしてプッチのことを睨んでいた。

 

「天国だか、幸福だか知らんが……もう一度言ったる、『この街から出て行けや』。何なら東雲派から何らかの援助を出したってもええで」

「『だが断る』。天国とは自己利益を追求したものではないのだ」

「なら……力づくでもこの街から連れ出したるわ」

「どうやって、だ? 死に体の貴様が、もはやマトモに動けるとは思えないが」

 

 プッチはもたれかかっていた壁から離れ、ホワイトスネイクを自身の前に顕現させる。

 品須は壬生菊千代の様にスタンドの気配が察知できるわけでもない。ただ、プッチの雰囲気から何となく、あの摩訶不思議な力が奴の前に鎮座しているのを感じ取った。

 彼が息を吸い込み、長ドスを頭の横で構え、喉の奥から絞るような声で叫んだ。

 

 

「ワシは"()()()"の品須や!! こんぐらいの傷で止まるかい!!!」

 

 

 品須が地面を踏み砕かんほどの力を足に籠め、矢のごときダッシュスタートを決めた。

 狙いは勿論、プッチの首である。長ドスの柄頭に左手を当て、鋭い突きでプッチの首を突きささんとする。

 

 プッチは手を下ろしたまま、品須のドスが迫ってくるのを冷静に見つめていて――――

 

 ――――瞬間、ガゴォン!!という重く激しい金属音と共にドスの刃が品須の腕ごと弾かれた。

 

(やっぱり弾いてくるか――――ッ!)

 

 品須は舌打ちをしながらも、自身の背後に隠すように携えている小刀を抜き、プッチの腹部に突き刺した。

 が、これも何らかの力により、服を切り裂くことすら敵わずに止められてしまう。

 

「現代社会に住む人間と、未開拓地に住む人間。どちらの方が強いか知っているか?」

 

 プッチはそんな独白を語りながら、品須の腕ごと掴んだ小刀をあらぬ方向に投げ飛ばす。

 そうすることでがら空きになる彼の腹部に、バネの様に曲げた足からの鋭い蹴りを放った。品須が仮面の上からでも分かるほどに苦悶の表情で顔を歪め、口と腹部の傷から鮮血をまき散らす。

 

「正解は『銃を持った現代社会に住む人間』だ。私と貴様は、自動拳銃と手製の木の槍ほどの差があるのだよ」

「……ッ、グ、いちいち下らんこと抜かすなや!!」

 

 プッチからバックステップで距離を取った品須が、長ドスの刃の切っ先を地面に突き刺した。

 刃の切っ先は館内に敷かれた柔らかいカーペットを容易に切り裂くことができる。品須は下段にドスを構えたまま、プッチに走り寄っていく。

 

 赤いカーペットに一本の切り裂かれた筋が入っていくのを眺めながら、プッチは『そろそろ終わりにする』と、ホワイトスネイクの右手を手刀の形にした。

 これ以上児戯に付き合う余裕はない。よって次の一撃で頭に手刀を叩き込み、そのまま記憶ディスクを根こそぎ引き抜くのだ。『ホワイトスネイク』の能力は一撃必殺、戦いを早く終わらせるのにこれ以上のスタンドはなかった。

 

 

 プッチが構える中、品須は敵に駆け寄りながらお嬢(壬生菊千代)の言葉を思い出していた―――。

 

『――――人型、ですか』

『そうだ。私の感じた気配では、恐らく…………プッチの見えない力とやらは、人の姿をしている』

『……どうして、そんな風に分かるんで?』

『私の感覚だ、一体なぜ人型なのかは分からないがな……。

 そして、関節の可動域も人とおおよそ同じだ。人体構造的にあり得ない動きをすることはまずない。いつ役立つかは分からないが、きっと、覚えておいて損はないからな――――』

 

 

(お嬢…………)

 

 品須は東雲派の当主が壬生菊千代でない、つまり先代の当主の頃から東雲派に在籍していた。

 

 自分はプッチに勝つことはできない。もし今後があるならば分からないが、現段階では確実に勝てない。謎の力に対する情報が少なすぎるのである。

 

 だが、お嬢ならばきっとこの男を討つことも可能だ。

 もしかすると亜総義よりも大変なことをしでかすかもしれないこの男を、だ。

 

 死なずの品須はここで終わるかもしれないが、東雲派が、お嬢が続いていくのならば。

 ここでプッチに一矢を報い、何かの糧となるならば、本望である。

 

 

「プッチィィィイッッ!!」

「教えて貰えぬツバメも不幸だが、学ばぬ者は更に不幸だな。サンホー工業で一度、私の力について学んだはずだろうに……」

 

 品須が下段に構えていたドスに力を籠め、プッチの股下から頭上まで一気に斬り上げる。

 が、余りに一直線すぎた。複雑な軌道もしくは圧倒的なスピード、またはパワーを持った攻撃でもない限り、スタンドという物は簡単に抜けるものではない。

 

 ホワイトスネイクの左拳が、品須の長ドスを思いきり弾いた。彼の体が衝撃に見舞われ、背後にのけぞる。

 プッチは勝利を確信し、天に掲げるように構えた手刀を彼の頭部へと振り下ろした。

 

 

「まッ、まだや……ぁァァッ!!」

「ッ……!?」

 

 品須が口の端から血を流しながらも、咆哮を上げる。

 プッチは余りの気迫に少しだけ目を見開きながらも、すぐに冷静さを取り戻した。いくら吠えた所でこの状況から何かできる訳でもないからだ。

 

 ホワイトスネイクの手刀が十数センチ、数センチと段階を踏んで迫っていく。

 スタンドを持つ者と持たぬ者の勝負など、基本的に銃火器などの強力な遠距離武器が絡まない以上はこのような幕引きになることが殆どであり当然である。スタンド使いは無傷、非スタンド使いは重症もしくは死亡だ。

 

 よって、プッチが油断していたのも仕方のないことなのかもしれない。

 勝敗が決まり切った勝負に、何もかもを投げ捨てて挑んでくる者がいるなどと思いもしなかったのだから。

 ジョースターの一族とそれに連なる者以外がまさか、そんなことをしでかすなどと思わなかったのだから。

 

 

「ッ、ぐッあァッッ!!」

「何ッ!? 貴様一体何を……ッ!!」

 

 

 品須が、その場で一回転したのだ。しかしただ回ったのではない。

 背後に弾かれた衝撃を生かし、体の左側面を地面に向けるように倒れ込みながら、横回転したのだ。言葉だけでは想像するのが難しいほどに無茶な体勢である。

 

 そんなおかしな体の動かし方を、腹に一筋の傷が入った状態で行えばどうなるだろうか。

 骨と筋肉の捻りにより、傷口がさらに広がっていくのである。刀による綺麗な断面の傷ではなく、肉がぶちぶちと千切れていくような傷なので、その痛みは想像を絶するものである。

 

 自分の傷を自ら広げるような行為はプッチですら想像できず。

 ホワイトスネイクの攻撃は品須の頭部があった場所に穿たれるが、品須は回っているため上手く狙いが定まらず――――彼の耳を少しだけかすめた程度で終わってしまった。

 今のホワイトスネイクの速度では即座に攻撃地点を変えることなどできるはずもなく、また、攻撃態勢からすぐに防御態勢に移すこともできない。

 絶好の好機であった。

 

 品須は腹部からの痛みを噛み殺しつつ、先ほどの小刀を背後から左手で引き抜く。

 そして回転の勢いをつけたまま、ホワイトスネイクを攻撃態勢にしたままのプッチを小刀で斬り裂いた。

 鮮血が、舞う。

 

 

「ちッ………!」

 

 プッチが舌打ちをする。この戦闘で彼が初めて見せた苛立ちであった。

 彼の左の掌には、赤い一筋の線が一本。たったそれだけであった。

 

 もし小刀がもう少し長ければ、プッチの左手を飛ばすことができたかもしれない。

 プッチが咄嗟に左手で防いでいなければ、もっと別の場所に傷を負わすことができたかもしれない。

 

 だが左手に走った一本の傷が現実であり、品須の決死の攻撃の結果である。

 最後に一矢報いたその傷と、プッチの悔しそうな顔を見つめた後、品須は地面に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「クソっ、クソっ、クソっ! あの状態から、私が傷を付けられるなど……!!」

 

 プッチの前には、地面に沈んだ品須の体があった。

 死んでいるか生きているかを確認する気などない。もはやディスクを抜く気すらもない。どうせすぐ死ぬのだ、むしろ死にゆくこの男をこのまま一人で死なせていく方が溜飲が下がると言う物である。

 

 プッチが傷を付けられた理由は、ひとえに油断。

 あまりに相手を舐めすぎていたのだ。

 

「いや、違う。人は恥のために死ぬ……これは恥ではなく、試練なのだ。傷を負ったことを恥じるのではなく、これを乗り越えることこそが試練なのだ」

 

 ぶつぶつと呟きながら、自身の心を静めていく。

 しかし、恥はないが、苛立ちが自覚できるほどに溜まっているのが分かる。

 

 品須という障害を一先ずは始末できたのだ。今日はこの辺りで引くべきだろう。

 これ以上この状態のまま行動していると、冷静な判断を下さねばならぬ時に感情に任せて行動してしまいそうである。

 

 そろそろ監視カメラを破壊させに行った奴らも仕事を終えていることだろう。監視の目を気にする必要はもうない。

 どこかから抜け出し、この場から立ち去ることにしよう。

 そう思い、踵を返したところで――――。

 

 

 

 バガッアァァアアアアアン!!!

 

 

 

 轟音。

 一瞬大地が爆ぜたのかと思うほどの音と衝撃が走り、プッチはその場で立ち止まる。

 何が起きたのかと辺りを見回すと、通路の壁の一部……ちょうど展示物がない地点の壁から、もくもくと土煙が上がっていた。

 

「混沌……」

 

 低く低く、地の底から響くような声が響く。

 ガラッ、ガラと瓦礫を踏みしめるような音が聞こえ、プッチはホワイトスネイクを土煙の方に顕現させた。

 

 警戒状態のプッチが目にした、土煙の中から出てきた存在は。

 身長は優に2メートルを達するであろう、筋骨隆々としたその体躯。フード付きのひざ下まで伸びるコートは非常に年季が入っているのか、はたまた恐ろしく荒い使い方をしているのか、生地の端が恐ろしいほどにボロボロになっていた。

 上半身はダウンコートの上からベルトやボルト、鉄網などできつく締めつけられており、まるで溢れんばかりに猛り狂う中身を押さえているようにも見える。また、ベルトには三本のナイフが下げられていた。

 そして最も奇妙なのはフードから覗かせる気味の悪い顔。恐らくは何かしらの仮面を被っているのだろう、歯を前歯から奥歯まで露出させ、目は赤いリングのようなものがいくつも浮かんだ複眼仕様となっている。

 

 簡潔に言えば……怪物としか形容しようがない存在がそこに立っていた。

 

「二人だけ、か……? だが、どこよりも濃い混沌の気配がした……」

 

 謎の男が、地面に転がる品須の方を見た後に、プッチの方に視線を向けた。

 気色の悪い歯の隙間から、フーッ、フーッと大きな息を漏らす男。

 プッチはスタンドを出して警戒しながらも、彼に向かって問いかける。

 

「誰だ、貴様……」

「なら…………示せ、俺に…………!」

 

 明らかに人の話を聞いていない。

 ただ、我がホワイトスネイクの姿は認識できていないようだ。非スタンド使いならばまだやりようはある。

 

 謎の男が右の拳を、弓の弦を引くように力を籠める。だが、奴と私の距離はまだ4メートル前後はあった。どう頑張っても拳が届く距離ではない。

 一体何をしているのか分からず、ホワイトスネイクを防御から攻撃に回すか思案していた瞬間――――

 

 

 ――――謎の男のいた場所が爆ぜた。

 実際は轟音と強力な衝撃によりそう錯覚しただけなのだが、そこのところは問題じゃあない。

 問題は、その音と衝撃が奴の仕業によるもの、ということだ。

 

 奴は今。プッチから1メートルもない場所に立ち、空気を切る音をがなり立てながら溜めた力を解放させた拳を彼に振りかぶっている。

 身長約2m、推定体重100キロ越えの男が3~4mの距離を一度の跳躍で詰めた。それだけで恐ろしい身体能力であることが分かるが、もっと注目すべきは、彼が胸元に下げているナイフ三本以外の武装を持っていないということだ。

 美術館、というより展示物が飾られる類の建物の壁という物はかなり頑丈に作られている。爆弾でもなければ壊せぬような壁だが……謎の男は『何一つとして武器を持っていない』。つまり……分厚いコンクリート製の壁を、己の拳と身体能力だけに物を言わせてぶち破ったのだ。

 

 

 

「ッ、ホワイトスネイクッッッ!!」

 

 プッチは男の振りかぶる拳に合わせるように、ホワイトスネイクの拳を放った。

 ホワイトスネイクの拳よりも二回り以上は大きい拳、それ等二つが空中で衝突しあう。お互いに人を超えた力、辺りの塵芥を揺らめき浮かせるような衝撃波がバリリッと走った。

 

「――――!」

「ハァアアアアッッッ!!」

 

 謎の男と拳を突き合わせたホワイトスネイクが苦悶げに表情を歪める。

 男の拳の勢いが止まるどころか、更に増し始めているのだ。

 

 プッチは全身からスタンドパワーを絞り出し何とか押し返そうとするが、まるで蒸気機関車が腹の底から叫ぶような咆哮を上げる男。

 人の域を超えた肺活量から放たれる咆哮と、それに乗せられたように進む一撃は、ホワイトスネイクの徐々に押し返していき。

 

 ついには、白蛇(ホワイトスネイク)の拳を彼の体ごと弾き飛ばしてしまったのである。

 吹き飛ばされたスタンドは驚愕の表情を浮かべながらも、空気の中へ溶けていくように霧散した。

 

 いくら弱体化していると言えどホワイトスネイクは決して弱いスタンドじゃあない。

 今までこんな経験をしたことがないプッチは目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべた。明らかに今まで出会ってきた亜総義市に住まう連中とは毛色が違う。人の範疇に収まりきれる身体能力じゃあない。

 

 

「あ、ありえんッ! こんなッ――――」

 

 興奮した様子で気味の悪い仮面の歯をぎらつかせる男に、思わず狼狽してしまうプッチ。

 冷や汗を垂らしながら咄嗟に自身の顔の前で両腕を交差させる。

 瞬間訪れる、鋼鉄製のハンマーで思いきり殴られたかのような凄まじい衝撃。骨にひびが入っているかどうかを確認する間もなく、プッチは背後に数メートル吹っ飛ばされた。

 

 地面に数秒体を付けることなく、空を吹っ飛ばされる。70キロ近い体重を持つプッチにとって初めての体験だった。

 だがそんな初めてを楽しむ余裕もなく、彼は展示物が飾られているガラスケースの一つへと突っ込んだ。

 

 ガシャァン!!と館内中に轟くような音を鳴り響かせる。

 おびただしい量のガラス片に体が包まれ、丁重に保管されるはずの展示物がケースの外へと飛び出してしまっている。プッチは妙な熱さを覚え、額の辺りを指でこすると、ガラス片で切ったのかドクドクとかなりの勢いで血が頭から流れ出ているのに気が付いた。

 だがそんな血の量をはるかに上回るほどの冷や汗をかきながら、プッチは体を起こした。口の中を切ったのか、口内に溜まっていた血をペッと地面に吐き捨てる。

 口の端から垂れる血を右手の甲で拭いながら、男の方を見た。

 

(い、威力だけなら……ストーン・フリー……いや、スタープラチナすら彷彿とさせるほど……グッ! どこか、骨がやられてしまったか……?)

 

 体の節々から来る痛みに苦悶の表情を浮かべながら、突っ込んだガラスケースの中から出る。

 すると、件の謎の男がズンズンと一歩一歩を踏みしめるように、こちらにゆっくりと歩み寄ってきていた。

 プッチがホワイトスネイクを出して先ほどよりも強い防御態勢を取ると、男は低い声でしゃべり始めた

 

「貴様……今の違和感は何だ…………? 

 いや、違和感ではない。貴様、今……『()()()()()()』な……? ――――いいぞ、もっと俺に混沌を示してみろ…………!」

「…………ッ」

 

 

 プッチは歯を強く噛みしめる。

 考えられうる限りの中で最悪の展開だ。

 まさかこんな奴はもういないだろうと高を括っていたが……この亜総義市という場所は中々の魔境であるらしい。

 

 どうやらこの男も『()()()()()()()()()()()()()()()()()』類の人物らしい。

 相手取るにはあまりに厄介すぎる。壬生菊千代がいい例だ。

 

 逃げるにしても、先ほどのダメージが大きすぎて体が上手く動かない。そもそも4メートルを一瞬で詰めるような男から簡単に逃げられるとは思えなかった。

 フードの奥からのぞかす複眼が、ギョロギョロと気味わるく震える。

 だがその全てがプッチの方に意識を向けているのを見て、今逃げるのも勝つのも無理だと悟った。今のスタンドパワーでどうにか出来る相手ではないと。

 

 

 かなり厳しい案だが……東雲派が来ているのだ、恐らく応援のシケイがここにやって来るだろう。そいつらを操り、あの男に仕向けている間に逃げればいい。

 問題は、それまで私があの男を相手に逃げられるほどの体力と四肢の骨を残していられるかだが……。

 

 これは天国への試練だとプッチは無理やり納得し、男の方に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きなキャラをついついえこひいきしちゃって、出番を増やしてしまいます。

私がドーナドーナ原作で好きなキャラランキングは
1位 〇〇 〇〇(本作未登場)
2位 品須
3位 メディコ
です。

そのキャラが好きであればあるほど出番が増えて、怪我を負う機会も増やしてしまうというこのジレンマ……。辛いですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。