亜総義市内のニュースは全て、虫食いもどきの件で持ちきりだった。
――死者の総数は、56人。
怪我人を含めると被害者は60人程度。……つまり、あの場で被害に遭った者の殆どは死亡してしまったわけだ。
これだけの人が見るも無残な死に方をしてしまった。
しかも真昼間の往来で。
いくら亜総義工業と言えど、ここまでの大事件を完全に統制するのは無理だったらしい。
……ならばいっそのこと、抗亜クランのせいにしてしまえと考えたようだ。
『本日昼頃、めぐみ通りで、紙袋を被った1人の抗亜が新種の毒ガスを散布しました。透明で無臭、触れるだけで肉が溶けるという非常に危険な物であり、現在シケイはめぐみ通り一帯を封鎖しています。』
そこまで聞いたところで、クマはスマホをスリープモードにした。
憎たらしい顔をした七三分けのニュースキャスターの顔と声が消える。
「どうやら、素顔はバレていないらしい。よかったな」
「ああ」
短く答えるプッチ。
2人はナユタのハルウリ所の前にいた。
虫食いもどきを倒したからと言って、全てが丸く収まる訳ではない。
かの糞ネズミによって、ナユタのジンザイは全て虐殺されてしまっている。死体をそのままに放置しておくわけもいかないので、それを回収する必要があったのだ。
……とは言っても。
件の事件の影響で、今夜の亜総義市の人通りは皆無と言ってもいい。多少怪しい動きをしたり、スタンドを使おうとも誰にも見られる心配はない。
ザッパや虎太郎も加えた男4人、スタンドも使えば、女性の遺体をいくつか運び出すことなど造作もなかった。
ミストレスが運転席に座る、2tトラックが道の端でエンジンを吹かす。
荷台にブルーシートに包まれた女性の遺体を全て載せ終える。
「…………」
プッチはその荷台の扉を閉める前に、一つのブルーシートをじっと見ていた。
それは202に住んでいた、幾度か話したことのある彼女が入った包みだった。
何も思う所がないわけではない。だが顔に出すほど何かを思う訳でもない。
胸の前で十字を切り、扉を閉めて鍵をかける。
「どう? 積み終わった?」
「ああ。これで全部だ」
ミストレスが運転席の窓から顔を出し、クマに話しかけた。
彼の近くには虎太郎もいたが、流石に遺体がすぐ側にある重苦しい雰囲気の中で絡みに行く気はなかったようだ。
「どう処分するつもりだ? この数の遺体となると、相当難しいはずだが」
「ま、ちょっとした伝手って奴? まぁこれはうちの企業秘密だからね。流石のクマくんでも教えられないかな」
彼女が人差し指を顔の前で振りながらチッチッチッと舌を鳴らす。
その様子にクマは目を瞑り、腕を組みながら答えた。
「いや、問題ないならいい。失敗されるとこちらにも影響が出るから聞いただけだ」
「そうやっていけずな態度ばっか取って……もう」
そのやり取りを遠くから聞いているプッチ。
彼のいた刑務所でも死体騒ぎは偶に起きていた。その原因は囚人同士の殺し合いだったり、プッチがスタンド能力と記憶を奪った結果だったりするのだが……。
ともかく。
人間の死体、言い換えれば凡そ50kg以上の肉塊というのは楽に処理できる物ではない。
それが複数人ともなれば、当然その難易度は跳ね上がる。この閉鎖的な亜総義市であれば尚更だ。
ならば、どうやってあのミストレスという女は死体を処理するつもりなのか。
「プッチ」
そんな風に考えていると、ザッパが話しかけてきた。
「大丈夫か? その……遺体を初めに見たのもお前だし、左腕も……」
彼がプッチの左腕に視線を向ける。
あの虫食いもどきの毒付きの弾がかすったせいで、腕の肉が少しだけ溶けてしまった。
そのまま放置しておくと肉が腐り、他の部位にまで影響を及ぼしかねないので、ナイフで削ったのだ。
幸運なことに、腕の動きに支障が出るほど削る必要はなかった。2週間もすれば元通りになるだろう。
左腕の痛覚だけをホワイトスネイクで抜き取ることで、本来なら悶絶しそうな痛みも感じない。
「腕は大丈夫だ。遺体も……偶に見るからな。あそこまで酷いのは稀だが、気に病むほどではない」
「……神父ってのが何をするのかはよく知らないけど、結構大変なんだな」
「遺体を見たのは刑務所での話だ。神父はそこまで関係ない」
「そっか」と小さく言うザッパ。
それから何を言うでもなく、じっとプッチの近くで同じ方向を眺めているので、鬱陶しそうにプッチが言った。
「何の用だ?」
「いや、何か悩んでた風に見えたからよ」
「……悩んでいたと言えば悩んでいたが……別に話すほどではない」
あのミストレスという女は明らかに怪しい。
この街であれだけの死体を処理できるコネクションなど、考えられるのは……この街を支配している亜総義くらいだ。
だが、何も言わない。心の中で留めておくだけにする。
もしザッパからミストレスに怪しんでいることがバレれば、余計に厄介なことになるからだ。可能性は潰しておくに越したことはない。
(――――むしろ今、それよりも問題なのは……)
ザッパの肩を掴むプッチ。
「少しこっちに来い」
「ん? 何だ?」
ミストレスの乗るトラックには絶対に声が届かない距離まで離れる2人。
プッチは眉間にしわを寄せながら、辺りを見回しながら言う。
「今日の事件を起こしたネズミ……虫食いもどきはスタンド使いだった。だがスタンドを使うネズミは、この街では一匹だけしか発生していない。」
「どういうことだ?」
「……そうか、話していなかったな。スタンド使いに血の繋がる者がいる場合、その者達もスタンドに目覚めるのだ。それはネズミでも例外ではない」
少し小首をかしげ、顎を抑えながら考えるザッパ。
自身の常識を遥かに超えた事象に少しだけ頭が追い付かなかったが、数秒もすれば理解することができた。
「……つまり、その虫食いもどきが一匹だけだったってのは、まだ子供がいなかったって事か。
ネズミはすぐに子供が生まれる。だから、1匹だけしかスタンドに目覚めてないっていうのは……スタンド使いになったばっかだから……って感じか?」
「話が早くて助かる」
見た目によらず頭の回るザッパ。わざわざ解説する手間が省けて助かる。
「このネズミがスタンド使いになった方法に、私は心当たりがある。
――――『
資質のある者にスタンドを、資質のない者には死を与える矢だ」
プッチは眉間にしわを寄せながら言った。
その言葉を聞いてザッパは、警戒の表情をする。
「それって……かなり、まずくないか?」
「まずいな。その矢を知らない者が持つならいいが……もし知っている者が持てば、最悪だ」
今回のような、無差別に攻撃しまくるスタンド使いを量産されたら最悪だ。
眉唾だが、スタンド使いに矢を刺すことで一段階上の領域に至れるらしいが……私は試した事がないので分からない。
とにかく、あの矢の有効活用の仕方を知っている者に渡れば、この街は更に地獄へ近づくだろう。
胸の前で十字を切り、祈りを捧げるプッチ。
あのスタンドの矢が何も知らない人間の手に収まるのを、願うばかりだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…………」
とある路地裏。
一人の青年がコツコツと静かな足音を鳴らしながら歩いていた。
「チッ」
青年が顔をかしめる。
肉と血の腐敗した悪臭が漂っていたからだ。常人なら吐き気を催し、吐しゃ物をぶちまけていてもおかしくない。
だが彼は腕を鼻に押し付けながら、異臭が漂う元へずんずんと歩いて行った。
やがて視界に入る、3人の成人男性らしき腐肉の塊。
靴に汚汁が付着したことに激しく苛立ちながら辺りを見回していると、とある一本の矢が目に入った。
「……! 見つけたぜ……!!」
彼がその矢を掴み上げ、にぃっと笑う。
金色に輝く矢じりには彼のあくどい笑みが写っていた。
――――とうおるるるるるるるるん!
鳴り響く、電話のコール音。
「電話か……アレ? 俺電話何処にやったっけ?」
青年が尻ポケットに手を伸ばすが、肝心の電話がない。
だがコール音は近くから鳴っている。絶対にこの辺りにあるはずだ。
キョロキョロと見回す青年。
コール音が近くから聞こえるのも当然だ。
その甲高い音は、
「とうおるるるるるるるん!
……おっ! なんでこんな所に落としちまったかなァ~? ま、いいや」
腐肉の近くにあったフィルターだけのタバコを掴み上げ、まるで電話のように耳に押し当てる青年。
「もしもし、ボス。ええ、例の矢を見つけました」
まるで電話の向こうに誰かがいるように、静寂の広がる路地裏に声を響かせる青年。
電話の向こうに誰かがいるどころか、手に持っている物は、電話ですらないのに。
「はい……はい。分かりました。一度持ち帰ります」
足元に転がっていた桐製の箱を取り、その中に矢を入れる。
これで不意に手を切る心配はない。
「ええ。この街の支配権を亜総義から奪い、パッショーネを復活させ、帝王になるため……。
……俺は何でもやりますよ、ボス」
矢の入った箱を絶対に落とさないように、ギュッと抱きしめる青年。
彼の名は……『
長らく休憩して申し訳ありません。
これからちびちびと更新していきます。