襲撃事件の翌日。
太陽が真上に昇る正午の頃。
ナユタのアジトに、プッチを含むメンバー全員が顔を揃えていた。
クマが一枚の紙を手の甲で叩きながら、皆に向かって言う。
「知っての通りだが、昨日の襲撃騒ぎでジンザイが全滅した。……せっかく育てたジンザイが居なくなったのは資金面に相当な痛手だ。その上、金をよく落としていく常連客が東雲派やフラットに盗られてしまう可能性がある。
……よって、常連客が盗られないように、質の良いジンザイを急ピッチで狩りに行く必要がある。そこで目を付けたのが、『
彼が、アジトの中央に置かれた机に持っていた紙を広げる。
それは亜総義市の全域が記された地図だった。そしてその地図の一部分、南の辺りにある建物が赤い丸で囲まれていた。
「ここは……もしかして、芽生寮か?」
「芽生寮?」
ザッパの言葉にメディコが反応する。彼女は元々亜総義市の住民ではないのだ、知らないのも無理はない。
「アソウギ桜女子学院っつー……いわゆる、お嬢様学校の女子寮だ。その学校に通えるのはまさに、才色兼備っつー言葉が似合う女性だけ……って有名だな」
「へぇ~……」
通う女子生徒の大半は、親が亜総義工業もしくはそれに連なる下請け会社の役員の者だ。
親がそれ以外の生徒もいるにはいるが、理不尽と言えるほどの難易度をした試験を突破しないと入学することができない。
亜総義市内でもトップクラスの教育機関。
……勿論、警備システムの質も、今まで侵入した施設のどれよりも厳しいだろう。
クマが机に置いた地図を回収し、クルクルと丸めながら言う。
「今夜、その芽生寮にヒトカリしに向かう。各自準備を……―――」
「―――その事だが」
彼の声を遮るように、プッチが言葉を放った。
一人用の赤いソファーにどっしりと座り込み、頬杖を突きながら話を聞いていたプッチ。こちらをじとっと見つめてくるクマに、何の物怖じもせず声を出した。
「――……私は、
「はあ!?」
ドン!と近くにあった机を叩き、真っ先に反応した虎太郎。
冷静に虎太郎の顔を見つめるプッチ。それに更に苛立ったのか、人差し指をプッチの顔に指して言葉を荒げる。
「なんで参加しねえんだよ! その左腕の怪我のせいか!?」
「いいや、それではない。
……私はナユタと協力関係を結んだが、何でも協力するとは言っていない。亜総義にダメージを与えるついでにヒトカリを行うならともかく、最初からジンザイ確保を目的にした活動に手を貸す気はないということだ」
「んだと!? 殆ど屁理屈じゃねえか!!」
勢いよく立ち上がった虎太郎に呼応し、ゆっくりと立ち上がるプッチ。
左腕が怪我で上手く動かない。とはいえ、スタンドの動きに支障は一切ない。真正面からの殴り合いなら、虎太郎には絶対に負けないだろう。
お互いの射程範囲内で睨み合う。
そして虎太郎が拳を振りかぶった所で、視界の外から現れた白いベルトが一瞬で彼の体を縛り上げた。
「なッ!?」
「熱くなりすぎ」
白いベルトを手から離すポルノ。虎太郎を縛ったのは彼女のようだ。
プッチですらも肉眼では認識できない速度だった。人を縛る技だけは彼女に敵いそうにない。
「……いや、なんで亀甲縛りなんだよ!!」
「亀甲縛りは、芸術だから。しかたない」
ギャーギャーと叫びながら地面でうごめく虎太郎を横目に、クマの方を向くプッチ。
「そういう事だ。いいな?」
「……ああ。参加してほしい所だが……
「! ――チッ」
舌打ちをするプッチ。同時に、ザッパの方に顔を向ける。
ザッパはニコニコと笑みを浮かべ、小さく手を振っていた。……どうやら昨日話したスタンドの矢の件を、早々にクマに伝えていたらしい。
口が軽い男に話したのが間違いだったかもしれない。プッチはそう、自身の軽率な行動を少しだけ後悔した。
――今回、単独行動をしてでもプッチには確かめねばならないことがある。
それは、件のスタンドの矢についてであった。
ポイントは2つ。
①本当にスタンドの矢がこの世界に流れ着いているのか?
②流れ着いていたとして、今、その矢はどこにあるのか?
①は、本当にあの虫食いもどきが、スタンドの矢によってスタンド使いになったのかを調べるだけだ。
しかし、これに関しては……調べる必要はあまりないだろう。
この世界のこの街でスタンド使いになる方法など非常に限られている。偶々流れ着いたスタンドの矢、ぐらいしか可能性はない。
……問題は②の方だ。
一体このスタンドの矢が今、どこにあるのか?
今朝、3人の男が裏路地で腐った肉塊になっているのが発見されたと報道された。
遺体の損傷度からして、死亡したのは虫食いもどきが暴れまくった時間よりも少し前……つまり、彼らが最初の被害者である。
このアジトに集まる前に、事件現場の近くにいたシケイの記憶を奪い、捜査状況を盗み見た。
すると……『外部から訪れた1人の足跡と、長方形の箱型の物体が奪い去られた痕跡を発見』という情報が手に入った。
しかもこの長方形の箱型の物体。
被害者の1人が持ち主であり、使用人であるメイドに見せびらかしていたようで、彼女の言では『桐製の箱に矢が1本入っていた』……らしい。
――つまり。
何者かが、箱に入った怪しい矢を奪い去った。
3人の変死体を通報をすることもなく、だ。
(……状況からして十中八九、この怪しい矢というのは『スタンドの矢』で間違いないだろう。
誰がこの矢を奪い去ったのか、調べなければならない。早急にだ)
プッチはアジトの外へ出た。
とにかく手がかりが欲しい。今から事件現場の裏路地へ行き、再度シケイの記憶を見るのもいいが……あそこからはもう、大した情報は取れないだろう。
となれば今、頼りになりそうな人物は1人。
「……あの『アンテナ』という少女を探してみるとしよう……」
自動販売機をハッキングしたあの技術。
この街の監視カメラの映像にハッキングし、矢を持ち去った人物の手がかりを掴めるかもしれない。
そう考えながら、左腕の包帯を服の中へ隠し、日光がらんらんと降り注ぐ亜総義市を歩き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
夜も更けた頃。
今日はあのアンテナという少女を見つけることが出来なかった。
よくよく考えれば、偶に遭遇はするものの、普段どこで何をしているか全く知らなかったのだ。
1日中歩き尽くしで重くなった足を奮い立たせ、アジトの中に入る。
ドアの開いた音に、1階部分で座っていた3人がこちらを向いた。
「……なんだ、プッチか」
「あ、おかえり~」
「ん? おお! 久しぶりであるな!」
大きめのソファーに座るクマとキラキラ、その対面にある椅子へ座るアンテナ。
日中、暑さを我慢して探し回っていたアンテナが、ストローでグレープジュースを啜りながらこちらを振り返って見ていた。
「……ここにいたのか……。ところで、ヒトカリの方はどうした?」
プッチは時計を見た。
今の時刻は9時になったばかり。ヒトカリを終わらせ、アジトに帰って来るにはまだ少し早い時間だ。
「芽生寮に電子ロックの扉があってな。解除できずに撤退して来た」
「壊せなかったのか?」
「鋼鉄製だったからな。1時間もかければ壊せるだろうが、非現実的だ」
クマの横で、キラキラがむっと唇を尖らせる。彼女のチェーンソーならばもっと早く……30分で壊せるだろうと思ったからだ。しかしそれでも、シケイが大量に集まってくることを考えれば、余り現実的ではない時間である。
3人をキョロキョロと見回したアンテナが、胸を張りながら言う。
「ともかく、その電子ロックの件で私が呼ばれたのである!」
「そうか」
「は、反応が薄すぎるのである!!」
余りに軽すぎるプッチの反応に、アンテナが突っ込みを入れた。
電子ロックだとかの話はクマが気にする話であって、プッチが気にする話ではない。寧ろ、今重要なのは。
プッチはアンテナの肩を叩き、クマの方に視線を向けた。
「クマ。少しの間、彼女を借りてもいいか?」
「……ああ。大体話も済んだ」
「ちょっとプッチ~? アンテナと2人でやらし……ちょ、ゴメンって! 冗談だからそんな睨まないでよ!」
「用事がある」と言ったプッチ。
「うむ」と小さく返事をしたアンテナと共に階段を登り、2階のプッチの自室へ入った。
プッチの部屋は、簡素な棚とベッド、きちんと折りたたまれたヒトカリ用の衣装が置かれているだけだった。
彼女は棚の上に置かれた物を指さして、小さく言う。
「……なんだか、生活感のない部屋であるな。それに、あの分厚いディスクは……?」
あのディスクは確か……。
仕山医院でシケイを率いていたリーダー格の記憶ディスクだ。バタバタ暴れまくっていて、まだ見れていなかった。また今度確認しなければ。
「気にするな」
「そう言われるともっと気になる物であるが……まあ、いいのである。それで、私に何の用か?」
「この裏路地付近の監視カメラの映像を見せてほしい」
プッチは地図を開き、事件が発生した裏路地を指した。
彼女は鞄から、プッチには何か分からない……様々なアンテナが付いたコンピューターを取り出し、素早い手さばきで操作し始める。
アンテナが時折小首をかしげながら操作するのを待つ事、1分。
コンピューターの画面にパッ!と深夜の道路を照らした映像が映し出された。
「これがそうか?」
「うむ……。でも、あまり当てにならないかもしれないのである」
映像の右上には時間が表示されている。
アンテナが早送りボタンを押すことで、時間が急速に進んでいく。
そうして、時刻が2時30分になった瞬間。
―――プッ!
映像が突然消えてしまった。
真っ暗な画面にプッチとアンテナの顔が映っている。再び映像を流し始める様子はなく、プッチはアンテナの方に顔を向けた。
「どういうことだ?」
「外部からハッキングされた痕跡はなし、内部でデータを削除された形跡もなし。つまり……物理的に監視カメラを破壊されたのである」
プッチは眉間にしわを寄せ、映像を巻き戻し、もう一度監視カメラが破壊された瞬間を見た。
どこを見ても、何も映っていない。突然映像が途切れるだけだ。
「他に、カメラが破壊された場所はないのか?」
「ん~……少し待つのである」
アンテナが多数の映像をコンピューターに表示させていく。
それらは全て、不自然に映像が途切れる……監視カメラが破壊された瞬間の映像だ。
「2時32分、2時35分……」
プッチはコンピューターの画面と床に開いた地図を交互に見て、破壊された監視カメラの場所と破壊された時間を書き込んでいく。
「何をしているのであるか?」
「……通った場所と時間さえ分かっていれば、一体どういう動きをしていたのかが分かるはずだ」
全ての場所と時間を地図に書き終え、2人で見渡してみた。
……南の方で破壊されたと思えば、次は北の方で監視カメラが破壊されている。東で破壊されたかと思えば、次は西の方で破壊されている。
とどのつまり。
情報がグチャグチャすぎて何も分からなかった。
「…………」
ただ……1つ分かったことはある。
こんな馬鹿みたいなしっちゃかめっちゃかさは偶然出来るものではない。明らかに故意的に行われたものだ。
誰かに追われる時、どうすれば自分に辿り着かせないかを分かっていないと、こんな行動は出来ない。
とりあえず、余りにか細いが、これも貴重な情報だ。
明日からはこの地図を持って探るしかない。
地図を丸め、アンテナの方を向くプッチ。
「ありがとう。感謝する」
「い……いやぁ~? それほどでもないのである~」
ニヨニヨと口を緩めながら、謙虚と虚栄心が混じったなんとも言えない表情をするアンテナ。
表情を隠すのが下手すぎるところから、どことなくコミュニケーションが苦手な印象が感じられる。……どうでもいいが。
アンテナを一階にいるクマの元まで連れていき、再び部屋の中へ戻る。
シャワーを浴びることもなくベッドに寝転がって、頭を手で抑えた。余りに分からないことが多すぎるからだ。
他にスタンド使いがいるのはほぼ確定。
だが、そいつがこちらの情報をどれだけ掴んでいるか分からない。もしかすると、ある日突然背後から攻撃……なんて可能性もある。
か細い情報でも追い続ける他はない。でないと、私が死ぬのだから。
全身の疲労を癒すために、闇の底から這いだしたまどろみに身を任せ、意識を落とした。
3か月の休止期間で思ってたより色々忘れてる……。
ドーナドーナを一周やり直してきます。