プッチ in 亜総義市   作:男漢

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#29 ベリーハード 美術館6

 亜総義美術館にて、未だ呂布とナユタが対峙している最中。

 

 想定外の床抜けにより、いち早く戦場を脱した壬生菊千代率いる東雲派。

 瀕死の品須を回収し、増援に訪れたシケイの目を上手くかいくぐって、自らの拠点に続く月明りだけが頼りの夜道を進んでいた。

 

「品須さん、しっかりしてください!」

 

 東雲派の若衆の一人が、自身の背中に担ぐ品須に向かって言う。

 しかし背中に居る彼はその声に反応することもできず、ただ血色の悪い表情で目を閉じていた。

 

 

 『死なず』の名を冠するほどに生命力の強い品須。

 だが、腹を大きく裂かれ、長時間気を失っていた彼からは、致死量に近いレベルの血液が流れ出てしまっていた。

 縫合による止血は行ったものの、輸血など即興の道具で出来るはずもない。今生きているのが不思議なほどに、品須は弱っていたのだ。

 

「品須、あと数分で拠点に着く! それまで持ち堪えろ……ッ!」

 

 壬生菊千代が意識のない品須を、仲間たちを鼓舞するようにそう言い放った。

 しかし現実は非常である。

 この場にいる全員が、拠点まで彼の命が持つはずがないと理解していた。

 

 それでもなお、辛い現実に全員が見て見ぬふりをし、僅かな希望を求めて走り続ける。

 

 走って。

 

 走って。

 

 走って――――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ピタリと、足を止めた。

 

 

 壬生菊千代が真っ先に足を止め、背後に居る若衆に何を言うでもなく、刀を抜き放つ。

 そうして、自身の視線の先にある、月光の届かない路地裏に鋭い切っ先を向けた。

 

 ……路地裏に、誰かがいる。

 

 

「―――……ッ」

 

 菊千代は声も出せなかった。

 緊張で喉の奥が乾燥し、張り付く。全身にじとっとした嫌な冷や汗をかき始める。呼吸すらも無意識のうちに小さくなり、その様はまるで、肉食動物に見つかるまいと息をひそめる小動物のようだ。

 

 辺りに漂い東雲派を覆い尽くす、今にもその場で跪いてしまいそうなほどの重圧。

 身に纏う服が全て鉛にでもなったかのようだ。

 そのただならぬ圧の発生源は他でもない、その路地裏からであった。

 

 

 月明りの届かぬ路地にいる、その人物は。

 そこからすぅっと、滑るように、東雲派相手に臆することなく姿を現す。

 

 菊千代は姿を現したその男を見て、第六感めいた物で、二つの事柄を確信した。

 

 

 

 

 この男は『()()()()使()()』で―――。

 

 ―――あの『()()()()()()()()()()()()』、と。

 

 

 

 

 

「………そ―――死――――人、―――あ―――――か?」

「何……ッ!?」

 

 菊千代が男の言葉を聞いて、驚愕の表情を浮かばせる。

 しかし一体それがどんな内容なのかは、風の音にかき消されてしまい、少女の背後で待機する若衆達には上手く聞き取ることができなかった。

 

「――条件―――、――東雲派―――て―――――。一番―――――――――」

「……何故だ。一体何が目的でそんなこと…………」

 

 彼女は男の考えが一切読めず、困惑の汗を流す。

 が、十数秒ほど黙りこくった後、菊千代は何かを決意したかのような表情で刀を鞘の中に収めた。

 

「…………わかった。東雲派は……その条件を飲むことにする」

 

 

 

 

 

 亜総義市に、月の光に照らされた風が、少々強く吹き始めていた。

 一体どこまで強くなるのかは、今は誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、亜総義美術館。

 美術館の正面玄関には何台かの車と、十数人のシケイが集まっていた。

 

 先行隊として警備ドローン十数機と精鋭シケイが数人、抗亜を捕まえに突入している。

 

 しかし念には念を入れなければ、抗亜という亜総義市のガンとも言うべき存在は捕まえられない。

 残り5分で亜総義市を巡回するシケイの大半が美術館前に集合する手はずになっている。おおよそ、100人程度だろうか。

 

 いくら個々が優秀な抗亜クランと言えど、単純な人海戦術の前には成す術もない。

 仕山医院では人海戦術の攻撃に一度失敗したが、アレは急に編成した小隊の連携不足と、指揮者の力量不足が原因……のはずだ。しかし今回はそのような抜かりはなく、失敗する可能性は万に一つもない。

 

 ……亜総義美術館内に潜むナユタの、実質的なタイムリミットが刻一刻と迫り始めていた。

 

 

 

 

「はーッ……はーッ…………!」

 

 雫となり、口から地に垂れる血液。

 口の中が切れたのか? 歯が折れたのか? それとも別の場所から口に伝って来たのか?

 どれかは分からない。しかし気にしている暇もない。

 

「終わりか?」

 

 血みどろ、埃まみれ、傷だらけ、地面に這いつくばる私。

 それに対比するように私の前に立つ、全くもって無傷の呂布。手の甲から滴る真紅の液体はきっと私の物だろう。

 

 このまま這いつくばっていては殺される。無理やりにでも立ち上がらなければならない。

 

 地面に突いた手。

 細かな石が皮膚を突き破り、血がにじむ。

 普段なら顔をしかめてしまうような痛みだが、今の状況ならばいい目覚ましだ。足腰に力を込めつつ、首ごと上に引っ張られるように、上半身を一気に持ち上げた。

 

 

「……舐め、るな……!」

 

 顔を上げたことで周囲の状況が一気に頭の中に流れ込んでくる。

 と、言っても……私の視界に入る景色などほんのわずかだが。

 

 

 

 ――呂布とプッチが死闘を繰り広げ始めて数分――。

 

 攻撃を繰り出す呂布。

 それをプッチが回避するか、ホワイトスネイクで弾くか、それとも防御しきれず体で受けてしまうか。それぞれの比率は凡そ2:3:5と言ったところだ。

 

 ホワイトスネイクの攻撃は呂布に当たることはない。

 まるで目に見えているかのように、体を捻って回避されてしまう。

 

 そんな状況が数分も続けば、プッチの身体が傷だらけの血みどろになり、呂布が無傷のまま立っている状況になるのはそう不思議ではなかった。

 

 

 両者が激しく動き回るせいで、細かな砂がぶわっと舞い上がり、砂煙となりて漂っている。

 その煙の密度は自身の足元すら満足に見えないほどだ。

 

 

 血が瞳に入り込むのも厭わず、目を見開き、呂布を睨みつける。

 敵意を向けるプッチに対し、呂布は、憐憫の視線を向けた。

 

「強いな。その奇怪な力に踊らされず、完全に使いこなしている。文句のつけようがない。

 …………しかし、貴様は弱い。実に惜しい男だ……」

 

 戦いを始めた頃は実に楽しそうな笑みを浮かべていた彼であったが、今は子どもが遊び飽きた玩具をゴミ箱に捨てる時のような顔をしていた。

 手を払い、甲に付着した血液をプッチの前に飛ばす。

 それは奴なりの挑発か。それとも、もっと複雑な感情を込めた動きなのか。私には分からなかった。

 

 ホワイトスネイクを顕現させて緊張を解かず、呂布に言葉を返す。

 

「ッ、私を貴様のような、理性のない獣の基準で測るな……」

「……俺の目が間違っていたか。もろく崩れやすい、砂の城に興味を抱いてしまうとはな」

 

 私と呂布の会話はどこか嚙み合わない。

 いやそもそも、呂布がこちらの話を聞いてすらいないのかもしれない。

 しかし、奴に私の根本的で、起源的なところを侮辱されていることだけは理解できた。

 

 

 噴き上がる怒りに身を任せ、思わず呂布へと突っ込みそうになる。

 だが、抑えた。

 私の根本を侮辱するなど『()()()()()()』ではあるが、それだけで全てを台無しにするわけにはいかない。

 

(私だってわかっている。呂布と真正面から打ち合っていては、勝ちの目など訪れる筈もない。

 ……だからこそ、私ではなく()()()に託したのだ、唯一の勝ちの目を。)

 

 プッチは辺りに漂う砂煙に視線を走らせる。

 勿論、その先に何も見えることはないが。

 『()()』がそこにいることは分かっていた。

 

 

 

 

 

 時は、呂布との戦闘前に遡る。

 焦るプッチが、クマに向けて早口で語り始めた。

 

『私のスタンド能力は――DISC(ディスク)だ』

『……ディスク?』

『そうだ。そして、これから話すことは貴様にとって一切馴染がない物だろうが、そういう物として受け入れろ。細かく質問に答える時間はない』

 

 プッチが右手の人差し指と中指をクマに向かって突き出す。

 そして突然、不自然な隙間が空いた2本の指の間に、ブゥンと1枚のディスクが出現した。

 

『我がスタンド能力で出来ることは、大きく()()ある。相手からディスクを抜き出したり、挿入したりすることと……こうして、命令を書き込んだディスクを生み出すことだ。受け取れ』

 

 クマがディスクを受け取る。

 CDよりも随分と厚みがあるそのディスク。

 厚さは凡そ5mm……CDが3~4枚重なったぐらいの厚みだ。

 ギラギラと光り、クマの表情を映し出す金属光沢もある。

 

 だが、指に力を込めれば、ぐにゃぐにゃっと容易に形を変えることができた。

 普通のディスクならば折れるような形までしならせることができる。

 まるでゴムのようだ。

 

『このディスクを奴の頭に挿す。すると中に書き込まれた命令の『5秒の間、行動不能』が実行される』

『……何故5秒なんだ?』

『貴様にこれ以上強い命令のディスクを渡したくないからだ。……それはいい。

 私が砂煙を作った上で、呂布の注意を引いておく。貴様は煙の中に潜み、奴の隙を突いてこれを挿し込め』

 

 プッチはクマに「砂煙を上げるまで物陰に身を隠せ」と促す。

 が、彼は動こうとしない。手の中にあるディスクを一瞥し、私の顔に視線を向けた。

 

()()()()()

『……何がだ?』

『…………いや……、何でもない』

 

 何かを言いかけ、しかしその言葉を飲みこみ。

 クマは私に背中を向け、自身の役目を全うするために動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「私が負けることなどありえない……。運命は私に、人々を天国に導けと言っているのだ。

 ここであの男に殺されることなど、万に一つもありえないのだッ!!

 あのクソガキ(エンポリオ)がいない以上、私に負けの目は存在しないッッ!!」

 

 プッチは自身を鼓舞する。ホワイトスネイクは相変わらず無表情だ。

 私は一歩前に出て、呂布の間合いへと足を踏み入れる。

 

(クマがディスクを挿し込めれば、私のスタンドで()()()()()()を抜ける。そうすれば勝ちだ。

 だがそのためには隙を作らなければならない。

 体勢を崩すのが最上だが、今のホワイトスネイクでできるか……!? ……いや、やらなければならないのだッ!)

 

 

「―――ホワイトスネイクッッ!!!」

 

 

 

 弱体化し、崩れかけの白蛇が走る。

 衰弱した蛇、しかし世の中には手負いの獣が最も怖いという言葉があるのだ。

 

 

「まだ来るか……」

 

 呂布は自身の間合いに踏み込んできた蛇を冷たい視線で一瞥した。

 

 そうして、今まで通り、プッチに対して拳を振るうのではなく。

 地面に向かって、ロケット砲のような拳を叩きつけた。

 

 

「ッ!?」

 

 恐ろしい馬鹿力、という言葉で済ませられるものなのか。

 奴が地面に拳を叩きつけた瞬間、周囲に転がっていた瓦礫片が一斉に宙へとぶっ飛んだ。

 その瓦礫は当然、プッチの方向にも飛んでくる。彼の表情には確かな焦りが浮かんでいた。

 

「生身の人間が、こんな力を…………。

 ……くッ、ホワイトスネイク! 瓦礫を防げ!!」

 

『ウシャアアアアアアアアッッッッ!!!』

 

 

 ホワイトスネイクのラッシュ。飛んでくる瓦礫を防ぐならば今の白蛇でも容易い。

 そのまま呂布にも攻撃を加えようと、先ほどまで奴がいた場所に連打を浴びせるが、何かを殴った感触がない。

 

 

「――――遅い。」

 

 困惑が頭をよぎるよりも早く、背後から低い死神の声が聞こえる。

 

 脊髄反射。

 人体で最も速い反応で咄嗟に後ろを振り返った瞬間。

 

 顔面へと突き刺さる鉄塊。……いや、これは奴の拳だ。

 火を押し付けられたような熱い感触と共に、鮮血がパパッと走る。

 

 

(は、速すぎるッ! いつの間に後ろへ、この男――ッ!!)

 

 首から上が跳ね飛ばされるような衝撃。頭が千切れ飛んでいないのが不思議なくらいだ。

 

 プッチ本体は体勢を崩す。

 だがホワイトスネイクにはスタンド使いの姿勢など関係ない。

 右拳を出したままの呂布へと向かって、白蛇が殴りかかる。

 

「…………」

 

 が、呂布にはそのホワイトスネイクの動きすら遅かったようで、簡単に回避される。

 右拳を突き出したまま左足を踏み出し、全身の体重を乗せて、プッチへと突進を決めた。

 

 

 まさかの反撃に、完全に油断していたプッチは攻撃をモロに食らってしまう。

 呂布の体重は100キロをくだらない。しかもその全てがはちきれんばかりの筋肉だ。

 

 全体重に速さが加わった一撃は、下手なパンチよりも威力が大きい。

 骨が軋む音が体内に響く。気が遠くなりそうな痛みが神経を走る。

 

 

「ぐごォァ……ッ!!」

 

 数メートルは吹き飛ばされ、背中から地面に墜落した。

 打ち付けられた衝撃で肺から空気が飛び出し、呼吸が瞬きの間止まる。やすりのような地面で服がこすれ、一張羅だったはずの神父服は既にズタボロの布切れのようになっていた。

 

 ゴホゴホとせき込むように呼吸をすると血が飛び出す。

 

 もはや、心臓が未だに動いているのが奇跡なぐらいの怪我だ。

 

 すぐに立ち上がらなければ、呂布に殺される。

 立ち上がる、立ち上がる、立って構えなければ――――。

 

 

「私が、私が、負けるはずが……」

「…………自分の()を見てみろ」

 

 目の前に歩いて来た呂布。

 私に止めを刺すでもなく、攻撃を加えるでもなく、ただただ冷たい言葉を吐き捨てた。

 

「……足……」

 

 私は、自分の足に目を向ける。

 

 天国に到達する。

 私にはその使命があり、運命というレールで天国までの道が一直線に敷かれている。

 敷かれている。

 敷かれている、はず、なのに。

 

 

「な、っ……。こ、れは……」

 

 

 私の足は。

 初めてホラー映画を見た子供だとか、強大な権力者を前にした一般人だとか、強力な肉食獣を前にした小鹿だとかのように。

 

 なんとも情けなく、小刻みに震えていた。

 

 

(―――な、な、なぜ私の足が震えている……!? さっきまで私の足は正常に動いていたはずだ!

 動け、動けッ!! 

 立ってあの憎たらしい呂布に奇襲を喰らわせてやるのだッッ!!!)

 

 

 プッチは自身の足に力を込める。

 ――立てない。

 

 腕に力を込め、上半身と同時に震える下半身を持ち上げようとする。

 ――立てない。

 

 苛立ちを隠せぬように、右拳で地面をドン!と叩く。

 ――立てない。

 

 

「なぜだっ、なぜだっ、何故だ!! どうして立てないッ!!

 私が、この私が!! 

 ―――この私がこの場所で死ぬなんてことはありえないッ!!」

 

 

 

「ありえるに決まっている」

 

 プッチの、耳が痛くなるほどの慟哭。

 それに対比するかのように、静かに、低く重く、呂布は言葉を返した。

 

 

「貴様は確かに強い。

 ――――だが、どこか、()()()()()()()()のだ。」

 

「どこかおかしいと思わなかったのか?

 致命傷に近い傷を負いながらも、更に俺の攻撃を受け続け、何故自分は生きているのか?と。」

 

「俺の攻撃を受ける瞬間、貴様は自分でも気づかぬうちに――――

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。幾度も幾度もな。」

 

 

 呂布の言葉に、私は、血のにじむ右手で額を抑える。

 

「……何度も腰を抜かした、だと?

 そんなもの、私の体のことだ、私自身が気づかないはずが…………」

 

 気づいていなかった。

 私がなぜ呂布の攻撃を相手に生き続けられていたのかも、それで合点が行く。

 

 

「格下相手では、貴様は本来の調子が出せるのだろう。

 だが私のような同格、あるいは格上と戦い戦況が悪くなれば……まるで砂で出来た城のように、足元から崩れ落ちる。たちの悪いことに、それを自分でも気づいていない。

 

 ―――実に無様で、滑稽だ」

 

「……ッ、ぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何か、何かが崩れる音がする。

 

 何が崩れている?

 

 ホワイトスネイク。周囲を確認しろ。

 

 ホワイトスネイク? なぜ、動かない。

 

 

 なぜ、お前が崩れている。

 

 ホワイトスネイク、ホワイトスネイク、私のスタンドよ。

 

 

 

 

 ……ホワイト、スネイク……。

 

 ……応えろ、応えろ、お前まで動かなくなったら、私は一体…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――プッチィィイイいいいッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 砂煙。

 視界を遮るそれをかき分け、飛び出し、喉が千切れんばかりの声を出し。

 

「! もう一人の方が出て来たか……!」

 

 振り向いた呂布の額に。

 

 銃を構えながら突進してくるクマの姿があった。

 

 

 

 迷わず銃のトリガーを引くクマ。互いの距離は一メートル少しだ。

 この近さならば狙いは外さない。炸裂音と共に飛来する銃弾。

 

 だが「そんな攻撃は見切っていた」と言わんばかりに、頭を傾けて回避する呂布。

 突進してくるクマの頭部へカウンターの右拳を合わせようとする。

 

「まあ、それぐらいはするだろうな……!」

 

 クマもクマで、銃弾が避けられるくらいは予見していたのか。

 手元で器用に銃を回し、呂布の腹部に筒先を向け発砲した。

 

 二度の炸裂音。

 腹部に銃弾が当たったものの、呂布から血が噴き出すことはない。

 恐らく防弾チョッキ、それに近い物を纏っているのだろう。

 

「む……っ」

 

 だがいくら貫通はせずとも、銃弾の衝撃は効いたのか。

 少しうめき声をあげ、追撃を喰らわぬように、クマから距離を取る呂布。

 

 

 

「プッチ、立てッ! 呂布の隙を突くのは無理だ! 二人で行く!」

 

 距離を取る呂布に、クマは銃を向ける。

 しかしクマは壊滅的なほど銃の腕が悪い。三メートルも離れてしまえば当たる保証はなくなる。

 

 それゆえに、もう一人の協力者であるプッチを起こそうとしたのだが。

 

「……なぜ、私を助けた。」

「何……?」

「先ほど私と呂布が話していた時、背後からなら、十分ディスクを挿し込める隙はあったはずだ。なぜやらなかった」

 

 

 プッチは上半身を起こし、だが立ち上がりもせず、その場であぐらをかくようにして座る。クマに視線を向けることはない。

 

「そんなことを話している場合か? そんな隙は無かった!」

「あった。貴様が見逃すはずがない…………」

「……ッ、いい加減にしろ!!」

 

 クマがプッチの胸倉をつかむ。

 

「ああ、あったよ。ほんのわずかにだけど隙はあった。

 ……だが、余りにリスクが高すぎる。あのままだとお前は死ぬ可能性が高かった上、俺はこのスタンド能力とやらを全く知らない。

 お前が死んでこのディスクが消えたら、それこそ勝ち目がなくなる。そもそも、5秒間呂布の動きが止まったとして俺に止めがさせるのかもわからない。

 ――――そんな不明瞭なことばかりで、非合理的だから選択しなかった、それだけだ!」

 

 苛立ちの混じった怒声。

 プッチは、その声に隠れるように、小さな声でつぶやき続けた。

 

「なぜだ、一体私に何が…………。私は、あの呂布と言う男に怯え、動けなくなるはずが……」

 

 うじうじと、頭の中で同じ思考が回り続ける。

 その場で足踏みし、その先から進もうとしない。自分の根本的なところに目を向けたくない、だから向けようとしない。

 

 

 そんな風に悩み続けるプッチを見て、クマは、怒りよりも困惑が強く感じるようになり始めた。

 

(ディスクを受け取った時から、言葉にできない不思議な危うさはあった。

 しかしあそこからここまで、精神がズタボロにやられてしまうとは……一体この男に何があった? 呂布に何を言われた?

 ――――クソっ、どっちにしろこの様子じゃプッチは戦えない。俺一人でやるしか――――)

 

 

 

 と考えたクマが、呂布に銃を向け直した瞬間。

 

ギギッ……

 

 何か、錆びた鉄が軋むような、嫌な音がトンネル内に響いた。

 もちろんクマでも、プッチでも、呂布が鳴らしたわけでもない。

 

(トンネルが崩れる兆しか? いや、そんな音じゃない……)

 

ギギ、ギギィッ……

 

 

 呂布はその音の正体を探ろうと、周囲に気を張り巡らせていたが。

 やがて「気にしていても仕方がない」と悟ったのか、クマの方へ体を向け、足を一歩踏み出した。

 

 クマも、奇怪な音より呂布の相手をする方が先決だと、そちらに注意を向ける。

 

 

 そうして互いの意識から音の事が消え去り、呂布が一歩一歩足を進め。

 

 奴の身体が、地下鉄内に敷かれた、線路の中へと入ったその時。

 

 

 

 ギャリギャリギャキキキキキィイイイイイイイッ!!!!!

 

 

 

 一際大きな、耳をつんざくような音がトンネル内に反響した。

 そうして、クマは気づく。ここまで巨大な音になって、ようやく、この音の正体が分かった。

 

「電車のタイヤか……!」

 

 

 鉄製のタイヤと線路がこすれ合う音。

 彼がそうだと気づいた瞬間に、トンネルの向こう側からその音が急激な速度で近づき始める。

 

 しかもその音が響いてくる方向は、他でもない『メディコ』が向かった方であった。

 

 

 キィィィイイイイイイイイッ!!!!!

 

 

 トンネルの曲がり角を勢いよく進んでくる音。

 クマの目に入った音の正体は、電車ではなく。トンネルを掘る際に取れた石を運ぶための、高さ三メートルほどのトロッコのような物であった。

 

 

 時速150キロはくだらない速度で進む鉄製のトロッコ。

 余りの速度に、呂布は線路内から脱出することすら敵わず、トロッコに真正面から衝突した。

 

 

「――なっ、ば、化け物か……!?」

 

 荷が何も乗っていない空のトロッコと言えど、重量はトンをくだらない。

 そんな物が時速100キロ以上の速度でぶつかってきたのだ、流石の呂布ですら即死だろうと思ったのだが。

 

 

「む、ぐっ、ごぁぁああああああっ………!!」

 

 隆起する埒外の筋肉。浮き上がる血管。

 人を超えた膂力を持つ呂布は、クマの想像を遥かに超えて――迫りくるトロッコを、真正面から受け止めていた。

 

 しかしいくら呂布と言えど、完璧に抑えている訳ではないのか、ズリズリと足が後ろに下がっていっている。

 だが奴の身体能力ならば、一瞬の隙を突いて横に飛び出すことなどそう難しくはないはずだ。もしかすると、トロッコを丸ごと横に倒すことすらできるかもしれない。

 

 地獄に垂れた蜘蛛の糸の如き、千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。

 クマが銃で呂布を狙い打とうとした時、トロッコの中からひょこりと、緑髪の少女が顔を出した。

 

「く、くっくく、クマさぁあん!!」

「……メディコ!? 何でそのトロッコの上に乗ってるんだ!!」

「な、中にあったボタンを押したら急に走り出しちゃって、ど、どうしたらいいですか!?」

「どうするも何も、早く飛び降りろ! 死ぬぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……メディ、コ?」

 

 プッチが顔を上げた。

 

 呂布がトロッコに押され、今にも負けそうなほどの劣勢に陥っている。

 恐らくこの状況を作ったのは、トロッコの上で涙目になっている『()()()()』だろう。

 

 メディコは、大道寺皆子。

 私が臆病者だと吐き捨てたあの少女だ。

 

 だというのに、今はどうだ。

 

 地に伏し項垂れた私と、あの怪物に大きな一撃を与えた少女。

 

 私に彼女を罵倒するほどの、権利があったのだろうか?

 

 

 いや、彼女は人に輪をかけて臆病な性格だったはずだ。

 

 ならば……その臆病を乗り越えたというのか?

 呂布という男を相手に、その臆病さを抑え込んだのか?

 

 私は、自身の怯えを抑えるどころか、それに気づくことすらできなかった。

 一体どうやったのだ。一体、どうやって……。

 

 

「立、て……私の足、よ。

 ここで立たなければ、私はきっと、天国に到達するどころか……

 ――――この震えを取り除くことすらできやしないッ!!」

 

 

 私は、足に力を込め。

 震える両足で、確かに、大地の上に立った。

 

「クマ、大道寺……いや、メディコのことを受け止めてやってくれ」

「!? プッチ、動けるようになったのか?!」

「満足には動けん。だが、呂布はここで仕留める!!」

 

 

 私の精神が疲弊しているのか、スタンドパワーが切れたのかわからないが、ホワイトスネイクは出すことすらできない。

 だがそれでも出来ることはある。

 

 

 クマが手に持つ銃をかすめ取り、呂布の身体を照準に収めた。

 

「この距離ならば、クマよりも私が撃った方が当たる。尤も、私も下手だがな……」

 

 おおよそ距離は三メートル。

 呂布は必死にトロッコをどうにかしようとしているが、流石に私の方が早い。

 

「メディコ、飛べ!」

「えっ、えっ…………もッ、もうどうにでもならんとねッ!!」

 

 三メートルはあるトロッコの上から、クマの腕の中へと一直線に飛び降りるメディコ。

 

 それを視界に収めた瞬間、プッチは迷いなく引き金を引く。

 

 

 

 ――銃弾は呂布の脚部へと、深々と突き刺さった。

 

 

「ぐッ………!!」

 

 

 足を撃たれたことでバランスが大きく崩れた呂布は、体勢を立て直すことができなかった。

 エンジンが温まり、次第に加速していくトロッコを相手に、呂布は耐えることが出来なかった。

 

 

「……ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 咆哮を上げたまま、トロッコの力を抑えきれず。

 そのまま遠い遠いトンネルの向こう側へと、トロッコに引きずられるように、一緒に運ばれていった。

 

 願わくば、あのままタイヤの下敷きになり死んでくれることをを祈るばかりである。

 

 

 

「……メディコ、無事か?」

「は、はい……何とか……」

「助かった。お前が居なければ俺達は呂布に殺されていた」

 

 クマが、お姫様抱っこの状態で抱えていたメディコを地面に降ろす。

 

「プッチ。……銃を返してくれ。」

「ああ」

 

 私は手に持った銃を彼に返した。

 

 

「……おーーーい!! クマ、メディコ、プッチ! 無事か!?」

 

 天上に開いた大穴から、男の声が聞こえる。

 上を見上げると、ザッパが穴からこちらを覗いていた。

 

「こっちは無事だ! ザッパ、そっちは大丈夫なのか!?」

「おう! ちょーっとばかし厄介なシケイだったが、ばっちり片付けたぜ!

 ロープか何かで引き上げるから、『()()()()』早く登って来いよ!!」

 

 そう言って、ザッパは大穴の向こうへと顔を引っ込めた。

 

 

「……()()、ですか……」

 

 メディコはそう、静かに呟いた。

 呂布との死闘という正念場が終わったばかりのはずなのに、先ほどとはまた別種の緊張感が張り詰め始めた。

 その原因はもちろん、クマとプッチの二人である。

 

 

「これからどうするつもりだ?」

 

 クマが言う。

 その言葉に対し、憔悴した様子のプッチは、目を逸らした。

 

「……どうするもないだろう。私は私の目的を果たすだけだ」

「呂布のような化け物はこの街に一人しかいないが……別の意味で厄介な奴は他にも大量にいる。ムラサキとかな」

「だから、どうした…………」

「ここから先は一人では無理、という意味だ。」

 

「そ、そうですよ!」

 

 プッチとクマの会話に、無理やりに言葉をねじ込むメディコ。

 

「ザッパさんはプッチさんに今でも戻ってほしいと思ってくれてますし、虎太郎さんは、その……いやでも、クマさんは、プッチさんに戻ってきてほしいと、思って……ます、よね?」

 

 言葉がしりすぼみになっていく少女。考えなしに矛盾だらけの事を言っているとこうなる。

 彼女の言葉に続くように、クマが口を開いた。

 

「俺は……仕山医院の件で俺達に罪を擦り付けたことをまだ許していない。虎太郎もな。」

 

 プッチは何も言わない。

 それを確認したうえで、クマは言葉を紡いでいく。

 

「だが、今回の戦いで確信した。亜総義を倒すためには……多少の毒を飲み込む危険すら冒す必要があるとな。呂布というイレギュラーと渡り合うには、特に」

 

 彼が口を結ぶ。

 そして、プッチが続くように言葉を発し始めた。

 

「私は……私は、今のままでは、きっと天国に到達することなどできやしない。何もかもが足りない。何が足りないのかもよく分かりはしない」

 

 バレぬようにメディコの方へと視線を向け、すぐに逸らすプッチ。

 

(この世界に来て、運命が私をこの者達と引き合わせたのならば……きっと、何か意味があるはずだ)

 

「その足りない物を満たすまでなら、私は、再度協力関係を結ぶことは厭わない。尤も、そちらがどう思うかは別だがな」

「ザッパが許可を出すだろう」

「虎太郎はどうする?」

「あいつも心の底では戦力が必要なことぐらいわかってるはずだ。説得する」

「……そうか」

 

 プッチはぶっきらぼうに答えた。

 仲良しこよしな関係ならば、ここで握手でもするのだろうが……お互い、そこまで相手と仲が良くないことは分かっていた。ので、しようともしない。

 

「ってことは、つまり、プッチさんは……」

 

「……ああ。私は……

 

 ナユタと再び協力関係を結ぶ。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――無事に引き上げられた三人。

 「プッチがナユタと再び協力関係を結ぶ」と聞いたメンバーの反応は……そう、悪い物でもなかったらしい。

 

 ……虎太郎を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――抗亜クラン・ナユタ。

 亜総義美術館を包囲したシケイを欺くように、全員無事に脱出完了。

 

 なお、美術館周囲には、記憶が混濁したシケイが多数倒れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本当にすみませんでした。
前回投稿日から何十日経ってんだ本当に……休んでる間にジョジョ六部が放送し終わったし……。


遅れた理由としましては、呂布の戦闘シーンを書く気力がぷっつりと途切れてしまったからです。三回ほど書き直しても上手くいかなかったので。

そしてやる気が湧かぬまま一か月、二か月と後伸ばしになるつれ、どんどん投稿期間が開き……大変なことになってしまいました。

数か月ぶりに続きを書いたので、かなり滅茶苦茶な文体でキャラの動きもハチャメチャになってしまっていますが、どうかご容赦ください。昔書いたメモ通りに話を進めてるからこれで合ってるはずなんだ……。


これからも自分のペースで、ぼちぼちちびちびと進めてまいりたいと思います。
どうかよろしくお願いします。

プッチさんはボロボロになっているのが美しい。
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