プッチ in 亜総義市   作:男漢

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#28 ベリーハード 美術館5

 

 

 

 

 

 展示物用が保管されるガラスのショーケースに、幾多の人影が写る。

 誰もが身の内から猛り溢れるような、興奮や渇望の感情を瞳に宿らせていた。それはただ戦うという行為に対する興奮なのか、極限状態から来る生への渇望なのか、はたまたその両方なのか。

 

 少なくとも、皆が異様な状況に自らを呑まれかけていたのは確かだ。

 幾多の人影の中でもひときわ大きく、そして暴れ狂う影。自らの正面に居た人物に鋭い右フックを仕掛けるが、不可視の何かに弾かれたかの如く拳の向きを急転換させ、横手にあったショーケースをぶち破った。

 

 甲高い音が響き、室内灯を目いっぱいに反射させる細かなガラス片が時雨の如く降り注ぐ。

 拳を引き抜いた呂布は、時雨の中で、興奮に満ちた紅き双眸をらんらんと輝かせた。

 

「不可視でありながらも、俺の拳を弾く確かなパワー……! いいぞ、お前のような奴に出会ったのは初めてだ……!!」

 

 彼の目線の先に居たのは、当然プッチであった。

 スタンド使い本人の疲労を表すかの如く何とも弱々しい立ち方をするホワイトスネイクを傍らに、冷や汗を流している。

 呂布の拳を弾くのは決して容易ではない。ギリギリまで引き寄せタイミングを見極めた上で、ホワイトスネイクの全身を駆動させた全力の回し蹴りで弾き飛ばしているのだ。タイミングを見極めなければ彼奴の攻撃が命中し瀕死、威力が足りず弾け飛ばせなくても瀕死、一度のミスが生死に直結する脳髄をすり減らすほどに集中力が必要な作業である。

 

 一歩飛び下がりながら、プッチは口端に垂れる血を拭いながら思考を加速させた。

 

(呂布の注目が私に向いているこの状況はまずいな……。壬生菊千代は当然、私にターゲットが移っている間は手出しをする気もなさそうだ。ナユタは先ほどから背後でチョロチョロしているが、俄然として何かをする気配がないッッ……――――チッ!!)

 

 思考を中断し、距離を詰めて来た呂布の攻撃を再び弾き飛ばした。

 スタンドの原理上、スタンドパワーが絡まない攻撃であるならば私にダメージは一切入らないというのに、内臓がシェイクされ血反吐を床にまき散らす幻覚が脳裏にちらついてしまう。それほどまでに強力な一撃だ。

 こんなものを生身の人間が放っているというのはにわかに信じ難いが、実際目の当たりにしている以上信じる他はない。

 

「プッチ、頭下げろッ!」

 

 背後から聞こえた何者か――男の声に、私は指示通り咄嗟に身をかがめる。

 鳴る、乾いた炸裂音。頭皮を掠めるほどの至近距離を銃弾が通っていったかと思った瞬間、両隣から二つの人影が素早く駆けていった。

 

 背後から銃を発砲したのはクマ。相変わらずの致命的な射撃技術により、目の前の呂布に当てるはずが天井の方に弾痕が出来ている。恐らくは気逸らしか、威嚇の類に発砲したのだろう。

 そして両隣を駆けていった二つの人影の正体は、虎太郎とザッパの二人であった。

 

「プッチィッ、正直お前のことはまだ気に食わねーけど、よッッ!! ザッパがどーしてもって言うからやってるだけだ、まだ仕山医院の事を許したわけじゃねーからな、勘違いすんなよ!!」

「とまあ、こんな風に一番最後までごねてた虎太郎の説得に時間がかかって動けなかった訳だ! すまんな!!」

「ごねてなんかねーっつの!!」

 

 やかましい会話をしながら駆けていく2人。

 虎太郎が棍の先を地面に滑らせるように持ち、呂布が射程距離内に入った瞬間、直角に棍先を跳ね上げ呂布の顎を真上に弾いた。ガクンと、呂布の頭が背後にのけぞる。

 それに続き、ザッパが奴の心臓にめがけて大ぶりの右ストレートを放った。ナユタ随一の力自慢であるその膂力は決して伊達ではなく、呂布の身体が大きく揺れる。

 

 2人の攻撃は十分に威力も乗っており、実戦経験豊富な一撃は人体の急所を的確に捉えている。普通のシケイならばこれだけで終わっていただろう。

 が、此度の相手はシケイなど物ともしない、亜総義市内を暴れ回る怪物であった。

 

「――――フン!!」

 

 口から漏れ出した鋭い呼気と共に、虎太郎の側頭部に拳が突き刺さる。呂布の剛腕から放たれる左フックであった。当然彼の体重と筋力で耐えられるはずもなく、横にあった展示用のショーケースに弾丸のごときスピードで吹き飛び、突っ込んでしまう。

 

「虎太郎ッ!」

「ザッパ、よそ見をするんじゃあない!」

 

 吹き飛ばされた虎太郎に気を取られ、目を逸らしたザッパに呂布が弓の様に引き絞った右拳を放つ。

 せめてもの援護とホワイトスネイクが咄嗟に前に出るが、今のスタンドパワーで防げる訳もなく、大砲でも食らったかのように体ごと弾かれてしまった。奴の拳は勢いをそのままにザッパの顔面を貫く。

 

「グッごぉ!!」

「ザッパ!」

 

 顔面を歪めるほどの一撃を貰った彼の身体がゴム毬のように跳ね、吹っ飛んでいき、後方に居たクマの足元まで転がっていった。

 

(本当に人間か、この男……ッ!)

 

 

 顔をしかめるプッチがザッパの方に一瞬気を取られつつも、呂布の方に向き直った瞬間。

 一陣の白光が彼の横を走り抜けていった。プッチの紫のローブが僅かにはためく。

 

 その光は壁を反射するかの如く一度、二度と跳ね駆けていき――――天井を這うように呂布の上部を抜けようとしたが、奴の左腕による上から下への叩きつけにより阻止されてしまった。

 

「くッ!」

 

 地面に回転しながら着地し、刹那の内に飛び下がったその光の正体は、壬生菊千代。

 苛立ちか焦りか分からぬ感情を抑えきれぬように、刀の柄を握る手に力が籠っているのが見えた。

 

「超えられぬか……! クソ、早くせねば品須が……ッ!」

 

 壬生菊千代の視線の先にあるのは、プッチが仕留めた出血多量で息絶え絶えの品須の姿。

 菊千代と品須の間にはちょうど立ちふさがる様に呂布が立っており、品須の救助には呂布の壁を超える他ない。

 最も、そう簡単に超えられないからこその『()』なのだが。

 

 

「ならば傍観せず手を貸せッ! ここから撤退するにも、奴を超えるにも、呂布を無力化する他に方法はない!」

「貴様のような男に手を貸すなど二度もありはせぬ!!」

「生後一歳半の赤ん坊のような御託をべらべらと言っている場合かッ!!」

 

 プッチと壬生菊千代が言い合いする間に割り込むように、呂布が攻撃を仕掛けてくる。

 二人で咄嗟に飛び退き避けるが、追撃の一撃が思いのほか早く、プッチの鼻先を掠める。先ほどよりもスピードが若干上がっているようだ。

 

 こうも急速に速度を上げられると弾くことすら危険すぎてままならない。

 ホワイトスネイクを足に纏わせ、呂布の攻撃を避け続ける。が、弾くよりも確実性がなく非常に危なっかしい。

 

「貴様は正に特別だな……! いいぞ、貴様のような男がいるほど俺は強くッ――!」

 

「うっッッらああああぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 呂布の気が私に向き切っている、拳を振りかぶったその瞬間。

 先ほどショーケースに吹き飛ばされ伸びていたはずの虎太郎が、咆哮を上げながら奴の後頭部めがけて棍を振り下ろした。

 風を斬る轟音響く最中、呂布が肩越しに彼の姿を捉え、顔を愉悦そうに歪ませる。

 

「くッ、ハハハ、いいぞ!!」

 

 呂布は振りかぶった右拳を引くことなく、寧ろ勢いよく前に振り切った。

 地面を拳で叩き、下半身を思いきり浮き上がらせ、左足で棍ごと彼の身体を蹴り上げる。

 突然全身に走った鋭く重い衝撃に若干意識が飛びかけるものの、唇を出血するほど強く噛みしめ、吠える虎太郎。

 

「ッ空中で防がれんのはなあ、さっきあの女で体験したばっかなんだよ!」

 

 棍を一瞬で二つに分解、ヌンチャクに変化させ、呂布の足に鎖を巻き付ける。

 ヌンチャクの筒先を呂布の足に当て、ガチリと怪しげな音を鳴らした。

 

「『龍双截(りゅうそうせん)』ッッ!!」

 

 刹那。

 虎太郎の持つヌンチャクの筒先から、閃光と共に何もかもを焼き焦がすような業火が吹き荒れた。

 彼の持つ棍に隠された仕込み機構の一つ、『龍双截』。ヌンチャク状態の時にのみ使用可能な、業火を相手に浴びせる技である。

 

 

「むッ……!」

 

 まさかの手痛い反撃に、呂布は先ほどの余裕が感じられないうめき声を漏らす。

 足に巻かれたヌンチャクを一秒で外し、虎太郎の首に巻き付け、ヌンチャクごと彼を地面に叩きつけた。地震のような振動が走る周辺。

 頭ではなく背中から着地したのは不幸中の幸いだが、それでも非常に強力な攻撃であったことには変わらない。虎太郎は地面に倒れ伏し、動かなくなってしまう。

 

「と、虎太郎さぁん!!」

「まずいな、今のは……! ポルノとキラキラはザッパを頼む!!」

「えっ、私は」

「メディコはこっちだ! 衛生兵だろう!!」

 

 狭い通路ゆえに大人数での戦闘を避けていたクマだったが、虎太郎の容態を見て流石に足を動かし始めた。

 呂布と言う化け物に近寄るのを嫌がるメディコを無理に引っ張り、死地へと足を進めるクマ。

 

 銃を呂布の頭部にめがけ構えつつ、クマは横のプッチに叫ぶ。

 

「プッチ、すまないが虎太郎に近寄る隙を作るのを頼む!」

「なぜ私がそんなこと……そっちのは誰だ?」

「わ、私ですプッチさん……」

「……貴様ッ、まさか大相寺ッ……!」

「今はメディコだ」

 

 ポルノやキラキラに負けず劣らずのインパクトを誇る衣装を纏う少女にプッチは目を丸くするが、すぐに目を逸らす。そのような物を見続けるのは彼の好むところではないからだ。

 しかし、あの臆病だった少女がまさかヒトカリに……とは思ったが、その思考すらも瞬時に切り上げる。

 

 クマが銃のトリガーを引こうとした瞬間、パラパラパラパラ……と軽く空を切る、間抜けな音が周囲に響き始めた。

 殆どの者がその音の正体に気づき顔をしかめたが、プッチは何の音か分からず辺りを目だけできょろきょろと見回す。

 

「タイミングが悪い……いや、良いとも言えるか……」

「一体何が来た?」

「『()()()』だ」

 

 クマがそう呟いた。

 呂布の背後にある廊下の角から軽い音を響かせながら現れたのは、プロペラを回し空中に留まり続ける機械であった。電子レンジ程度の大きさがあるその機械は全身に白い塗装が施され、数本の青いラインが前方から後方に向けて走っている。

 まさに公的機関、清廉潔白とやらをその身で表しているかのようなデザインだ。実の所、シケイの中身など黒すぎてどんな獣でも食えたものではないのだが。

 

「あの……プロペラで飛んでいる機械も使うのか? シケイは」

「プロペラって……アレは『()()()()』だろ。知らないのか?」

「聞いたことはある。過去に一度、軍事用語としてチラリとだが……。一般的に使われる言葉でもなかっただろう」

「……?」

 

 実の所、ドローンと言う言葉が現代で定着し始めたのは2015年以降の事である。プッチが元居た世界の時代は2012年、この世界では2020年。多少のギャップ差があってもおかしくはない。

 尤も、それを気にしている状況でもないのだが。

 このロボットを一台作り運用するよりも、人間十人に銃を持たせて歩かせた方が遥かにコストが安く済みそうな物だが……そこのところを気にしないほどに亜総義の資金は潤沢なのだろう。

 

 現れたドローン、合わせて十数匹はいるであろう。

 それらのロボットはみな、不思議と地面に倒れ伏したまま動かない品須には攻撃をしなかった。しかしまあ腹の傷から出血をし瀕死の状態だ、物言わぬ肉塊同然の男よりも、目の前の呂布の方が攻撃優先度的に高く設定されているのかもしれない。

 もし人間のシケイが来たならば、品須はあっさりと止めを刺されるだろう。まあ私には関係のないことだ。

 

 

「…………」

 

 プッチの左背後にいる、壬生菊千代が静かに冷や汗を垂らす。

 呂布の他にシケイまで現れたとなっては、品須の救助は絶望的と言っていいだろう。今すぐ見捨てた後、館内に居る東雲派の若衆たちと共に撤退するのが一番正しい手だ。

 

 だが少女にとって、いくら合理的……といえど、その手を取ることだけは許せなかった。

 しかし一人では品須の救助はほぼ不可能、館内に居る東雲派の仲間をかき集めたところで呂布の前では雀の涙に等しい。であるならば、この場で『品須を助ける』という無茶を通すのに、一番の最善手は……。

 

「――……ッ…………プッチ。それにナユタ、とか言った者達……」

「……何だ?」

「私も、呂布の奴を抑えるのに協力する…………いや、させてほしい……」

 

 自らのプライドを限界まで押し込み、『憎々しい相手(プッチ)』と『敵グループ(ナユタ)』に頭を下げ、協力を乞うことであった。

 目元を伏せ、明け透けな憤りを隠しもしない菊千代だが……それでもプライドが非常に高そうな彼女が自身の意思で協力を申し出てきたことに、クマとプッチは一瞬息を呑むほどに驚愕した。だがこれを断る利点はなく、両者は短く「ああ」とだけ了承の意を返した。

 

 クマが拳銃のトリガーで額を擦りながら、即興で考えたであろう計画を皆に話し始めた。

 

「なら……俺とプッチと東雲派の頭領(壬生菊千代)で呂布をシケイの方に誘導し、シケイと俺達で挟撃する。そこで仕留められれば御の字、最低でもこちらを追ってこられないぐらいまでにはダメージを与える。その隙にメディコは虎太郎の回収だ」

「わ、私が虎太郎さんの回収ですか? そ、それにあの品須さん?っていう男の人は……」

「そっちは俺達が気にする必要はない。呂布を片付けた後、東雲派がどうにでもすればいい話だからな。そっちもそれでいいか?」

「…………ああ。元より、呂布の追っ払うという一点のみで協力するだけだからな」

 

 壬生菊千代がクマの提案に同意する。

 それと同時に呂布がこちらを向き、私たちを視界に捉え、熱と興奮の籠る息を吐いた。どうやらこちらの作戦会議が終わるまで待っていたようだ。

 

「ひっ……」

 

 奴の余りの眼力に、背後に居るメディコが小さく悲鳴を漏らす。

 恐怖を顔を青ざめる彼女だが……此度の作戦、私にとってメディコがどう働こうが関係がない。地面に倒れ伏した虎太郎の生きようと死のうと私には何の問題もないからだ。寧ろ動かないでいてくれた方が邪魔にならず助かるほどである。

 いっそのこと、メディコに命令ディスクでも打ち込み、呂布に突っ込ませ逃亡の隙を作るか……? いや、数秒も持たないだろう。

 

 そして不意打ちで記憶を消せるクマはともかく、ちょこまかと鬱陶しい壬生菊千代にスタンド能力を完璧に見せてしまうことになる。費用対効果があまりに釣り合っていない……やはりここは、この作戦に乗りつつ一人抜けするタイミングを見計らうのが最善だろう。

 

 

「来るぞッ!」

 

 

 クマの掛け声と共に、呂布が地面を這うかの如く低い突進をしてきた。奴の化け物染みた脚力から放たれた踏み込みのせいか、地面へ深いヒビが蜘蛛の巣状に走る。

 

(受け止めるのは不可能、回避するしかない――ッ!)

 

 脚部にスタンドを纏わせ、天井近くまで飛び上がり呂布の突進を避ける。菊千代も同じく跳躍による回避を選択したようだ。

 私たちと違い空高く跳躍する術を持たないクマとメディコの二人。ただクマの咄嗟の判断により、クマがメディコに半ばラリアットを決めるように、虎太郎によって割られたままのショーケースの中に二人で飛び込み回避をする。

 

 奴の突進を全員が回避できたかと思った瞬間――呂布が右足で粉塵を舞わせながらギギギッと急ブレーキをかけ、飛び上がった私達の方に顔を向けた。

 再び、呂布が化け物染みた脚力で地面を叩き、飛び上がる。鳴り響く大砲の如き轟音と共に、奴が攻撃したのは――空中に飛び上がり逃げ場のない私達であった。

 

 そこまで来てプッチは、呂布の罠に気づく。

 

(わざと低い体勢で突っ込み、逃げ場のない空中に誘き寄せたか……! こんな小賢しい策に……ッ!)

 

 なまじ、空中に逃げられるほどの力があったからこそ引っかかった策であろう。

 彼は強く歯噛みし、弾くことも敵わないので、ホワイトスネイクで自身のガードを出来る限り固める。

 

 そして同じく呂布の策に引っかかった菊千代は、若干眉をひそめたものの、大した動揺もなく刀の柄に手を伸ばす。

 焦るプッチとは対照的に、冷静な面持ちで刀を引き放ち、呂布の拳を弾き飛ばした。

 

「何ッ!?」

「ほう……ッ!」

 

 プッチが驚嘆の声を上げ、呂布が嬉しさの籠った声を漏らす。

 そのまま呂布は、二人とすれ違うように飛んでいき、菊千代達の背後へと着地する。

 

「東雲派の頭領…………なるほど、良い腕だ」

「貴様に褒められても嬉しくはない」

 

 菊千代とプッチも遅れて着地し、ショーケースに突っ込んだクマとメディコも起き上がる。

 再び構え直す五人の中、プッチだけがどこか集中しきれない様子で構えていた。

 

(壬生菊千代が、あのタイミングでの呂布の攻撃を弾いた……? 私のホワイトスネイクと殆ど同じ力しかないはずの女が…………。

 何故だ、奴が依然戦った時よりも強くなったのか? ……いや、短期間でそこまで成長できるわけがない。ならば、攻撃を弾いた壬生菊千代と防御した私の差は、一体……?)

 

 疑問についてあれこれと考えるが、答えがそう簡単に出るはずもなく。

 呂布が動き始めたことにより、プッチの意識は強制的に現実へと引き戻された。

 

 

 奴が動き始めようとしたその時、シケイのドローンが物々しい銃を呂布の背中に向けて構えた。

 パパパパパパ!と十数台にも及ぶドローンが一斉発砲する。この一直線の廊下で狙いを外すわけもなく、全弾が呂布に命中した。

 

「シケイの狙いが呂布に向いた。このまま一気に落とし、たいところ、だが……」

「効いているのか、あの一斉掃射は? 」

「い、いくら頑丈でも、あそこまで撃たれたら流石に…………」

「あ奴は人間の範疇で考えていい相手ではない」

 

 当初の計画では、シケイと挟撃し呂布を無力化するという算段だったが……誤算が生じた。シケイ側の攻撃力が余りにも足りず、奴の耐久力を貫けない。

 奴にとってドローンから放たれる豆鉄砲ほどのゴム弾など、蚊が何匹か背中で集っている程度の感覚なのだ。クマも、呂布の規格外のタフさを計算内には入れていなかった。

 

 しかし、いくら効かぬと言えども鬱陶しく思ったのか、一瞬で背後に浮かぶドローン群に接近し、その体を掴む。

 

「フン……。完璧に統率された集団もつまらぬが、思考や感情が介在しない機械相手では更につまらぬ……。だが、」

 

 手に持ったドローンを振りかぶる。

 そのまま、大リーガーのような風を割く大ぶりの腕の振り方で――鉄塊(ドローン)を投げつけて来た。

 

「くッ――!」

 

 規格外の肉体から放たれる十数キロの鉄塊。

 時速130キロはくだらないだろう速度で放たれたそれは、ゴム弾など比にならぬ圧倒的な殺傷力を持つ。

 

 拳銃を収め、メディコと共に頭を下げるクマ。剛速球の鉄塊など銃弾ではどうにもならぬのである。

 尤も、ホワイトスネイクですら防ぐのが精いっぱいの物理攻撃だ。受け止め、投げ返して反撃……など、今の弱ったスタンドでは叶うはずもない。

 

「場を掻き回し、混沌をもたらすにはちょうどいい……」

 

 そう呟いた直後、呂布が新たな鉄塊を投げて来た。

 投げた瞬間に新たなドローンを掴み、投げ、掴み、投げ――。

 

 いくつかのドローンは空中で分解する。

 ネジや電子基板などの細かな部品が散弾の如く散らばりプッチの皮膚を削っていたが、そのような些細な傷には構っていられない。形を保ったままのドローンは十数キロの鉄塊、そちらに意識を削がなければ致命傷になる。

 菊千代も鉄塊を防ごうとしていたが、そもそも彼女の武器が重量物相手には折れやすい日本刀だ。2、3個軌道を逸らした時点で刀にガタが来てしまい、殆ど役に立ちはしなかった。

 

 シケイを利用し挟撃するつもりが、まさか攻撃方法に利用されるとは。

 頭が良いだとか洞察力があるだとかそういう強さじゃあない。どこまでも純粋な、何もかもをねじ伏せる暴力的な強さ――。

 

(このままではまずい……! 奴の投げる弾数に限りはあると言えど、いずれ押し切られる。そもそもシケイとの挟撃が失敗した時点でこの作戦は失敗だ、『()退()』しなければッ……!)

 

 

 ――撤退。

 

 

 今のこの状況で、一体…………どこに、どうやって?

 

 ふと、極限状態の最中だというのに背後を振り返る。

 地面を這うメディコが、同じく地面に倒れ伏す虎太郎の方へと近寄っていた。

 

 顔を青くし、冷や汗を流し、体を震わせ。

 いかにも恐怖に飲まれているという体風なのに、作戦通り、自身の使命を必死に果たそうとしていた。

 

 

(私がここで逃げるというのは、戦略的撤退に含まれるものか……?

 いや、違う。これは……『()()』なのだ。

 

 引き際を見誤り、超えるべきではないレッドラインを超え、呂布と言う化け物と相まみえてしまったのはミスではない……。

 『()()()()()()()』なのだ……)

 

 プッチは覚悟を決める。

 自身が成長するために、運命から半ば必然的に用意された試練――というのならば、彼がそれから逃げるということはありえない。妹の死ですらも逃げず、乗り越えてきたのだから。

 

 

「――――!!」

 

 

 呂布が、プッチの毛色が明らかに変化したことに気づいた。

 どこかやる気がない様子だった男が、ついに本気を出そうとしていることを察したのだ。

 

 仮面の奥に潜ませる口角を愉悦気に吊り上げ、自身の手に握っていたドローンを地面に落とす。

 そして周囲に飛び回る蠅のようなドローン群を全て叩き落した。

 まるで、「邪魔な相手は必要ない」と言わんばかりに。

 

「いいぞ、やっと本気になったな……!!」

 

 自身の両拳を叩き合わせ、興奮を隠しきれない様子を全身で表す。

 

 呂布がプッチに向かって右拳を振りかぶりながら駆け寄る。

 クマが発砲で迎え撃つが、当たりもしない銃弾ではほんの少ししか勢いは弱まらず――そしてそのほんの少しが、大きな命運を分けた。

 

 僅かに速度が下がった右ストレートを、ホワイトスネイクが真下に向かって弾き飛ばした。

 地面に突き刺さる、杭打ち機を連想させるかのような威力の拳と轟音。

 ……そして、それらとはまた異なる、異質な音が周囲に響いた。

 

 

 

 此度のヒトカリと呂布との戦闘で、館内はかなり荒れ果ててしまったと言えるだろう。

 壁についた大きな傷、粉々に砕け散った展示用のガラスショーケース、そして対して価値もないがさらに価値が下がったボコボコの展示物……。

 そして、規格外の呂布の踏み込みやパンチを何度も受け続けた『()』。

 ダメージが溜まれば壊れるのは、どんな物体にも共通する絶対の法則であり、当然――――。

 

 

 

 異質な音ともに走る、呂布の拳を起点とした蜘蛛の巣状の巨大なヒビ。

 ビキッ!とコンクリートに致命的な傷が入る音も聞こえ、ガクンと視界が下がり……。

 

 廊下の床が、割れた。

 

 そしてそのまま、床が暗い暗い、更なる地下へと落下していく。

 

「何ッ!?」

「いい、いいぞ!! これこそ、俺が求めた混沌……!!」

「ひ、ひえええぇぇええっ!!?? どうなってるんですかぁこれぇ!!」

「クソっ、どれだけ化物なんだ……ッ!!」

「……!」

 

 呂布、プッチ、クマ、メディコ、壬生菊千代の五人が崩落に巻き込まれる。

 

 が、壬生菊千代だけは自慢の反応速度と身体能力に物を言わせ、崩落していない箇所の床へと飛び移る。

 ゆっくりと振り返り、落下していくプッチを見下すその顔には、少し得意げな笑みを浮かべていた。

 

「『()()()()()()()』……。確かに、追っ払いはしたぞ。『()()()』ごとだがな」

「貴様、壬生菊千代ッ!」

「ではな」

 

 憎々しいプッチをほんのちょびっとでも出し抜けたことが嬉しかったのか、プッチが瓦礫の波にのまれ姿が見えなくなるその間際まで、得意げな表情で彼を見下ろし続けていた。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 5、6メートルは落下しただろうか。

 スタンドで足を纏い着地したので、かなり足が痺れる程度で大したダメージはなかったが……。

 

「一体ここはどこだ……?」

 

 前方と背後に伸びていく、一直線の長い道。天井の右端と左端には寿色のライトが等間隔で並べられている。

 横幅と高さはかなり広い。そして足元にあるのは、鉄製の線路……。

 

「地下鉄か……?」

「いや、ここには線路は通っていないはずだ」

「……クマ」

 

 同じく落下して来たクマが、辺りを見回していた私に近づいてくる。

 

「線路が通っていないとはどういうことだ?」

「……恐らく、建設中の地下鉄なんだろう。もし通っていればヒトカリの逃亡用に使っている。……ここまで完成形に近づいているのに、建設中の情報すら入ってきていないのは少し異常だが……」

 

 少なくともあまり公表されている線路ではないようだ。

 

「く、クマさん、プッチさん……」

 

 メディコもどこからともなく現れる。

 彼女は上手く着地できなかったのか、少しだけ足を引きずっていた。

 

「メディコ、足は大丈夫か? それと……虎太郎はどうなった?」

「はい。上手く着地できなくて、少し足首を捻ったみたいで……。虎太郎さんは、キラキラさんに落ちる間際に何とか預けました」

「そうか……よくやった」

 

 二人がそう会話する中、プッチは上の方に視線を向ける。

 先ほど自分たちが落ちて来た大穴が見え、穴の端からひょこっと、キラキラと目を覚ましたであろうザッパが顔を出した。

 

「おぉぉおおおおーーーーい!! 大丈夫かお前らーーーー!!」

「三人ともーーーー!! 今助けるからねーーーー!!」

 

 直後、大穴の方から銃声が聞こえ始めた。

 ザッパとキラキラが顔を上げ、穴の向こう側を睨んでいる。

 

 ホワイトスネイクで状況を伺う。

 どうやらロボットではない、人間のシケイがやってきたようだ。

 品須と菊千代の姿はとっくにない。

 

「向こうにシケイの援軍がやってきたようだな」

「……そうか……。いや、気にしている場合じゃないな」

「ああ。寧ろこっちの方が厄介だ」

 

 

 ガラガラと音を立て、瓦礫の山の中から何かが立ち上がる。

 紅い双眸を更に攻撃的に血走らせた、傷一つない呂布であった。

 

「メディコ、一旦下がれ!」

「えっ!? でも――」

「ここは建設中の地下鉄だ、呂布を無力化できる大型機械があるかもしれない! それを探してきてくれ、その方が合理的だ!」

「……はっ、はい!」

 

 そう返事すると、たどたどしい足取りで、メディコが私たちの背後の道を走っていった。

 

 クマが呂布に向かって銃を構える。

 プッチもホワイトスネイクを目の前に顕現させるが……。

 

「限りなく勝ち目は薄いぞ」

「そうだな、もしかしたらここで終わりかもしれない。本当に来るところまで来ちまった……全く合理的じゃない」

「ああ……」

 

 戦力的に重要なファクターを占めていた壬生菊千代が抜け。

 残っているのは弱体化したスタンド使いのプッチと、呂布相手に効いているのか分からない銃弾を更に外しまくる拳銃持ちのクマ。あまりに絶望的だ。

 

 確かに、このままでは限りなく勝ち目は薄い。

 だが……。

 

「……クマ」

「どうした?」

 

 プッチが周囲を見回す。

 建設中ということもあってか、美術館内とは違い、監視カメラ等の類は一切設置されていない。

 『誰かがここで戦い、どんなことをしようとも、記録には残らない』と言うことだ。

 

 ホワイトスネイクの性能……パワーやスピードに頼るだけのごり押し戦法ではもはや通用しない。

 勝つためには、やはり、『アレ』を使う必要があった。

 

 

「私の『()()()()()()』を教える。何度も説明する暇はないから一度で理解しろ」

 

 クマは一瞬、彼の言葉を理解するために動きを止める。

 それから、驚愕の表情でプッチの方にバッと顔を向けた。

 

「……ッ! そういう特別な力、やっぱりあったんだろ……!」

「ガタガタ抜かすんじゃあない! この力のことを流布すれば容赦なく貴様を始末する、覚えていろ!!」

「……あ、ああ……」

 

 プッチの余りの気迫にクマが少し引きつつも、彼の言葉に耳を傾ける。

 

 たった2人による、死力を尽くした呂布への反撃が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





すみませんでした
少しリアルの方で用事が立て込んでいて、いつの間にか20日も投稿期間が空いてしまうという結果になってしまいました。
この謝罪芸も何度目だよって感じですけど、今回ばかりは本当に反省しています。

物語のプロットを全部固めている以上、エタることはありませんので、どうか生暖かい目で見守ってください……なにとぞ、なにとぞ……。




(……戦闘パート長すぎじゃない?)
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